★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。 我が人生に、夢よ! もう一度・・!  いつまでも、恋も愛も、いっぱい欲しい。 そんなバーチャル・ラブを、どうぞ・・。 
 
2021/12/02|その他
  ○ ライズ・アゲイン ○ [男と女の風景 188]
                      2021年12月2日(木) 00:00時 更新

  ○ 草花たちのレポート

 今回も、秋の風情を感じさせる花たちを3種を紹介します。
  ≪写真・左・・アロエ
 これは皆さんもご存知の≪アロエ≫で、別名≪医者いらず≫とも言われています。しかし、この時期に、こんな花が咲くとは予想外でした。
 この多肉植物は、世界に300種もあり、4000年も前から万能薬として重宝されていたようです。
 特に、ヤケド、シミ・そばかすなど皮膚に効果があり、胃や腸を整える作用もあるようです。
 
  写真・中・・山茶花≫
 これは≪さざんか≫ですが、椿との似ています。
 ただ開花期が違っていて、山茶花は10―12月、椿は12―4月に花が咲くそうです。
 
  ≪写真・右・・不明
 これはクローバーのように見えますが、確信はありません。

 ただ、私はこの濃い緑の色が好きだったのです。しかも、この時期に、白い可憐な花を咲かせるなんて、貴重だと思いました。
 
                        [男と女の風景 188]
   ○ ライズ・アゲイン ○
 
 ある日の深夜、美華子は、クラブでのフロアレディのアルバイトを終えて、JRの下り電車に乗ろうと、藤沢駅に向かっていた。
 お店から出て角を曲がった時、前を酔っ払いが歩いていた。
 男は相当に酔っているのか、その黒い影は右に振れたり、つまずくように左に戻ったりと、その足取りはおぼつかなかった。
 その男を追い越そうとした時、クルマのライトが後ろから光ってきて、美華子は思わず立ち止まった。
 だが、男が突然、道の中央によろけ出した。
 香織は、危ないと、とっさに男の手を引っ張った。
 男はクルマと接触はしなかったが、その勢いで二人は、ビルの前にある植え込みに全身が突っ込んだ。
 お陰で、香織も植え込みに引きずり込まれていた。
「あなた、大丈夫ですか」
 植え込みから抜け出して、舗道に座り込んだ男に、美華子は声をかけた。
「なんだよぅ。テメエ、オデコが痛てえだろ」
 薄暗がりだったが、どうも額から血が一筋流れているようだった。
 慌ててティシューを取り出すと、顔を拭いてやった。見れば、やっぱりティシューは血で染まっていた。
 植え込みに頭から突っ込んだ際に、木の突起に頭を突き当てたのだろう。

 
 だが、香織は覗き込んでいるうちに、その男に見覚えがあった。
「もしかして、柏木さん」
「エッ」
「柏木さんですよね。なんでこんなに、ベロベロになるまで・・」
「ナンダト―、オマエは誰だ」
「私は、結城美華子です。覚えてますか。高校の一年後輩で、グループで付き合ってたミカリンです」
「エッ、アンタが・・。アーッ、思い出したよ。そうだよ。演劇部で、≪どん底≫のアバズレ女をやった・・」
「ああ、よく覚えてますね」
 美華子は、高校に上がる時、盛岡から家庭の事情で、藤沢の高校に進学してきた。
 地味で控え目な美華子は、見知らぬ土地で不安があったが、声を掛けてくれた女の子と直ぐに友達になった。
 そして、2年生に上がってから、その友達の繋がりで男子生徒グループとも仲良くなっていった。
 柏木は、その男子グループのリーダー格だった。
 

「でも、柏木さん、どうしたんですか」
「いいんだよ。オレはな、絶望の闇を徘徊してるんだ」
 美華子はそれを聞いて、あの当時の陽気な柏木を思い出すと、あまりのギャップに、なんとも気分が重たくなった。
 直ぐ横にビルに上がる階段を見つけると、柏木の腕を取って移動した。
 見れば、柏木はダーク・スーツを着込んで、赤いネクタイでびっしりと決めていた。
 いかにもサラリーマン風であり、黒いバッグをしっかりと抱えていた。
「それで、どうしたんですか」
「オレか。オレはなぁ、今日も職探し・・。今時はさ、中途採用には、いい仕事なんかないんだよ」
「でも、住宅建設の営業マンで張り切ってるって、聞きましたよ」
「そう、張り切っていたよ。でもさ、倒産してさぁ・・。オレには、運がなかったんだよ」
 酔っ払って大声でわめいていたが、言っていることはマトモだった。
 
