★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。 我が人生に、夢よ! もう一度・・!  いつまでも、恋も愛も、いっぱい欲しい。 そんなバーチャル・ラブを、どうぞ・・。 
 
2020/07/02|その他
―― 天 使 の 絶 叫  ―― [男と女の風景・169]  
 
           2020年7月2日(木) 00:00時 更新 
                            
  我が家のベランダ・ガーデン○
 
 今回は、まだ花は咲いていないのですが、≪ホトトギス≫を3品、紹介します。

 これらはみな、園芸種で、交配されたものと、思われます。
 それにしても、斑入りの葉は、見ているだけでも楽しめますね。


  ≪お詫び≫
 皆さん、大変申し訳ありません。
 実は前作の≪夢のまた夢≫は、ディスクトップからファイルごと、突然消えてしまいました。
 別の編集作業をしていましたら、障害が発生したのです。
 散々探したのですが、見つかりませんでした。
 実は―つづき2―をかなり書いていたのですが、消滅したのです。
 今週は突然、アクセスが1000件を超えたのに、どうお応えするかと悩みました。
 でも、もう一度、白紙から書き直す気力は、どうしても湧きませんでした。
 ご期待に添えず、すみません。
 ただ、今週には気を取り直して、−つづき2−を書くかも、です。
 
 すると、かなり昔のバックナンバーで、面白い作品に再会しました。
 今回、皆さんには、これでご容赦をと、再掲させて戴きます。
                       橘川 嘉輝 拝



                        [男と女の風景・169]                                   
 ―― 天 使 の 絶 叫  ――
 
     [ 1 ]
 藤沢の街は、夜の七時を過ぎると、人混みもまばらになる。
――さぁて、どうするかな。
  このまま家に帰るのも、なぜか気乗りがしないしな。
 梅里は今日、ITの講演会に参加して、会社に寄らずに、真っ直ぐに帰ってきた。
 そのため藤沢駅には、久しぶりにいつもより早く着いた。
 仕事で明け暮れている日々の中で、ふっと、なにもやることがない場面に出っくわす時がある。
 それは、いきなり空白の空間に投げ込まれたようで、当惑した自分が落ち着きをなくして、ざわめきだすのだ。
 JR藤沢駅の改札口を出て、バス停に向かいながら、自宅に直行するのもどうかと、浮かぬ顔で迷っていた。
 たまには羽を伸ばしたいけど、ではどうするかと問うと、行き先が思い浮かばないのだ。


  すると、遠くからにぎやかな音楽が聞こえてきた。
 誘われるままに近づくと、ボーカルの他に、三人の男たちが、ギターや横笛、太鼓で演奏をしていた。
 やや小柄なインディオたちが、南米の民謡をボーカルに合わせてハモり、全身でリズムをとりながらノリノリで嵌まっていた。
 しかも、その息が合ったコーラスには、どこか魂にジーンと訴える哀愁があった。
 聴衆はまばらで、間を置いて立ち止まって聞いていた。
 だが梅里は、さらに離れて独り壁にもたれたまま、眼をつぶっていた。
――ああ、この太鼓には、民衆を鼓舞する響きがあるな。
  そう、地べたから湧き上がる力、土着の生命力かも・・。
  人々は、アンデスの山々を這い登り、
  天に舞い上がって、コンドルになる。
  生きることへの執着心、そんな力強さが秘められているよ。
  細く甲高い横笛は、清らかに澄んでいて、
  真っ青な大空を突き抜けていく。
  その切々たる息吹に、悲痛な思いが篭められている。
  それは、土着の民が引きずる哀愁の調べ、なのか・・。
  高地民族には、課せられた過酷な自然との戦いがあり、
  遠い昔、征服者に虐げられた過去がある。
  だが、彼らには、秘めた誇りがあるのだ。
 梅里は、芯の底から湧き上がってくる情念に、感性が揺さぶられていた。
 だから、彼らの音楽には、聞く者に訴える魔力があると感じ入っていた。
 
