★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。 我が人生に、夢よ! もう一度・・!  いつまでも、恋も愛も、いっぱい欲しい。 そんなバーチャル・ラブを、どうぞ・・。 
 
2020/07/30|その他
 ― 銀行マンの保身 ―  [男と女の風景 56]  

                  2020年7月30日(木) 00:00時 更新 

  ≪皆さん、また、お詫びを致します≫
 今回も、新作が書けませんでした。
 主人公のヒロインが、頭の中に現れて、書き出したのですが、その後の展望が開けずに断念しました。それが、2作目もダメでした。
 次回は、なんとしても新作をと、頑張りますので、宜しく・・。
 また、今回も古いバックナンバーですが、ご容赦の程・・。

                         橘川 嘉輝   拝


  我が家のベランダ・ガーデン

 今回は、まさに≪我が家のベランダ・ガーデン≫の、現在の様子です。
 ベランダの広さは、タテ1間、ヨコ3間の6丈間の広さです。

 
  ≪写真・左・・カーテンとガラス戸を開けた時
 朝、寝起きで、まず飛び込んでくるのが、この風景です。
 
  写真・中・・ベランダの西から東を見る
 かなり生い茂っていますでしょ。
 安いスチールの棚にも、ぎっしりとして、置き場所に困っています。

 
  写真・右・・東から西を見る

 

                                                          [男と女の風景 56]
  ― 銀行マンの保身 ―
 
 今日は、湘南シーサイドゴルフ場で、懇親ゴルフ大会が開催されていた。
  大手銀行の横浜支店が主催で、神奈川県下の大口顧客、20名をゲストとして招待していた。
 
  岡田潤一は、横浜支店長の下で、ゴルフ大会の事務局として、早朝の受付から仕事が始まっていた。
 来賓と挨拶を交わすと、メンバーのチェックをして、組み合わせ表を提示するのだ。
 それから、1階のフロントに預けておいた賞品やお土産を、2階のパーティ会場に運んだ。
  試合後のパーティは、クラブハウスの2階にある食堂の、さらにその奥にあるVIPルームを予約していた。
 そして、皆がプレー中は、何時間もやることがなくて、手持ち無沙汰になるのだ。

  それから昼食後、岡田は、準備係の相棒と二人で、食堂の片隅で雑談をしながらコーヒーを飲んでいた。
 ぼんやりと、緑のゴルフコースを窓越しに見ていた時だった。

――エッ、もしかして・・。
四人組が、賑やかに談笑しながら入ってきて、中央のテーブルに座った。
――あれは、圭子だよな。あの真っ赤なウェアー。
 お互いの席は、かなり離れてはいたが、岡田は一瞬、目を疑った。
 慌てて顔を背けたが、改めてそっと見ると、あの横顔は妻の圭子に間違いなかった。
 圭子は、同席する一緒のメンバーと、楽しそうに談笑していた。
――でもなぜだ。
   いつからゴルフを始めたんだ。
  ゴルフバッグなんて、見たことないぞ。
  あぁぁ、実家が近いから、預けてあるのかも・・。

 岡田は一旦、自分の荷物をVIPルームに置くと、バッグからデジカメを取り出した。
 ズームの距離を予め合わせておいて、通路の通りすがりに、さりげなくシャッターを切った。
 証拠写真のつもりだったが、なにに使うかなんて考えてもいなかった。
――それにしても、なぜなんだ。
  メンバーの男たち、二人は若いし、イケメンだし・・。
  もう一人の女性も、見るからに二十代だよ。
  こんな平日に休めるとは、どういう仲間なんだ。

 岡田は妻のことが気になったが、ゲストが続々と上がってきて、VIPルームは盛況になっていった。
  岡田は、順位の確認とか賞品の準備で忙しくなって、妻のことは忘れてしまった。
 パーティが終わって、玄関でゲストを送り出してから、最後にゴルフ場の送迎バスに乗る時だった。
 岡田は、妻のことがやっぱり気にかかっていたから、念のために自宅に電話をかけた。
 妻がいるはずがないのに、いないのを確認したかった。
 電話をすると、案の定、小学生の娘が電話に出てきて、「今日は用事があるから、遅くなる」とのことだった。
――そう言えば、娘が小学校に上がってから、女房は変わったかも・・。
      化粧や着る物も、若返った感じがするな。
      そうか。娘を学校に送り出せば、後は自由なんだ。
 茅ヶ崎の駅に向かう送迎バスの中で、岡田はふと思った。
――圭子のことは、もう少し様子を見よう。
   見て見ないフリをするのも、時には必要だよ。
 岡田には、だからどうするかという妙案がなかったから、今は静観するしかなかった。

