日本のプログレッシブロック 新●月

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2016/03/22 14:50:56|新●月アルバム
2005年 「新●月●全●史」 
2005年12月16日に発売になった新月のボックスセット「新●月●全●史」(The Whole Story of Shingetsu 1976-1982)です。

ボックスには5枚のCDと1枚のDVD、ブックレットが収められています。また、ボックスを発売したニ店舗には特典がついていました。

デビューライブのちらしとチケットの復刻版、「新月/新●月」の紙ジャケを復刻したジャケット、『殺意への船出PART2』の楽譜の一部、「プログレの逆襲」と名づけられたCD(これは、新月前身バンドSerenadeが、1976年に参加した目黒区民会館のライブのアンコール用プログレメドレーのリハーサルを収録したものです)が、それぞれのお店で特典としてついてきました。


掲載写真は、左側がボックスの表紙で、星男のコスチュームで『殺意への船出PART2』を歌っている北山さんです。ボックスの裏には、日本語と英語でボックスの内容が説明されています。背表紙は演奏している5人のメンバーの顔写真です。

右側がボックスに封入されていたブックレットの表紙で、こちらは白の鬼装束で『鬼』を歌っている北山さんです。ブックレットには、新月メンバー、レコーディングディレクター森村さんの寄稿文、HAL、Serenade、新月の写真、全曲の歌詩、全曲の解説文が掲載されています。

ブックレットに掲載されている新月の写真は、ロック専門カメラマン故迫水正一さん、新月ファンクラブ会長で劇団インカ帝国・文学バンドの小熊一実さん、松原信好さん、迫水正一さんのお弟子さんの黄泉谷アピさんが撮影されています。

この、故迫水正一さんが撮影された写真についてですが、ボックス制作にあたり、花本さんが迫水正一さんの作品を使わせていただきたく、長くずっと捜索をされていました。

その膨大なフィルムが、映像作家井出情児さんの山中湖スタジオで、未整理のまま管理されている事が分かり、井出さんへお伺いのメールを花本さんがお出ししました。

すると、なんと、そのメールをお出しした一週間前に、迫水さんの奥様が偶然、その膨大なフィルムの中に「新月」の文字を見つけられていたそうです。そのネガは6本。
花本さんは奥様から直接ご連絡をいただき驚いたそうですが、奥様も驚かれていたそうです。


新月曲のタイトルは全て日本語と英語と両方の表記があります。ほとんどのタイトルの英訳は津田さんです。

日本語と英語では、内容が異なる曲がありますが、新月は、日本語から英語への直訳を避け、英題はその作品の核心をダイレクトに表わし、邦題ではもっと含みをもった、イメージが広がる文字を使っています。
ただ『鬼』をあくまで日本語の『Oni』としたのは、devilなどにすると、全く意味が違ってくるからだそうです。


・DISC 1 新月/新●月 New Moon/Shingetsu Remasterd

1 鬼 Oni
2 朝の向こう側 The Other Side of the Morning
3 発熱の街角 Influential Streets
4 雨上がりの昼下がり Afternoon-After the Rain
5 白唇 Fragments of the Dawn
6 魔笛"冷凍" Magic Flute "Reitou"
7 科学の夜 The Night Collector
8 せめて今宵は Return of the Night


「新月/新●月」は、このボックス以前に、LPとCDで4回発売されていますが、これは、ビクターの保管庫に保存されていた1979年のアナログマスター盤を、25年ぶりにビクターにて、メンバー自身でリマスタリングした盤です。
従来発表されていた音源で弱かった中低音部分がパワーアップし、ラジカセやヘッドホンで聴いても充分に楽しめます。
デジタル技術がようやく当時の新月に追いついた感があります。


1.『鬼』
作詩作曲共に花本さんの作品です。

新月曲の中で、『鬼』は津田さんが一番お好きな曲です。
津田さんの言葉を引用させていただきます。

”全てにおいて完成度が高い。
日本の音楽史上、他に類のない曲だ。
花本は最後のリフ前のギターがいいと言うが、他の部分のフレーズは全部決められていて自分が自由にできる個所はあそこしかなかった。”

すでに『回帰〜鬼』(アルバム「セレナーデ+科学の夜」ではタイトル『回帰パート2』)をお聴きの方はご存知のように、この曲のメインモチーフ(間奏のフルートの部分)は、セレナーデ時代に出来上がっていました。

その後、前後のヴォーカル・パート部分を花本さんが、ご自分でギターを弾いて歌いながら作り、最初出来ていたモチーフを、あたかも変奏に聴こえるようにボーカルラインを作って行きました。

そして作曲上もっとも気を使ったことは、それまでにあった琴や尺八を使った和風ロックのえげつなさを排除することだったそうです。

演奏については、ドラムの高橋さんの役割りが大きな位置を占めており、その精細でストイックなドラミングは新月の核をなすものだそうです。

翌1980年に鈴木さん、高橋さんが脱退し、ここに第二期新月の活動は一度ピリオドを打ちますが、2004年に再結成へ向けて新月が活動を始めた頃、海外のプログレフェスへ新月が招聘された時、高橋さんの予定だけが、未だ立たない段階だったため、ほかのドラマーで参加を、とのオファーに対し、ドラムは高橋さんでなければ新月ではない、と、花本さんが断固として参加をお断りしたエピソードは、その事を証明しています。

作詩も花本さんですが、この詩を読んだ北山さんは、一言だけ
「暖炉」を「囲炉裏」に変えました。
これが今、わたしたちが聴いている『鬼』の詩です。

何度曲を聴いても、何度詩を読んでも不思議な、『鬼』

鬼とは何なのでしょう?

"鬼とは何か、未だにわからない"
と花本さんご自身もおっしゃっています。


2.『朝の向こう側』
津田さんの作詩作曲です。ボーカルも津田さんです。
世界観としてはC.S.ルイスの「ナルニア国物語」のようなもの、だそうです。

この曲のこの場所はどこなのでしょう?
津田さんは「この曲は私たちのリアルライフを、最大限の皮肉を込めて歌っているのかもしれない」とおっしゃっています。
一見、さわやかな、のどかな、ファンタジーな風景を描いた曲にも感じますが、果たして?


3.『発熱の街角』
北山さん作詩作曲です。
それまで、作曲に2時間以上かけないのが信条の北山さんですが、この曲には2日かかりました。
詩についてはセレナーデ時代からやや傾倒していたシュルレアリスムを意識したものです。

この曲は「逆回転」から始まります。このアイディアは、ミキシングブースで偶然、この曲の逆まわしの音を聞いたことに端を発し、逆回転でモニタリングしながら、楽器を一つずつ抜いていき、ちょうどいい緊張感が出るポイントを探っていったそうです。
マーチ風のアレンジの曲で、新月には珍しく夏のイメージの曲ですが、実際、詩は7月の巴里祭をイメージしています。


4.『雨上がりの昼下がり』
詩は北山さん、作曲は花本さんです。詩は都内のある公園をイメージして書かれています。

個人的には、この曲を聴いた時に浮かんだのは、ルネ・マグリットの絵画ですが、1979年の新聞にも、マグリットの絵を連想する、という評がありました。
芝ABCのライブでは、実際に北山さんがレインコートを着て、ベンチを担いで登場しています。

教会のオルガン曲が大好きな花本さんが、その影響を受けたサビの部分を中心に前後を作った曲だそうです。

ちなみに、花本さんは、ロックピアノの師と仰いでいるのは、エルトン・ジョンさんで、アクセントの位置や、オブリの入れ方などとことんコピーをさせてもらったそうです。
またオルガンの師と仰いでいるのは、もちろんプロコルハルムのマシュー・フィッシャーさんと、ZEPのジョン・ポール・ジョーンズさんです。

中間のソプラノサックスは、レコーディング・ディレクター森村寛さんによるもので、新月唯一の本物の管楽器入りの曲です。


5.『白唇』
作詩は津田さん、作曲は津田さん、花本さんです。
"ベースを聴くためにあると言っても過言ではない”曲で、"鈴木さんのメロディメーカーとしての才能が如何なく発揮されている”と、また、津田さんの"ガットギター、スチールギター、エレキギターと幾重にも重ねて録音し、それらを最終段階で微妙にブレンドしている。耳を澄ませばその音色変化を楽しむことができる"と新月全曲目解説に花本さんが記しています。
また、イントロの後半部分に、降り積もる雪の中を歩く人の足音が効果音として入っています。