「アア・・、オレはな、この先、どうなるんだって、思うと、さ。そう・・途端に絶望的になるんだ」
 柏木は、両膝の間に顔を埋めると、頭を掻き毟った。
「大学を出て、希望を胸に入社して、死に物狂いで営業をしたよ。3年経って売り上げを伸ばしてさ、ああ、ヤッタァーって、大声で叫んで喜んでいたよ」

 柏木は、かなり酔っていたが、言っていることは悲観的を通り越して、自虐的だった
「営業は、絶好調でさぁ。オレは、満足感に浸っていたよ。なのに、会社は倒産だって・・。オレの働きなんて微力だった、ってな。そんな無力感がさ」
「それで、お酒を浴びて酔っ払ってるの」
「そうだよ。まるっきり魂が抜けてさ、虚脱した男が、夜中の街をほっつき歩いてるんだ」
 美華子は、変な慰め方はよくないと思って、黙って聞いていた。
「アァァ、クソー・・」
 頭を両手で抱え込んていた柏木が、突然、暗いビルの底から天に向かって絶叫し、吼えた。
 美華子は、ここでどんなにわめき散らしても、事態はなにも変わらないのにと思った。
――そうよ。地獄から抜け出すには、自力で頑張るしかないの。
  慰めることは出来ても、手助けは出来ないのよ。
  でも、同じ仲間だったし、なにかしてあげたいな。
  しかし、他人は無力だから・・。
 
 だが美華子は、落胆の余り、憔悴し切っている柏木を隣にして、なにか言うしかなかった。
「その気持、なんとなく判りますよ。私だって、絶望的な時があったもの・・」
 静かに話し出した美華子に、柏木も黙って聞いていた。
「私、東京の劇団に入ったけど、バイトとの両立が難しくてね。バイトの給料日の前で、財布には10円玉と1円玉しか、お金がなくて・・。思わず、人の良さそうな男の人に『私を買ってください』って、言っちゃったもの・・」
 柏木は、エッとして、思わず美華子を見た。
――ああ、コイツも、戦ってるんだ。
  演劇を続けるために・・。
「あの時は、私がよっぽど哀れに、見えたんだろうね。中年のサラリーマンが、『では、うまいラーメンを、おごってやるよ』って、酔った勢いで、言ってくれたのよ。それで助かったの・・。あの時の私は、地獄だったよね」
「そうか。オマエも、地獄を見てきたんだ」
「多分ね。でも、まだ端役だけど、演劇の道は諦めてはいないよ」
「なぜ・・」
「だって私、あの世界でしか、自分を表現できないから・・」
 二人共、黙り込んでしまって、会話は途切れてしまった。
――そうなのよ。私は、気が弱くて、自分の意見を言えないの・・。
  自信がないから、反論ができないのよ。
 もう深夜だったから、ほとんど人通りもなくて、二人は薄暗い階段に座ってぼんやりとしていた。

 
「オレは、会社が倒産してから・・、しばらくの間は、食うや食わずの放心状態だったな」
 柏木が、ボソボソと話し始めた。
「でも、友達の紹介で、赤提燈の厨房で働いたよ。しかし、オマエは一生懸命にやるけど、フッと考え込んでしまう空白の時間があるって・・。それで、クビになったんだ」
 美華子は、慰めようがなくて、黙ったままだった。
「そう、オレには、ふと、悪魔が通り過ぎる時間があってさ。手が止まって、思考回路も止まるんだ」
「・・・」
「多分、会社の倒産、あれがトラウマとなってるんだろうけど・・」
 柏木は肩を落として、足元を見つめたまま呟いていた。
「柏木さん、私、もう終電なんだ。帰らないと・・」
「ああ、オレも帰るよ。でも、もう少し、こんな暗い場所にいたいな」
「そうですか。では、これで失礼を・・」
 美華子は、柏木が気になって、後ろ髪が引かれる思いだったが、立ち上がっていた。
 