 次の日、岡田は念のために、自分の口座をチェックして、預金の入出金状況確認した。
――あれっ、残金が90万円しかないぞ。
  なぜだ。
     定期預金に回したのかな。
  それにしても、月に2回、下すのは生活費か。
  いや、2万円の時もあるな。
     そうか。これはゴルフの費用だよ。
  エッ、そうなら、出金する曜日は、なんだ。
 そこで、手帳を取り出して、曜日を確認すると、振込み日の翌日以外は、どれも月曜日だった。
――ゴルフの前日に下ろしてる。
     プレーしたのは、今回も火曜日だ。
  すると、火曜日に休めるのは、そうか、床屋とか美容院だな。
     あのイケメンは、美容師かも。
 岡田はさらにデータをさかのぼって行って、驚いた。
 去年の12月には、ボーナスから、なんと100円が引き出されていたのだ。
――なんだ。これは。
  きっと圭子名義の口座に入れ直したな。
  なにに使うんだ。
  これは、なにかあるよ。
 さらに追いかけると、なんと、その前の6月のボーナスでも、100万円が下されていた。
 だが、岡田には、なんでそんなことをするのか理解できなかった。
――なにかが起きているな
    その実態は見えないけど・・。
  しかしここは、全体が見えるまでは迂闊に動かないことだな。
  そう、究極には、銀行マンの命運が掛かっているんだ。
     一時の感情に溺れずに、冷静になること。
     そうだよ。オマエは今、銀行マンの存亡が賭かっているんだ。

 それから金曜日の夕方、支店長が出かけたのを見て、「東京本店の者と飲み会があるから」と、岡田は出かけた。
 だが、行った先は秋葉原の電気街だった。
 あれから岡田は、考えに考えた末に、圭子のスマホに盗聴器を仕掛けることを考え出した。
 誰かと接触しているはずだが、その相手が知りたかったのだ。
 探偵を頼む手段もあったが、相当の経費がかかると聞いていたから、それは断念した。
 圭子のスマホに入った音声を、自動的に転送する技術を考えていたのだ。
 今は銀行勤めだが、岡田は、元々は大学で電子工学科の出身だったから、電子部品には長けていた。
 超小型の盗聴器を買ってきてから、妻が入浴中にスマホの裏のフタを開けて組み込んだ。
 それはいつでも盗聴できるし、音声を自動転送して録音もできた。ただし録音は、電波のパワーが弱くて、同じ家の中が限定だった。
 また、小型のレコーダーを2台も買って、1台を見えない場所に隠して置き、もう1台を通勤電車で再生して聞いていた。

 ゴルフの仲間は、会話の様子から、やっぱり美容院の関係者だった。
 お互いに気が合うのだろう、かなり頻繁に電話をしていていた。しかし、個人名はわかったが、なんという美容院なのかはつかめなかった。
 だが、気になる会話が入っていた。
『オイ圭子、明日、11時に藤沢に行くから、いいな』
『アッ、はい。お待ちしてます』
『それとも、厚木に来るか』
『いえ、いつもの小田急の改札で』
『それから、今月の10万、これは利息だからな。元本はそのままだぞ。いいな』
『はい。わかってます』
 岡田は、直感的にこれはサラ金だと思った。いつまで経っても、毎月、利息の10万円を払い続けるのだ。
 しかも、あの乱暴な命令口調に、妻は従順だった。
――お待ちしています、とは、どういうことだ。
     なんで、あんなに従順なんだ。
  それで、借金はいくらだ。
  だがあの男、一括返済を申し出ても、多分、受け付けないだろうな。
  もう圭子は、美味しいカモであり、奴隷状態なんだから。
  弁護士を立てるしかないかもな。
   銀行マンの妻が、サラ金地獄だなんて・・。
  アー、上司にバレたら、クビだよな。

