★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。 我が人生に、夢よ! もう一度・・!  いつまでも、恋も愛も、いっぱい欲しい。 そんなバーチャル・ラブを、どうぞ・・。 
 
2020/07/23|その他
 『新宿のシマフクロウ』 [ 男と女の風景・7 ]
 
                2020年7月23日(木) 00:00時 更新 

  ≪皆さん、お詫び致します≫

実は、今回、新作が書けませんでした。
コロナ禍でステイ・ホームのためか、ストレスが溜まっているのか、
主人公のヒロインが、どうしても頭の中に現れなかったのです。
次回は、なんとしても新作をと、頑張りますので、宜しく・・。
また、今回はかなり古いバックナンバーですが、ご容赦の程・・。
                    橘川 嘉輝 拝


               
   我が家のベランダ・ガーデン

 今回は、葉の先端が、突然変異で奇形化したものを3品、紹介します。
 
  ≪写真・左・・イワヒトデ 
 この≪岩海星≫の特徴は、葉の先端が千切れて分岐し、しかも縮れている点です。今後は、この写真より、葉の先端が分岐するでしょう。
 ただ、疑問に思うのは、海のヒトデは5本の突起が、人の手に似ているから≪人の手≫と呼んだと思うのです。
 それを、≪海星≫と読み替えたのは、ロマンがありますから、まぁ了解しましょう。
 しかし、この植物は、葉の生え方が人の手に似ているのです。
 だから私は、≪岩人手≫とした方がいいと感じています。
 
  写真・中・・ヒトツバ
 この≪一葉≫は、いきなり葉の茎が出てきて、葉が広がります。
 この鉢の特徴も、前者と同様、葉の先端が千切れて分岐し、しかも縮れている点です。
 
  写真・右・・獅子ヒトツバ
 この鉢も、前者と同じですが、実は、葉の緑の濃さと、葉が厚くて固いのです。
 また、先端の縮れ具合が、オスライオンのタテガミに似ていることから、獅子の形容詞が付いています。
 

                                                            [ 男と女の風景・7 ]
 
    『新宿のシマフクロウ』
 
「オオッ、この夜景、すごいですね」
 神山は、宗像由香子に六本木ヒルズの52階にあるマドラウンジに案内された。
 席に着いて、さり気なく見た夜景に、息を呑んでしまった。
 ライトアップされた東京タワーが、目の前に聳え立っていた。赤みがかったオレンジカラーのそれは、先端を都会の夜空に鋭く突き上げていた。
 大きなガラス窓から見ると、遥か下には街の明かりが散りばめられていて、延々と遠くまで広がっている。
 夜の大都会に広がる奥深い展望に、神山は改めて魅入っていた。
 
 由香子が予約しておいたとのことだが、客は少なくて、静かで落ち着いた雰囲気だった。
 神山は白ワインを頼み、「なにか、おつまみ程度で適当に」と注文した。
 今夜はある会社の新社屋の完成パーティがあって、宗像由香子とは二度目の再会をしたのだ。
 由香子から、「どこかでお話をしたいんですが、お時間取れますか」と、ささやかれた。
「ええ、いいですよ。場所は、あなたにお任せで・・」
 神山は、由香子には余り関心がなかったが、あえてそう誘われると断りきれずに、これも仕事の内かと割り切った。
 
 グラスワインが来て、乾杯をした時、由香子の視線が覗き込んできた。
 その動きに、意識的なイミシンさがあって、神山は、内心、ドキッとした。
「あなたは、うちの会社では、どういうお仕事を」
「ええ、会長に見込まれまして・・、まぁ、相談役ですかね」
「すると、弁護士ですか」
「ええ、その資格はありますけど、それは顧問弁護士にお任せしてまして」
「では、経営指導」
「いいえ、会長は立派な経営者ですから、そんなことは余計でしょう」
「ではなにを」
由香子は、矢継ぎ早に質問を浴びせ続けた。
「ええ、会長からは、なにかを感じたら、ブツブツと感想をつぶやいてくれ、と・・」
「それだけ、ですか」
「ええ。でも、業務上で、会長とは行動を共にしませんから、問題が起きたら呼びつけて下さいと、お願いしてあります」
「あなたは相当に、信頼されてますよね」
「いいえ、宗像さんほどではありませんよ」
「あら」
 神山が軽く切り返すと、由香子は、軽いお世辞でも嬉しかった。
 
