大根のしっかり伸びてまだ白し
また中国語での俳句を載せます。
漢俳句です。
吃飽了 暖菜 河豚館
chi1bao3le
nuan3cai4
he2tun2guan3
ぬくもりを腹に入れたり河豚の宿
打噴嚔了 寒暖之差 很多呀
da3pen1ti4le
han2nuan3zhi1cha1
hen3duo1ya1
はなひるや寒暖差異のアレルギー
「 四時山 」
(北宋) 郭熙
春山淡冶而如笑 春山淡冶(たんや)
にして笑うが如く
夏山蒼翠而如滴 夏山蒼翠
にして滴るが如し 秋山明浄而如粧 秋山明浄(めいじょう)
にして粧うが如く
冬山惨淡而如睡 冬山惨淡(さんたん)
として眠るが如し
郭熙(かくき)は、
北宋の画家(生没年不詳)。
「四時山」は「山の四季」の意味。
上記の漢詩が出典となって、
山笑う〜春 山滴る〜夏
山装う〜秋 山眠る〜冬
が、俳句の季語になっています。
「 泊秦淮 」 しんわいにとまる
(晩唐)杜牧
煙籠寒水月籠沙 煙は寒水をこめ
月は沙をこむ
夜泊秦淮近酒家 夜秦淮に泊まる
酒家に近し
商女不知亡国恨 商女は知らず
亡国の恨みを
隔江猶唱後庭花 江をへだてて
なお歌う後庭花
秦淮河に舟泊まりしてみれば、
そこは酒楼に近いところ
酒と色香を売る遊び女たちに
亡国の恨みなど解らない
河向こうから なおあの亡国の曲
「玉樹後庭花」の歌が聞こえてくる!
「玉樹後庭花」
六朝最後の天子、陳国の陳叔宝
が作詞作曲した。
迫りくる国難をもかえりみず、
歌舞、酒宴にあけくれていた。
「玉樹後庭の花、花開くも、
復た久しからず」
国が滅ぶ前兆だとされた。
その後ついに
隋に滅ぼされたのである。
陳は三国時代以降 五胡十六国
後 南朝の一つ
都は建康 今の南京にありました。
誰知道 陳亡国的恨 冬天暖
shei2zhi1dao
chen2wang2guo2de hen4
dong1tian1nuan3
亡国の恨み誰ぞ知る冬日和
冬山如睡 秦淮河辺 有酒家
dong1shan1ru2shui4
qin2huai2he2bian2
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山眠る秦淮河に酒家あり
秦淮河(しんわいが)
南京市を流れる長江を除く最大の川
「玉樹後庭花」
(六朝)陳叔宝
麗宇芳林対高閣 麗宇 芳林
高閣に対し
新装艶質本傾城 新装の艶質は
本より城を傾く
映戸凝嬌乍不進 戸に映り嬌を凝らし
てたちまち進まず
出帷含態笑相迎 帷を出で態を含み
笑って相迎う
妖姫瞼似花含露 妖姫の瞼は花の露を
含めるに似たり
玉樹流光照後庭 玉樹 流光
後庭を照らす
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