「梅里さん」
 女性の小さな声がして、ふっと眼を開いて、振り返った。
 見れば、痩せて小柄な少女が、直ぐ横に立っていた。
 だが、なんとも見覚えがなかった。あわてて頭を廻らしたが、思い当たる人物はいなかった。
――しかし、この子は、オレの名前を呼んだよな。
  では、知人なんだろうな。
 少女の黒い髪は、無造作にヘアピンで留められただけで、前髪も全体も乱れていた。
 しかも、口紅さえ差していない素顔には、生気をなくした疲労感が青白く滲み出ているのだ。
 しばらくの間、梅里は怪訝な顔で首を傾げているしかなかった。
「梅里さん、判りませんか」
 改めてまじまじと見直したが、やっぱり初対面のような気がした。
 よれた洗いざらしの白いブラウスは、清楚だったが、いかにも安物で貧弱に見えた。
「梅里さんは、去年、藤沢病院に入院されましたよね」
「エッ、アア・・、そうですね」
「あの時、担当していました看護師の神田です」
「エエッ・・」
 確かに梅里は1年前に、胆石の摘出手術で入院したのだが、そう言われても、思い当たらなかった。
「あのぅ、梅里さんが退院される時、1万円の図書券を戴きましたけど」
「オオッ、そうか。そういう人いたよ。エッ、貴女が」
「ええ、そうです」
「嘘、でしょう」
「いいえ、本当です。あの時、図書券は戴けないって、固くお断りしたんですけど」
「そうか。そういうこと、って、あったな」
 だが、まだそれらしき人物の顔が思い浮ばなかった。
 
「チョッと、待ってよ」
 梅里は女の子を見つめていて、ふと思い当たった。
「確か名前は麗花、だったよね」
「ええ、そうです。覚えていて下さったんですね」
「そう、僕の≪ Peace  Angel ≫、だったよね」
 梅里は、懐かしくなって、思わず握手を求めた。
「最初、君にそう言ったらさ、どういう意味ですかって、聞かれてさ。心に安らぎをくれる天使、って答えたら、笑ってたなだからこそ、天使に図書券を貰ってほしかったんだ」
「有難うございました」
「いやぁ、こちらこそ。あの時は、会社に出れなくてね。イライラの一週間だったよ。でも、貴女の優しさが、安らかな気持にしてくれたんだ。感謝、感謝だったよ」
「ええ、バリバリに仕事が出来て、責任感のあるキーマンは、往々にして無気力に陥りやすいんです」
「でも、あの制服姿とは、ギャップがあり過ぎるなぁ」
「はぁ、すみません。今日は病院の夜勤明けで、そのまま学校へ行きまして、ええ、今、その帰りなんです」
「エッ、まだ学生なの」
「はい。看護の専門学校に行ってます」
「へえ、すごい努力家なんだね」
「いえいえ、ただ、夢中なだけです。でも今日は、さすがに疲れました」
 
 梅里は、改めて麗花を見直した。
 病院で見た麗花は、薄いブルーの白衣を着ていたし、ナースキャップに髪をキッチリと仕舞い込んで、ビシッと決まっていた。
 そして、キビキビした動き、歯切れのいい対応、さらに優しい笑顔、そんな典型的なナースだった。
 だから梅里は、この人は、心の底から優しい人だと思っていた。
 麗花には、患者の気持や感情の起伏が判るのか、いつも先を読んだ深い気配りが感じられた。
 しかも問いかけながら、本人に考えさせ、決断をさせて、自ら行動させるのだ。
 そんな控えめな配慮が、母親のような広くて深い愛情のように感じた。
 だから、≪ Peace  Angel ≫と賞賛しては、Vサインを送っていたのだ。
 
「梅里さん、私、幾つに見えますか」
「ウーン。あの頃は二十代の半ばで、今は高校生、いや中学生かな」
「エエッ、そんなに違いますか。ショックですね。実は二十歳なんです」
「あぁぁ、そうか。女ってわからないな」
梅里は、改めてもう一度、麗花を見直した。
「でも、あの人たちの演奏って、とっても物悲しいですね」
 またコーラスを始めたインディオたちを見ながら、麗花はポツリと言った。
「うん。哀愁があるね」
 麗花は悲しそうに顔を曇らせると、背を向けてしまった。
――アレッ、どうかしたのかな。
 涙ぐむような表情を見てしまった梅里には、ふと疑問が残った。
 