曲は、津田さんが大半を書いていました。
当時津田さんと花本さんは、新宿のキャバレー「ムーラン・ドール」でコーラスバンドの演奏のアルバイトをしていました。
このコーラスバンドのメインボーカリストは「破天荒」の阿久津徹さん(後にマンドレイクに参加)です。

ある日、この休憩時間に、おそろいのピンクのジャケットで楽屋に戻ってきた時、津田さんが「良いリフが出来たんだけど」と、イントロのフレーズをストラトで弾き始めました。

花本さんは、津田さんらしい、クールで良いフレーズと思ったそうですが、津田さんは、それ以降のBメロに相当するところが煮詰まっていたので、30分の休憩時間に8小節づつ、二人でその曲を作る事になったそうです。

「君の白い唇に 降る雪 そのままに 凍るよ」
までを花本さんが書きました。

「移り行く季節には 名前など ないけれども」
までを津田さんが書きました。

「そのまま眠れ 夜明けのカケラよ
 閉じた瞳は 明日を夢見るのか」
までを花本さんが書きました。

そう思いながら聞くと、おふたりのメロディーのくせがよくわかります。
こうして、津田さん的であり、花本さん的である曲が出来て、津田さんがサビへと繋げました
ちなみに、津田さんがお好きなのは「シドレソ」だそうです。

サビは、仕事が終わった後、セレナーデ時代からメンバーの住居兼練習場である、福生牛浜にある米軍ハウス北側の部屋で作ったそうですが、サビをお互いどちらが作ったかは、定かではありません。

ただ、メロディからいくと津田さんのようでもあるそうですが、「超えてきみのもとへ」のメロディは、通常津田さんはこのような飛び方をしないので、花本さんではないか、との事です。

全体の変奏的なアレンジは花本さんの得意分野なので、このような曲になりました。
そして、ハウスで練習をしながら、歌詩を煮詰めていったそうです。

『白唇』は鈴木さんが一番お好きな曲です。
鈴木さんによると、最初の頃はベースの鈴木さんのフレーズと高橋さんのキックのタイミングが違っていたそうですが、高橋さんのキックのアクセントがかっこいいので、ベースも全部それに合わせることにしたそうです。そしてその合間を埋めるようにしてメロディーを組み立ていったそうです。


このアルバムの中では、『朝の向こう側』と『白唇』は、津田さんの詩によるものです。この『白唇』も一見ロマンティックな詩のようにも思えますが、これも果たして?


6.『魔笛"冷凍"』
タイトル及び発想は劇団インカ帝国団長の伊野万太さんによるもので、1978年に上演された作品「親王宣下」に挿入された曲で、作曲は北山さんです。

冷凍という言葉のイメージが、新月にぴったりという事で一時は、アルバムタイトルを「冷凍」にし、花本さんによるジャケットの原画も製作されたとか。
ジャケットとタイトルについて、花本さんの解説を転載させていただきます。

「アルバムタイトルは「冷凍/新月」こそふさわしいと僕は思っていました。
当時の(若い)僕たちの気負いもあり、熱狂より覚醒を、という意識が大きく働いていたからです。
当初のジャケット案は小高い丘の草原に大小様々の氷の塊があり、その高天原的原っぱを行き来する和服の女性やウサギややぎなどの動物が全部もしくは部分的に氷の中に入っているというシュールなものでした。
そのジャケを写真撮影と合成で作ろうという段階まで一時は進みましたが、その後の紆余曲折でこの案は廃案になりました。そして「魔笛冷凍だけが残った」というわけです。」


1979年に録音された曲ですが、それまで単音しか出ないものと思っていたシンセサイザーにポリフォニックというものが登場して間もない頃で、おそらく国内で始めてプログレにシークエンサーが使われたのがこの『魔笛"冷凍"』だそうです。

当時小久保さんが繰る巨大なシンセサイザーから低音が「自動的に」流れ出した時、メンバーの驚きは大変だったとのことですが、今では「当たり前」の事が、1979年、という年代を考え、いかに新月が最先端の事を行っていたか、をあらためて認識させるエピソードです。


7.『科学の夜』
作詩北山さん、作曲花本さんです。

動ー静ー動というオーソドックスなスタイルの曲です。

新月曲の中で、どの曲が一番お好きですかとの質問に、『鬼』『白唇』『せめて今宵は』『殺意への船出partU』『雨上がりの昼下がり』などの中から散々悩まれた高橋さんが、ドラムを叩いている時の陶酔感からいくと、この曲が一番です、と答えて下さった曲です。

アルバム制作にあたり、当時レコーディングディレクター森村さんから提示された曲順は
A面『鬼』、『赤い目の鏡』、『白唇』 
B面『殺意への船出PART2』、『せめて今宵は』
でした。

しかし、『殺意への船出PART2』と『赤い目の鏡』は、アレンジ面でまだ未消化の部分がある事や、北山さん、津田さんの強力なソングライティングを持ったメンバーの出番が少なすぎるという事もあり、メンバーで話し合って、曲の最終的なラインナップが決まりました。

「新月/新●月」が制作された時代は、アルバムと一緒にシングルを出す風潮もあり、アップテンポでやや短めの曲として急遽作曲された第二期新月の中で最も若い曲です。当初は、A面一曲目を意識して作曲されました。
ドラムのリズムの威勢がいいので、いきおい早くなる、そうするとギターが弾けなくなる。ドラムがどこまで我慢できるか、が演奏のポイントだそうです。

曲を作る時、時々花本さんはタイトルだけを先に付けてしまう事があります。『科学の夜』もそうでした。

タイトルだけが決まった曲に北山さんはそれに詩をつける、という事をやってのけたのですが、花本さんがインストルメンタルだと思っていた部分に歌詩が入り、花本さんは驚いた覚えがあるそうです。

そして北山さんによって、アルバム全体が 夢-夜-朝-昼-夜-夢と、ひとめぐりするように整えられました。


8.『せめて今宵は』
作詩北山さん、作曲花本さんです。
花本さんが、シンプルで美しいメロディーを持った曲を作りたいと意識しながら、深夜、小さなアップライトピアノを前にちょっとずつ丁寧に作っていかれたそうです。

当初は、詩も花本さんでしたが、『科学の夜』の後にこの曲が決まった時点で、北山さんは、このタイトルと「今宵かぎりで 消えた街路燈 せめて今宵は 星を降らせて」だけを残し、すべて詩を書き換えました。


ピアノ一つでも、エレピにするかアコースティックにするか、花本さんは一番悩んだそうです。
結局その両方を弾いてブレンドした音色を、今わたしたちは聴く事ができます。

アルバムの最後を飾る、品位の高い曲『せめて今宵は』

1979年当時、この曲でアルバムが終わると、また始めに戻って『鬼』を聴きたくなり、A面を聴いてはB面へ、B面を聴いてはA面へと、LPレコードを繰り返しひっくり返しては、プレイヤーに乗せて、針を落としていた事を思い出します。



・DISC 2 遠き星より/新●月 From a Distant Star/Shingetsu

1 生と死(新曲2005) Life and Death (new song)
2 赤い目の鏡(新アレンジ2005) Reddish Eyes on Mirror (new arrangement)
3 殺意への船出パート1(未発表曲/新アレンジ2005) The Voyage for Killing Love part1 (new arrangement)
4 殺意への船出パート2(新アレンジ2005) The Voyage for Killing Love part2 (new arrangement)
5 島へ帰ろう(新アレンジ2005) Homing to the island ( new arrangement)
6 鼓星(未発表曲1979) Orion / Tsuzumi Hoshi (unreleased)


当時ライブでは演奏されていましたが、「新月/新●月」に収録されていない未発表曲と新曲を26年ぶりに新月メンバーで新たに録音したアルバムです。

一番最初のリハーサルには、北山さんは参加できず、四人で26年ぶりに音出しをしたのですが、全員ほとんど曲を覚えておらず大笑い。しかし、音はしっかり新月だったそうです。

新しい録音について、新月メンバーは、今の社会や自分の反映であるこの音に対して、大変満足しているそうです。


1.『生と死』
1979年26年ぶりの新月の新曲です。新月にあるまじき?譜面なしの一発録り、『魔笛"冷凍"』に次いで新月二曲目のインストルメンタルです。

この曲は12月16日発売「新●月●全●史」に先駆けて10月に新月メンバー4人によって行われた、Phonogenixコンサートで、初めて披露されました。

当初は新録音の『赤い目の鏡』のイントロ部分として考えられていたそうですが、結局長い独立した一曲となりました。
新月コンサート、Phogenixコンサートをご覧になった方には、よくわかると思いますが、鈴木さんがドライバーのような金属の棒でベースを弾いています。