 次の日、岡田は何食わぬ顔で、通常通りに起きて、食事をして、家を出た。
 だがカバンの奥には、薄手の黒いジャンバーと黒縁のサングラスを、こっそりと仕舞いこんでいた。
 前の日に、職場の庶務担当には、「お客さん先に立ち寄るから、午後1時には出勤する」と、伝えておいた。
 岡田は、自宅に近い善行駅から、小田急線に乗った。
――この調査は、銀行マンであり続けるためなんだ。
  そして、給与をもらい続けて、家族を守るためなんだ。
  なんとしても、相手を特定して、女房を連れ戻す。
 岡田は、改めてそんな決意を、自分に言い続けた。

 藤沢駅に8時に着くと、スポーツ紙を含めて新聞を3紙も買った。
 それから、カフェに入るとかなり混んでいたが、カウンターに並んでコーヒーを買った。
 岡田は空いた席に座ると、先ずコーヒーをひと口飲んだ。
 それから、新聞をじっくりと読み始めた。これに没頭することで、余計なことは考えずにすむと思ったのだ。
 だが1時間もしないうちに、新聞を読み終わっていた。後はもう、時間を潰す小道具はなかった。
――でも、なんで圭子は、そんな道を外したのかな。
  最近は、エッチもしてないし、構ってやってないからかな。
    そうか。新婚当時は、いつも一緒にお風呂に入っていたよな。
    『パパとは、中学まで一緒だったの』と、言ってた。
  
とにかく、圭子は甘えん坊の女なんだ。
    やっぱり、レースクイーンだったからかな。
    高校でスカウトされて、大学でもやっていたらしい。
    だから、チヤホヤされるのが当たり前、そんな感覚の女だよ。
    そうか。自分は、それに応えていなかった、かも・・。
    これは反省だな。

 岡田は、コーヒーをもう一杯、買ってきた。
 目の前にある柱時計が、さっきから気になっていたが、まだ9時半だった。
――そう言えば、イケメン美容師との会話で、
   まだ25なのに、奥さんがいると言ってたな。
     既婚なのを知っていたら、不倫はないか。
  でも、接客上とはいえ、すごく腰が低くて、さ。
  褒め上げるのが上手だったな。
  見え見えのお世辞なのに、圭子は嬉しさで満ち溢れてたよ。
  圭子は、男を求めるというより、優しさが欲しいんだろうな。
  父と一緒にお風呂に入った思い出、そこに感じた親子の愛、
  圭子には、それが究極だったのかもしれない。
  そぅ、だから、もう存在しない父親、その追憶に生きているのかも。
岡田は、柱時計にもう一度目をやって、まだたっぷりと時間があるのを確認した。

 改めて周りを見回すと、来た時よりも客は減っていた。テーブル席が空いていたので、足を伸ばそうと移動した。
――そうだよ。圭子と結婚すると発表した時、職場の皆が驚いたんだ。
  なんで地味なオマエが、当行一番の美女を射止めたんだって。
  実はある日、圭子は朝から憂鬱そうに落ち込んでいたんだ。
  夕方になっても、ぼんやりとしていたから、
  デスクの傍に行って声をかけたんだ。
「どうしたの。元気ないよ」
「ウーン。ダメです。元気が出ません」
「それなら、気晴らしに一杯、行かない」
 それから、焼き鳥屋に行って、大ジョッキで飲んで食べているうちに、喋り出した。
 学生の頃、憧れだったレーサーと、最近、再会して、付き合い始めた。
 だが、彼氏には奥さんがいたのを、昨日知った、という。
 そうか、そうかと慰めているうちに、圭子も気が晴れてきた。
   すると、「優しさを有難う」と言って、涙をボロッと流したんだ。
 付き合い始めたのは、それが最初だったな。
 