 すると、また覗き込んできた。
 会長の秘書としては、神山がどんな人物なのかを、知っておく必要があったのだ。だから今は、自分の眼で確かめたいと、使命感に燃えていた。
「では、会長と、どこで知り合ったんですか」
「ええ、さるところで」
 話題を軽く流すつもりだったが、じっと見つめる鋭い視線は、疑い深くて、執拗だった。
「ええ、あなたは口が堅いと見込んで、言います。実はアンナ・クラブです」
「マァ、なんと・・。あの秘密結社のANNAですよね」
 神田は、じっと見つめあったまま、黙ってうなずいた。
「噂話では聞いていましたけど、その実体は知らないんです。でも、なぜあなたが・・」
「ええ、あそこのトップが、私のクライアントでして・・」
「その人って、誰ですか」
「すみません。企業秘密でして・・。ええ、裏社会の人間関係までは・・」
 神山も、由香子をじっと見据えたまま、キッパリと断った。
 
「あなたは、独身ですか」
 由香子は、仕方なく話題を変えてきた。
「ええ。新宿のマンションに住む独身、35歳です」
「あら、うちの二代目の若社長と、同じ年齢ですね」
 神山は、由香子がうっかり自分の年齢を言うのかと期待したが、話をうまくすりかえられてしまった。
 神山は、その素早い機転の利かし方に、出来る女を感じた。
「あなたが当社と結んだ顧問契約書、あれにサインした『松崎真一』は偽名ですよね」
「いいえ。あれは仕事上のペンネームです」
「ほぅ、なるほど、さすがですね。住所も新宿区としか書いてなくて、住所が不明で・・」
「いいえ。私の住所は、不定なんです。オフィスも住居も、何か所かありまして・・」
 甘いマスクをした神田は、無表情に応えた。
 
「実はあなたのことを、興信所で調べさせてもらいました。でも報告書では、過去の経歴は全くなかったんです。しかも、尾行調査もしました」
「ええ、尾行の影は感じていました」
「ほう、流石ですね」
 二人は、大人の会話をしていたが、内容は敵対的だった
「あなたが、新宿のクラブに出没するとの情報で、張り込みをしたそうです。でも、やっとキャッチして尾行しても、最後はまかれてしまう。しかも帰り道は、いつも違うそうですね」
 彼女は表情も変えずに、淡々と話していた。
 そうすることが、まるで自分の仕事であるかのように、事務的に次々と質問をしていた。
 だが、神山は自分が探偵事務所に5年もいて、尾行の修行をしたとは、流石に言わなかった。
「だからあなたは、夜になるとうごめき出すシマフクロウ、なんですよね。ある筋のニックネームは」
 確かに神山は、行きつけのクラブではそう言われていた。
「なんですか。その薄笑いは」
「いいえ。これは自嘲しているんです。ええ、人からは夜に獲物に襲いかかる猛禽類とも言われていまして・・」
 神山は,検察官から尋問を受けているように感じたが、そんなことは平然と受け流していた。
「実は私、こう見えても気が小さくて、臆病者なんです。以前、寝込みを襲われたことがありましてね」
 神山も、きわどいことを淡々と話していた。
 