「個々の生死を乗り越えたいのちの大きな流れを表現したかった」した作品です。中近東のイメージが大きく広がる曲で、そのイメージがそのまま、次の『赤い目の鏡』へと続いていきます。


2.『赤い目の鏡』
津田さんの曲に、花本さんが歌詩を書いています。当時のボーカルは津田さんです。新録バージョンでは、津田さんではなく北山さんがボーカルをとっています。

『赤い目の鏡』の新録音について、花本さんの言葉を転載します

「『赤い目の鏡』は調性を変えての試行。Gは男性的な、Fは女性的なエネルギーをもっているとよく言われているが実際にGからFにキーを変えるとそのことが面白いくらいによくわかる。

赤目はグレイトジャーニー的要素を持っているので、これまたある意味女性的なイスラームのモードをかぶせるとこの上なくマッチする。
教訓 調性は手癖で決めてはいけない。」


3.『殺意への船出PART1』
OutOfControl時代に作られた、花本さん、北山さんのコンビの最古の曲です。未完成の曲でしたが、この新録音でリフの部分を新しく作り直し30年の歳月を経て完成する事が出来ました。
歌詩は当時に書かれた「錆びついたナイフ」が「傷ついたナイフ」に書き換えられています。

4.『殺意への船出PART2』
この曲は、花本さんが10代の頃作曲した曲で、Serenade時代から演奏され続けています。
各パートの演奏に自由度が高かったというSerenadeですが、この曲だけはそうではありませんでした。
ちなみに、新月版では、星男と王女を北山さんが一人で歌い分けていますが、Serenade版では星男を高津昌之さんが歌っています。

Serenadeから新月へと受け継がれていたこの曲は、しかしその自由度とは別に、進化し続けています。
今回の新録音ではさらに新しい解釈となっています。イントロ部分はイスラムの古い寺院遺跡などで、弦の鳴りの良いイランのオーケストラに演奏してもらうことを想定してアレンジされています。

今回の新録音にあたり、この『殺意への船出PART2』は未完成である、という事にメンバーは気付いてしまったそうです。
さらに進化する曲、『殺意への船出PART2』。

『殺意への船出』の当初からの構想では全部でPART5まであり、北山さんの解説によると、このPART2は、実はPART4だそうです。

PART1が殺意への船出そのもの。
PART2は殺意を手に入れようと旅する少年の苦悩。
PART3は殺意を手に入れ、地球を終末へと向わせた何者かを攻撃(歌になり難いのでインストかも)。
しかしM20(射手座の三裂星雲)の王女が登場し、「そのナイフを振り下ろしてはなりません」。
この一言でPART3はカットアウトされ、あのオルガンのイントロに導かれPART4へ。
生きる意味を見失った男には瞳がなくなり表情がなくなる、ただ王女への想いだけが……。という構想だそうです。

ここで、北山さんはPART1の歌詩に「錆びたナイフ」を使われたことを「重大な失敗」とおっしゃっています。この時点では錆びているべきではなく、今回「傷ついたナイフ」で逃げたそうですが、ここに相応しい言葉を考え中だそうです。


花本さん:
新月の代表曲ともいえるこの大曲を新録音するには、かなりの勇気が必要だった。
バンドのアンサンブルは昔のテイクにかなうわけがないからである。
それでもあえてそうしたのは、この曲にもう一度この時代を生きるチャンスを与えたかったからだ。
「鬼」が地(球)とすれば「殺意」は天(球)であり、本当に不思議なことだが、この二曲は僕の中で分ちがたく結びついている。



5.『島へ帰ろう』
花本さんが新月曲のなかで一番お好きな曲です。
『せめて今宵は』と同時期の、プロコルハルムの『青い影』を意識したアレンジを考えていた作品だそうです。

しかし、なぜか歌詩は公募され、結果的にこの歌詩とのバランスで従来ではレゲエ風で演奏されていました。
この楽曲のもっとも大きな特徴は「無限転調サビ」。
Cで歌い始めたメロディーが二度上のDで解決する仕組みになっているそうです。

今回の新録音のアレンジで、花本さんはやっと思う存分オルガンを弾くことができました。イギリスの若者バンドのようになって、いいかもとのこと。この曲のためにレスリースピーカーを購入されたそうです。


6.『鼓星』
もちろんオリオン座の和名です。スタジオJで、花本さんと津田さんが二人きりでセッションを行った完全な即興曲です。
譜面も打ち合わせも全く無い中で10分近く津田さんがギター、花本さんがアコースティックピアノで音を出し合い、その直後津田さんが今度はドラム、花本さんがオルガンを弾いてオーバーダビングしたそうですが、全てがぴたりとはまり、ご本人たちも驚かれたそうです。


・DISC 3 OutTakes 1979-1980/Shingetsu

1 寸劇「タケシ」(1979) "Takeshi" skit
2 不意の旅立ち(スタジオデモ1979) The Journey of Takeshi Kid studio demo
3 島へ帰ろう(リハ1979) Homing to the Island rehearsal
4 赤い目の鏡(ベーシック/ロックウェルバージョン1980) Reddish Eyes on Mirror basic track
5 チューニング(1979) tuning
6 白唇(スタジオデモ1979) Fragments of the Dawn studio demo
7 科学の夜(原曲リハ1979) The Night Collector rehearsal
8 せめて今宵は(スタジオデモ1979) Return of the night studio demo
9 ベースパートの練習(1977) Practice on the Bass
10 鬼(スタジオデモ1979) Oni studio demo
11 殺意への船出 パート2(スタジオデモ1979) The Voyage for Killing Love part2 studio demo


「新●月●全●史」のボックス本体に書かれたキャプションにはこの「OutTakes」について、「新月はファーストを二回録音していた」と書かれています。

当初ファースト収録候補に挙がっていた、『赤い目の鏡』、『殺意への船出PART2』を含む、当時ライブでしか聴く事が出来なかった曲のスタジオデモ、チューニング、リハーサル、ベースの個人練習などが収録された貴重なアルバムです。


特にここへ収録されている『赤い目の鏡』は、セカンドアルバム用にロックウェルスタジオでレコーディングされたベーシックトラックで、26年の歳月を経て、ようやく姿を現す事が出来ました。冒頭のオルゴールの音は新たに録音されたものです。


1.寸劇「タケシ」
『不意の旅立ち』の曲の冒頭の寸劇です。
1994年に発売された、79年の芝ABC会館ホールのデビューコンサートを収録したアルバム「赤い目の鏡:ライヴ79」を聴いた方には分かるように、『不意の旅立ち』の前には、寸劇が流されており、ライブ版では、タケシ役の少年と花本さんの「パパ」の会話のテープが流されていました。

今回収録された寸劇は、劇団インカ帝国のよひら青子さん、時任顕示さんが演じており、タケシの声はアニメ「母を訪ねて三千里」のマルコ少年の声優松尾佳子さんです。

ライブ版と「新●月●全●史」版では、細かな部分が異なっています。
ライブ版では、パパとタケシの二人だけの会話で、「この頃人生がむなしいんだ」という小学校2年生のタケシをパパは笑いとばしますが、タケシがそのまま「行ってきまーす」と言うのを「ちょっと待ちなさい」とパパは引き止めるのですが、それを振り切って、タケシは出かけてしまい、ドアが閉まります。

「新●月●全●史」版では、パパとママの二人が、タケシに最近おかしいぞと問い詰めるのですが、タケシは「僕人生がむなしいんだ」ときっぱりと言い放ち、出かけてしまいます。
誰も引き止めないままドアがパタンと閉まってしまった後、パパとママは、揃って「行ってらっしゃい」と言うのですが、もうそれはタケシには届きません。

個人的に、それぞれの寸劇の内容から、異なるタケシの心情を勝手に想像して曲を聴いています。

2.『不意の旅立ち』(スタジオデモ)
作詩作曲共に花本さんです。
この曲は、花本さんが肺に穴が開いてしまう病気にかかり、尾道に帰郷される時、「どうせ暇なんだから曲を作ってこい」と津田さんに命令されて作られた曲です。
津田さんは「GoodJob!」とおっしゃっています。

