★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。 我が人生に、夢よ! もう一度・・!  いつまでも、恋も愛も、いっぱい欲しい。 そんなバーチャル・ラブを、どうぞ・・。 
 
2021/11/25|その他
≪ 幼な馴染のプロデュース ≫ 「男と女の風景」
 
                            2021年11月25日(木) 00:00時 更新

  ● 読者の皆様に、お詫び致します ●

 今回は、『女の情念』(つづき2)を掲載予定で書き始めましたが、どうしても頭に閃きがなくて断念しました。お詫びいたします。
 次回は、何とか頑張ります。

 今回は、また、バックナンバーでご赦の程。
                             橘川 嘉輝  拝

 
      ○ 草花たちのレポート

 今回も、秋の風情を感じさせる景色を3種を紹介します。
  ≪写真・左・・秋の夕焼け
 
  写真・中・・コスモス≫
 このコスモスは、土手の上に育ったもので、自分の重さと雨や風で、傾きながらも、頑張って花を咲かせたものです。
 
  ≪写真・右・・不明
 この枯れた草は、雑草です。
 ただ、この草は、アスファルト道路の道端で、やっと見つけた小さな土のスペースに根を張り、ここまで成長してきました。
 そして、晩秋に枯れてしまっても、花の後に種を残し、あとは風に任せて次の居場所を求めて、子孫を繋いでいくのです。
 そのけな気な生命力を感じて、思わずパチリとシャッターを切ったのです。

  
                            
 「男と女の風景」
               幼な馴染のプロデュース 

 ある週の土曜日、お昼になる頃に、母親の寿子(トシコ)が、息子である良樹(ヨシキ)の部屋の前にやって来た。
 そして、恐る恐る、少しだけドアを開けた。
「良樹、起きてるかい」
「ああ・・」
 なんとも気怠くて、気のない男の声が返ってきた。
「チョッと話があるんだけど、中に入ってもいいかい」
 微かな「ぁぁ」という返事を聞いて、寿子は、そっとドアを押して部屋に入った。
 そして、「今朝、朝ご飯を作っていたら、包丁で指を切ってしまってね」と、白い包帯を巻いた左手の指を見せた。
 いつもなら、食べ物をお盆に纏めて、ドアの前にある小さな台に乗せて置くのだが、今日はそれが出来なかった。
 眠気眼で見ていた良樹が、「だから、どうなの・・」と聞いてきた。
「どこか、コンビニで、お弁当でも買いたいのよ。だから、一緒に行って欲しいの・・」
「それなら、オレはいいよ。メシは喰わないから・・」
「でも、私、朝ご飯も食べてないのよ」
 寿子がそう訴えても、良樹はぼんやりとして下を向いたままだった。
 良樹は、もう何年も、外出していなかったから、街に出掛けるには相当な覚悟が必要だった。
 だから、不安な気持が、暗雲となって頭を占領したのだろう。
「そうかい。じゃあ、私も我慢するか・・。でもさ、お腹が空いたら、言ってよね」
 寿子は、穏やかにそう言うと、「じゃあ」とだけ言って、そのまま部屋を出てきてしまった。
 しかし寿子は、良樹がどう言って来るのか、それだけが気掛かりだった。
 だが、ここは辛抱するしかないと腹を括って、静観することにした。
 とにかく、家から引っ張り出すこと、その第一歩が重要だったのだ。
 少しだけでも動き出せば、後はそっと、さり気なく、誘導するだけだったからだ。
 
 良樹は、実はもう20年も、自宅で自分の部屋に引き籠って、母とさえ会話が少ない生活をしてきた。
 南側の庭に面したガラス戸も、カーテンで閉め切ったままで開けたことはないし、布団や衣服もめったには着替えてなかった。
 だから、部屋の中はカビ臭かったし、たんぱく質が熟れたような、そんな異臭を放っていた。
 今はもう45歳を越えていたが、寿子が学校給食の会社で働くパート代と、父が残した退職金で、二人は食い繋いでいたのである。
 父親はサラリーマンだったが、結婚したのが遅かったから、寿子とは15才も年が離れていて、72才の時にガンで他界していた。
 生前は、良樹に何度かアドバイスをしていたが、定年後も次の仕事が忙しくてフォローできなかった。
 