「あっ私、用事がありますので、これで失礼します」
「そうか、じゃあまたな。頑張って」
ほんの短い時間だったが、梅里は懐かしさに浸っていた。
――いやぁ、あの制服姿からは想像もつかないな。
  まるっきりの別人だよ。
  素顔だったし、髪を振り乱して、一生懸命にのめり込んでいるんだ。
  そんな熱中時代も、若さなんだろうな。
  頑張ってほしいよ。

 
     [ 2 ]
「ママね、今日は僕の親友を連れてきました。高校の同級生。でも、今は超一流銀行のスーパー・エリート」
「あら、そうなの・・」
 大柄で、赤いバラ柄のジャケットを着たママは、ジロッと梅里を一瞥した。
「なかなかハンサムで、いい男じゃない」
「梅里です。宜しく」
「ということは、四十歳」
「ええ」
「まぁぁ、働き盛りの、脂が乗ってる絶頂期よね。若いって、いいわね」
「こちらが、当メルセデスの平川ママ。高校の先生だったから、面倒見はいいよ」
「宜しく、お願いします」
 梅里は、キチッと直立し直すと、丁寧にお辞儀をした。
「でも、凄くいい店ですね。ソファは高級だし、スペースも広いし、高そうな絵画もいっぱい飾ってあって」
「ええ、いいでしょ。これはオーナーの趣味なんです」
「いやぁ、こんな広くていい空間は、銀座だったら超高級で行けないですよ」
「だろぅ、贅沢さでは、藤沢でNO1だよ」
「女性も多いし、美人ばっかりで、粒が揃ってますね」
 褒められたママは、満足げに微笑んでいた。
 
 二人がソファに座って、一段落した時だった。
「梅里さん」
 いきなり隣の席から、遠慮がちな小声で名前を呼ばれた。
 エッとして、声の主を見たが、梅里には見たこともない女だった。
 しばらくの間、見続けていたが、どうしても思い当たらなかった。
 するとママが、「あら、麗花、梅里さんを知ってるの」と、女の子に声をかけた。
 梅里は、その名前を聞いてびっくりした。先週、駅で再会して、言葉を交わしたあの少女のような麗花だったのだ。
「麗花、チョッとこっちに来て」
 ママにそう呼ばれて、梅里の席に着いた。
 だが、今、目の前にいるこの女性は、美しく化粧をして、着飾った大人の女だった。
 髪をアップにして、むき出した丸ぽちゃの顔立ちは、若々しくて可憐で、優しい微笑を浮べている。
 
そして、ポニーテールに纏め上げた髪は、長くて、柔らかいウエーブがかかっていて、肩に垂れていた。
 しかも白いブラウスは、レースの襟が立ち上がっていて、繊細な首筋を包みこんでいた。
 そんな清楚な印象が、梅里には、舞踏会で見る貴族のレディを感じさせた。
 
「いやぁ、まだ信じられないなぁ。だって、先日、一年振りで偶然会って、またここで再会でしょ。しかも、こんなに美女に変身して・・」
「そんなに違いますか」
「麗花さぁ、梅里を知ってるのー。妬けるなぁ」
 常連の相棒が、あえて大袈裟におどけて見せた。
「ええ、チョッとだけです」
「あらら、二人は秘密の関係なの・・」
 ママが、敢えて面白がって、チャチを入れた。
「いいえ、梅里さんは、藤沢病院に入院していたんです。それで・・」
「あっ、そうなの・・。それでか・・」
 ママは、麗花が看護師なのを知っていたから、納得したとばかりに、うなずいた。
「ママ、それって、どういうことですか」
 今度は、相棒が首をかしげている。
「いえね。麗花はね。あら、個人情報だけど、言っちゃっていいの」
「ええ、もうバレてますから」
「この子はね、看護師の見習いをしながら、専門学校に行ってるの。しかも、ここでアルバイトもしてるのよ。昼も夜もなんて、すごい頑張り屋さんでしょ。もう立派に自立してるのよ」
「そうか。それって、すごいなぁ。表彰もんだね」
 相棒の軽口に、梅里は、麗花との出会いを皆に話そうとしたが、知らん振りをして飲み込んだ。
――でも、そんなに働くとは、どういうことだ。
  もしかして、なにか事情があるんだろうな。
  この子の生き様って、なんか興味が湧いてきたな。
 