 そして次の日、美華子が劇団の稽古場に行くと、演出家から端役の二人が、いきなり稽古場の舞台に呼ばれた。
「この台本の通り、この女が悔しがる場面をやってもらう。体を売ることしか出来ない女、下司野郎と罵倒されて、邪魔扱いをされる。その時の悔しさを、順番に演技をしてくれ」
 団の主宰者で演出の藪川が、そう言い出したのだ。
 この劇団≪宇宙座≫の理念は、無限の宇宙空間で、自分の意志を持ち、お互いに交流し発信して、その情報を食い物にして、結果を求める小さな生物が蠢いている。そんな集団だった。
 
 そこで最初は、この春に入団した春子から始めた。
 春子は、いきなり大声でわめき散らすと、いかにも悔しそうな顔をして、体当たりの演技を始めた。
「どうだ、悔しいだろ。自分の弱さに涙しろ。もっと泣け。思いっきり泣け。大声を出して・・。自分の愚かさを知ったら、気が晴れるだろ。そしたら、どんな態度、どんな表情になる。その人物になり切れ」
 演出から、鼓舞する大声がかかり、春子は大袈裟に体を震わせて、両手を天に向かって何度も突き上げていた。
 それを見ていた美華子は、派手な演技に疑問を感じていた。
 そして自分の番が来ると、いきなりしゃがみこんでアグラをかいた。
 美華子は頭を下げたまま、体を震わせて悲しみをこらえていた。
 だが、いきなり屈辱で歪んだ顔を挙げると、キーッとした鋭い眼で演出を睨みつけた。
 その眼は涙で濡れていたが、恨めしさに険のある鋭さが込められていた。
「そう、ミカ、いいぞ。人は、悔しい時には泣かないんだ。歯を食いしばって、自分と戦う。涙は出ても、苦悶した自分と必死に戦うのだ。オイ、ミカ、その顔、いいぞ。乞食(コツジキ)の女になってる。ヨーシ・・」
 二人の演技が終わっても、藪川は、しばらくの間、黙ったままコメントをしなかった。
 極端に違う二人の演技に迷いがあって、決めかねていたのだ。
「どっちもいいと思うけど、全体の流れの中で見たいから、明日もう一度、通しでやってからにしよう」 
 そう言って、決断を伸ばしたのだ。
――いいよ。決めるのは演出だ。
  でも、いつか私は、爆発してやる。
 美華子は、そんな決意を胸の裡で燃やして、藤沢に帰ってきた。
 
 それから数日後、柏木と美華子の二人は居酒屋≪赤だるま≫で、テーブルを挟んで向かい合っていた。
 そして、間もなく8時を過ぎようとして、店は夜の深まりと共に混み始めてきた。
「でも、なぜ美華子は、演劇なんだ」
 ジョッキでビールを飲んでいた柏木誠也が、何気に聞いてきた。
「ええ私、高校の時、ナマの演劇を東京で観たことがあるの・・」
 もう2杯目のジョッキが終わろうとしていたから、美華子も誠也もかなり酔い始めていた。
「そこで見た舞台で、主役の女優が、あの迫力で絶叫して、自己主張する存在感がね、戯曲なのにリアリティがあったのよ」
 美華子は、よくぞ聞いてくれたと、眼を輝かせて語っていた。
「フーン、それで・・」
「そのお芝居に圧倒されて、嵌ってしまったの。それから大学で演劇部に入って、まだ見たこともない自分に挑戦したんだ」
「そうか・・。それって、いいことだよ」
「だって私、取り立てて取り柄もないし、個性もないから・・。だから、極めたいの・・」
「フーン、個性か・・」
「そう、私、自分が弱虫だから、自分が確立していないし、自分を主張できない、そんな女なの・・」
「イヤァ、オマエは黙っていても、モノに動じない、そんな存在感はあるよ。でも、いいなぁ・・。目標が定まっていて」
「あら、柏木君だって、なにか決めればいいでしょ」
「オレには、なにもないよ」
 誠也は、まるで他人事のように言った。
 