 それから岡田は、予定の15分前にカフェを出た。
 先ずは小田急の改札口へ行って、コインロッカーを探すと、なんとタクシー乗り場の手前にあった。
 岡田は、そこで背広の上着を脱ぐと、カバンと一緒にコインロッカーに仕舞った。
 それから、黒のジャンパーに着替えて、黒縁のサングラスをかけた。
 さらに、デジカメを腰のポケットに入れた。
 そして、二階に上がるエレベータの陰で、さりげなく人待ち顔で、その時を待っていた。
 すると、直ぐに圭子が改札口に現れた。
 ピンクの花柄のワンピースが、いかにも華やかに目立っていた。
 髪の毛をフワッとさせて、化粧もしっかりとしていて、若返っていた。それは最近、家で見るイメージとは全く違っていた。
 しばらくして電車が着いて、改札口を出てくる客に、圭子が背伸びして手を振った。
 ガッシリとして大柄の男は、見た目は五十代で、ヤクザ風にも見えた。
 黒い皮のジャケットを着込んで、サングラスをスポーツ刈りの頭に乗せていた。
 ところがなんと、二人は出会って接近すると、お互いに求め合ってハグを交わしたのだ。
 しかも男は、圭子の頭を撫ぜている。
 それは、いかにもオマエ、可愛いよと言っているように見えた。
――ああ、ハグだなんて、なんということだ。
     電話の命令口調とは違うよ。
  そう、父親が可愛い娘にする仕草だ。
 少し近づいた岡田と目が合ったが、サングラスで目線は見えていなかったはずだ。
 すると、岡田は二人の傍を通り抜けた。
「パパ、会いたかった」
「そうか。圭子も元気そうだな」
 岡田は、そんな会話を聞いてしまった。

 岡田は、通り過ぎると、サングラスを外してポケットに仕舞った。
 そして、パソコン用のメガネをかけると、地味な一般人に見せるために、工作したのだ。
 それから階段を下りると、バス停のベンチに座って、他所をみるフリをして様子を伺っていた。
 圭子は腕を組んで、男にベッタリだった。
 そんな様子を、さり気なく手にしていたデジカメで撮った。
 すると、我慢できないとばかりに、男は圭子の手を自分の股間に引っ張り込んだ。
 岡田はそれを見て驚いたが、圭子がにこやかに楽しんでいるのには、もっと驚いた。
 それから、階段を下りて歩き出すと、なぜか、歩道橋の太くて丸い橋脚の裏側に二人は立った。
 その根元は、一段低くコンクリートで固められていて、そこに慶子を座らせた。
 そこはバス停の前で、今は人通りの少ない裏側だったが、岡田からは丸見えだった。
 すると、男はファスナーを下して、一物を引っ張り出した。
 圭子は、それを愛でると、躊躇することなくそれにキスをして、舌で舐めてから、一気にくわえ込んだ。
――エッ、なんだと。
     公衆の場所で、なんと言うことだ。
  ああ、所、構わずなんてさ。恥ずかしくないのかよ。
  おおい、圭子、止めてくれよ。頼むからさ。
 すると男は、ジャケットで圭子の頭を覆うと、両手で抱え込んで、せわしなく前後に揺すり始めた。
 岡田は、横目ながらも、信じられない光景を見ていたのだ。
――なんだよ。恥も外聞もなく、さぁ。
  ああ、圭子は性の奴隷になってるよ。
 やがて男は、仰け反って呻くと、腰をがクッと落とした。
 そして、圭子はバッグからティシューを取り出すと、口を拭っている。

 岡田は、そんな様子を、目を覆いたくなる、そんな耐え難い思いで見ていた。
 気持がガックリと折れて、なんともやりきれない切なさが、ワァーッと込み上げてきた。
 しかし、それは、まさに信じられない現実だった。
――オイ圭子、そんなこと、人前でするなよ。
     正常ならさ、絶対にあり得ないだろ。
  まるで、催眠術にかけられて狂ってるよ。
  そう、男の言いなりなんだから。
     あぁぁ、圭子を地獄から救わないと・・。
 それから岡田は、二人の後をつけて行くと、案の定、橘通りのラブホに入っていった。
 それからはもう、想像するだけでも腹が立ってきた。
――あんな男に素っ裸にされて、セックスに悶え狂うんだろうな。
  ああ、なんと言うことだ。
  ここは、くやしいけどさ。
     我慢するしかないよな。
  怒りたくても、自分が悪いと思うしかないか。
 岡田はしょんぼりとして、自分にそう言い聞かせるしかなかった。
 しかも、事態がどこまで深刻なのか、まだ判断できていなかったのだ。
――冷静に、気づかれずに。
  そう、借金の金額が不明だし・・。
  あの男が、何者かもわからないし・・。
  さて、オマエは、どうするんだ。