「当社の契約社員で、本名も住所も不明で、キャリアも空白、そんな人は、初めてですよ」
「世の中には、こんな人種もいるんです。しかし、私の身元調査をしたことは、会長はご存じないですよね」
「ええ、私の独断です」
 由香子は、あくまでも冷静に事実を喋っていた。
 神山は、独断で身元調査をする秘書、そんな大胆に実行する由香子に警戒心を持った。
 しかも、自分の独断で調査したことを、本人が公言したのだ。
「秘書としては、ご立派ですね。普通なら、そこまでのフォローはできませんよ」
「でも私は、この設計事務所に入って、会長に徹底的に鍛えられました」
「ホゥ・・」
「こんな小さな会社が生き残るには、どんな案件、どんな人物も疑ってかかれ、って。すべてを納得するまでは、すべてを調べよ、と」
「なるほど、徹底することはビジネスの基本ですよね」
 ワインがなくなったのを見て、神山は同じワインをボトルで頼んだ。
 
 由香子は、痩せた長身に、黒のスーツでフォーマルに決めている。
 白いブラウスのヒラヒラした襟回りが、青白い首筋に合って、さわやかな清楚感を醸し出していた。
 改めて見れば、白い真珠の首飾りが、仕事が出来る女として、その品格を醸しだしていた。
 由香子は、ポツンと独りでいる時は、淋しげにうつむいて、ぼんやりと物思いにふけっている。
 そんな温和に見えるのだが、話が核心に迫ると、聡明な眼差しが光りだして、知的な女性になるのだ。
しかも感情を出さずに、淡々としている。
 若い女性に見えるが、年齢は、多分自分よりは上だろうと、神田は推察していた。
 
「先日、初めて神山さんにお会いした時、私はなぜか胸騒ぎがしたんです」
 新しいボトルが来て、神山が注いでやると、美香子は美味しそうに、一気に半分も飲んだ。
「ええ私、この動揺する感覚はなんだろう、って」
 彼女はフッと話を途切れさすと、ガラス窓越しに夜景に目をやった。
 そこには、暗い街に小さな明かりが、点々と無数に散りばめられていた。
 そして、ライトアップされた赤い東京タワーが、独り夜空に悠然と突き上げていた。
 それから由香子は、両手を握り合うと、祈るように夜空を見上げた。
「ええ、貴方には、私の日常にはない異質なもの、なにか危なく尖ったナイフ、そんなシャープなものを感じたんです」
 由香子のつぶらな眼は澄んで、神山をまともに見つめていた。
 神山は、その無垢な可愛らしさに、思わずドキマギした。
「ええ、鋭利に磨かれたナイフ、その先端がキラッと光ったんです」
 由香子は間を取るように、ワインを飲んだ。
「貴方は、最初のご挨拶の時だけ私を見たわ。でもそれからはずっと、私を見ることはなかった。私は、ずっと見ていましたけど・・」
 だが神山には、由香子がなにを言いたいのか、判らなかった。
 そもそも女の感性とか、女の情緒には興味がなかったし、だから女の気持が判らないのに、彼女を理解するなんてムリだと思った。
 
「貴方は、愛を感じたことがありますか」
 由香子がふと、静かな口調で聞いてきた。
「そうですね。ええ、祖母が私を見守る視線には、なにか、言いようのない愛を感じました。実を言いますと、私が小学生になった時、母が突然、私の目の前から消えたんです」
 由香子は一瞬、驚いて、そっと頭を下げた。
「祖母は、私に厳しかったけど、でも、フッと祖母の存在を感じては、安心したり、気持が和らぐことがありまた。それが愛なら、感じたことはあります」
 美香子は、低い声で「大変失礼しました」とつぶやくと、もう一度、頭を下げた。
  神山も、「いえ、気にしなくても」と軽く手を振って応えた。
「でも、あなたのお話は、皆、過去形ですね」
「はぁ、さすがに冷静ですね。祖母は3年前に亡くなりました。父も母も、誰なのか判りません」
「では天涯孤独、ですか。それで一匹狼」
「いや、単なる新宿の漂流者です」
 神山は顔を歪めて自嘲気味に言うと、大きな溜息を吐いた。
「私だって、博多を出てからもう20年以上も、実家には帰っていません。両親は健在なんですが、会いたくはないんです」
「そうですか。貴女も相当に頑固者なんですね」
「ええ、それが私の美学なんです」
「おお・・、素晴らしい。もう、それだけで尊敬しますよ」
 