 「麗花、チョッと立ってごらん」
 言われてスッと立ち上がった麗花を、ママは繁々と眺めると、指を丸めてOKのサインを出した。

 その黒いロングドレスは、フワァッとしていたが、ウエストがキュッと締まって、華奢で背の高い女に見せていた。
 麗花がこんな細身で、背が高いとは思わなかったので、また驚いた。
――女って、どうにでも変わるんだなぁ。
  まったく不思議な人種だよ。
「では、麗花、ショー・タイムよ。お二人さん、チョッと待ってね」
「なに、どうしたの」
「これから本番、ファッションショーの開演です」
 
 しばらくすると、BGMがアップテンポな曲に変わったとたんに、他の客が陽気な手拍子をし始めて、店中がワァーッと拍手に沸いた。
 梅里が、何事かとドアの方を見ると、薄手の白いハーフコートの女が、ポーズをとって立っていた。
 それを見て、酔っ払ってノリのいい三人組の客が、歓声を挙げ口笛を吹いて、さらに大きく手拍子を取り始めた。
 女はトントントンと歩いてくると、レースのヒダがひらひらしたハーフコートを脱いで、肩に引っ掛けた。
 すると、中からは、大胆な赤い花柄のツーピースが現れた。

 それは、デザインが胸元や肩を大胆にカットして、ヘソ出しのホットパンツだった。
 綺麗な足が黒い網目のタイツにスラット伸びていて、そんなファッションが、スマートに痩せた女のスリムなボディを際立たせていた。
 呆気にとられて見ていた梅里に、ママがささやいた。
「あの子はね、元は本職のモデルさん。体を壊して、今はブティックでアシストをしながら、オリジナルのデザインでドレスを創作してるの」
「へえ、さすがに歩き方とか、スタイルの見せ方が違いますね。これは、まさにパリコレですよ」
 
 次に、黒い大きな帽子をかぶった女が、スタンバイをしていた。
 スポットライトに浮かび上がった女は、チャコール・グレーの毛皮のハーフコートを着ていた。
「あれはシルバー・フォックスの毛皮で、本物よ」
 ママにそっと耳打ちされて、梅里は眼を見張った。
 すると、女はトントントンと、足を突き出して軽快に歩き出して来た。
 そして、梅里の前まで来ると、足を止めてジッと見つめている。
 梅里がため息を吐く間もなく、軽やかにひと回りをした。そして、毛皮のコートに手をかけると、サッと前を両開きにして構えた。
 白いブラウスの立ち上がった襟には、首元で結んだ黒いリボンが長く垂れていた。それが大きな帽子と対比させて、女の繊細さを感じさせた。
 そして、黒のロングドレスはウエストをキュッと纏め上げて、スリムさを強調している。
 そんなトータルの印象が、いかにも清楚でエレガントなファッション・センスを見せていた。
 
や おらポーズを取ると、梅里が座るレザーのソファーに手を掛けて、その座席の角に片足を乗せた。
 女は梅里を見つめたまま前かがみになると、右ひざのドレスをゆっくりとたくし上げていく。
 見れば、黒い編み上げのブーツが、ヒザ下まで伸びていた。
 ドレスの裾がヒザを越える寸前で、思わず梅里は生唾を飲み込んでいた。
――エェッ、なんだこれは。
   この色気って、すごいな。ゾクゾクするよ。
 女は、改めて立ち上がると、大きく足を広げて大胆に構えた。
 すると、両手の指先でドレスの両端をつまんで、またゆっくりとたくし上げていった。
 見れば、女は両足をしっかりと大股に広げて、仁王立ちをしていたのだ。

 ドレスの裾が少しづつせり上がり、もはやブーツを越えて、ヒザの上まで上がっていった
 そして女は、上から見下ろしたまま、花柄の入った網タイツまで見せて、梅里を挑発していた。
――この大胆さって、なんだ。
 清楚な乙女が、こんなにも妖艶で、
 しかも男心をじらして、焦がして、
 まさに≪女≫に豹変、だな・・
 
