2020年1月14日(木) 00:00時 更新
○我が家のベランダ・ガーデン○
今回も、今年の春が待ち切れずに、もう新芽をつけている3鉢を、紹介します。 この新芽シリーズを始めて、まだ真冬なのに、もう新芽を出している草花があるのを知って、驚きましたし、私にとっては新発見でした。 ≪写真・左・・クサヨシ≫ 去年の長い葉はもう枯れて、取り除いていますので、これが今年の新芽です。 野に生えている草ヨシは、濃いい緑の葉で、背丈も1メートルにもなり、アワのような実もなるようです。 ただ、この鉢の草ヨシの特徴は、葉のフチ側に薄いピンク色が出て、乙女のような可憐さが感じられます。 ≪写真・中・・ハマトラノオ≫ この≪浜虎の尾≫の去年の茎が枯れて、取り除きました。 この新芽の中に、赤茶色の葉がありますが、多分、早めに出た葉で、陽に焼けたものと思われます。 ただ、余りにも密生していますので、3月には2、3鉢に株分けする予定です。 ≪写真・右・・セントウソウ≫ この≪先頭草≫は、春の野山で真っ先の先頭に花を咲かすから、です。 1ミリほどの微細な花が、直径2センチほどの塊りになって、各茎の先端に雪をかぶったように咲きます。 写真では、葉が枯れたように見えますが、これも陽に焼けたもで、実際に触ってみると瑞々しいものです。 [男と女の風景 180] − つづき・2−
○ あなたは独りじゃない ○ 神里美沙は、次の金曜日、朝の九時過ぎに目を覚ました。 すると、出版予定の原稿が、編集部からメールの添付ファイルで送られてきていた。 しかも、月曜日の正午の締め切りだと指定されていたのだ。 そのため、取り敢えずは1回目の校正をすることにして、ミスのないように集中してやった。 そして、遅い夕食を取ると、しばらくはテレビを点けたまま、ぼんやりとしていた。 すると、ふと武山の言葉が頭に浮かんだ。 『いいんだよ。君は、自分の生きたいように、生きれば・・。 オレだって、自分勝手だから・・』 美沙は、あの時、武山がそう言ってくれたのが、嬉しかった。 そして今、そんな嬉しく感じた自分を、ふと思い出していた。 ――そうか。そんな感じ方をした自分が、そこにいたのよ。 『男と女の関係なんて、オレは成行きに任せるよ。 だって、お互いに生きるポリシーとか、相性の違いもあるし・・』 美沙は、自分に共鳴してくれた武山に興味を覚えたし、そんな会話に反応した自分に、今までと違う自分を感じ取っていた。 ――そうだ。そんな自分を主人公にして、小説を書いてみよう。 もちろん名前を変えてね。 でも、単なる私小説ではなくて、文学に昇華させないとね。 ああ、書くって、自分の思念を文字にして、確定することなのよね。 しかも、書けば、文字で残るから、後で推敲も出来るし・・。 だから、日記以上に自分を意味づけしないと・・。 そう、実際の事例を再認識して、再評価することよね。 美沙は、そう決意を固めると、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、独り乾杯をして飲みだした。 そして、自分を対象に、第3者として聞くことの難しさを感じながら、書き始めて行った。 だが、どうしても感情移入をしてしまって、客観的になれないのだ。 まぁ、これも生みの苦しみだと思いながら、悪戦苦闘をしていた。 そして、気がついたら、もう深夜になっていて、美沙はもう一本、缶ビールを飲むことにした。 それからも、美沙は武山の言葉に始まった小説を、深夜まで書いていた。 しかし、それは、思い出した場面だけを書いただけで、とても文学的ではなかった。 次の日の土曜日、美沙は10時過ぎに目を覚ました。 そして、遅い朝食を取ると、コーヒーを淹れて、しばしぼんやりと窓の外を見ていた。 だが、アパートの二階から見える景色は、直ぐ目の前にある民家の壁と屋根で、その先にはコンクリートのビルが見えるだけだった。 それは、いかにも閉鎖的な空間であり、殺風景だった。 だが、そんな風景は、もう見慣れてしまっていたから、なにも感じなくなっていた。 ――私、このままでいいのかな。 結婚は求めないけど、いい人に出会ったら一緒に暮らしたい。 そんな願望はあるけど、今は、それが主題ではないの・・。 でも、毎日の生活が、どこか空虚なのよ。 生きる張りとか、生き生きとした充実感がないのよね。 あっ、仕事には熱中できるし、自分を忘れて没頭できるな。 