 次の日の土曜日、岡田純一と妻の圭子は、圭子の実家にいた。
 娘の彩香がピアノ教室に出かけたので、娘のいない間に、実家の母親と相談するために伺ったのだ。
 母の律子は、もう夫が他界して、長男も独立していたから、一戸建ての自宅で一人暮らしをしていた。
 応接間のソファーに座って、コーヒーを飲み始めた時、母の律子が口火を切った。
「今日は、二人さんお揃いで、どうかしたんですか」
「いや、私はなにがなんだか。とにかく、パパが来たいって言うので」
「はい。本日は重大な話があります」
 潤一は、意を決していたから、慎重に、穏やかにと自分に言い聞かせて、用件を切り出した。
「圭子、これから始める話では、とぼけたり嘘は言わないでくれ。とにかく、今の僕には、銀行マンのクビが掛かってるから」
「エッ、なに・・。なんのこと」
 圭子は、なにかに思い当たったのか、やましさを覚えて血相を変えた。
 それを見た潤一は、お茶を一口飲むと、一呼吸、間を取った。

「圭子、今、サラ金に、いくらの借金があるの」
「なに。なんのこと。サラ金だなんて・・」
「頼むから、正直に言ってくれ。いいか。銀行マンの妻が、サラ金に追いかけられて、返済が出来ない。そんなことが、銀行の上司に知られたら、退職しかないんだ。だから、バレないうちに、始末をしたいんだ」
「圭子、どうなの。潤一さんが、そう言ってるけど」
「そう言われても・・」
 圭子は明らかに怯えていたし、目がうつろに泳いでいた。

「オイ、圭子、借金はないって、言えるのか」
 思わず声高になった潤一に、圭子はワナワナと震えだして、首を横に振っている。
「僕はな、圭子を地獄から救いたいし、これは我が家を守るためなんだ。だから正直に言って欲しい」
 穏やかになった潤一に、そう言われると、圭子はおもむろに口を開いた。
「ええ、少しだけ」
「そうか。いくらあるの・・」
「えーと、300万くらい」
「フーン・・、でもさ、もう少し、あるよね。正直に、言ってごらん」
 潤一が覗き込んできて、その目つきから、もうお見通しなのを圭子は感じ取った。
「実は、500万」
「そうか・・」
 潤一は、金額が増えても、少しも驚かなかった。
 
「それで、他のサラ金とか、忘れている別の借金はないの」
 圭子は、チラッと潤一の顔を見た。
 潤一は、この業界にいて、こんな場合は、最初に言った金額の、2倍から3倍も借金があるのが、一般的だと知っていた。
 だから、全部の借金を把握しないと、対策のやり直しになるからとも。
「あっ、そうだ、あと200万・・」
「本当にそれだけなの。友達や知人からは借りてないの」
「あぁぁ、わからないけど、100万くらいあるかも」
「そうか。合計800万か。それ以上は、本当にないな」
 圭子は、やっと安堵したようにうなづいた。
 潤一も、そんなものかもしれないと、確信した。
「圭ちゃん、アンタ、それ、なにに使ったの」
 母の律子が、詰問するように、声を荒げた。だが、圭子は下を向いたまま黙って応えなかった。
 潤一は、ゴルフとか、遊ぶお金が欲しくって、サラ金に手を出したと言いたかったが、そこはグッとこらえて黙っていた。
 今は借金の返済が最優先であり、ゴルフや浮気は二の次で、黙って目をつぶるしかないと、自分に言い聞かせていた。