 良樹は、大学を出て、食品会社の営業マンとして働いていたが、3年もしない内に会社を辞めてしまった。
 3年目の時、仕事上で主任から、具体的な指示をされたことがあった。
 だが、良樹は、軽く受け取っていたから、指示通りにはしなかった。
 すると、主任から、「おい、寺山、なんでオレの言う通りにしないんだ」と問い詰められた。
 そう言われて、良樹は「アッ、しまった」とは思ったが、ことさらには謝らなかった。しかし、その主任の仕事振りはいつも厳正だったから、もうそれだけで人物評価はアウトだった。
 それからは、もう主任からコイツはダメな男と、レッテルを貼られてしまった。
――大学を出たのに、コイツは使えないよ。
  単純な指示なのに、なにを考えているんだ。
 それ以来、感情的にもつれてしまって、とにかく二人はギクシャクした人間関係になってしまった。
 
 すると、午後の3時頃になって、良樹が自分の部屋を出てきて、寿子がいる居間にもっそりと顔を出した。
「オレ、腹が減った」
「ああ、そうかい。私もだよ。どうかね・・。コンビニに、一緒に行ってくれないかね」
「ウーン。だって、ご飯はないんでしょ」
「手が痛くてさ。水が使えないから、お米も砥げないのよ」
「じゃあ、行くよ」
 食が細くて痩せ細った良樹の顔は、煤けたように青黒かった。
 しかも、髪はぼさぼさで伸び放題だったし、黒い無精ひげも、かなり長く伸びていた。
「良樹、チョッと来て。世間の眼がうるさいから、髪を整えないと」
 寿子は、良樹を前に座らせると、両手の指で髪をすいて、整えてやった。そして、よれた野球帽をかぶらせたが、伸びた髪がはみ出していた。
 さらに、マスクをしてヒゲを隠してやったのだが、それでも下からは先っぽが見えていた。 
 しかも、何日も着たままの衣服からは、たんぱく質の異臭が出ていた。
 それを察した寿子は、良樹の部屋に行って、もうかなり着古したコートを持ってきて、着せてやった。
 
 それから、二人は家を出て歩き出した。
 久しぶりに見る景色は、太陽に照らされていて、良樹にはまぶしかった。
 町内の佇まいには、子供の頃から見慣れた隣近所の家々が、昔ながらにあった。
 そして、ひなびた商店街には人通りがなく、どの店もシャッターを降ろしていて街は閑散としていた。
 駅に近い繁華街までは10分程だったが、良樹がもたもたとした足取りで歩くため、寿子は気が気ではなかった。
 ビルや商店が立ち並ぶ街の景色も、昔の記憶のままで、良樹は懐かしさを覚えて、見回している。
 幸いなことに人通りがなくて、二人は他人の眼を気にする必要がなかった。
 そして、コンビニに辿り着いて、自動ドアの中に入ると、寿子は真っ先にトイレにある手洗い場に連れて行って、手を洗わせた。
 そして、さり気なくハンカチを渡して、水気を拭わせた。
 それから、入口に戻ると、コロナ対策用のアルコールで消毒をさせた。
 その上で、弁当の棚の前に連れて行って、「なにか食べたい物は・・」と、良樹に欲しいものを物色させた。
 さらに寿子は、数日は指が使えないからと、インスタント麺や惣菜、さらにはスナック菓子なども買うことにした。
 
 そして、二人がレジに立った時だった。
「もしかして、寺山さんのお母さんですか」
 レジにいた中年の女性が、驚いたように声を掛けてきた。
「エッ、あなたは・・」
「はい,堀内多佳子です。ほら、同じ町内に住んでいて、子供会の時に、よくお菓子を戴きましたよ。エッ、そうなら、その人は良樹さんですか」
 お互いにマスクをしていたから、はっきりとは断定できなかった。
「良樹、判る」
「ウン、少し思い出した」
「子供の頃、よく一緒に遊んでいた多佳ちゃんだよ。夏のお祭りでも一緒だったでしょ」
 良樹は、思わぬ出会いに驚いて、じっと多佳子を見ていたが、母の問いかけに小さく頷いている。
 多佳子は、夏祭りで子供神輿を担ごうとした時に、男の子から「女はダメだ」といじめられたことがあった。
  だが、この良樹が、「いいから、オレの前に入れよ」と庇ってくれたのを思い出した。そして、背中に良樹を感じながら、感動の一日を過ごしたのだ。
 それ以来、良樹は憧れの人だったのだ。
 そんな些細なことだったが、それが強い印象に残っていて、そのお礼返しをしたいと思った。
 