「しかし、オマエって、優しいんだよな。結婚したらいい妻になるよ」 
「でも、私は、自分を女だと思ってないし、ただひたすら舞台に立ちたいだけなの・・。その夢だけは、命が枯れても、絶対に捨てないよ。だから、柏木さんも頑張ってよ」
「そうだな、オマエの励みで、どん底から這い上がってみるよ」
「そうですよ。ライズ・アゲインですよ」
「ありがとう」
 柏木は、しおらしく頭をチョコンと下げた。
 
「そうだ。柏木さんは建築学科でしたよね」
「ああ、そうだけど・・」
「それで、建築士の資格は持ってるんですか」
「いいや、二級もないよ」
「エッ、まさかでしょ。だって・・」
「ああ、オレは勉強が嫌いでね」
「ダメですよ。最低二級は持ってないと・・。営業マンは、お客さんのコンサルタントでしょ。専門家としての意見が言えないと・・」
「アア・・、確かにそうだよな」
 柏木は、痛い所を突かれて、眼が覚めたとばかりに、店の壁を突き抜けた遠くをジッと見つめていた。
「そうだよ。ヤバイよ。・・ああ、やっぱりオレは甘かったのか。だから、再就職も出来ないんだ」
 柏木は、頭を抱えて考え込んでしまった。
 そして、急に輝き出した目で美華子を見つめている。
「ミカリン、サンキュー。オレはやる。決めた。資格を取るよ」
 柏木は、いきなり両手を突き出すと、握手を求めた。
「アア・・、良かったよ。ガンバってね」
 
「オオ、柏木君、ここにいたのか」
 中年の男が、突然、声を掛けてきた。
「エッ、どなたですか」
「ああ、良く行くスナックの大先輩、神山さんだよ」
 美華子は、呆気にとられたように、男を見上げていた。
「このお嬢さんは・・」
「アッ、私の高校の後輩で、美華子です」
「そうですか。それで・・、今、混んでいるんで、この席に座っても・・」
「ええ、どうぞ」
 それから、大先輩の神岡はジョッキの大を注文した。
「なかなかにスカッとして、切れの良さそうな子じゃない」
「ええ、この子は、劇団のヒヨコから雛鳥になろうとしているところです」
「アッ、はい私、今は無我夢中でして・・」
「おお、いいね」
 そんなことを話していると、直ぐにジョッキが来て、三人は乾杯した。
「神山さん、この子、学生時代は演劇部にいて、今は劇団≪宇宙座≫に所属しているんです」
「おお、そうですか。あそこの劇団は真剣だし、演出に迫力があっていいよ」
「エッ、ご存知なんですか」
「ええ、あのカリスマの唐十郎、その弟子たちが立ち上げた劇団だろ。見たことがあるよ」
 神岡は、そう言いながらジョッキを傾けて、一気に半分も飲んでしまい、心地よさそうに二人を交互に見遣った。
 
「でも私、まだ端役で駆け出しなんです。だから、必死でして・・」
 美華子は、自信がなさそうに気弱で神経質な表情を見せた。
「でもね、みんな必死に生きてるんだ。いや、猪突猛進で無我夢中になって突っ走っているんだよ。だから死ぬなんて覚悟してないし、必死だなんて感じてもいない」
「ああ、さすがですね。言い当てて妙です」
 美華子は、自分の今の心境を言い当てられて、温かいホッとしたものを感じていた。
 すると神山は、またジョッキを傾けていた。
「そうなんだよな。いつか振り返った時に、ああ、あの時は死に物狂いだったと判るんだ。みんな、そうよ。そうでないと生き残れない」
「・・・」
「心のひもじさと戦って、初めて未来が見えてくる。貪欲に自分を追っ駆けることだ」
「ハァ・・」
「その戦いがどんなに美しいかは、いつか未来で判るだろう。人生とは、そんなもんだよ。悪足掻きであっても、若者には許される。それが特権だ」
「はい。納得しました」
 美華子は、眼を輝かせて神山を見詰めたまま、独り頷いた。
 