また、この曲は、北山さんが、新月の曲の中で一番お好きな曲です。「特に中盤から後半にかけての畳み掛けるような演奏は空前絶後」だそうです。

3.『島へ帰ろう』(レゲエバージョン)
作詩北山さん、作曲花本さんです
『せめて今宵は』と同時期の作品です。
花本さんが、プロコルハルムの『青い影』を意識して作られた曲なのですが、歌詩は公募されて、その詩とのバランスのために、レゲエバージョンにアレンジされました。

4.『赤い目の鏡』(ベーシック/ロックウェルバージョン)
作詩花本さん、作曲津田さんです。
ボーカルも津田さんです。

まず津田さんの曲が先にあり、この曲を聴いた瞬間に、花本さんは中近東の砂漠の映像がはっきりと迫って来て、詩が出来ました。
曲はどこを切っても津田さんで、花本さんは、津田さんのメロディーメイカーとしての才能に脱帽した曲のひとつだそうです。

この曲は、セカンドアルバムに収録される予定で、ロックウェルスタジオでレコーディングが始められていました。
ベーシックトラックの録音は終わり、オーバーダブとヴォーカル録りを待つばかりの状態でした。

しかし、セカンドアルバムは、予算の折り合いがつかず制作中止となります。そして、このテープは、新月メンバーの演奏を待ったまま、長い眠りについていました。

それから26年の歳月を経て「新●月●全●史」により、『赤い目の鏡』は、その長い眠りから覚めて、わたしたちの前に現れてくれたのです。

コンサートでイントロの前には必ず、兎の人形が回るオルゴールをキーボードの横で鳴らしていました。枕元で母親が絵本を開く光景が目に浮かぶような演出です。

この冒頭のオルゴールの音は当時使われていたオルゴールを、2005年に新たに録音したものです。

当時、コンサートでは、『赤い目の鏡』は北山さんの鬼装束へのお色直し用の曲として演奏されていました。通常フェイドアウトで終わるエンディングが、このようなかたちで突然終わるのは、次の曲にメドレーでつなぐためです。

『赤い目の鏡』に描かれている主人公は、自分の姿がどこにも映らないので、自分の姿を見たことがありません。
人から聞いた自分の姿は「目が青く耳が立ち、体中綿雪の毛をまとい、他の誰にも似ていない」のです。

主人公は、祈祷師ラヤの言葉に従い、愛する母に別れを告げて、自分の姿を見るための鏡をもらうため、東へ向かい、黄色い人を探す旅に出ます。
とび色の森を越えて、不思議な旅は続きます。煉瓦の丘で道は尽き果て、そこで主人公は黄色いうさぎに出会います。

わたしに鏡を下さいと、と頼む主人公に、うさぎは、ごめんなさい、鏡はわたしが壊したと言います。涙に染まる赤い目には年老いた山羊の顔が映っていました。
主人公は、やはり自分の姿を見ることはできないのか、と思うのです。赤い目の鏡に映る、山羊の姿を、自分の姿とは思えないのでしょうか。

愛した母に別れを告げて(ここは、わたしの居場所ではない)と、東へ旅に出た主人公が赤い目の鏡に見た姿。
年老いた山羊、とはなんでしょう?

山羊の姿をした、他の誰にも似ていないもの。
それは悪魔、と、気付く方もいるかも知れません。

5.「チューニング」

花本さん:みんなの気持ちがひとつになるのは、正にこの瞬間だ

6.『白唇』(スタジオデモ)
花本さん:当時は多重録音(今は多重という概念さえないが)できる機材は非常に高く、僕たちの身分では4トラックのデッキぐらいしか買えなかった。
新月のように音を沢山重ねて音楽をつくるバンドの場合、そのシミュレーションはこのデモのように一、二回オーバーダビングし、後は頭で想像するしかなかった。
本番で時間がかかってしまうわけだ。

7.『科学の夜』(原曲リハ)
上記のように、この曲はアルバム用に急遽作曲されました。
花本さんは時々、曲を作る時タイトルも一緒につけてしまう事があります。

北山さん:まだ歌詞がなく、ラララで歌っている。
ただし題名はしっかりあった。花本が時々やる、曲とともに題名も付けてしまうというパターンである。
作詞するほうは、新春歌会始でお題をもらってやるようなもので、やりやすいようなやりにくいような。
まだみんなが手探り状態で演奏している中、シズオの自信に満ちたフレーズが冴え渡る。


8.『せめて今宵は』

花本さん:この曲は基本的にピアノバックを想定した曲なので当初はこのデモのようにアコースティックピアノをがんがん弾こうと考えていた。ところが試しにフェンダーのエレピで弾いてみたところ、これまたしっくりとおさまってしまったために、僕は大いに悩んだ。結局は津田方式を採用。両方入れてブレンドしたのだ。

9.『鬼』(ベースパートの練習)

花本さん:大変めずらしいベースの個人練習風景。こうした水面下の苦労があってこその新月なんだなと感激し、彼の許可を得て入れることにした。

10.『鬼』(スタジオデモ)
花本さん:デモも本番もこれほど変わらない曲もめずらしい。すみません。しかし細部を聞き込むと本番がここからいかに進化しているかがわかるはずだ。 

11.『殺意への船出PART2』(スタジオデモ)

花本さん:録音のいいデモと演奏のいいリハ、どちらを入れるかさんざん迷ったが録音のいい方にした。




・DISC 4 Archives/HAL Serenade

・HAL

1 ボーデンハウゼン(ライブ1975) Sir Bordenhausen (live)
2 トリプレット・カラーズ (ライブ1975) TripletColors
3 悲しみの星〜魔神カルナデスの追憶(ライブ1975) The Star of Sorrow / In Memory of Charnades the Pan (live)
4 オープン・ビフォー・ノック (デモ1975) Open Before Knock (demo)

HALは、1975年に鎌田洋一さん(key)、津田治彦さん(G)、高橋直哉さん(Drs)、桜井良行さん(Bs)の4人で結成されました。
オリジナルメンバーの活動期間は1975年の5月から11月のわずか半年。公式音源はこのアルバムのみで聴く事が出来ます。
この音源は、オリジナルメンバーのラストライブとなる電気通信大学学園祭でのライブ音源とそのデモです。コスモスファクトリーの前座として演奏を行いました。

当時電通大学生だった、後にバッハ・リボリューション、新月サポートメンバー、タペストリー(鈴木清生さん、松本かよさんとのユニット)、HAL&RINGの小久保隆さんが強力にサポートを行い、PAは、当時としては画期的な4チャンネルが使用し、キーボードの鎌田さんの音を小久保さんが回していました。

HALオリジナルメンバーの楽曲は、当時の関係者とライブを観たわずかな人たちにしか知られていませんでしたが、小久保さんのアトリエから発見された、この貴重な音源のおかげで、今こうしてわたしたちは当時の演奏を聴く事ができます。

各曲についての解説は、作曲者である鎌田洋一さんから、ファンサイトへ寄稿文をいただいていますので、転載させていただきます。


1.『サー・ボーデンハウゼン』
彼のもの邪悪なるもの破壊と絶望をもたらすもの。
その姿人型なれどその影に翼見ゆ。
邪悪なる霧の中よりその姿現る。
翻すマントと共に忍び寄る終焉に気付く者無し。
されど我等勝たねばならず
彼のもの隙に乗ずるを常とすならば
我等隙持たずして反撃の機会窺うべし。
まして彼のものすら神の一部と信ずるならば。

2.『トリプレットカラーズ(T、U)』
この曲は桜井氏の楽曲です。
元々は僅か数小節の決め事しかありません。
とは言っても、何度か演奏する内に、だんだんやりたいこと、やるべきことが定まってきます。
リフの力+個性の力といったところでしょうか。
こういった曲は、形になるまでは結構苦しいですが、やり付けてくると、実に楽しいものです。
この手の曲の表現内容に関しては、一般に精神的レベルのことが多いようですね。一概に言えませんが・・・・・。


3.『オープンビフォーノック』
ノックする前に開けろ・・・・・そのまんま。
昔、テレビ見ていた頃、銭形○次なんかで、
「お、親分ッ!!てえへんだぁーー!!!」
「おぅッ、どうした八、騒々しいぞ」
てなシーン有りましたよね。
あれも”オープンビフォーノック”なんですね。
HALに関して云えば、以前書き込みさせていただいた通り、 ”ドアを蹴破って演奏会場に突入する”となります。
普段してはイケナイことです。よろしくです。