「ああ、良樹さん、懐かしいですね。お元気ですか」
「ああ・・、なんとか・・」
 良樹は、低い声で、やっと返事を返していた。
 もう20年もの間、家族以外の人とは話をしたことがなかったから、良樹はどう接したらいいのか戸惑っていた。
「さっき、お店に入ってきて、真っ先に手を洗いましたよね。さすがにお母さんのしつけは、いいですね。感心しました」
「いいええ、こんな時代ですから」
 多佳子は、敢えてそんなことを褒めながら、良樹を笑顔で見ている。
「ほら、お弁当を出して、この商品と一緒に清算しないと」
 寿子は、良樹にカゴに入れた商品を渡して促すと、急いで財布から2000円を取り出して、良樹の手に渡した。
 商品の清算をする羽目になって、良樹は久しぶりにそれを任されて、期待されたことが、なんとも嬉しかった。
「良樹さん、またこのお店に来てくださいね。私、待ってますから・・」
 多佳子は、商品と釣り銭を渡しながら、にこやかに声を掛けてくれた。
 
 そして、お店を出てから、寿子はさり気なく良樹に言った。
「良樹、良かったね。昔の友達に会えて・・。しかも、あの人、あんなに美人になって・・」
 だが、内心では、思惑通りの展開だったので、寿子は嬉しくって、大声で叫びたくなるような満足感に浸っていた。
――さぁて、良樹は、またあのお店に行くのかな・・。
  これも、あの多佳ちゃんのお蔭だけど・・、
  この子が、その気になってくれれば、いいけどね。
 実は、2週間ほど前に、寿子は買い物で、そのコンビニに立ち寄った。
 その時、偶然、多佳子から声を掛けられて、久しぶりに再会した喜びを交わしていた。
 さらに、良樹の消息を聞かれた時に、引き篭もりのことを愚痴っていた。
 それを聞いた多佳子は、昔の親切に報いたいと、真剣に考え込んだ。
 とにかく、良樹をどうしたら自宅から引っ張り出せるか、それを散々考えた挙句に、今日の妙案を捻り出したのだ。
 そして、先週、寿子が立ち寄った時に、その提案をしていた。
 だから、今日はそのシナリオ通りに、二人が歩調を合わせていたのである。
 先ず、指に仮病のケガをして、包帯を巻いて、食事の世話が出来ないことにする。
 そこで、食事の弁当を、コンビニで買うことを提案する。
 だが、自宅を出たがらない時は、お腹が空くのを待つ。
 空腹に耐えられなくなったら、さり気なく誘って、二人で買い物に来る。
 その時、多佳子とは、偶然会ったことにする。
 良樹は、20年もの間、孤立生活で自信をなくしているから、そこは優しく見守る。
 子供の頃の懐かしい思い出が蘇れば、そんな話で気持が通じ合えるかもしれないと、提案してくれたのだ。
 多佳子は、「気づかれないように、そっとさり気なくよ」と念を押しながら、励ましてくれた。
 
 だが、寿子は、帰る道すがらも、家に帰ってからも、多佳子のことには全く触れなかった。
 家に帰っても、ただ買ってきた弁当を食べることだけにした。
「たまには、コンビニ弁当も、美味しいね」
 寿子は、そんなことを言っただけで、後は黙々と食べていた。
 しかし、今までとは違っているのに、ふと気が付いた。
 それは、良樹が、居間で母親の自分と一緒に食事をしていることだった。
 これまでは、食事を良樹の部屋の前に黙って置くだけで、良樹は独り寂しく食べていたのだが、なんと今は違っていたのだ。
――ああ・・、この子、こんな事、珍しいよね。
  黙って、なにも言わないけど、あの多佳ちゃんを思い出してるのかな。
  それだと、いいけどね。
 
 その次の日、寿子はお昼にインスタントのラーメンを作ると、良樹の部屋に向かって、「食事が出来たよ」と声を掛けた。
 すると、良樹が自分の部屋から、もっそりと出てきた。
 そして、居間のテーブルで母と向かい合うと、なんと一緒にラーメンをすすったのだ。
 それは、寿子には、この20年間、一度もなかった出来事だった。
 それから、良樹がどう反応するかが心配だったが、思っていることを敢えて口にした。
「良樹、明日のお昼ご飯はね、私、仕事が早番で作る暇がないのよ。だから、1時半頃、あのコンビニに来てくれる」
「どうして・・」
「だって、明日の朝までは、食べ物があるけどね。あなたのお昼、あのコンビニで買わないと・・」
「ああ・・、そうか・・」
 良樹は、妙に納得して、寿子の提案にサラッと応えた。
――ああ、素直に判ってくれたよね。
  これも、あの多佳ちゃんのお蔭なのかな。
  でも、嬉しいな。
  自分から家を出ようなんて、これまでなかったから・・。
  そう、本人には画期的なことかも・・。
 寿子は、良樹の本心は見えなかったが、少しづつ前向きになってきてる息子を、優しく見守っていた。
 