「では、男性と女性の愛は、どうですか」
 宗像女史は、温和な表情のまま、サラッと質問した。
「いやぁ、わからないですね」
「恋愛をしたことは、ないの」
「いいえ、10代の頃、ありましたよ。でもあれが愛かどうかは、わからないです」
「あれって、なに・・」
 由香子は、あくまでも冷静に問い質してきた。
「男と女が出会って恋におちる。気持が燃えてきて、やがてセックスをして、身も心も合体していく。でも、それは恋であり、その延長であって、愛ではないですよね」
「そうかな。恋の延長線上には、愛があるのでは・・」
禅問答のようになってきて、神山は少し辟易としてきた。

「女性は、愛がないとセックスが出来ない、と言います。でも、相手に好意があればいいんではないかな」
「いえ、男性に好意を感じただけじゃ、ダメなんです。本当に愛してくれてると、確信しないと」
「でも、それは昔の古い概念で、人の気持を束縛していた頃は、そうでしょう。でも、その呪縛から開放された若者たちは、セックスをエンジョイしていますよ」
「では、セックスに、愛は必要条件ではないの」
 ふと神山は、この答の出せない質問攻めが、永遠に続くように思えた。
 ――こういう女性、特に理工科系は、面倒なんだよな。
  男女の機微とか、感情は、不確かで揺れ動いて、変化するのに・・。
  それを、論理的に説明しないと、納得しないんだから・・。

「私の考えを言いましょう。セックスは愛を確かめ合う儀式なんです。なぜなら、お互いの孤独をお互いが補完し合うのが、愛だと思うからです」
「あら、貴方、いいこと言いますね。そうか。孤独ですか。そうですよね。私も孤独ですもの」
「ええ、人間は誰しもが孤独なんです」
「そうかしら。孤独を感じない人もいるでしょ」
神山には、由香子があえて議論を吹っかけているように思えた。
「人間が動物と違うのは、自分の存在を認識できること、そして、その孤独を感じる感性があることです」
 由香子は、少し納得したように、独り頷いている。
 
「でも、動物もセックスをするわ」
「ええ、でもそれは種の保存、子孫繁栄のためであり、それが本能なのです」
「その部分は人間もそう」
「でも、サルがセックスに快楽を感じたとしても、孤独を埋め合わせてはいない」
「なるほど・・。では、セックスは本能だけど、人間だけが孤独を埋め合っている、ということ」
「そうです。母親は子供の頭をなでたり、頬摺りしたり、時にはギュッと抱きしめてくれます。それは、愛を確かめ合い、孤独を埋め合っているのです。それが親子の愛、なんです」
――ああ、面倒な女に掴まったな。
  もしかして、セックスをしたことがないんでは・・。
  でも、無下には出来ないしなぁ。
 だが、由香子はまだ納得しないのか、浮かぬ顔で見つめてきた。
 
「そうなら、貴方におけるセックスって、なに」
 由香子は、興味を覚えたのか、以前として目を輝かせると、きわどいテーマに突っ込んできた。
「ええ、セックスをしてエクスタシーに昇りつめる。その瞬間にこそ、孤独が溶けてしまうんです」
「まぁ、ゾクゾクしますね」
 由香子は、さらに目を輝かせると、助平な中年女のように、妄想を膨らませていた。
「合体した究極で、一体になったことを感じた時こそ、愛を感じる瞬間なんです」
「マァ・・」
「だから愛が優先するという教えは、古い道徳観念から発したものです」
「それって、儒教の教え」
「ええ、多分。ただし、セックス以外でも、愛は感じます」
「どんな時」
「ええ、例えば冬山で遭難したパーティが、お互いに助け合って、無事に生還できた時です。その時は、皆で泣きながら抱き合うのも、愛を感じる時でしょう」
「確かに、そうかも」
「それは、死という恐怖に直面して、皆が孤独と戦い、皆の連帯感で克服したからです」
「素晴らしい解説ですね。あぁぁ、納得しました」
 