「そうか、困ったな。それで、預金はいくら残ってるの。定期も含めて」
「あっ、定期はなくなって、預金が100万くらいかな」
「エッ・・、そうか。少な過ぎるな」
 潤一は、預金の残高が90万しかないのを知っていたが、それも知らん振りをして飲み込んだ。
 だが圭子は、まだ事態の深刻さか判っていなかった。
「その残高じゃあ、足らないよね。それで、月の返済額は」
「毎月、15万づつ返してる」
「あっ、違うでしょ。それは利息だけで、元本は減ってないでしょ。君は永遠に、利息だけ払うつもりなの」
「圭子、アンタ、なにをやってるの。そんなバカなことを」
 母親の律子がついに、怒り出した。

「でも、サラ金に手を出して、800万も借りていれば、利息分しかならないよね」
「潤一さんも、そんなのんきな事、言って。どうするんですか」
「いやぁ、だって、銀行は土地とかの担保がない限り、お金は、絶対に貸さないですから」
「では、どうするんですか」
 圭子は、もう苛立って険悪な顔つきになっていた。
「ええ、そう言われましても・・、僕には妙案はないんです」
「圭子、どうするの」
 母にそう言われても、ただうつむいているだけだった。
「最近、圭子の様子がおかしいなって、僕は虫の知らせを感じましてね。でも、まさかそんな大金だとは・・、ええ、今知ったんです」
「では、どうするの」
「ハァ、どうするかは、まだ見当もつきません。ええ・・、仮に今、僕が銀行を辞めても、退職金は500百万もないでしょうし」
「なんですって、銀行を辞めたら、あなたの将来は、どうするの。生活できないでしょ」
 そこで「フーッ」と溜息をついたのは、圭子だった。
 話が行き詰ってしまって、全く見通しが立たなかった。

 圭子は、まるで他人事のように、そっぽを向いていた。
 それを見て、潤一は切り札を出すしかないと腹を決めた。
 さっきこの家の玄関で、ピンクのゴルフバッグを見てしまったのもあった。
「ところで、圭子さぁ、今週の火曜日には、湘南シーサイドでゴルフをしたよね」
 圭子は、「エッ」と驚くと、あわてて自分の口をふさいでしまった。
 母の律子は、その日の朝、圭子がバッグを取りに来たので、ゴルフに出かけたのは知っていた。
「一緒にプレーしたあの若いイケメンは、美容師だよね」
 圭子の怯えた視線は、潤一を見据えたままだった。
「どんな付き合いなのかは、知らないけど、かなり親密の様子だったね」
「そうなの、圭子」
 母にそう聞かれても、圭子は少し目線を動かしただけで、ずっと黙ったままだった。
「それから、圭子、昨日の午前11時に、小田急の藤沢駅で男と会ったよね。その人は、厚木のサラ金の男でしょ。しかも、それから、二人でラブホテルに入ったよね」
「ナニー、アンタ、浮気をしてたの」
 母は思わず興奮して、大声を上げた。
 圭子を睨みつけていた母の目が、ふと、反射的に、潤一にハネッ返った。
「潤一さん、なぜ、そんなことが言えますか。証拠はありますか」
 そう言われて、潤一はあえてゆっくりと、ポケットからデジカメを取り出すと、画像を見せた。
「これが、ゴルフ場の食堂です。次のこれが、厚木のサラ金業者で、小田急の改札口です。それから、これがラブホテルに入るところ」
「ハァー、完璧ですよ。すごい。テレビの探偵ものよりすごい」
 潤一がコマ送りして見せる画像に、律子は納得とばかりに、改めて潤一を見直した。

 だが、律子は、コマ送りの中に、さりげなく流した画像に、痛烈なショックを受けていた。
 それは、花柄のワンピースを着た圭子が、男の前を咥えこむ写真だった。
 しばらくの間、律子はうつろな目をして、どうしたものかと迷っていた。
「潤一さん、もう一度見せて」
 そう言われて、潤一は、落ち着いてゆっくりとコマ送りをした。
「潤一さん、これなにか、わかりますか」
「ええ、わかりますよ。圭子が、男根を咥えて、性の奴隷に成り果てているんです。しかも公衆の面前で・・」
 律子は、潤一が承知していながら、この画像に触れなかったのに、この人はなんという人だと驚いていた。
 潤一は、最も重大なショットなのに、それを軽く流したのだ。