 そして、次の日の月曜日、寿子は午前中の給食の仕事が終わると、主任に断って早目に調理場を後にした。
 良樹が、あのコンビニに来ているかどうかが心配で、自ずと急ぎ足になっていた。
 だが、大通りから駐車場が見えて、コンビニの入口を見た時、なんと良樹がぼんやりと立っていたのだ。
「ヨシキ―・・」
 寿子が思わず呼びかけると、良樹は弾かれたように驚いて、手を挙げて合図をしてきた。
 見れば、野球帽をかぶり、マスクをして、さらにはコートも着込んでいた。
――ああ、まともに戻ってるよ。
  嬉しいな。いい兆候だよ。
 そして、入口を入ると、寿子はレジの多佳子に「また来ましたよ」と声をかけて、良樹の顔も見せた。
 すると、多佳子は笑顔でOKサインを出してくれた。
 それを見た良樹は、自ら手洗い場に行って、石鹼をつけて洗っている。
――ああ、ちゃんと覚えているよ。
  これなら、次は一人でも大丈夫かも・・。
 そして、弁当や総菜を買い込んで、また良樹にお金を渡して清算させた。
 
「多佳ちゃん、このお店には、毎日いるの・・」
「いえ、土、日はお休みで、平日は4時迄です。娘が学校から帰ってきますので・・」
「ああ、そうなの・・」
 寿子は、次の狙いがあったから、良樹の前で、敢えてそんな会話を交わしたのだ。
「良樹、あなたは、次から一人で来れる」
「ウーン・・、来れるかも・・」
「ああ、よかった。今日はね、私、仕事を早めに切り上げたのよ。だから、次からは、一人で買い物をしてくれると、嬉しいんだけど・・」
「判った・・」
「では、多佳ちゃん、宜しくね」
 寿子は、意味ありげに指の包帯を見せると、何度もお礼のお辞儀をしている。
 
 それから、家に帰ってきた二人は、また居間でテーブルを挟んで弁当を食べ始めた。
「ああ、コンビニ弁当は、美味しいね」
「ウン、このカツカレー、美味しい」
 あまり喋らなかった良樹が、返事をするなんてと、母の寿子にしてみれば、すごい激変だと嬉しくなって、笑顔が絶えなかった。
「良樹、チョッと気になってるんだけど・・」
「なに・・」
「その伸びた髪、食べ物の売り場では、他のお客さんが気にするかも・・」
「だったら・・」
「ウーン・・、アッ、そうだ。髪を切るハサミがあるから、お風呂場で切ってやるよ」
「・・・」
「だって、あなたは、床屋には行きたくないでしょ」
 良樹は、黙ったまま弁当を食べていたが、格別にイヤな顔をしなかったから、寿子は同意したと受け取った。
「多佳ちゃんだって・・、幼な馴染だから、気にしていると思うよ」
「ウーン、そうかも・・」
 寿子はそれを聞いて、良樹はやっぱり多佳子が気になっていて、それがコンビニに行く動機になってると思った。
 
