お外で―おうちで―今度は何をして遊ぼうか?
 
2006/05/12 20:57:55|その他
一番へんないきもの
昨年のMY BEST BOOKといっても過言ではなかったのが
「へんないきもの」早川いくを
である。
このブログを始めたばかりの頃、早々に記事にした。

さて、この「マイブーム」は実は私だけではなく
家人ブラックマ(♀)も、家人パンダ(♂)もちょっと「マイブーム」していた模様だ。

その後、続編が出るにあたって・・・
それぞれが、
「やっぱり、入手したい一冊だよね」と思い
家庭内では、そんな会話が交わされていた。

その名も「またまた へんないきもの」である。

世の中にはいるんだな・・・変なヤツ

今回の中で、一押しのウケ者は
「ダツ」

釣りする人は、結構知っているんだけど
こわーい魚である。
こいつがかかったら、「糸ごと切り離せ」
てな、モンである。
突き刺さる・・・という表現は当に大正解「ぴんぽ〜ん」だ。


ところで、写真を見て
「何で、2冊???」
と、思ったあなた・・・「ぴんぽ〜ん」である。

家族の会話は良かったものの、
その後の詰めが甘かったのか
人の話を効かない集団だったのか。

ブラックマは、仕事帰りにご購入
私は、会社の出入りの本屋さんにご注文
パンダは図書委員の職権乱用?とばかりに、
 学校図書館が購入したと同時に読み漁り、
結果、2冊が我家に収まった・・・・

こうなると、一番へんないきものは
「我家の家人たち」
ってことになるのではなかろうか







2006/05/10 21:01:36|その他
戸惑う、一瞬
あ・そ・ぼらしくないかもしれませんが・・・

昨日のことです。
夜、23:00
ドアチャイムが「ぴんぽ〜ん」

「?????」

当然、ひやりです。

ドアを開けずに

「はい・・?」

「あの、母が、自転車で倒れて、救急車を呼んで欲しいんです」

戸惑う、一瞬でした。
夕べは白熊がいなかったので、パンダ(♂)を呼び、
様子を見に行かせます。
電話(子機)をもって、私も出ました。

転ばれて倒れたおばあさん。
意識はありそうですが、動けません。
救急には、私と、通りがかりの青年と2者から連絡が入り、
双方が、「もう一人、連絡をしている人がいます。」

10分ほどで救急車が来ました。

すぐに、飛び出すほうが良かったのか・・・
戸惑った一瞬です。
何かと、不振な事も多い昨今。
今回のようなケースは、迅速な連絡が必要ですが、
万一、と考えると戸惑ってしまいます。

なんか、嫌な時代だな







2006/05/07 16:30:18|その他
奥州平泉を訪ねるB
中尊寺金色堂、昭和の大改修により黄金の輝き更増し
よみがえった金色のお堂と螺鈿他の装飾

子どもの頃より、写真を見ては
「いつかは見に行きたい」
と、思い続けた中尊寺である。

中尊寺が事実「山」だと知らず、山門入り口にたどり着く。
午後も回ってきた時刻に、なんとなく「気忙しい予感」
月見坂を眺めるだけで、広さの想像をすると、
「回りきれるだろうか?」と思う。

「さあ、行こう!」
自分に気合を入れて、坂を上り始める。
眼前の「月見坂」の傾斜に驚く。
大抵なら、この傾斜は階段になるのだろう・・・
樹齢400年といわれる杉木立。

多くの参拝者を追い越しながら、登ることしばし
右手に展望所が出てくる。
「東物見」眼下に平泉の町が広がる。
ここから、右に左に大小多くのお堂が現れる。
全盛の頃『堂塔の数40以上、僧坊300以上』(吾妻鏡)といわれ
現在、通りすぎで見るだけでも17のお堂がある。
もちろん、公開されているものも非公開のものもあるが。

弁慶堂・地蔵堂を越え、なぜか静かな薬師堂を過ぎ、
坂を上りきった少し先に本堂が出てくる。
なにやら、祭囃子のような音がする。
音に惹かれるまま、音の元、本堂境内に入る。

太鼓と笛、御稚児さん、中で勇壮な踊り
「岩手県胆沢町 国指定重要無形民族文化財
 朴の木沢念仏剣舞

生の音はすごい!生の踊りはすごい!
普通の体格の、普通の人たちがやっていることは承知していても
そのエネルギーに引き込まれるようだ。

人垣のどこから写真を撮ろうか・・・
そう!鐘楼台上に登ろうか・・
と、鐘楼を見上げたら、白熊が登って写真を撮っていた。
「考えることは、いっしょかぁ」
白熊のほうがカメラが良い。ここは白熊に任そう。

踊り終了後、踊り手さんに写真を撮らせてもらう。
「すみません、その後姿撮らせてください」
ポーズとってくれたんだけど・・・
撮ったのは尻回りの絵だけ・・ごめんね。

ようやくたどり着いた讃衡堂
国宝などを眺め、金色堂へ

荘厳・・

財力があったから、できた?
権力があったから、できた?

