□ウォーキングの一言 平塚市内のウォーキング・ポイント①
今回は、平塚市内(西部地区)を中心としたウォーキングポイントについて紹介してみたいと思う。 ミニウォーク、KWA登録イベントにおいて、一度は尋ねた場所ばかりであるが、改めて訪ねてみると、市内のウォーキング・ポイントも数あることがわかるとともに、その歴史に触れることもできる。 以下尋ねた順番に記載してみる。
○松岩寺 言わずと知れた市内有数のお寺であり、平塚八景「霧降の滝・松岩寺」の一つに数えられている。開山は古く、1502年に曹洞宗大本山総持寺直末の寺院として萬年山と号し開山した。 吉沢を通る相模原大磯線(伊勢原大磯線)の松岩寺バス停から西に登っていき、石段を登りきると正面に本堂が見えてくる。ここ松岩寺は、市内でも高所にあるため、雪景色は墨絵調の落ち着きと風景を醸し出すといわれているが、この季節に訪ねたことがないため、ぜひ一度は訪れたいと思っている。 また、冬のみならず、つつじの季節、紫陽花の季節と、ウォーカーの目を楽しませてくれる景色がそろっている。 また、本堂横には「不老水」と名付けられた湧水が出ており、500年以上も枯れることなく湧き続けているという。残念ながら飲水には適していないようであるが、農薬を使用する以前の大昔には、飲み水として使用していたのではないかと勝手に想像しているのですが。 もう一つの見どころが、お寺の裏方に広がる畑の高台から見る風景といえる。眼下に遠くは江の島、三浦半島が眺望できるのですが、最近はガスがかかりなかなかお目にかかることができない眺望ですので、一度はこの地からの眺望を見てみたいと願っています。もっともガスのない日を選ばないと、開けた眺望にお目にかかれないため、何か月も前から計画するウォーキングイベントでは難しいかと。 ○霧降の滝 松岩寺から15分くらい歩くと霧降の滝に出合います。重なり合った岩から流れ散る様から「霧降の滝」と呼ぶようですが、不段は水量が少なく、糸のような流れであり、なかなか名前に合わせた姿を見ることが難しい滝となっています。毎年ウォーキングでお邪魔しているところですが、期待外れが多く、これまた残念の限りです。 しかし今年の6月に実施したミニウォークの下見においては、結構な水量があり、参加者の目を楽しませてくれたようです。 もう一つの楽しみが、周辺の森林浴です。明るい木立の中の山道を歩いていると、木々の香りが体中にしみこむような気になってきます。何十分も歩いたわけではないのですが、気分的には結構リオフレッシュできますので、霧降の滝を訪れた折には山歩きもおすすめです。 ○妙覚寺 ご存じ「四脚門」で有名な天台宗のお寺さんです。四脚門は桃山時代に建立されたといわれ、開山自体も1199年であり歴史を感じさせるお寺さんですが、庭の手入れが行き届いており、きれいなお寺さんという印象です。 ○吉沢の池 吉沢地区は本来干ばつに弱い土地柄であり、この干ばつを防止するために作られたのが霧降の滝の下流にある吉沢の池です。昭和8年に着工し、10年に完成したとのころ。池の西側は整備されており、霧降の滝に通じているので、こちら側から滝に行くのも楽しいコースとなる。 水量が少ないせいか、池の水は緑一色であり、周囲の木々が溶け込んだような感じ。池自体が小さいため、箱庭を見ているような感じもし、小さな魚もいるようである。 ○延命寺 やはり天台宗のお寺であり、グリーンパークの東側に位置する。神奈川大学、グリーパーク方面にウォークする際は時折お邪魔しているお寺さんです。ゆっくりとお邪魔したことはないのですが、広い本堂と庭に趣があるため、一度ゆっくりと立ち寄りたいと思っています。 