 寿子は、食事を終ると、善は急げとばかりに、お風呂を沸かした。
「さぁ、良樹、髪を切るから、お風呂場で服を脱いで、パンツだけになってくれる」
 良樹は、もっそりとして動きは鈍かったが、母の言う通りにした。
 それから、裸になって洗い台に座らせると、指先で髪を摘まみながら大雑把に切った。そして、クシを入れて、均一になるように刈り上げて行った。
 寿子はさらに、伸びたヒゲの先っぽも切り落とした。
 良樹は、そうされても黙って従っていたから、寿子には、こんな二人だけの交流が嬉しかった。
――ああ、二人の時間が持てるようになったから、嬉しいよ。
  まぁ、少しづつだけどね。
 髪を切り終わると、バッサリと切り落とした髪をビニール袋に集めて、床に残ったものを洗い流した。
 そして、寿子は、良樹の様子を窺いながら言った。
「あなた、髪の毛が背中にもついてるから、パンツを脱いで、頭を洗ってくれる。ついでに、このタオルに石鹼をいっぱいつけて、体も洗って・・」
 寿子はそう言うと、洗濯機を回して、脱いだシャツや下着を手際よく放り込んだ。
 そして、良樹の部屋に行くと、タンスから着替えを取り出して、戻った。
 風呂場のドアをソッと開けると、良樹はシャンプーの泡を盛り上げて、頭をゴシゴシと洗っていた。
「良樹、そこにヒゲ剃りがあるから、ヒゲも剃って・・」
 そう言うと、良樹の部屋に戻って、散らかっている衣類や汚れたシーツも持ってくると、洗濯機に放り込んだ。
 寿子は、「洗い終わったら、お風呂に入ると温まるから、体にいいよ」と言いながら、風呂のフタを外して湯加減を見ている。
 すると、良樹がカガミを覗き込んで、サッパリとした自分の顔を見詰めていた。
「アラー、良樹、いい男になったわね。それなら、多佳ちゃんにも、顔を見せられるよ」
 寿子がそう言うと、満更でもない顔をして、カガミの中で母を見ながら頷いている。
――ああ、よかったよ。少しづつ、昔の良樹に戻ってる。
  多佳ちゃんに感謝だな。
 そして寿子は、ドア越しに「良樹、ここにバスタオルと着替えを、置いておくから・・」と言って、台所に戻った。
 
 それから、良樹が風呂から上がって、着替える様子をうかがっていた。
 そして、部屋に戻るのを見て、ついて行くと、「新鮮な空気を入れましょうね」と、何年も開かずのままだった窓を開け放った。
 良樹は、そんな母の行動にも、もう黙って従っていた。
 そして、大きなビニール袋を持ってくると、「いらないものを、ここに入れておいてくれる」と言って、部屋を出て行った。
 寿子は、細かいことには触れずに、ただやってもらうことだけを言って、後は、むしろ突き放していた。
 こんな企てを展開するのは、多佳子の妙案に始まったのだが、寿子は、良樹の自立を着実に促していたのだ。
 
 それから1日置いた水曜日、寿子が家に帰ると、良樹がコンビニ弁当を食べていた。
 良樹は、寿子の顔を見るなり、なにかを思い出したのか笑顔を見せた。
「アラ、どうしたの・・。なにかあったの・・」
「ウン、多佳ちゃんにね、褒められちゃった」
「なにを・・」
「帽子をかぶらないで行ったら、凄く驚いてね。素敵なイケメンだって、言われたんだ」
――ああ、やっぱり髪を切ったのを、自慢をしたかったんだ。
  よかったよ。
  でも、多佳ちゃんは、褒め上手だね。
「それから、マスクを外して顔を見せたら、盛大な拍手をしてくれて・・」
「ヘェー、良かったね」
 寿子も嬉しくなって、拍手をしながら、後ろから良樹の肩を優しく抱いて、鼓舞してやった。
「良樹さぁ、やっぱり、髪を切ってヒゲも剃ったから、その清潔感が好かれたのよ」
「それからね。多佳ちゃんから、今度の土曜日に、片瀬の海にピクニックに行こう、って、誘われたんだ。娘と一緒だって・・」
「ああ、良かったじゃない。娘さんは、きっと可愛いよ」
――多佳ちゃんには、本当に感謝だね。
  20年も続いた引きこもりが、解消できそうだよ。
   
 それから翌日の木曜日、寿子は給食の仕事が終わると、仲間と食事をしてから、コンビニに立ち寄って多佳子と話をした。
「ピクニックに誘ってくれたそうで」
「ええ、娘にも気分転換をさせたくて・・」
「でも、あなたは、すごく気を使ってくれて、本当に感謝してます」
 寿子は、何度もお辞儀をしては、涙声になってお礼を言った。
「お蔭さまで、良樹も外出する気になって・・」
「ええ、少しでもお役にたてれば・・」
「ところで、お母さんは、元気なの・・」
「ええ、父に少しボケの症状が出て、病弱の母が面倒を見ています」
「ああ、そうなの・・。あなたも大変ね」
「でも、みんな老人になるんで、仕方がないですよ」
 そんな会話をしていたが、寿子は「あなたのご亭主は」とは、どうしても聞けなかった。
 もしかして、離婚したのかもと、思ったからだ。
 しかし、なぜ多佳子が、実家に戻って、あのコンビニで働いているのか、それがずっと疑問だった。
「それでは、土曜日にお弁当を作るか、ここで買うか、しますよ」
 寿子は、そう言って別れてきた。
 だが、内心では、ロールキャベツとか肉ジャガなど、給食の調理で磨いた腕でお惣菜を多めに作って、多佳子へのお礼として届けようと思っていた。
 そのために、家族構成をさり気なく聞いていたのだ。
 