 神山は外の景色を見たまま、さりげなく突然、問いかけた。
「誠に失礼ですが、貴女はもしかして、バージン・・」
「エッ、なんで」
 由香子は驚いて、うろたえると、バッグからハンカチを取り出した。
 どうも、かなり動揺しているようで、目の下を拭いている。
「いえ、単なる僕の直感です。ええ、貴女は、セックスを皮膚感覚で感じたことがない。そんな感じがしたから・・」
「ワァッ、さすがに鋭いご指摘ですね。そこがシャープな切れ味、真髄を見極めた男の直感なのかな」
「エッ、ではズバリ・・」
 彼女は恥ずかしそうに、黙ってうなずいた。
「いやぁ、あなたみたいな美人が」

「私は、九州大学の工学部、建築学科です。真面目に勉強して、入社してからは仕事に一生懸命でした」
「建築士は1級ですか」
「ええ、そうですが」
「その資格って、かなり難しいと聞きましたけど」
「ええ、まあそうですが・・」
 そこで、少し自信を取り戻したのか、嬉しそうに微笑んだ。                                                                                      
「でも実際は、設計よりも秘書の仕事でして、社長の指示で超多忙でした。だから、お酒を味わったり、気持に余裕が出来たのはごく最近なんです」
「仕事一筋に、猛進ですか」
「ええ。でも、もしかして一生このままかも・・。でもいいんです。これも私の定め。こういう生き方しか出来ないんでしょう」
 
 神山は一瞬、続けて質問しようかどうかと躊躇したが、思い切った。
「でも、誠に失礼ですが、あなたは会長の愛人だと・・」
「ええ、世間ではそう見ているでしょう。なにしろ、同じ家に二人っきりで住んで、もう5年になりますから・・」
「ほう」
「ええ、会長は奥様が亡くなられてから、身の回りの世話をしてくれと頼んできました。でも、お断りしたんです。すると、『社長業は息子に譲って、会長として好きなように生きたい』と、言うんです」
「そうですか」
「炊事や洗濯なら、通いでと言ったら、『公私共に、いつも身近にいて欲しい。これがたっての願いだ。息子の了解も取ってある』とのことでした」
 神山は、由香子が切々と話すのを、同情するように聞いていた。
「ええ、私はそれで覚悟を決めたんです。でも事実を言うと、会長は私に迫ったことがないんです」
「エッ、そんな・・」
「いいえ。『もう歳だから、出来ないよ。ごめんね』って、その一点張りなんです」
「あの精力的な会長が、ですか。そんなの信じられませんね」
「あなたは秘密を守れますか」
「ええ、もちろんです」
「私の直感ですが、本命の愛人が、どこかにいるはずです。しかも、身近な身内に・・」
「エッ、本当ですか」
「いえ、単なる女の直感です。でも、どこかに秘密があるはずです。しかも、付きっ切りの私にさえ隠し通している。謎めいていて、すごい人です」
 
 グラスが空くのを待って、神山はボトルで注いでやった。
「でも私、あなたの正体が知りたいですね」
「僕のですか。いやぁ、判ったらガッカリしますよ」
「しかし、あなたは自分を秘密のベールに包んで、生きてきた。その正体は何か。私は、この男、新宿のシマフクロウに興味津々なんです」
「そうですか。私は生まれも育ちも、歌舞伎町です。だからガキの頃からあの界隈は、私の遊び場であり、私のフィールドでした」
「そうですか」
 由香子は、神山が軽口を言うだけで、正体を見せないのに、内心、落胆していた。
 