そこから伝わるのは
「京への思慕」?

夕暮れが近づいた山頂付近、能楽堂で
練習風景に行き当たった。

観光客の一人が席に座っているのを見つけた白熊が
そのそばに座る
一人、また一人と腰掛け眺める人たち。

伝えるもの伝わるもの、それを介する時空間。

いい場所にまた出逢えた。
また行きたい場所に出遭えた。

中尊寺の旅行写真はこちらからどうぞ
私達と中尊寺を周ってください。
中尊寺ホームページはこちらから







2006/05/07 15:49:03|その他
奥州平泉を訪ねるA
哭祭りの観自在王院跡を後ろに、中尊寺に向かう。
この間距離1.8kmとのことなので「散歩がてら」の徒歩になる。

道の脇に「平泉郷土館」があった。

この手の「歴史散策」となると、主導権は私である。
同行の白熊・すぬーを無視しきって、どんどん歩いてしまう。

「ここも、みるの?」
「うん、見たいなあ。。。
 大抵はこういうところで事前に情報を入れたほうが、
 楽しいんだけどね」

楽しいかどうかは、興味があるかどうかによると思うのだが・・・
入館料がいくらかなあ?と思いつつ、入ってみる。
観光客のほとんどが、この手のところには来ないらしく、
ひっそりと静かだ。

「入館無料」

あれまあ・・・

平泉周辺の史跡の説明。
「時間が足りれば、達谷窟へも行きたいなあ」

平泉は世界遺産登録を目指しているらしい。







2006/05/07 15:48:22|その他
奥州平泉を訪ねる@
                  「哭祭り」にて拾った蓮花型佛絵と毛越寺案内


  平泉は、パンダが生まれて間もない頃、
  一度計画をした。
  当時、「節句膳を出す宿坊」というプランがあり
  我家での初の男の児のパンダの「端午の節句」を
  祝おうと企画したのである。

  しかし、旅程の途中、松島瑞厳寺で当のパンダが
  発熱し、旅程をキャンセル。
  とうとう今回まで、行くことの無かったところである


五月四日、すぬーの家でゆっくりと朝食をとった後、
快晴の中、車は一路平泉へ。

関東ではかなり普及してきているETCだが、
全国となると、まだ普及率は低いのか・・・
専用ゲートがあったにもかかわらず、利用者が無く
高速は順調だったものの、出口渋滞に巻き込まれた。
(ETC利用だった私達は、並び損。。ちょっと悲しいかも)

出発が遅かったこともあり、平泉への到着が昼近くになった。
しかも、その時間ともなれば現地駐車場が満杯状態である。
中尊寺周辺をあきらめ、毛越寺脇の町営駐車場にようやくIN。

毛越寺一番の期待は浄土庭園
この庭園を囲む形で、本来は堂舎が立ち並び大伽藍となっていた。
現在は、礎石を残すのみの各舎についても、
その大きさや、規模を思うと伽藍全てがあった時代には
さぞ、華やかであったことであろうと思われる。

今回時期が合わなかったが、例年5月末の「曲水の宴」は
おそらく、相当の見ごたえとなるのではないだろうか。

毛越寺を後に、隣接する観自在王院庭園を散策。
こちらは木造の社2屋があるだけの史跡公園で、
平泉町が発掘調査に基づく説明を設置している。

この観自在王院は、藤原基衡の妻の建立とされる。
「哭祭り」というものが、ちょうど行われていた。
小さなお堂の周りを、総勢20名ほどの僧侶、侍従が
蓮の花びらを象った佛絵を撒きながら、歩く。
「天台宗独特の法要なんですよ」
地元の案内のおじさんが教えてくれた。
「撒かれた佛絵は好きにひろって、持ち帰ってください。」
「この行事は藤原基衡の妻の葬儀を模したといわれ、
 歩きながら唱える経は哭経で泣き声を模しているといわれます」
「全国でも、ここと他少ししか残っていないので、大変珍しい」


地元の方だろうか、僧侶の歩く外周にひざを突き首を垂れて待ち
振りまかれる佛絵を拾う。
私達も、一緒に拾わせてもらった。
その後、葬列?は藤原基衡の妻の墓といわれるところへ
般若心経にて供養された。

偶然とはいえ、大変よいタイミングでこの「哭祭り」に参加できた。
今回の大きな収穫である。

今回の旅行の写真は こちらからご覧ください。
スライドショーで私達と共に、平泉を探索してみてくださいね。
毛越寺ホームページはこちらからどうぞ