 それから、寿子はコンビニを出ると、自転車を駆ってスーバに行って,自分用のも含めて大量に食材を買い込んだ。
 寿子は、給食の調理だけでなく、顔見知りの人に料理を作ってやることが、なんとも嬉しくて、風を切って帰りながら笑みが浮かんでいた。
 家に帰ると、さっそく肉ジャガを作る準備に入った。
 ジャガイモやニンジンを水洗いするので、もう指の包帯は取っていたが、それを良樹には言わずにいた。
 ただ、多佳子の家には年寄りがいるとのことで、野菜は小さめにカットして、柔らかめに煮込むことにした。
 そして、ロールキャベツも、出汁をたっぷりと利かせて、ゆっくりと煮込んでいった。
 料理が出来上がって、味見をすると、我ながら上出来だった。
 ふと気がついて時計を見れば、もう4時を回っていたから、明日にでも届けようと決めた。
 寿子は、調理をしながらも、多佳子がアドバイスしてくれたお蔭で、良樹が立ち直るように感じられた。
 その悩みの種でどんよりと曇った空が、急に晴れてきて、なによりも嬉しかった。
お蔭で、ここ何日かを、明るい気分で過ごせていた。
 多佳子の優しい気配りに思いを馳せると、独り嬉しくなって、泪が浮かぶほどに感動していたのだ。
――ああ、いい人に出会ったよ。
  幼な馴染みで、しかも女の子、それが幸いしたのかも・・。
  良樹が立ち直る、それがなによりも嬉しいよ。
 
 そして、次の金曜日の午後、寿子は一旦家に帰ると、大きめのタッパーに入れた料理を自転車の前篭に入れて、多佳子のコンビニに行った。
 寿子は、「これは、私の気持」と言って、ビニール袋を差し出した。
「エエッ、なに、これ・・」
「肉じゃがとロールキャベツ、美味しく出来上がってるから、どうぞ」
「まぁー、嬉しいです。こんなに沢山ですか」
「そう。冷凍も出来るから・・」
「ああ、両親も喜びますよ。実は今晩、なにを作ろうかと、困ってたんです」
 多佳子は、思わぬご褒美に、嬉しさが湧き上がっていた。
 
 そして、土曜日の11時に、四人は本鵠沼の駅で待ち合わせた。
 寿子と良樹が定刻に駅に着くと、多佳子と可愛い女の子がもう待っていて、手を振って出迎えてくれた。
「私、堀内美紀です。皆はミッキーと呼んでくれます。どうぞ、宜しく」
 見れば、痩せたのっぽの少女で、小学三年生にしては背が高かった。だが、聡明な顔付きが可愛らしくて、髪を三つ編みにしていた。
「私は、寺山寿子です」
「僕は、息子の良樹、通称は、ヨッキーかな」
「ワーイ、ヨッキー宜しく」
 美紀は意外と人懐こくて、気がつけば、もう良樹の手を繋いでいた。
 引き籠りで20年も他人と接しなかった良樹は、美紀の天真爛漫なペースに嵌ってしまい、されるままに任せていた。
 
 それから、小田急の終点・江ノ島駅に着くと、多佳子は片瀬東浜に行こうと言い出した。
 小さな橋を渡って、大通りの信号を抜けた先には、秋晴れの蒼い海が開けてきた。
 そんな解放された浜辺を見ると、「ワァー、最高。ヨッキー、行こう」と美紀が手を引っばって、駆け出した。
 もうお昼時だったが、二人は打ち寄せる波に近づくと、さっそく靴を脱ぎ、靴下も脱いで、ズボンの裾を折りあげた。
 そして、二人は手を繋いだまま、打ち寄せる波の冷たい感触を、楽しそうに味わっている。
「ヨッキー、私、嬉しい」
「おお、そうか・・。オレも、20年振りだし、ミッキーと一緒だから、嬉しいよ」
 良樹はそう言うと、波打ち際で腰を落としてから、美紀に背中を向けて乗るように促した。
 そして良樹は、美紀を背負うと、意外と軽くて、子供の小ささを感じた。
「ワァー、ヨッキー、男の人に負ぶってもらうなんて、初めてだよ。大人って、背が高いんだね」
 美紀は、そんなことをしてもらったことがなかったから、もう嬉々としてご満悦だった。
 すると良樹は、ズボンが濡れるのも構わずに、前に歩き出した。
 
