「哭祭り」にて拾った蓮花型佛絵と毛越寺案内
平泉は、パンダが生まれて間もない頃、
一度計画をした。
当時、「節句膳を出す宿坊」というプランがあり
我家での初の男の児のパンダの「端午の節句」を
祝おうと企画したのである。
しかし、旅程の途中、松島瑞厳寺で当のパンダが
発熱し、旅程をキャンセル。
とうとう今回まで、行くことの無かったところである五月四日、すぬーの家でゆっくりと朝食をとった後、
快晴の中、車は一路平泉へ。
関東ではかなり普及してきているETCだが、
全国となると、まだ普及率は低いのか・・・
専用ゲートがあったにもかかわらず、利用者が無く
高速は順調だったものの、出口渋滞に巻き込まれた。
(ETC利用だった私達は、並び損。。ちょっと悲しいかも)
出発が遅かったこともあり、平泉への到着が昼近くになった。
しかも、その時間ともなれば現地駐車場が満杯状態である。
中尊寺周辺をあきらめ、毛越寺脇の町営駐車場にようやくIN。
毛越寺一番の期待は浄土庭園
この庭園を囲む形で、本来は堂舎が立ち並び大伽藍となっていた。
現在は、礎石を残すのみの各舎についても、
その大きさや、規模を思うと伽藍全てがあった時代には
さぞ、華やかであったことであろうと思われる。
今回時期が合わなかったが、例年5月末の「曲水の宴」は
おそらく、相当の見ごたえとなるのではないだろうか。
毛越寺を後に、隣接する観自在王院庭園を散策。
こちらは木造の社2屋があるだけの史跡公園で、
平泉町が発掘調査に基づく説明を設置している。
この観自在王院は、藤原基衡の妻の建立とされる。
「哭祭り」というものが、ちょうど行われていた。
小さなお堂の周りを、総勢20名ほどの僧侶、侍従が
蓮の花びらを象った佛絵を撒きながら、歩く。
「天台宗独特の法要なんですよ」地元の案内のおじさんが教えてくれた。
「撒かれた佛絵は好きにひろって、持ち帰ってください。」
「この行事は藤原基衡の妻の葬儀を模したといわれ、
歩きながら唱える経は哭経で泣き声を模しているといわれます」
「全国でも、ここと他少ししか残っていないので、大変珍しい」地元の方だろうか、僧侶の歩く外周にひざを突き首を垂れて待ち
振りまかれる佛絵を拾う。
私達も、一緒に拾わせてもらった。
その後、葬列?は藤原基衡の妻の墓といわれるところへ
般若心経にて供養された。
偶然とはいえ、大変よいタイミングでこの
「哭祭り」に参加できた。
今回の大きな収穫である。
今回の旅行の写真は
こちらからご覧ください。
スライドショーで私達と共に、平泉を探索してみてくださいね。
毛越寺ホームページは
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