「潤一さん、こんな娘は、もう私も勘当です。どうぞ、離婚して下さい」
 律子は竹を割った性格なのか、即断即決で言い放った。
「お母さん、それって、どういうこと。勝手なこと言わないでよ」
「圭子、あなたは自分がした画面を、自分で見れるの。破廉恥なケダモノの画像よ」
「あぁぁ、お母さん。助けて・・」
 圭子は、思わず泣き声で叫んだ。
「圭子、私の前に座りなさい」
「イヤ」
「さぁ、来なさい」
 母の律子はそう言うと、ソファーから降りて、ジュータンの床に正座した。
 圭子は渋っていたが、ふて腐れたような顔で、モッソリと母の前に来て、正座した。
 するといきなり、律子の平手打ちが、バチーンと飛んだ。
「イタッ」
 圭子は、思わず声を発すると、左の頬を手で押さえている。
「あなた、これは、天の神様が命じた罰です。これで人生、三度目よね」
 圭子の目に涙が浮かぶと、ボロッとこぼれた。
「中学生で、悪い友達に誘われて外泊した時。それから、高校で、暴走族の男と警察に捕まって、深夜にあなたを貰い下げにいった時。二度も、あなたは狂っていたのよ。自分を見失っていたんです」
 圭子は下を向いたまま、もう泪をボロボロとこぼして泣いていた。
――そうよ。私、今度も狂ってしまったの。
  自分でも、どうにも止められなくて、ズルズルと流されてしまったの。
  ああ、お母さん、平手打ちで目が覚めました。
  潤一さんには、申し訳ないことをしてしまった。
  ああ、たとえ離婚されても、仕方がないよ。

「今度も、そうよ。駅前の、公衆が歩く目の前で、このセックスは、いったいなんなの。これって、狂ってるでしょ」
 実は律子には、忌まわしい記憶が脳裏にへばり付いていた。それは、消したくても忘れられない残像だった。 
 夫の雅夫は海外出張が多くて、しかも数ヶ月間もの長いこともあった。
 ある時、家に帰って来てから、娘とお風呂に一緒に入っていた。
「あなた、会社から電話よ」
 そう言って、不用意にバスルームのドアを開けたのが、間違いだった。
 バス用の椅子に座った圭子が、立ったままの雅夫のそれをしゃぶっていたのだ。
 その光景は、圭子の背中越しだったが、そうとしか思えなかった。
 その時、圭子はまだ中学の二年生だった。
 雅夫に言って、それからはお風呂に一緒に入ることは厳禁にした。
 律子は、それ以来、圭子を注意深く見るようにしてきたのだ。
 男に甘えるには、そうすることが普通だと思い込んでいる、そんな節が圭子にあると思っていた。
 だから、この画像を見て、やっぱりそうだったのかと、内心で愕然としていたのだ。
 律子は、夫の雅夫に何度もそうしてあげて、圭子がそう育てられたのかと思うと、今は痛恨の思いだった。
――ああ、潤一さんには、申し訳ない。
  こんな娘に、育ててしまって、私が悪いのよ。
  しかも、多額の借金まで背負わせるなんて。
  ああ、どうしよう。

「圭子、あなたは、そうやって、パパや男の人に甘えて生きてきたのよ。いい加減に、目を覚ますことね」
 潤一は、やっぱり甘えん坊で育ったのかと、納得した。
――でも、なぜ私は、こんな泥沼に嵌ったんだろう。
 圭子は、こうなってしまった自分が、不思議だった。
――そうか。社交ダンスのサークル、これが最初だったかも。
  先生は若いイケメンだったし、優しかったから、熱を上げてしまった。
  ダンスの発表会があって、先生とペアを組んだのも自慢だったし、
  みんなに見られてる、それがまた、たまらなかった。
  そう、その後の打ち上げで、カラオケにも行ったよね。
  確かに、チヤホヤされて、有頂天だったかも。
  そうだ。そこで、先生の友達という美容師にも出会ったんだ。
  それからは、気分転換で、そこに通うようになったんだ。
  みんなから美人だと褒められて、
  着る物も化粧もグレードアップしたのよ。
  そう、それを贅沢と考えずに、ただみんなの期待に応えてきたんだ。
  そのうち、ゴルフに誘われて、
  厚木の男とも一緒にプレーしたこともあった。
  そう、預金はあったけど、潤一さんにバレないお金が欲しかったのよ。