ああ・・、もしかして、社会人は皆、そうかも・・。 生きる目標だって、お金とか地位とか、家族の幸せとか・・、 そう、そんな身近な欲望なのよ。 それって小さな目標だし、平凡だけど・・、 まぁ、修行する僧侶以外は、皆、凡人なんだから、それでいいのかも・・。 美沙は、時々そんな疑問が湧いて、自問自答するのだが、いつも、なんとも曖昧な結論に至ってしまうのだった。 そして、コーヒーを飲み干した時、「そうだ。久しぶりにサイクリングだ」と独り叫んでいた。 思えば、去年の秋に鎌倉の寺院や神社を一回りして、紅葉に染まった色々な庭や風景を巡って以来だった。 それから美沙は、タンスの下の段からヘルメットやウインドブレーカーを取り出した。 さらには、耳や首や腕につけるウォーマーなどの小物も取り出すと、テーブルに一式並べてみた。 美沙は、安全第一と、冬場の寒さ対策を念頭に置いていた。 チェックが終わると、さっそく着替えて、レーサー然とした自分をカガミに映して、満足気にニコッと笑った。 そんな装備は、湘南文芸サークルの会員だった女性の趣味に合わせて、各方面にサイクリングをしたお蔭だった。 美沙は、当時はもうOLになっていたから、経済的には余裕があったし、何事にも凝る性分だったので、一式揃えたのだ。 それから、外階段の蔭に置いておいた自転車を引っ張り出すと、勇躍して道路に飛び出した。 ――ああ、いい天気だね。 ポカポカとして、言い陽気だよ。 今日の行き先は、葉山方面として、行かれる所までと決めていた。 そのため、手広の交差点から東に向かい,鎌倉の大仏へ抜けて、長谷から海岸線に出るコースを取った。 由比ガ浜に出ると、クルマが行き交っていたが、晴れ渡った青空から、午後の強い陽射しが注いでいた。 急に視界が開けた海は、風もなかったから穏やかだったし、自転車で走っていると、汗ばむほどの温かさを感じた。 美沙は、久々のサイクリングだったが、冬の冷気を受けても快晴の気候が快適であり、爽快な気分になっていた。 さらに134号線を東進して、トンネルへの坂道を上がり、逗子に抜けると、また海岸線に出てきた。 美沙は、久しぶりだったから、持久力も薄れて疲れを感じたが、それでも走ることの爽快さでペダルをこいでいた。 それから、小さな橋を渡ると直ぐに左折して、葉山港に出ることにした。 漁港の街は閑散として、人影はなかったが、夏には賑わうであろう、大きなビルや広い駐車場があった。 そして、漁港を見渡せるという2階に上がると、そのテラスから薄く青い富士山の雄姿が遠くに見えた。 「ワァー、いいね。絶景だよ」 美沙は、ベンチに座ると、青空に両手を突き上げた。 それは、ずっと家に閉じこもっていたストレスから、自分を解放するような、そんなオーバーなアクションだった。 目の前の光景には、傾く陽の光に相模湾の蒼い海が横たわり、江の島の影が見えた。 そして、その先に箱根の連山があり、さらにその右に富士山が見えていた。 美沙は、テラスを歩きながら、ヨットハーバーに並ぶ何本ものマストを眺めて、さらに漁港に浮かぶ漁船たちを上から眺めていた。 そこには、自分の日常では見られない風景があったから、美沙は興味津々でつぶさに眺めて行った。 ――ああ、こういう世界、こういう暮らし方もあるんだね。 人、それぞれに、自分の世界で生きているんだ。 それが、親の遺産であろうと、なかろうと・・。 私は、藤沢に住んで、神田に通って、 そんな風に、世の中を漂っているけど・・。 これも、ひとつの人世なのかな。 でも、人って、なんのために生きてるんだろ。 じっくりと休養を取った美沙は、運動不足で体力が落ちたのを痛感して、帰りも同じ道を通ることにした。 気がつけば、まだ3時過ぎなのに、冬の陽射しはかなり傾いていた。 しかし、自転車を走らせながら、体が生ってしまったのを自覚して、もっとサイクリングをしようと、月に1回は遠出をすることにした。 そして、鎌倉へ抜けるトンネルを出た時には、大空の薄い雲が茜色に染まり始めていた。 ――ああ、自然は、美しいよね。 なんで、あんな微妙で、繊細な色調が出せるのかな。 美沙は、時折、顔を挙げて大空を見ては、大自然の変化を楽しんでいた。 そして、由比ガ浜に戻った時、この先の稲村ケ崎を越えたら、どんな夕陽が見られるかなと思った。 そして、遠回りになるのは承知の上で、どうしても、その光景が見たくなった。 ――でも、サイクリングって、目的地を目指すと、なぜか必死になるのよね。 走る途中経過なんてどうでもよくて、ただ無心で頑張るのよ。 そうか。人生は、目標がないから、必死になれずに、漂ってるんだ。 そして、稲村ケ崎の峠を越えると、左側の歩道を越えた先に広場があった。 美沙は、自転車を止めて中に入ると、大きく息を吐きながら、石碑を背にして石垣に座った。 そこからは、七里ガ浜の砂浜が広がり、その先に江ノ島が見えていた。 そして、海の向こうに箱根の連山が見えて、その上空には、赤く焼けた夕陽が広がっていた。 ――ああ、こんな一人旅も、いいね。 自然が相手だから、余計な気を遣わなくて・・。 美沙は、ボトルでスポーツ・ドリンクを飲むと、生気が蘇ってきた。 すると、散歩でもしているのか、男が公園に入ってきた。 そして、美沙に気づかずに、前まで来ると、しばし仁王立ちをして、七里ガ浜に広がる景色を眺めている。 男の後ろ姿は、逆光で良く見えなかったが、どうも和服を着ているようだ。 それから、振り返って公園の奥に歩き出した時、美沙に気づいて驚いたフリをした。 「ああ、そこに人がいたのか。びっくりしたな」 男はそう言いながら、近寄ってくると、「でも、素晴らしい景色だね」と言った。 「ええ、大自然の絶景です」 「ワシも、そこに座っていいかな」 美沙は、「ええどうぞ」と言いながら、腰を浮かして、スペースを開けた。 サラッと何気に見ると、男は白髪交じりの長い髪を全部、後ろに纏めて紐で縛っていた。 そして、いぶし銀の渋い羽織を着て、内には黒い着流しを着ていた。 ――このご老人、素敵だな。 この痩せて精悍な風貌に、髪を流して、紐で縛ってる。 しかも、シルバーとブラックの着流しだよ。 まぁ、還暦は過ぎてるよね。 「今日のサイクリングは、どこまで行ったの・・」 美沙は、見るからにそんな出で立ちだったし、横にはバイクが置いてあったのだ。 「ええ、藤沢から、葉山迄です」 「今日はいい天気だったから、爽快だったろ」 「ええ、ずっとテレワークでしたから、最高の気分転換になりました」 美沙が声を弾ませて応えると、「そうかね」と、気落ちしたため息が漏れてきた。 「ワシなんかはね、もう何年も、自宅待機だけどね。もう、生きることに飽きちゃったよ」 美沙は、男から深刻な本音が漏れてきて、迂闊な返事はまずいと思ったから、黙ってしまった。 「ワシはね、若い頃は、青雲の志を持って、京都から上京したよ。しかしだ。学生の頃、虚無と出会ってね」 ――エッ、まさか・・。 アア・・、ヤバイよ。危ないテーマだよ。 美沙は、思わぬ話題にドキッとして、体を硬直させると、夕陽に染まる光景を睨みつけていた。 「この世は、無味乾燥なんだ。人には、存在する意味なんて、ないんだよ。ただ生きて流れて、彷徨うだけ・・」 男も、夕陽に染まる光景を見詰めながら、呟くように語っていた。 「人間は、動物と同じで、生きるために、食い物を探し続けているんだ。サラリーマンは、無事に食い物にありつけるように、給料を貰ってる。金さえあれば、スーバでなんでも手に入るからな。まぁ・・、それが人間社会よ。そう、そういうシステムを作り上げたんだ」 男は、魂が抜けたように虚けて、痴呆のように自分に語っていた。 「人間の知恵って、立派だよな。でも、いずれ寿命が来て、死んで、ただの屍になっていくんだ。歴史上に残る人物、それは単なる幻影だよ。だって、本人は、もう知ることは出来ないから・・」 男は、すぐ隣に美沙がいることさえ、忘れていた。 「天才も凡人も、死んだら同じなんだ。そう、人類は、必死に生きていくよ。ただ、それだけ・・。空虚、そんな概念は人間が知恵を持って、言葉を使えたからだよ」 美沙は、ふと夢かうつつか、それとも幽体離脱した自分なのか、もやっとした世界に置かれていた。 ――美沙よ、あなたは、存在する意味を、探してきたのよね。 それが見つかったの・・。 この人は、生きることには、空虚で何もないって、言うけど・・、 あなたは、どう・・。 そうよ。あなたは、なにを目指しているの・・。 あなたの存在価値は、あるの・・。 ああ、私って、何者なの・・。 そんなこと、未だに判らないよぅ。 そんな青臭い自問自答を、大学に入ってから、いつしか始めていたし、OLになった現在もその呪縛から抜けきれていなかった だから、美沙には、この男の言いたいことが、感覚的に理解できた。 ――ああ、この人、還暦を過ぎても、自分の存在価値が判らなかったんだ。 