 続けて女は、両手で帽子のツバを摘まむと、ゆっくりと顔を隠しながら、帽子を前に下ろしてきた。
 ひと呼吸をすると、右手でサッと取り外してポーズをとった。
 その現れた顔には、大胆にも、真っ赤な太いフレームのサングラスがかけられていたのだ。
 梅里は、その異様なド派手さにドキッとした。
 よく見ると、女はどうやら笑っているようだった。
 すると、またポーズをとって、軽やかに一回りすると、振り向きざまにサングラスを取った。
 その現れた顔は、なんと麗花だった。
 梅里は、エッと驚いて飛びのいた。まさか麗花だとは思わなかったのだ。
 ファッションショーに見とれていた梅里は、ポカンと呆気に取られて、眼を見開いたままだった。
 そんな梅里を見て、麗花はこらえきれずにお腹を抱えて笑い出した。
 
 おしゃれなファッションや、ドレスの裾をたくし上げる大胆なポーズ、どぎついサングラス、そのどれもが麗花だったのだ。
 眼をつぶると、そのめまぐるしい展開が、強烈な一瞬、一瞬のフラッシュとなり、脳裏に連続して浮かんでいた。
 それは梅里には信じ難い幻影であり、まるで夢の世界だった。
 しかも麗花が主演として舞ったこと自体が、普通にはあり得ないことだった。
 
 麗花は席に戻ってくると、梅里を見るなり、また笑い出した。
「いやぁ、女の変身というのは、すごいな。びっくりしたよ」
「でしょ」
「まるで変幻自在の妖精だね」
 梅里は、数日前に見た、あの疲れ切った少女を見ていたから、妖艶でイカス女とのギャップが、まだ信じられなかった。
 相棒が、「チョッと可愛いイタズラだけどね」と補足した。
「でも、女心はですね、変心しませんから」
「そうか。でも、その女心がわからないんだよな。純真なのか変身なのか」
「あらら、女は演技はしても、ハートは単純ですよ」
 麗花は、判り切ったように、澄まし顔で言った。
 
「でもさ、あんなに身長があったっけ」
「ウフフ、では、種明かしを、しましょうか」
 麗花は、人差し指を梅里の前に突き出すと、魔法の杖のように悪戯っぽく回した。
「実は、ですね。ブーツのヒールは、五センチも高いんです」
麗花は、そう言ってから、スカートのすそを引き上げると、かかとの部分を見せた。
「それから、サングラスは子供のオモチャ。それで、髪には付け毛をしているんです。そして、黒い帽子と毛皮のコートは、母の物で、今日は、チョッと借用してきたんです」
「へぇ、変身グッズってヤツか。でも、あれは、パリコレの一流モデルでも通用するよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです。だって、本職のモデルさんに歩き方も、ポーズの取り方も特訓してもらったの・・」
「ああ、あの赤いホットパンツの子に」
「ええ。でも、今日の私って、最高ですよ。自分でも、こんな気分、初めてですもん」
 汗ばんでしっとりした頬は紅潮し、気分も高揚して、優しい笑顔には満足感があふれていた。
「いやぁ、オシャレな遊び心に、惚れ直しちゃうな」
「おいおい梅里、もう惚れてんのか」
「いやいや、冗談だよ」
 
 ママが他の席に移り、相棒がトイレに立った隙に、梅里がつぶやいた。
「今度さ、食事でもしようか」
「あら、嬉しい。でも私、痩せの大食いで有名ですよ」
「それは、いいけど、僕は美味しいお店を知らないからさ。君にお任せで」
ジッと見詰めたまま、黙ってうなずく麗花の色気に、梅里はたまらずに眼をそらせてしまった。
――あぁぁ、なんてことを、言ってしまったんだ。
  自分は臆病者のくせにさ。大丈夫かな。
  だってさ、こんなの初めてだよ。
  会社では、職場の女の子とワイワイはやるけど、
  二人っきりのデートなんて、さ。
  女房以来、初て、だな。
 