「潤一さん、大変申し訳ありませんでした.圭子、自分で犯した罪は、自分で償うのよ」
 律子は、慶子にも促すと、二人は床に正座したまま、手を突いて謝った。
「ええ、もし離婚したら、妻がどんなにサラ金に追われようと、僕とは関係ないですからね。そうなれば、それがバレても銀行にはいられます」
「そうですね」
「ええ、僕は偽装離婚も考えましたよ。でも、元本がなくならない限り、圭子は地獄のまんまなんです。しかも、サラ金男に言いなりの奴隷になってしまってる。やがて年を取って、ボロボロになるんでしょう」
「潤一さん、どうしてそんなに優しいの。この子には、優しさのなんたるかが、わかってないんです。パパは優しかった。でもそれは、見た目だけなんです。そんな甘いおだてに乗って、この子は育ってきたの」
「そうですか」
 潤一は、そんな風にしか返事が出来なかった。

「圭子のこんな性分は、もう、治らないかもしれないけど、今度で目が覚めたでしょう」
「ええ。ただ僕は、今の銀行に残ることが、最優先なんです。それさえ守られるなら、我が家は安泰なんです」
「でも、潤一さんは冷静で、圭子を責めることをしない」
「いいえ、とにかく我が家を守り、我が子を守ることが重要ですから」
「でも、なんで、そんなに温かい気持でいられるんですか。その素晴らしい優しさって、ええ、私、初めて感じました。嬉しいです」
 律子は泪をこぼして、指先で拭っている。

 そして、不肖の娘のために、ほぼ腹をくくっていた。
「浮気した妻、それは昔なら即刻、離婚でしょう。でも、あなたは、それを飲み込んでくれている。有難うございます」
 律子は、ヒザ立ちして近寄ると、潤一の手を握った。潤一も、ソファーを下りると、改めて握り返した。
「潤一さん、娘の悪行ですから、私にも責任の一旦はあります。ですから、借金の分は、私が出します」
「エッ、本当ですか」
「はい。ただし、圭子、これはあなたに貸すだけですよ。毎月の給料とボーナスで返してもらうからね」
 潤一は、まさかと思った。
 最後は、この義母の家を担保に、銀行から金を借りるしかないだろうと思っていたのだ。
 だから、そこをどうお願いすればいいかと、ずっと考えていた。
――まさか、それを、お母さんが言い出すなんて。
     ああ、信じられないよ。
  助かったな。
  あとは弁護士に、極秘で頼むことだな。
  そう、一括払い、その交渉もあるし。
  弁護士なら、多分、厚木のサラ金も拒めないだろう。
  もしかして過払いがあって、借金が減るかもしれないし。
 母親の律子は、子育てに間違いがあったと、独り後悔していた。
――ああ、これが正常なのよ。
  でも、なんでこんなに優しいの・・。
  たとえ嫁のためとはいえ、私だっだら我慢出来ないよ。

「それから圭子、ゴルフは止めること。その他の贅沢も一切、禁止よ。いいわね」
「はい」
「それから純一さん、子供含めて、三人でこの家に住みませんかけ」
 うなだれたままの圭子は、大きくうなずいた。
「圭子ね、潤一さんの本当の優しさって、わかる。この人はね、普通のサラリーマンで、楽天的に見えるけどね。でも実は、どんなことがあっても、最後まで圭子と一緒にいてくれる人なのよ」
 圭子は、ただうなずいていた。
「潤一さんは、優しさを表には見せないけど、心の奥底から優しい人なの。チャラチャラして、優しそうに見せて、近寄って来る男たち、あれはね、実は幻影なのよ。圭子、高い授業料だったけど、そこをわかってね」

                            − おしまい −
 
 
 





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