知人のタケノコ山で1時間がんばる。コンテナに山積みのタケノコが玄関を埋め尽くす。
下ゆでしたり、切ったり、しょうゆで煮たりするうちに、視覚情報だけで、私の満腹中枢が「もうだめ」信号を送ってくる。残念ながら、タケノコ下処理作業は幸福感とは程遠いところにあるようだ。口の中に繊維質の触感が充満して、パンダはつねにこの触感で満たされているんだなあと、改めて思う。我々の主食が米から笹やタケノコに代わったりしたら・・・。想像しただけで、目の周りが黒くなりそうだ。
幸福感は、ほりあげる瞬間と、知り合いに配った時の「ありがとう!」を聞いたときにMAXになる。だから、いくつかの苦行を強いられても、また来年もタケノコ山で鍬を振るう。そんな来年が、あたりまえに迎えられたら、本当にうれしい。