4.『悲しみの星 』
広大無辺の宇宙のどこかにある惑星。
かつて地球のように豊かな自然を有していたこの星も
今は荒廃し、輝きを失った。
あの時・・・・・あの時以来、この星は悲しみに包まれた。
もう戻れない昔を思い出すほどに、悲しみは深くなる。
神よ、助けて・・・・・。祈りがとどくのはいつだろう。

5.『魔人カルナデスの追憶』
私はもう随分と生きてきた。
3000年位までは数えていたが、もう分からない。
思えば色々な事があった。
数え切れない数の星々を巡った。
楽しい事、嬉しい事もあるにはあったが、
辛い事が多かった。
悲しい事は、もっと多かった。
今思い起こすのは、悲しい事ばかりだ。
何故なら、いつも私はベストを尽くしてきたが、
神ではないので、どうにもならないことがある。
そんなとき、私は非力な自分を罵り、嘆き悲しんだ。
荒れ狂い、星をいくつか壊した事もある。
ある時、死の淵で白い妖精が私に言った。
「あなたは充分やって下さった・・・・・」
そんな、そんな・・・俺は何もしてやれなかった・・・。
私にも死が訪れるのだろうか。
その時には、にっこり笑って死のう。
あの白い妖精のように・・・・・・・・・。


HALの曲の持つエナジーを感じて頂ければと思います(鎌田)。
以上が鎌田さんから頂いた曲目解説です。



サイト掲載時に、花本さんと津田さんが書いてくださった感想を転載します。

花本さん:鎌田さんの原稿を読みました。HAlと新月をご存じの方は意外に思われるかもしれませんが僕と鎌田さんはまだ面識がありません。鎌田さんが去った後にHALの影を踏んだ者です。

僕も、そしておそらく鎌田さんも何千年も生きてきて今世で僕はHAlの影を踏み、鎌田さんも新月の影を踏んでしまった。

「ボーデンハウゼン」の解説を読んで、「赤い目の鏡」の主人公のシルエットに似ているので驚きました。ひょっとして本体は同じか?

津田さん:そうそう、殺意p1,2もカルナデスに情景は似てると思う。70年代にこれやっちゃうのは気持ち早すぎたかもねえw


上記の、鎌田さん、花本さん、津田さんの掲示板上の交流ののち、同年12月26日に行われたHAL&RINGコンサートで、ゲストキーボードプレイヤーとして、鎌田さん、花本さんが同じステージに立ち、共演されました。

鎌田さんがステージに、乱入?された時の曲は、もちろん・・・あの曲でした。


「HALの一筆箋」
では、鎌田さんご自身による、HALの楽曲の変拍子の事等解説が掲載されていますので、HALの曲に興味がある方は、是非読んでくださいね。



・Serenade

5 ちぎれた鎖(デモ1976) The Broken Chain (demo)
6 回帰(デモ1976) Recurrence (demo)
7 終末(デモ1976) The end (home demo)
8 青い青空(デモ1976) Blur Blue Sky(demo)
9 殺意への船出パート1(デモ1976) The Voyage for Killing Love part1 (demo)
10 回帰〜鬼インスト(デモ1976) Recurrence-Oni (home demo)


新月前身バンドSerenadeは1975年4月に、花本彰さん(Key)、北山真さん(Vo)、高津昌之さん(G)、鈴木清生さん(Bs)、小松博吉さん(Drs)の5人で結成されました。

バンド名は、当初「バーベキュー」と名乗っていました。「オースージーQ!」のパロディです。その後花本さん発案の「チューナー」と北山さんの「セレナーデ」が候補に挙がった結果、セレナーデに決まりました。
北山さんが名づけたセレナーデ、花本さんが名づけた新月。どちらも共通点は「夜」ですね。

活動期間中、人前で演奏する機会を殆ど作らないまま、ひたすら曲作りと練習に明け暮れていたSerenadeがライブを行ったのはわずかに3回です。

Serenade音源は、1995年に発売されたアルバム「セレナーデから新月(スペシャルコレクション)科学の夜」で聴く事が出来ます。このボックス盤ではさらに未収録の曲を聴く事が出来ます。


5.『ちぎれた鎖』(デモ)

作詩作曲北山さん、編曲花本さんです。記念すべき、Serenadeのデビュー曲。
原題は『絶望に架ける橋』。もちろん、サイモン&ガーファンクルの『明日に架ける橋』のパロディです。

詩と歌メロを北山さん、間奏を花本さんが作りました。高津さんが、Serenadeに加入して、初めてリハーサルを行ったのが、この曲です。


6.『回帰』(デモ)
作詩作曲北山さん、編曲花本さんです。
Serenadeの代表曲の一つで、『殺意への船出PART1』『殺意への船出PART2』と共に大変人気の高い曲です。


作曲には2時間以上かけない事は、北山さんの信条です。
この『回帰』も例外ではなく、ものの5分で作られたオンサイトの曲です。北山さんが、いきなり作りながら歌い始め、そして一気に最後まで完成し、それに、花本さんが、テーマをつけたのも、一瞬でした。
メロトロンも、北山さんが弾いています。

Serenadeはたいへんに自由度の高いバンドで、この曲についても、ギターワークに一切注文はなく、高津さんは自由に演奏が出来たそうです。高津さんのギターを存分に味わうことが出来ます。


7.『終末』(デモ)
花本さんの曲です。
わずか2分足らずの演奏ですが、花本さんが演奏されるメロトロンの、芳醇な魅力をたっぷりと堪能出来る曲です。

花本さん:花本:メロトロンという楽器のすばらしさにつきる。20世紀最大の発明はエレキギターと、このメロトロンではなかろうか。


2006年12月26日のHAL&RINGコンサートで『ALTERED STATES 2』の演奏にゲストで参加された花本さんが、導入部で繰り返し繰り返しこの『終末』をソロ演奏された事を記憶している方も多いと思います。
花本さんのメロトロンの音色と、このオリジナルには無い、合間に入る悲鳴のような音、信号のような音と共に、会場は荘厳な雰囲気に包まれていました。

わたしは、信号や悲鳴のような音は松本さんが弾いているのとばかり思っていました。
ところが、後に小久保さんがこの時の演奏について

「花さんの演奏はいろんな音が聞こえてしかも、どんどん音が厚くなっていって、、、。
皆さん一人で弾いているとは思えなかったと思いますが、あれは巨匠花さまの完全ソロです。
S.O.S(サウンド・オン・サウンド)というエフェクトを使って花さんが一人多重録音をしていたものです。

あの演奏の一人リアルタイム多重録音の順番は
フルート (Flute)
チェロ (Cello)
ストリングス(3violins)
悲鳴のような音(Fluteのピッチを変化させていた)
信号のような音(Fluteをスタカートで弾いていた)

というような順番になっていたと思います。
凄いですね、さすがに巨匠は、、、。

匠の技を見せていただきました。」

と、解説していただきました。幸運にもこのコンサートに行かれた方たちだけが聴く事が出来たのですが、またいつか、この匠の技をファンの前に披露していただきたいものです。

8.『青い青空』
作詩北山さん作曲花本さんです。

ラグタイムピアノとシャンソンを合わせたような曲調で、間奏のメロトロンフルートの速いパッセージは北山さんが弾いています。

北山さん:北山:ラグタイム風の軽快なピアノが始まると、あーこれは小品だなと普通誰もが思うが、そうは問屋がおろさない。
リズム、テンポを変え、最後にはメロトロンまで入りやはり大作となってしまう。小松(Dr.)の小技が光る。

花本さん:いわゆる「できちゃった」曲。ちょっとスコットジョップリンを真似てみました。


9.『殺意への船出PART1』
作詩北山さん作曲花本さんです。

DISC2の新月版『殺意への船出PART1』と聴き比べると、まるで表情の異まりますね。

北山さん:最も古い北山/花本作品のひとつ。冒頭の歌詞に注目。いきなり「夜」、「海」、「星」という三大モチーフが登場する。これに「雪」が加わると新月。珍らしくシャウトしてます。最後の最後にピアノのバックに聞こえるのはジュディガーランドだったか?