 二人の会話が途切れて、神山は眼下に広がる東京の夜景に目をやった。
――祖母がアンナ・クラブの事務局長で、
  そう、彼らのアイドルだったとは、言えないしな。
  そう、大学を出て、祖母から事務局を引き継いだんだ。
  弁護士になり、探偵もやって、新宿の修羅場を見てきたよ。
  クラブでお互いを知るのは、トップの4人だけなんだ
  あとの人は、誰がメンバーかを知らされていない。
  政治や宗教、営利、そんなのが目的ではない。
  武士道精神で日本国を護る、それが目的の集団なんだ。
  明治維新から、西洋かぶれしていく世相に対して、
  和魂洋才を唱えた秘密の結社なのだ。
  だから、祖母でもう3代目だし、100年の歴史がある。
 
「神山さんは、夜の世界も、新宿ですか」
「ええ、お酒を飲むのは、歌舞伎町です。入ったことがあるお店は300軒以上でしょう」
「まぁ、夜の帝王ですか」
「いいえ、私は地味なお酒です。だから、歌舞伎町なら、どのビルの玄関を入れば、どこにエレベータがあって、どの非常階段から、どう裏に抜けたら、どこに出るかなんて、全部インプットされているんです」
「それで、ですか。調査不能なのは」
 由香子は、落胆するのではなく、驚きの眼で神山を見ていた。
「私は、誰かに命を狙われている。その危機意識は常に持っています。だから用心深いんです」
「命の危険ですか」
「ええ。でも、最近は妄想かもって。独り者のおののき、忍び寄る不安、そんな精神的なものかもって。武力は合気道で鍛えてはいるけど、精神力は脆いのかも、って・・」
 ウェイターが後ろから歩いてきた時、突然スッと、神山は顔を動かさずに、目だけで辺りをうかがった。
 その視線の鋭さに、由香子はゾクッと震えた。
――この張りつめた警戒心て、なに。
  知的で論理的で、優秀な頭脳だけれども、
  この隙のない構えって、過敏なほどに鋭い。
  そう、正常と異常の線引きの上で、微妙に揺れて動いている。 
  精神的に、病んでいるのでは・・。
 
「でも神山さん、あなたは、その世界では、存在価値を認められているんです。しかもANNAクラブですよ。会員になりたくても審査が厳しいのに、その顧問だなんて」
「いいえ、皆さんは教養があり、その道でも実力で名を成してきました。でも実は、地獄の現実を体験していないんです。メンバーに欠けている資質は、ただそれだけです」
「それって、本当の修羅場、なんでしょうね」
 由香子は、目を輝かせると前のめりになってきた。
「ええ、誰しも、自分の目の前でヤクザがドスを構えたら、パニックになりますよね。そんな場面で、真剣に自分の命を賭けたら、自分はどうすべきか、ですよ」
 由香子は、聞き逃すまいと真剣な目つきになっていた。
「例えば企業の存亡がかかった危機、その時にこそ精神を一統して無心になり、根性を据えるのです。そんな時、冷静な神のつぶやきが、ふと正気に目覚めさせてくれるのです」
「はぁ。なるほど。逃げるのではなく、正道を進む勇気になる」
「ええ・・、まぁ」
 
「でも私は、あなたをもっと知りたいな」
 由香子は、憧れの男性を見つめる女になっていた。
「でも私は、独身主義です。パートナーは求めても、ワイフはいらない」
「はぁ・・、そのプライド、カッコいいですね。孤独を愛する男ですか」
「ええ、私は自分の孤独と向き合って、独りで生きてくしかないんです。それが私の宿命、なんです」
「そうなんですよね。私の生きていく命題も、孤独なんですよね」
 由香子は、淋しげにそう言うと、俯いてしまった。
 