お寺自体も高台にあり、周囲には畑が広がっており、かつ、眺望も開けているため、いくつかのコースメイクが可能な地域となっている。 話は脱線するが、平塚市の天台宗のお寺は8寺存在し、なぜか徳延以西に存在し、先に述べた妙覚寺、この延命寺、これから述べる光明寺、妙圓寺がこの西部地区に存在する。 ○光明寺 坂東三十三観音霊場 第7番札所であり、金目観音の光明寺といったほうが分かりやすいかも。 金目方面にウォークするとき必ずと言っていいほど立ち寄らせていただくお寺さんです。光明寺はその歴史も古く702年に小浜の海女さんが海中より観音様を拾い上げ、この観音様を聖観音の木造の胎内に収め祀ったことが始まりとか。 また、この地は平塚八景にも指定されており、金目川堤の桜と一体となった風景は感動的な風景を醸し出しています。また、西に目を向けると桜越しの富士山が眺望でき、富士見百景にも登録されている場所です。 光明寺にはいろいろな観光ポイントがあり、二王門、金剛力士の立像、1498年に建立されたという観音堂をはじめ、七福神のそろい踏み、文殊菩薩、普賢菩薩と見どころ満載である。 ○土屋一族の墓 土屋地区に存在する土屋一族の墓。ウォーキングにおいて訪れたこともありますが、郷土史を専門に研究している方でもないと正確にはどのような一族なのか答えられないのではないでしょうか。 日本の起こりが石器時代、縄文時代、弥生時代、大和飛鳥の古墳時代、奈良時代、平安時代と続き、武家政権(鎌倉時代)へと続いていくわけですが、平安時代末期までさかのぼることになります。 土屋一族の起こりは、「土屋三郎宗遠」といわれており、酒匂川流域の足柄平野に武士団の勃興に合わせるように、上流一帯には、河村・松田氏、中流域には山内首藤氏ほかが存在し、下流域には中村氏一族が支配を行っていた。この中村家一党が、中村家、土肥家、土屋家、二宮家、のちの小早川家の五家に分かれたのである。このうち、中村荘子宗平の三男坊(1128年生)がいつのころか不明ではあるが、土屋郷に住み着き郷土の名を名乗り土屋家を起こしたのである。 土屋家の滅亡は、11代目宗貞のころ、1416年ころ上杉禅秀の乱に加わり、上杉家が敗れたため土肥家とともに土屋の時代は幕を閉じている。 しかし、土屋家の勢力は、この地を追われてもなお、西相模の一角で士豪的勢力を保っていたらしく、土屋地区に土屋姓は残っていないものの、伊豆、山梨、長野方面に数多く存在する土屋姓はその名残ではないかともみられている。 この時代は、北条・頼朝にまつわる幾多の戦禍が関係しており、石橋山の合戦、湯河原の穴戸の窟屋等もこの時代の話であり、じっくりと歴史を調べてからのウォークも歴史好きには魅力あるものと思う。 ○妙圓寺 有名なのは銭洗い弁天か。ここも幾度となくお邪魔している天台宗のお寺さんである。土屋の弁天様、平塚市内唯一の五輪の塔等がある。弁天様の奥に洞穴があり、その奥に幾多の仏像が安置されているため、訪れた時にはお参りをしたいものです。 土屋地区大寺分に存在する早田、人増の両地区に分布している水島姓を持つお宅が存在しているが、一説によると水島氏は甲斐武田二十四将の一人である土屋氏の末裔ではないかともいわれ、ご先祖の地に舞い戻り、姓を変えて水島氏を名乗り安住の地にしたのではなかろうかという説も存在する。 この妙圓寺はその水島氏の菩提寺となっている。そのように考えると、土屋一族の末裔は今もって綿々たる伝統を保ち続けていることになる。 ○遠藤原・七国峠 平塚八景のひとつ。