 小さな波が打ち寄せる前に出ると、目の前にある江の島を見ながら、「ああ、最高だぁ」と叫んだ。
 それは、思わず感動して、飛び出した心からの叫びだった。
 そして、感動した自分に出会えて、失った自分を取り戻したような気分になっていた。
 それは、他愛のないことだったが、良樹には、ここ20年とは明らかに違った思いが、彷彿と湧いていたのだ。
 そして、二人の親が砂浜で待つ場所に戻ると、「ミッキー、最高」と、また大声で叫んだ。
 多佳子との会話に始まって、今また子供との屈託のない交流が、良樹の気持を解放していった。
 そんな一連の動きを見ていた親同士が、ホッとした眼差しで顔を見合わせた。
――アア、多佳ちゃんの演出もいいし、この子役もいいよ。
  良樹は、昔を取り戻しているね。
  本当に感謝、感激だよ。
  次は、白菜のクリーム煮とか、カキフライなんかも、いいかも・・。
  私は、家庭料理の調理人だから、そんなことしか出来ないしね。
  そう、良樹の回復は、お金では買えないもの・・。
 寿子は、内心、嬉しくて、嬉しくて、ただ多佳子に頭を下げるばかりだった。
 それから、四人はお昼のご飯を食べることにした。
 
 そして、お昼のオニギリを食べ終わると、良樹が美紀に、砂山を作ろうよと言い出して、二人はまた波打ち際に飛び出していった。
 そして、黙々と一生懸命に濡れた砂を積み上げていた。
――ああ、誰かに頼られてる。
  しかも、二人で共同作業をしている。
  そう、オレは今、オレの存在感を感じているよ。
  この感覚って、たまらないな。
 そんな二人の様子を見ていると、多佳子がポツリと、「私の人世、男性にはついていないんです」と、思い詰めたように言った。
 寿子は内心、イヤな予感がしてヒヤッとしたが、それには答えずに、ただ黙って海を見ていた。
「前の主人は、女癖が悪くて、私、離婚したんです」
「・・・」
「ええ、何年もイヤな思いで、我慢してきましたけど・・」
「そうなのか・・。まぁ、男も女も、二十歳を過ぎたら、人間性は変わらないのよ。だから、離婚したのは正解かもよ」
「そうなんですかね・・」
 多佳子は、落ち込んだ顔を、さらに寂しそうに曇らせた。
――ああ、多佳ちゃんは、離婚したのか・・。
  良樹が36才だから、確か多佳ちゃんは33か、4だよ。
  お互いにいい年頃だけど、まぁ、二人の結婚まではムリだよね。

「でも、美紀が可哀想で・・」
「ああ、そうなら、休みの日にでも、我が家においでよ。良樹が遊び相手になるし、それで良樹も、もっと明るくなるから・・」
「エッ、いいんですか」
「ええ、どうぞ。歓迎しますよ」
「ああ・・、そんな家庭訪問も、二人の気分転換には、いいですね」
「良樹は、パソコンでゲームをやっているんでしょうけど・・。でも、美紀ちゃんが家に来て、学校の宿題を見るとか、塾の先生になるとか、なにか役割を持たせれば、もっと興味が湧くかも・・」
「ああ、それは、いいアイデアですね。また、さり気なくプロデュースしてみますか」
 二人の親は、嬉しそうにうなずきながら、手を握り合った。
――そうか。多佳ちゃんの気分転換にも、なるかもね。
  そうだよ、家族ぐるみで、寂しさを吹き飛ばして、癒し合うのよ。
  ああ、なんか光が見えて来たね。
 