「貴女は、パートナーとして自己主張をできますか」
「えっ、それってどういうことですか」
「普通の女性は,男と女の関係を、子宮で考えます」
「エッ、なぜ突然、そんな」
 由香子は一瞬、驚くと、フッと身を引いた。
「それは、一度セックスをした女性は、ある時、不意に胸をまさぐられても拒まない。それが子宮で考える女、です」
「ハーッ・・」
「だから私は、貴女がそんな女性であってほしくはないんです」
「ごめんなさい。言ってる意味が、わからないんです」
「そうですか。結構です。それは、セックスをしたことがないから、まぁ、仕方のないことですが・・」
「私って、ダメな女ですか」
 由香子は落胆したように、溜息を吐いた。
「いいえ。人としては立派です。尊敬もしてます。でも、男と女の愛は、たとえ瞬間でも、孤独を没我させる究極にあるものです」
 
「ああ、あなたの言ってる意味を整理しないと」
「そんなこと必要ありませんよ。ただ、究極の愛は非論理的で、非日常的であり、バーチャルなのです」
「エッ」
「ええ、愛・イコール・セックスだなんて、観念の中だけにある幻想、そんなのは実現が困難な願望です。だから、体感するしかない。その自己矛盾にしか起こりえない奇跡です」
「ああ、もしそうなら、そして、それを実感できるなら、私は死んでもいいです」
「そうですか。それでは、私たちはセックスをして、昇り詰めた瞬間に、死にましょう。他人は心中と言うかもしれません。でも、私はあなたの孤独を独占できるのです」
「ほう。素晴らしい」
「もし、私があなたの孤独を独占できたら、たとえ死と引き換えであっても、悔いはありません」
 神山は、持論を述べているうちに、思わず気持が高ぶってしまった。
 もし冷静ならば、他人の孤独を独占できるなんて、幻想であることはわかっていたはずである。
 だが、この女性の孤独を独占したい、そんな衝動に駆られ始めていた。
――もしかして、彼女と向き合ったら・・、
  まっさらの気持で、男と女の原点に立てるかもしれない。
 神山には、そんな願望があったし、そんな予感があった。
 
「それでは、貴女の未来のために、私からハンドパワーをプレゼントしましょう」
「えっ、私に」
 神山は、相変わらず無表情に感情を抑えたまま、グラスのワインをゆっくりと差し出した。
「さあ、乾杯しましょう。そして共に、ワインを飲み干すのです」
 由香子は、不思議そうな眼で神山を見つめたまま、ゆっくりと飲み干していった。
 神山は、彼女の強張った視線を受け止めたまま、空のグラスをテーブルの中央に並べた。
 それから二つのグラスを、ゆっくりと左右に開いた。
「さあ、椅子を前に出して、背筋を伸ばしてください。これから、愛を捧げる儀式を始めます」
 由香子は、また不思議そうな表情をしている。
「これは貴女が愛を感じるよう、私がその感性を伝授する儀式です。よろしいですか」
 神山が厳かにそう言うと、由香子は黙ってうなずいた。
「では、テーブルの上に両手を出して。ええ、ゆっくりと両ヒジをテーブルに置いてください。そして、手の平を合わせて、神様にお祈りをするのです」
由香子は、もう暗示にかかっていて、神山の言う通りに動いていた。
「そうです。それでは、私からハンドパワーを送ります」
 神田は同じ姿勢になって、両手で二つのグラスを持つと、静かにカチーンと鳴らした。
「これは、神様に願いが届くよう祈るチャイムです」
 由香子は、冷静に眼を見開いたまま、黙ってうなずいた。
 神山はグラスを置くと、手の平を広げて、厳かな静けさの中で、ゆっくりと彼女の手を包むように、近づけていった。
「これから、貴女に愛の感性を伝えます」
 そんな様子を他人から見れば、マジシャンとか、催眠術師と見えたことだろう。
 神山は、広げた手の平を凝視して気迫を込めた。
 