花本さん:Serenade時代の北山は、ヴォーカル以外にも積極的に係っていた。この曲ではテープコラージュした音源を、ライブで出し入れしている。この辺りのセンスは彼の独壇場だ。


高津さん:パート2と同じく北山+花本作の緩急に富んだ曲を清生・小松の鉄壁のリズムセクションが支え、高津のギターが絡む、という典型的なカタチのセレナーデサウンドである(この曲に関して私は大して貢献していないのだが)。

このタイプの曲に特化したのが新月であり、セレナーデは母胎というよりは本隊、新月は別働隊と言えるのである。がははは(そ、そんなあなたランボーな!)。

それはともかく、花本君の斬新、かつリズムの起伏に富んだ曲とアレンジは言うに及ばずだが、北山の詞の外にある壮大な物語に想像をこらしてほしい。これは私の想像だが、北山にとっておそらくこの曲は、彼の頭の中にある大長編スペース・オペラの中の一挿入曲なのだと思う。それは当然パート2へと流れてゆき、さらに露にされるのだが、それはまだほんの序章にすぎないのかもしれない。

しかしこの曲に於いても花本の作曲が先のはずで、それに着想を得てストーリーを思いついたのか、物語が既に北山の中にあったのかは定かでない。どちらにしても花本・北山双方の才能が互いを刺激し、理想的に機能していたのは間違いない。それがセレナーデだったのだ。


10.『回帰〜鬼』(デモ)

花本さんが、一人で全ての楽器を演奏している多重録音試作品です。花本さんのギターも堪能する事ができます。


サイト版「新月全曲目解説」から、花本さんの解説を抜粋します
「この曲のメインモチーフ(間奏のフルートの部分)は、すでに「セレナーデ」時代に出来上がっていました。そのままになっていたこのモチーフを再び弾きはじめたのは大学4年の暮れでした。
当時の僕は大学で学ぶガチガチの音楽理論や譜面づらばかりを重視する現代音楽のあり方にうんざりしていました。

 たまたまこのモチーフを弾いた僕は、びっくりしました。音がひとつひとつ、生きて動いているように感じたのです。久しぶりに本当の音に出会った気がしました。その日から僕はこの日本的なモチーフをひとつの曲として仕上げることに集中しました。」

新月の『鬼』を知ってから、1984年に発表されたアルバム「セレナーデ+新月スペシャルコレクション」に収録された『回帰パート2』を聴いたファンは、ここに突然『鬼』の中間部のモチーフが聴こえて来て、息を呑むほど驚いたものです。

でも、まず『鬼』はこの部分から生まれたのです。

美しい多重録音の音色に浸りながら、改めてこれをふまえて聴くと、『鬼』が誕生する瞬間に、同時に立ち会えたような錯覚に陥りました。



・DISC 5 OTHER MATERIALS 1977-1999

・インカなど

1 マルデクの残滓 (ホームデモ1980) Remnants of Maldek (home demo)
2 竹光る(ホームデモ1980) Take Hikaru / Illuminating Bamboo (home demo)
3 浪漫風(ホームデモ1980) Roman fu (home demo)
4 ブルー(ホームデモ1980) Blue (home demo)
5 あかねさす(ホームデモ1980) Akane Sasu / Flickering Evening Daylight (home demo)
6 海からの手紙(ホームデモ1980) A Letter from the sea (home demo)
7 ファーム(ホームデモ1981) Farm (home demo)
8 最初で最後の戦い(ジェルバーナのテーマ)(ホームデモ1980) Theme for Gelverna (home demo)

「劇団インカ帝国」への提供曲です。
新月メンバーがインカ上演作品で生演奏を行った事もありました。反対に、新月のステージに劇団インカ帝国の役者さんたちが、出演したこともあったそうです。
2006年4月に行われた新月コンサートでも、『鬼』、『不意の旅立ち』に、劇団インカ帝国の時任顕示さん、よひら青子さんが出演されていましたね。

1.『マルデクの残滓』(ホームデモ1980) 
津田さん:マルデクとは、かつて太陽系にあり、破壊されて今の小惑星帯になったとされる第5惑星のこと。ある種の人類の故郷でもあると言われている。

花本:劇団インカ帝国の戯曲用に書き下ろされたもの。テリエ・リピダルもまっ青の有機的なギターが聞ける。彼は真っ当なギターフレーズには興味がないらしい。


2.『竹光る』(ホームデモ1980) 
当時流行のシークエンサーを使用しています。

花本さん:この曲も元々はインカ用の曲。いつか歌入りでちゃんと録音したいと未だに思っている。竹という植物も不思議な生命体だ。霊的なものを封じる力があるとも聞いた。

アルバム「セレナーデ+新月」には、ボーカル入りのバージョンが収録されています。このボーカルは津田さんか花本さんのどちらかが取っています。
また、北山さんの、やる気のない?バージョンも存在するそうです。

花本さんのお母さまの旧姓が「竹光」。
また1980年の幻の新月セカンドアルバムのタイトルは「竹光る」でした。
この事について

花本さん:(当時)竹取物語をテーマとする構想も僕の中にはありました。


この曲の歌詩カードは存在しないので、こちらに書いておきます。

「みまちがう ほどに ふとり ねむる
ぐんじょうの まちも やまも しんだ
このよのふちにたち ふりかえる 

あなたの なかから
あおい たけひかる

かざしもで みのる ゆめのなかで
まちわびた しろい はなが さいた
このよのくるしみは つゆになり 

あなたの なかから
あおい たけひかる」


3 『浪漫風』(ホームデモ)
作曲花本さんです。
一番最初に「セレナーデ+新月」で、この曲を聴いた時、陽光を浴びて煌くような竹林をイメージしていましたが、まさにそのとおりでした。曲の力を感じました。

1980年にラフォーレ原宿で上演された、同タイトルの劇団インカ帝国の作品のために書き下ろされました。

この劇は、インカ帝国初の試みである生演奏の音響で上演されました。又、劇団員によって、本物の竹が運び込まれ、実際に竹林に迷い込んだような雰囲気を醸し出していたそうです。

津田さん、花本さんはこの竹林の後ろの方で、黒いローブのような貫頭衣を着て演奏されていました。

花本さん:これまたインカ。マンドリンのような音は1/2のスピードにしたテープレコーダーに入れたギターの音を倍速で再生したもの。アナログやのう。


4 『ブルー』(ホームデモ1980)

花本さん:インカ。北山のソングセンスが光る。彼にしてはめずらしく、インストのくせに最後までまじめを通している。劇伴だからか。

5 『あかねさす』(ホームデモ1980)
詩:額田王 伊野万太さん、作曲北山さんです
劇団インカ帝国の上演作品「改訂版春の館」の挿入歌です。
百年の眠りから覚めた額田王が棺より出て、この曲を歌うという感動的なシーンで使われました。
アコースティックギターは北山さん、メロトロンは花本さんです。

北山さんのソロアルバム「光るさざなみ」では、北山さんとれいちさんのデュエットを聴く事ができます。


6 『海からの手紙』(ホームデモ1980)
作曲花本さんです。

個人的には、夜の海の上を静かに風が流れて、その波間に漂う夜光虫が、青く光っては消えていくような、そんなイメージを抱いた曲です。とても短い曲なのですが、いつまでも何度も聴いていたい曲です。

花本さん:これは単なるモチーフのメモなのだが、何回聞いても聞き飽きないので、ひょっとして名曲なのかなと。

7 『ファーム』(ホームデモ1981)
作曲花本さん
花本さん:「海からの手紙」といい、この曲といい、大地を両足でしっかりと踏みしめるような曲が書けないのはなぜだろう。地に足がついていない生活をしているからかもしれない。

8. 『最初で最後の戦い』(ジェルバーナのテーマ)(ホームデモ1980)
作詩作曲北山さん

北山さん:劇団インカ帝国の時任顕示の当たり役、ジェルバーナのテーマ曲として作ったものに、あとで歌詞をつけた。
ジェルバーナと歌詞の内容はまったく無関係。
まさかこの歌詞の内容をストレートにとる人はいないと思うが、念のために皮肉であることをお伝えしておこう。「週末の終末」と同じ手法(?)である。


・新月

9 新幹線(未発表新曲リハ1981) Shinkan-sen (rehearsal)
10 最後の朝ごはん(未発表新曲リハ1981) The Last Breakfast (rehearsal)
11 武道館(リハ1981) Budokan (rehearsal)
12 赤い砂漠(未発表新曲リハ1981) The Scarlet Dune (rehearsal)

鈴木清生さん、高橋直哉さん脱退後の、第三期新月の新曲です。
第三期新月は、ベースの栃沢さん、田中さん、石畠弘さん、ドラムの藤田響一さん、小澤亜子さんなどのメンバー交代を行いながら、上述のオリジナルメンバーによるアルバム構想「竹光る」ではなく、第三期新月としての、セカンドアルバム制作を計画、同時に、さまざまな音楽活動、表現活動を行いますが、1981年か82年に、新月は解散します。

この録音は新月オリジナルメンバー花本さん、津田さん、北山さんに、(おそらく)ベース石畠弘さん、ドラム藤田響一さんによるものです。それぞれ、鈴木さんと高橋さんが逆になったようなスタイルですね。

第二期新月オリジナル曲である『鬼』と『赤い目の鏡』だけは、このアルバムに収録されている新曲と共に、新メンバーでリハーサルが行われていました。


9 『新幹線』(未発表新曲リハ1981)

北山さん:新月晩年の名作。たったこの2分間のために、このCDを買っても損はないと真剣に思う。
曲は花本の作品中最もポップなものであろう。ボーカルも新月唱法ではじまり「缶ビール」の部分で地声に変化するあたりが聞き所と言わせていただく。
「とじこめて…」の一節は私の歌詞の中でも最も好きなフレーズのひとつ。予定としては武道館、新幹線とくればあとは「東京タワー」で、得意の三部作の完成となる。(新月的には二重橋か?)