 そして、午後の2時を過ぎた頃、砂山作りに飽きた二人が、母親の所に戻ってきた。
 すると、多佳子が「美紀ちゃん、これから、ヨッキーの家に行かない」と問いかけた。
「エッ、いいの・・」
「このオバサンがね、同じ町内会だから、寄って行かないか、って・・」
「ワァー、嬉しいな。だって、まだヨッキーと一緒にいたいから・・」
 良樹も驚いたが、むしろ望むところだった。
 多佳子は、ふと思いついたシナリオで問いかけたのだが、美紀が話に乗ってきたので、寿子と目を合わせると笑みを交わした。
 それから、小田急で本鵠沼まで戻ると、寿子が「今日は温かいから、アイスでも食べない」と声を掛けて、コンビニに立ち寄った。
 良樹も、久しぶりのアイスに嬉しくなったのか、収納ケースを覗き込んで、あれこれと選んでいる。
 そして、寿子の家に着くと、居間のテーブルを囲んで、皆で食べ始めた。
「美紀ちゃん、この家の場所、判る・・」
「ウン、判るよ。駅前の通りを北に来て、薄茶色の塀で囲まれた家の角を、左に曲がるんでしょ」
「おお、すごいな。もう、覚えたのか」
 思わず声を挙げたのは、良樹だった。
「だったら、ヨッキーの家には、いつだって来れるじゃない」
「エッ、いいの・・」
「オオ、大歓迎だよ」
 多佳子は、良樹が子供の頃から優しかったのを知っていたから、娘を良樹に任せることにした。
――そうよ。良樹さんは、なにかにつまずいて、転んだだけよ。
  根っから優しくて、人柄がいいの・・。
  私、こんな人と結婚したかったな。
 しかし、娘がこんなに喜ぶ様子を見て、「ああ、離婚したから、父親の味を知らないんだよね」と、悔恨の気持も思い起していた。
――でも、なんかホッとして、幸せだね。
  だって、この子がこんなにはしゃぐなんて、初めて見たもの・・。
 だが、良樹の気持は、美紀の言いなりになって、それに応えることに嬉しさを感じていた。
 そんな様子を見ていた寿子も、嬉しくなって、多佳子のプロデュースに晴れやかな気分になっていた。
 確かに、この4人にとって、同じテーブルを囲んでアイスを食べるなんて、初めての団欒だった。
 
 その日の夕食は、作り置きしたロールキャベツを二人で食べた。
 すると、良樹が「オレのお昼は、コンビニ弁当がいいな」と言い出した。
 寿子は、しばらく考えていたが、直ぐに「それが希望なら、それでもいいよ」と応えた。
――やっぱり、多佳ちゃんと繋がっていたいんだね。
  まぁ、どんな動機でも、外出をしてくれれば、それでいいよ。
「そうか、そうしよう。実はね、私、朝が早いでしょ。だから、あなたのお昼ご飯を作るのは忙しいのよ。コンビニ弁当にしてくれたら、助かるな」
 良樹は、返事をしなかったが、寿子は同意したものと思った。
「でもね、今度、インスタントの味噌汁を買っておくから、自分で作るのよ。豆腐とかワカメも買っておくからね。それで、いいの・・」
「ああ、いいよ」
「あのね、健康第一だから、栄養を取らないと。私、明日買ってきて、作り方を教えるから・・」
 良樹は、黙っていたが、多分、素直に従うと、寿子は思った。
 
 その後、土曜日の午後になると、美紀は待ち切れないとばかりに、毎週、良樹の家にやって来た。
 そして、学校の宿題の他に、多佳子が買ってきた学習ドリルも教えるようになっていた。
 美紀は、父親代わりの良樹に教えてもらって、俄然、勉強をすることが面白くなってきて、意欲も出てきた。
 そんな様子を見ていた寿子は、3時になるとおやつを用意して、楽しいお茶会を開いていた。
 さらに寿子は、自分の得意な腕前で作った惣菜を、週に2回、多佳子に感謝の気持で届け続けていた。
 良樹も毎日、コンビニ弁当に自分で作った味噌汁を添えて、自分なりの生活を取り戻していた。
 
 そして、ある日、多佳子から寿子に相談があった。
「このコンビニの店員に欠員が出来てね。午後の4時から7時の間なの・・。店長が、誰かいい人はいないか、って、言うの・・。それで、良樹さんは、どうかな・・」
「ああ、そうしてくれれば、私も嬉しいけど・・」
 寿子は、二つ返事で了承した。
「仕事は、当分の間、私が時間をダブらせて教えますから・・」
 だが寿子は、もし間違いが起きたらと、心配して考え込んだ。
「それだったら、私にもレジを教えて・・。二人でやればミスはないし・・」
「そうね。それなら、社会復帰が早くできるかも・・」 
「ああ、多佳ちゃん、ありがとう。あなたから言えば、良樹もヤル気になるかも・・。私、涙が出るほど嬉しい。本当にありがとう。ああ、あなたは女神よ」
 寿子は、思わず多佳子の手を握り締めると、泪が溢れ出して、何度も頭を下げた。
――アア、多佳ちゃんのプロデュースは、最高だよ。
 
                           ― おしまい ― 
 
 

 





     コメントする
タイトル*
コメント*
名前*
MailAddress:
URL:
削除キー:
コメントを削除する時に必要になります
※「*」は必須入力です。