 それから中指で由香子の手の甲に、そっと触れた。
 由香子は眼を見開いたまま、思わずギクッと震えた。
 本人には、指が触れそうなのがわかっていながら、触れた瞬間に、瞬発して反応する自分が不思議だった。
「エエッ」
 由香子は思わず、声にならない吐息を漏らした。
「これで貴女は、エロスの感性を伝授されました」
「ハァ・・」
 まるで夢を見るかのように、うつろな面持ちで応えた。
「それでは、その感性を確かめてみます」
 由香子がうなずくのを見て、神田は手を引いて座り直した。
「それでは両手をそっと開いてください。それから、両手を胸元でクロスして、両肩に近づけてください。ええそうです」
 由香子は言われるままに動いて、もう夢遊病者になっていた。
「そして手を少しづつ、ゆっくりと降ろしてください。そうです。手の平が胸に触れますよね」
 由香子は神山を見たまま、言われた通りに手を降ろしていった。
「そっと、優しく中指の先で自分の乳首に、触れてください。ええ、そうです。そしたら指の先で、軽くトンと叩いてください。どうですか」
「アッ・・、なにか・・」
 由香子は、一瞬、仰け反ると、意味不明なことをつぶやいた。
「もう一度、トンと」
 彼女は、そうっと眼をつぶった。
 きっと、乳首が反応して硬くなったのを感じたのだろう。
由香子はたまらずに、「ハァー・・」と吐息を漏らした。
「今度は、少し強く押してみてください」
 由香子はギクッと体を起こしたが、瞑想した表情に、恍惚とした笑みが浮かんでいた。
 
 神山は残り少ないワインを二人のグラスに注ぐと、由香子が目を開けるのを待っていた。
 だが、彼女の恍惚は、ずっと続いていた。
そして、独り優しく、自分の乳房全体を揉んでいた。
 他の客からは見えないので、そんな由香子を神山はそっとしておいた。
 やがて彼女は、うっとりと目を開けた。
「どうでしたか」
「ええ、感じました」
「そうですか。それがエロスを感じる感性です。その証拠には、あなたのバストは張りを取り戻して、乳首は敏感になり、硬く張ってきたはずです。感じましたよね」
「ええ・・。正直、私、オナニーをしたことはあります。でも、こんな感じ方は、乙女に還った感じです」
「それって、なぜでしょう」
「さぁ・・、ええ、純粋な青春のトキメキを感じたのかも・・」
 神山は、由香子を促して、乾杯した。
 
「今、あなたが感じたもの、それはあなたが好意を感じる異性に対して、感じるエロスです。あなたは、私をまだ愛してはいない。でも好意は持っていますね」
「ええ、はい」
「それは、好意のある男の前で、その男を意識したからこそ、真のエロスを感じたのです」
「はぁ・・、そうですか」
「もしあなたが今後、私に好意を感じなくなったら、同じことをしても、エロスは感じないでしょう」
「そんなに違うものですか」
「そうです。だから、セックスに好意は必要ですが、愛はあっても、なくてもいいんです」
「ハァ、なるほど」
「ええ。愛は孤独を癒し合い、孤独を補完し合うものです。そして、昇りつめたセックスの究極では、二人の孤独が溶け合ってしまうのです。それが愛だと思うなら、それも愛なのでしょう」
 
「でも、あなたは、本当にナゾの男ですね。私の知らない世界に棲むモンスター、ええ、空怖ろしいものを感じます」
「でも私は、母を知らない天涯孤独のマザコンですよ」
 神山は、自分がマザコンであることを、初めて告白した。
 だが、由香子は、もう燃え上がってしまったエロスの感覚に嵌っていた。
「ああ・・私、あなたの言う皮膚感覚で燃えてみたい、私の孤独を蒸発させてほしいの・・」
 
                      ― おしまい ―
 
 





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