10 『最後の朝ごはん』(未発表新曲リハ1981)
作詩北山さん、作曲花本さん

北山さん:新月名義でもっとも最後に録音したものと思われる、まさに白鳥の歌。コーダで津田が鎮魂歌を奏でる。歌詞はやはり終末もの。「ちぎれた鎖」から10数年、人間はそう変わるものではない。

11 『武道館』(リハ1981)
作詩作曲北山さん

花本:北山の三大名曲のうちの一曲。すでに彼のソロアルバムをお持ちの方はソロアレンジと新月アレンジの違いをお楽しみいただけると思う。それにしても北山は自作の歌は本当にうまい。


12 『赤い砂漠』(未発表新曲リハ1981)
作詩北山さん、作曲津田さん
北山さん:いまだに津田が作ったことが信じられないストレートな曲。私の歌詞もめずらしくラブソングっぽいものとなっている。タイトルはミケランジェロ・アントニオーニの映画。タイトルをパクッたのもこの一曲だけだろう。




・その他のセッション

13 AMEBA(デモ1983) ベース/鈴木清生 曲/小久保隆
演奏/TAPESTRY (Tapestrys band demo)
14 海にとけこんで(ベーシック1980) 詩・歌/北山真 演奏/ 高津バンド Slip into the Sea (Played by Takatsus band)
15 ヒロトウビ(1999) 曲/花本彰 歌/上野洋子 Hirotobi/The Song of Hiroshima Prefecture Eastern Beauty Special School

鈴木さんと小久保さん松本かよさんのユニットタペストリー、伊藤政則さんの企画作品、広島県東部美容専門学校の校歌など、新月メンバーが参加した作品です。

13 AMEBA(デモ1983) 
作曲小久保さん
小久保:鈴木くんと高橋くんは新月を脱退後、しばらくの間、僕のいくつかのユニットでプレイしてくれています。この曲もその中の一曲で鈴木くんがベースで参加。この時期(1983年から85年)僕はフェアライトCMIにはまっていて、タイコは全部CMI。だから残念ながら高橋くんは参加してません。CMIの無機的で攻撃的なベースと自由奔放な鈴木ベースの絡みが聴き所。


14 『海にとけこんで』(ベーシック) 
歌詩は北山さん、作曲は高津さんです。
高津さんが破天荒の阿久津徹さんを通じて、音楽評論家の伊藤政則さんから依頼され書き下ろされた曲です。

阿久津徹さんがベース、小松さんがドラムス、花本さんがピアノ、北山さんがボーカルで参加している「高津バンド」の曲です。

1979年の夏、新月デビュー直後の録音で、ここに阿久津さんが参加されていたため、新月に阿久津さんが加入と、事実と異なった報道がされた事もありました。

この時もう一つの作品である『吸血鬼伝説』のリハーサルも行われています。
サイトの「写真で綴る新月史」〜高津バンド〜には、この時のリハーサルで、ギターを弾く高津さんと一緒に、なんとギターを弾いている花本さん、そして、床に座ってモニターを聴いている阿久津さんの、貴重な写真を掲載しています。興味のある方は見てくださいね。

北山さん:なんとあの音楽評論家の伊藤政則氏のために書き下ろしたもの。新月唱法の極地で歌っている。ちなみに溶ける、滑る、眠るは動詞の三大モチーフ。


15 ヒロトウビ(1999) 
作曲花本さん
広島県東部美容専門学校の校歌です。

花本さん:美容師である母の関係でこの曲の依頼のあり、生徒が毎朝歌うことを想定して作った校歌。
実はこれは二作目である。上野さんのクリスタルヴォイスが早朝の清らかな風を運んでくれる。



・DISC 6 (DVD) PICTURES/Shingetsu  NTSC/ALL REGION/リニアPCM/STEREO

1 鬼 Oni (1979)
2 せめて今宵は Return of the Night (1979)
3 2005年リハーサル風景 Band Rehearsal (2005)

1979年当時のプロモーションビデオを、新たに「作品」として編集した映像と、2005年の「「遠き星より」録音のリハーサル風景の映像、そして、ディスクの冒頭と末尾に、全く異なる短い映像が、収録されているDVDです。

単純に、当時のプロモーションビデオの再現や、リハーサル風景のスケッチと思って観てしまうと、不思議な感覚に囚われるかもしれません。
当時のプロモーションビデオを、ご覧になった方は、記憶されていると思いますが、当時のビデオはカラー映像でした。

しかし、今回このDVDでは、冒頭と末尾の、中近東の街の弾痕が残る壁と、こどもたちのそれぞれ短いショットと『せめて今宵は』に挿入されている、レバノンの街の灯だけがカラーで、当時のプロモーションビデオから『鬼』、『せめて今宵は』そして、リハーサルでは、『殺意への船出PART2』、『島へ帰ろう』の新録音風景の映像のスケッチが収録されていますが、この新月メンバーが映っている映像は全てモノクロです。

2005年版新録音DISC2「遠き星より」には、中近東色が濃く表れていますが、当時の映像・現在の映像を収録したこのディスクは、その対の位置づけで、冒頭の映像、『鬼』、『せめて今宵は』、リハーサル風景、そして、末尾の映像と、5つの映像が収録されたこのディスク1枚で、あくまで個人的にですが、メッセージが籠められた、一つの「映像作品」ではないかと思っています。

花本さん:
ビクターにお願いしてビデオのマスターテープを捜していただいたのだが、30年近く前の、しかもただの販促テープなのでさすがに無理だった。
しかしひょんなことから店頭用のVHSテープが見つかり、ここに日の目をみることとなった。
元の作品を素材にしつつ、ひとつの作品としての鑑賞にも耐えうるように再編集をさせていただいた。
ちなみに「せめて今宵は」で見られる家々の灯りはレバノンのベイルートのそれである。
現在の僕たちの老いさらばえた姿もしっかりと入れた。これからの表現活動の予告編と思っていただきたい。
 
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「新●月●全●史」は千セットの限定発売でした。このボックスを購入し音源を聴き映像を観た千人の人たちそれぞれの受け止め方、解釈、感想が存在するかと思います。

それをふまえた上で、これ以降書かせていただく事も、もしも読んでいただけるのでしたらすべてファンサイト管理人のあくまでも個人的な感想ですのでご容赦ください。


不思議なDVDです。収録作品は『鬼』『せめて今宵は』『2005年リハーサル風景』とクレジットされています。「全てを見る」を選択し、『鬼』のプロモーション映像が始まるのを待ちます。

しかし、まず聴こえてくるはずの、花本さんの、新月唯一のシンセサイザーローランドのSH1000のキーンコーンキーンコーンという音と津田さんのギターは始まらず、まずは音もなく映像が現れ、カメラが舐めるように下から上へとに映し出すものは、あちこちに何かで穿たれたような痕が残る白い壁のようなもので、しかし、ある位置に来るとカメラはそこにぴたりと停まり、しばし留まったかと思うと今度は左へとターンします。

そこには壁に突き刺さったまま残された砲弾が映し出され、この白いものは激しい銃の乱射を受けた後の壁である事が分かります。しかしそのまま留まることをせずカメラはそのままさらに左へとスルーし、そこに鬼装束の北山さんのモノクロ写真が映し出され、当時のプロモーションビデオ『鬼』の演奏が始まります。

