“鳥雲に入る”は
春北に帰る渡り鳥が雲に入るように
見えることで「鳥帰る」の比喩です。
春の季語に入っています。
“暮雲千里”は次の漢詩から
とりました。
「題慈恩塔」
(唐)荊叔
漢 国 山 河 在
秦 陵 草 樹 深
“暮 雲 千 里 色”
無 処 不 傷 心
意味は
漢の長安には山や河が残っており
秦の始皇帝の陵も
草や樹が生い茂っている。
夕暮れ時の雲は千里のかなたまで
果てしなく広がっている。
何処にも心を
傷ませない処などありません。
人の世のはかなさを感じさせるのです。
また“暮雲”は次の漢詩にも
出ています。
「 春日憶李白 」
(唐)杜甫
白 也 詩 無 敵
飄 然 思 不 群
清 新 愈 開 府
俊 逸 鮑 参 軍
謂 北“春 天 樹”
江 東“日 暮 雲”
何 時 一 樽 酒
重 共 細 論 文
意味は
李白さんあなたの詩に
敵するものは居ない。
発想はずば抜けてすばらしいし、
清清しさは粱の愈信のようだし、
あかぬけているのは宋の鮑照のようだ。
私は謂北におり、春空の樹を見て
李白さんを思っているが、
李白さんも江東にあって
日暮れの雲を眺めて、
私(杜甫)を思っていてくれるでしょう。
いつの日か一つの樽の酒を酌み交わし
又ともに細やかに文学などを
語り合いたいものだ。
この詩の“春天樹”“日暮雲”より
遠方にある友人を偲ぶ感情を
「春樹暮雲の情」と言うそうです。
(コメント参照)
鳥雲に入る
李白と交わす
酒の味
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