まだ未熟な私には、無理かもね。 そう、あなたは、凡俗の世界には、何時だって戻れるよ。 だから、このテーマで、もう少し頑張ってみようよ。 男が立ち上がって歩きだすのを見て、慌てて美沙も立ちあがると、「ご高説、有難うございました」と頭を下げた。 だが、美沙は、痩せ細って、わずかな風にも体が傾くような男の後姿を見て、なんとも哀れで可哀想だと思った。 ――あの人は、人はただ死んでいくだけだと、言ったな。 エッ、虚無とは、なにもないこと、だよね。 だったら、そもそも、なんのために生きるかなんて、 そんな目的も、命題もないのかも・・。 そうだよ。虚無そのものが存在しないんだ。 それは、絶望した人が叫んだ幻影ではないのか。 美沙は、首を捻りながらも、なにか謎が解けていくように思えてきた。 ――人間は共同生活をして、お互いに助け合って、生きているよ。 その社会には、各人に自分の役割分担があってね、 それを全うすることだよ。 その使命を果たすことが、目標であり、有意義に生きることかも・・。 ただし、自己満足だけどね。 美沙は、老人の虚無から始まった話に、自分の役割を果たすことが生きる目標かも知れないと思った。 それは、まことに平凡だったけど、ひとつの答だった。 それから、バイクを駆って海岸線を走り、腰越を越えても、気持の中は満たされた気分になっていた。 次の日曜日、美沙は、9時に爽快な気分で目を覚ました。 前の日は、サイクリングで疲れていたし、風呂上がりに缶ビールを飲んだから、バッタンキューで眠りについていたのだ。 10時には、スーバに買い出しに行って、作り置き用の食材を買い込んできた。そして、洗濯をしながら、調理に励んでいた。 美沙は、特に鶏肉が好きだったから、塩レモンのマリネを作り、から揚げも多めに作っていた。 いつも美沙は、パックのままの小盛りご飯を会社に持ち込んで、電子レンジにかけるのだ。 そして、オカズの鶏パックを温めると、サラダを添えて昼食を取っていた。 美沙は、そんな自分流で満足していたから、誰もが外食には誘わなかった。 すると、午後1時に、昼食の生ラーメンを食べ終わった時だった。 真理子から、「今晩は、外食をしない。6時に南口で待ってる。サプライズもあるかも・・」とのメールがあって、OKの返事をした。 美沙が、指示された定刻に行くと、真理子と一緒に並んで、なんと武山がにこやかに出迎えてくれたのだ。 「アラ、武山さんだ。ああ・・、これがサプライズか。でも、お二人さん、似合ってますよ」 すると真理子が、「なにを言ってるの、私をダシにして、武山さんがあなたを呼んだのよ」と,ワザとらしく云った。 「エエッ、まさかでしょ・・」 美沙は、そんなことがあるなんて考えられなかった。 だから、ラフな普段着だったのを、少し後悔した。 すると、美味しいイタリアンの店があるからと、武山が案内してくれた。 そして、白ワインのボトルを注文して、3人でにこやかに乾杯をすると、さっそく武山が話しかけてきた。。 「ところで、美沙ちゃんは先日、友達を越えると自分勝手になるって、言ってたけど・・」 「ええ、私、いつも自分が自分でいたいんです」 「そうか。他人にあれこれと気を遣って、わずらわされるのがイヤなんだ」 美沙は、武山をじっと見つめたまま、黙って頷いた。 「オレはね、美沙ちゃんを無二の親友だと思ってるよ。まぁ、真理子には及ばないけどね」 「ええ、真理子は救世主ですから」 「そうか。じゃあ、オレは伴走者かな。細いヒモで繋いで、一緒に走るヤツ」 それを聞いていた真理子が、思わずウフとおかしそうに漏らした。 「だって、オレも自分を追いかけているけど、でも、見えないんだよな。だから、オレと同じヤツがいるなんて、って、そういう意味で、同類なんだ」 「ええ私、同類だなんて、嬉しいです」 「オレは格好をつけて、自分の孤独を抱いて、生きてきたよ。でもね、君の孤独に比べたら、単なる観念上の薄っぺらいものだと思ったよ」 「いえ、誰の孤独でも、同じですよ」 「でも君は、両親を亡くして、日々に孤独を感じているんだから・・。そう、孤立無援の状況下でね。オレは尊敬するよ」 「ああ、そこを判って戴けるなんて、心強いサポーターですね。ずっと、傍にいて欲し伴走者ですよ」 「そう、あなたは独りじゃないんだ」 「はい、嬉しいです。私、弱い人間ですから、いつも挫けそうになるんです」 ― おしまい ― |