音楽療法と言わない音楽療法 4
WBCで世界を魅了した侍ジャパンの選手たち 彼らから力をもらった人は数えきれない。彼らは人々に元気を与えただけでなく、「良い在り方」を示したと思う。 どんな、治療や薬より、人を良い方に向かわせた力がWBCのそれぞれのシーンにはあったと思う。
それを、野球療法とはいわないだろう
同じような発想で、私は音楽の力を信じている。
だから、音楽療法とは言わない音楽療法・・・・
ヨーロッパ文化を特徴づけている、哲学、科学、芸術は古代ギリシャに起源がある。音楽の概念も古代ギリシャにあり、音楽は生活になくてはならない物だった。 社会的なもののほとんどすべてに音楽は姿を現す。冠婚葬祭、宗教的な行事、民族的な行事、伝承、全てに音楽は使われていた。
英語のmusicの語源はゼウスの娘、女神ムーサ(画像)に由来する。 ムーサは創造の神であり、知の守護神であった。 (数年前、授業で使っていたおんがくの教科書の名前もムーサだった)
ピタゴラスと彼の弟子たちは宇宙の調和について、知識の根本として「天球の音楽」を研究した。これらの研究は実際に音楽を演奏する為のものというより、どのように宇宙が構成され、われわれはどのようにそれを知覚するか、知覚できるか・・・という研究である。「天球の音楽」として、ピタゴラスが研究したものは、星・太陽・惑星そして、地球上の調和のもとに波打つすべての物事であった。それは、音楽 という概念で扱われていた。
・・・・・どんなに稚拙な音楽の場でも、また、どんなに粗雑な音楽でも、調和の片鱗が内在するはずだと思う。音楽を発する衝動のようなものの中に調和と呼べるものは必ず内在すると思う。先ず、その最初の行為がおんがくの療法的な力ではないか・・・?
過去に読んだ記憶で 死に直面した人に、その人が好んだ音楽を近親者が聴かせようとした。死にゆく人は、自分は心の中でその音楽を聴いているのだから、そんな音で聴かせないでくれ!と言った話・・・
こういう症状にはこの音楽、この効果を狙うなら、この音楽をこういう使い方で・・・という処方箋がどれだけの結果を産むのか? それより、音楽が何かの力になるのでは・・・と模索する時に、思いを馳せることが大きいのだと思う。
友人が、夫を亡くしたその友人の幼馴染みに、相当時間が経ってからCDをたくさん贈ったのだそうだ。そして、送られた幼馴染のひとは「ありがとう、お陰で音楽を聴くということを思い出したから、いつも家で聴いていたCDをかけてみました! 頂いたCDもそのうちに聴いてみますね」と返事をくれたそうだ。 |