 傍で聞いていた柏木も、ドキッとして、強烈に胸に突き刺さるものを感じていた。
――オレは、かつて営業で無我夢中だったよ。
  でも、その目標が、雲の中に消えたんだ。
  アッ、でもそうか・・。
  建築士の資格、美華子が言ってくれた。それを目標にしよう。
「若者は、あらん限りの全力で、疾走することだ。失敗しても、いいじゃないか。今は、それしか出来ないんだから・・。他人が、ごちゃごちゃ言う問題ではないよ」
――ああ、見える人から見ると、そう見えるのかも・・。
  そう、ボロボロになってもいいよ。
  命までは、取られないから・・。
  そう、未来から振り返ったら、充実した日々なのかも・・。
 美華子は、今の自分を客観的に見てくれて、評価されたことで、今突っ込んでいる自分が正しいと確信できた。
――ああ、涙が零れそうなほど、嬉しいな。
  結果がどうなろうと、猪突猛進だよ。
  アナタ、頑張ってよ。
 
 すると、神岡がジョッキを飲み干したところで言い出した。
「ところで、スナック≪VIP≫には行かないのかね」
「アッ、行きますよ。ミカロンも行くよね」
「ああ、私、やりたいことが・・」
 美華子は顔を曇らせて、渋っている。
「いいから、たまには付き合えよ。1時間でいいから・・」
 生活も地味な美華子は、スナックなんて行ったことがなかったから、尻込みをしていたのだ。
 
 そして、≪VIP≫のドアを開けると、カラオケの渋い演歌が聞こえてきたし、客も5、6人いて、盛況だった。
 三人は美華子を挟んでカウンターに、並んで座った。
 男達二人は水割りを注文し、美華子は薄いハイボールを頼んだ。
 すると、カラオケが終わって、客の皆から一斉に拍手が湧いて、嬌声が飛ぶと店全体が盛り上がった。
 そんな男達の雰囲気を眺めながら、美華子はクラブとは様子の違うのを感じて、「スナックって、どんな世界ですか」と、柏木に耳打ちした。
「マァ、一言で言えば、非日常の世界かな」
――クラブではボックス毎に閉ざされた世界なのに、
  ここでは垣根がなくて、店の客全体がオープンで、自由なのよ。
  まぁ、波長が合う、合わないはあるでしょうけど、
  でも、みんなフリー・スタイルなのよね。
 そこで、グラスが押し出されてきて、三人は乾杯を交わした。
 
「ここは、会社などの職場とか、家族のいる家庭とかとは違って、自分を解放する場所なんだ。特に、酒の力を借りてね」
「ストレス発散の、ですか」
「そう、それもあるけど、ドアを開けると、ママや女の子、さらには仲間の顔が見えて、ハートのスイッチが切り替わるんだな」
「そうか、一気に気分転換が出来ますよね」
「ウン、不思議な国にテレポーテーション、そう、身も心も瞬間移動するんだ」
 美華子は、その言い方が面白いと思ったし、それこそスナックが不思議な国に思えてきた。
 
 するとカウンターの中にいた女が、さり気なく柏木の前に来た。
「柏木さん、私も・・、いいですか」
「ああ、幸子(サチコ)か、どうぞ」
 幸子は、グラスを用意すると自分の水割りを作りながら、美華子を何気に気にしている。
 そんな様子に気づいた柏木は、紹介がてら説明をした。
「ああ、幸子さぁ、紹介するよ。この子は美華子。高校の後輩で、2週間前に、街で偶然、7年振りに会ったのよ」
 幸子は、安心したように笑顔で、「では、宜しく。乾杯」と陽気に応えた。
――ああ、この人、柏木さんに気があるのかな。
  それならどうぞ。私はフリーだから・・。
 美華子は、グラスを傾けながら、ぼんやりと考えていた。
――いいの、私は地味に生きていくの・・。
  だって、子供の頃から引っ込み思案で、臆病だったから、
  そう、いつも見ているだけだった。
  母に言われて、クラシックバレーをずっとやってきた。
  発表会で精一杯、踊ったの・・。
  勉強は出来なかったけど、バレーは先生に褒められたな。
  あなたは、自信を持って自分をもっと出すと、素晴らしいのよ、って・・。
  でも私は、言われたままを器用にこなすだけだった。
  そこから自分を出すなんて、そんな個性はないし・・、
  ましてや独創性だなんて、出てこなかった。
  それが限界、なの・・。
  でもね、今、演劇で自分を突破しようとしているよ。
 
                             ― つづく ―
 
 

 





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