こんばんはkai_kaiです。
今夜は、「請場」についてご説明させていただきます。
「請場」を簡単に説明させていただきます。
(説明板抜粋)ここ請場(しんば)は、幕命の受信役所のあった所で、ここで受けた書信は、ここから大住郡下各地に伝達された。人馬の輸送事務も扱っていたという、この道を往来する馬を繋ぎ休めるため、この前から北方にかけて、大小のもちの木が、並木のごとく植えられていた。
説明板には上記内容が書かれており、大神周辺は結構繁盛していたことが伺えます。 ※周辺には陣屋の跡もあることから想像はつきますが。
しかし、現在の状況からは想像がつかないな〜。
また、前回お話させていただきましたが、有る意味、「神奈川中央交通」
の「平塚〜本厚木」のバス通りは戦国時代の著名な方が通行されているんですよね。
著名な人名は
1:
武田信玄、2:
上杉謙信、この両名とも何故、このバス通りを通行したかと言えば、それは、小田原の後北条氏を攻めたときに通行されているんです。
※両名が攻撃した小田原城は落城(負けて城を明渡すこと)していません。
また、案内板には以下の記述が書かれていましたが、現状からみたら想像ができません(現状は地味なバス通です)。
(説明板抜粋)この付近は、大神郷の中心地で、近世においては、この道を往来する人馬の休憩食事をする茶屋が置かれ、商店などもあった。
では、今夜はここまでとさせていただきます。
追伸:3枚目の画像は「請場跡」の位置を示す地図です。
最寄のバス停は「寄木神社前」です。バス停のほぼ目の前に碑が建っています。