1979年当時のプロモーション映像は、カラー作品でしたが、『鬼』、『せめて今宵は』共に、このDVDではモノクロ映像作品となっています。同様に最新の映像である筈の『2005年新●月リハ-
サル風景』もモノクロです。
このDVDでカラー部分は、冒頭の砲撃を受けた白い壁、『せめて今宵は』の中間部に映し出されている、うるんだようなオレンジ色のレバノンのベイルートの街の灯火、そして、リハーサル風景の映像が終わったあと、中近東のこどもたちが、床に広げた書物を声をあげて読み上げている映像で、このDVDは終わります。

このカラー部分が撮影されたのは2004年3月末から4月始めです。
当時、花本さんはレバノンへ難民キャンプのこどもたちへ文房具を配る日本人ボランティアに同行して、パレスチナ難民キャンプの取材に行かれていました。日本人ボランティアの方たちは「食料」「教育」の供給に力をいれ、ボランティアの方たちの活動にスポットを当てるのが目的だったそうですが、実際はやはり難民キャンプへの取材に比重がかかってしまったそうです。

この時期の中東情勢を記憶されている方もいるかと思いますが、丁度花本さんが取材に行かれる直前に、中東でハマスの精神的指導者ヤシン師がイスラエルにより殺害され、当初、パレスチナの過激派はアメリカとその同盟国に報復を表明したと伝えられました。後にこの表明は修正されましたが、レバノンではイスラエルの空爆によりパレスチナ人が死亡、イスラエルガザ地区の難民キャンプの一部が破壊されました。
日本の自衛隊は人道支援の目的で派遣されましたが、現地では人道支援とは思われず、イスラエルに加担したアメリカと共に日本は軍隊を送り込んできたと受け止められていました。

そんな情勢の中での取材でしたが、花本さんが行かれた地域は比較的のんびりとしていて、戦車の砲身も「やすめ」の姿勢をとって止まっていました。でもそれにカメラを向けるとたちまちやめろと怒られたそうです。
気候が軽井沢に近く緑も多く中東の中のオアシス的な場所でレバノン料理も美味しかったそうですが、そんな「日常生活のなか、突然ミサイルが飛んでくる。それが危険というもの」。

イスラームの人は皆さんは本当に優しくて「マルハバ」(レバノンのこんにちは)と挨拶して近づいていけば、もうそれで仲間、家族で、花本さんが道でも聞こうものなら詳しく教えてくれて「もう道はわかったからいいです」と言っても、もう心配で心配でどこまでもどこまでも付いてきてくれて、挨拶して近づいて行けば誰でも受け入れてくれるおおらかな人たちだそうです。

だから、にこにこと挨拶をして礼を尽くしていけば、すぐに仲間にしてくれて、みんな家族だと思ってくれるあたたかい人たちだからこそ、挨拶もなしにいきなり攻めてる、襲ってくる、侵略してくる、そんなだいじな「家族」をおびやかす外敵に対しての怒りのエネルギーはとても強いそうです。

花本さんが出会ったレバノンの人たちは、皆さん口をそろえて日本人大好き、でも日本人は家族と思っていたのに、なぜアメリカと一緒にアーミーを送り込んできたのかと言い、空爆で命を落とした息子さんのお墓へ毎日来ているおじさんには「日本人大好き、なのにどうして?日本人は人を殺さないで」と言われたそうです。こんな情勢の中、花本さんの手で撮影されたのが、このカラー部分です。

当時、日本がそのように認識されて誤解されていたことが、大変悲しかったですが、同じ地球上に住みながら、平和に暮らしている自分たちは、日々日常生活の中武器や銃器で命の危険に直面しさらされている一般の人々の悲しみ辛さを所詮対岸の火事と思って全く身近に捉えていなかったのだ、という事を、花本さんがファンサイトへ寄せてくださった肉声で、ここで初めて認識しました。

そしてこの時思った事は、生きているだけで未来は無限にあり、あらゆる可能性がそこにあり、わたしたち日本人は平和に生きているからこそ、苦も楽もある中でこうして新月を聴く事ができるのだという事です。
一日も早く平和になり、同じ地球上のみな誰もが同じように音楽を聴いて、笑える日が来てほしい、戦争により殺害された人たちは、数の論理ではなく、その一人一人の語りつくせないその人の歴史があり、未来をそこで寸断する権利は誰にもないと思いました。

そして、新月メンバーのバックボーン、それは音楽活動のみならず、生活、仕事であり、またささいな体験、感動、気の遠くなるような蓄積によるものであり、また聴き手である今これを書いているわたしも、これを読んで下さっている人も、それぞれ蓄積されたバックボーンがあります。

新月の歌詩はダブル、トリプル、あるいはもっとたくさんの意味が含まれていると思います。それは地球意識だけではなく、宇宙を越えた更に高みの意識かもしれず、また、反対にさらに深く意識の底のさらに裏側までの意識かもしれません。

この瞬間からもう未来は始まっていて、命ある限り新月メンバーも、ファンであるわたしたちのバックボーンは常に進化しつづけていて、そこで何かが新●月と手をつないだ時、その瞬間から同じ未来のけしきが見えるのかもしれません。わたしにとっての新●月は、自分への足し算の音楽です。

そして、いつか花本さんが出会った人々、たとえばレバノンのタクシーの運転手さんが、お客さんを乗せた時、そうそう前にタクシーに乗せた日本人が作った音楽なんだけど「新月」っていいよ、聴いてみてよ、と国境を越えた人たちに笑って話す平和な日が必ず来る事を夢見ている。当時、そんな事を思いました。
ここからもういくつかの年月が流れました。

新月ファーストアルバム「新月/新●月」が発表された1979年3月には、スリーマイル島原発事故が起こっていますが、新月がセカンドアルバム制作に着手し始めた2011年3月11日、日本にも大地震と共に原発事故が起こるという未曾有の大震災が起こりました。

原発事故は今もまだ予断を許さない状況であり、今も被災地の皆さんは大変に不自由な生活をされています。亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、少しでも早く被災された方々が安心した生活へ戻れる事、原発事故の収束を祈って止みません。これは、国内の隣人に起こったことではありません。自分自身に起こった事と同じです。

ここで、ひとつ印象的な言葉がありました。まさか日本が、の大惨事に海外から寄せられた義援金と共に贈られたのは、いつも日本は真っ先に援助してくれる国だから、という言葉でした。日本もまた、手を差し伸べられる立場の国なのだと、この時実感しました。また、当時誤解された自衛隊の方たちの大変な活動がニュース映像となり世界に知ってもらえたとも思いました。
ここでわたしの脳裏に思い浮かんだのは、『せめて今宵は』の中に映る街の灯りでした。
この灯りが写された2004年から、世界の情勢はさらに変化はしています。

そして新月自身も変化し続けています。この2005年「新●月●全●史」発表の翌年、2006年に新月はオリジナルメンバーによる復活コンサートを行いますが、2007年にボーカルの北山さんが離脱します。

「新月/新●月」と同時に79年に構想が練られていた幻のセカンドアルバム「竹光る」。
北山さん離脱に伴いオリジナルメンバーによるセカンドアルバムは、真に幻となりました。このボックスに収録されたオリジナルメンバーによる新録音「遠き星より」をセカンドアルバムと呼ぶのかどうかは、わたしにはわかりません。

この「新●月●全●史」に収録された前身バンド、未発表曲、個々の活動、第三期新月の音源、そしてオリジナルメンバーによる新録音は、文字通り新月の集大成の歴史であり、サイト掲載の文章による「新月史」はレコーディングまでで中断していますが、音楽活動そのものと並行して、すでにDISC6は未来をも描いた新月史そのものだと、個人的に思います。
『せめて今宵は』に挿入されているあたたかいうるんだ街の灯りに感じたものが、それです。

新月が東へ向かう意図は何なのか。
世界の情勢は少し変りました。でも、わたし個人があの時思った事は実現していません。でもいつか必ずこどもたちが何におびやかされることなく、このうるんだ街の灯火が普通に当たり前になんの不安もなく世界中であたたかく人の手でともされる事が必ず未来に起こると信じています。



サイト内に、新月メンバーによる
ファンサイト版書下ろし「新月全曲目解説」が掲載してあります。
「新月/新●月」収録曲と未発表曲何曲かが解説されていますので、さらに深く新月の曲を知りたい方は、読んでくださいね。