平塚市の高原地帯ともいえる場所であり、遠藤原からの風景は、東に目を向けると遠くは厚木以東が眺められ、西に目を向けると、雄大な富士の姿にお目にかかることができる場所なのですが、松岩寺の裏の高台と同様に、その日のガス次第ということに。七国峠は、その名の通り昔は七つの国(甲斐、駿河、伊豆、相模、安房、上総、武蔵)が一望できたといわれています。現在でも素晴らしい景観が楽しめますので、遠藤原とセットでの高原ウォークを楽しんでいただけたらと思います。 ○その他 七国峠まで来ると足を延ばしたいのが中井町にある厳島湿生公園です。もともと湿地帯であったのですが、高度成長とともに荒れ果ててしまい、近年になって昔の自然を後世に残そうと再整備し、公園として開放しています。今では、小さな水生生物をはじめ、カワセミの姿が見られるなど、四季折々楽しめる場所になっています。 中井町から南に転ずると二宮町になります。 町役場上にある吾妻山は山頂の菜の花ウォッチングをはじめ、山頂からの富士の雄大さ、箱根、伊豆の山々等、300段近くある急な石段を登る苦しさも忘れさせてくれる景観が見られる場所となっています。 吾妻山から西方向にウォークすると、相模二宮神社である川匂神社があり、2月には多くの吊るし雛が飾られています。今年は大雪の影響でウォークを中止してしまいましたが、11月には「秋の吾妻山」と銘打ち、ウォークを楽しみたいと思っています。 もう少し西に転じると、小田原市に入っていき、橘地区には「羽根尾史跡公園」があります。古墳時代後期の横穴墓群が160基以上が確認されており、現存23基、うち20基ほどが確認できる。山頂のあづま屋からは、相模湾の眺望がすばらしく、二宮ウォークの際はぜひとも立ち寄りたいところです。 橘地区には、西湘テクノパークが造成されており、その中に「山安」の工場があります。羽根尾史跡公園を訪れたときは工場に立ち寄り、美味しい干物をゲットするのもウォークの楽しみになってきました。 11月に実施するウォークでも山安の工場への立ち寄りを計画しますのでご期待ください。
□ウォーカーの独り言 「 渋田川の紫陽花 」 今日の主役紫陽花は、出発式で、のっけからのマイナス情報で、あまり器量の良い顔を見せて呉れそうもありません。 それでも看板が看板だからどんな装いを醸し出してくれるかと期待しながら、体格のいい機関手の旗が引率し、ブッシュ掻き分けながら出発。 この日のウォークは、ウォーク55とウォーク45とアナログ人間には何のことか? 生半可のまま長い距離17キロにくっ付いていきましたのが、大きな間違いでした。 昨年10月転んでじん帯損傷となり、痛めた足の影響でそれ以来歩幅が著しく狭まり足の回転を速めて補ったつもりが、返ってエンジンの負担が過重となりどんどん速度が落ち、ついにけやき公園でエンコしてしまいました。 少しでも早く先に行きたいとの気持ちを優先したのが、選択ミスでした。 眼の前を何事も無かったように55組の健脚が出発して行きます。その情けない気分を早めの弁当でゆっくりと堪能して、やっと落ち着きました。お陰で後からついた45組の中に久しぶりの顔に出会い何とかギアチェンジしてなんとか完歩出来た次第です。 黄昏の ゆるい体操 浅呼吸 45と55 途中分かれる 二連結
先頭は D51ごとく 引っ張って 戸沢橋 今の自分の 位置を知り ややこしい 地図と並足 急ぎ足 一穴に してはこの列 長すぎる 装いは 今日は地味なり 渋田川 紫陽花と 黄昏の足 ボケ比べ 鑑賞は 紫陽花見ずに 前の足 炎天下 始末の悪い 顔を出し けやき公園 選択違いの 足を止め 大百足 ショートカットの 足が抜け 路線バス 思わぬ数に 満腹し 過ちは 双方にあり 会報誌 疲れた黄昏のウォーカー |