     [ 3 ]
 それから数日後、梅里は、麗花が案内したピザハウスのテーブルで向かい合っていた。
 そして、二人でワインで乾杯すると、口いっぱいに含んで味わっている。
 すると、麗花がチョッとすねたように、つぶやいた。
「お母さん、私のことをね、『貴女は、美人じゃないのよ』って、言うんです」
「へえ、自分の娘に向かって言うの・・」
 梅里には、その謎めいた言い回しが、妙に引っかかった。
「そう。失礼しちゃいますよね」
「そうだね。でもなぜかな」
「メルセデスみたいな高級クラブにいると、自分がトップレディだと勘違いするから、ですって」
「そうか。親心か・・」
梅里は、なるほど的確なことを言うなと、納得した。
「でも、いいアドバイスかもね」
「では、私は、あのお店のレベルに合わないんですか・・」
「いや、パリコレ、だろ。あれは最高だったよ」
「有難うございます。でも、女の変身メニューは、ファッションだけではないんです」
「そうか。でも、君のお母さんは、すごいな。人の心が見えてるよ。そんなピンポイントの鋭さからすると、普通の主婦ではないでしょ」
「ハァー、さすがに、ズバリです。実はそうなんです。梅里さんも、世の中が見えてますね」
 梅里は、妙なことを褒められて、こそばゆさが残った。
「ええ、母は横浜で、カウンターが10人ぐらいの、小さなスナックをしています。私は、行ったことありませんけど」
「そうか。だから、麗花は自立してるのか・・」
 
「お待ちどうさまです。特製ピザを、お持ちしました」
店員が、ほどよく焼けたピザの大皿を持ってきた。すると、優しいチーズの香りが漂ってきた。
「梅里さん、これ美味しいですよ」
 麗花はそう言うと、ピザをカットして、フォークで手際よく皿に移すと、お皿を交換した。
「これが、あの石窯で焼いたピザか。それにしても立派な窯だね」
 梅里は、店の角にあるレンガ作りの大窯を、改めて眺めた。それは、入口を入って直ぐ右に、ドンと構えていた。
 そして、剥き出しの太い煙突が天井を這って、壁を突き抜けていた。
 だが、その熱気が頭上から覆いかぶさってきて、店内は汗ばむほどだった。
「パン生地の香りが上品で、いいね」
 麗花は、さらにカッターを滑らせながら、手際よく切り分けていた。
 
「ワイン、お代わりしようか」
「あっ、そうですね。お願いします」
カウンターの中にいたボーイに声をかけると、麗花はVサインを送った。
「梅里さんは、どうします」
「僕は、同じ白をもう一杯、もらおうか」
「では、それでお願い」
 痩せて色の浅黒いボーイが、顔をしかめて無愛想にうなずいた。
「ところで、麗花は」
「私は、注文を済んでますよ」
「エッ・・」
「このお店には、あまり来れないんですけど、一杯目と、二杯目は決まってるんです」
「ヘエー、じゃあ彼は、マイ・ボーイなのか」
「ええ、サインでOKなんです。でも、あの彼、ソムリエを目指してるんです」
「ほう、立派だね。頑張ってるんだ」
 そんな話から、あのボーイと麗花は、友達か、それ以上かと、梅里は憶測していた。
「うん。このピザ、風味もいいけど、味もいいね」
「でしょう。生地もここで作ってますから・・。でも、一人で来ると、これはボリュームがあり過ぎて、注文できないんです。だから今日は、絶好の日なんです」
「痩せの大食い、それが麗花のセールス・ポイントだろ」
 そう言われて、美味しそうに頬張ったまま、大きくうなずいた。
「遠慮なく食べてよ。お代わりも、追加もアリだから」
 今度は、笑いながらピースサインをしてくれた。
 
「私、実はお父さんを知らないんです」
 さりげなかったが、唐突なひと言に、エッと、驚いた。
 梅里は、麗花の表情を見たかったが、見てはいけないような気がした。
「父がどんな名前で、どんな人か」
「へぇ。戸籍上も」
「ええ。古い写真も探しましたけど、なかったんです。母に聞いても、いつも黙っているだけで・・。問い詰めると悲しそうな顔をするので、もう聞くのも止めました」
 梅里は二の句も次げずに、ただ白ワインを飲むしかなかった。
――この女は、どんな思いを抱いて生きているんだろう。
  父親が不明で、不在な現実を。
  そう、自分にどう説明し、どう気持を整理したんだろう。
  こんな時、オレはどうすればいいんだ。
  慰めの言葉とか、ぎゅっと抱きしめてやるとか。
  でもな、事の重大さに比べたら、手も足も出ないよ。
  しかし、もう、頭の中に、永久プリントされているんだろうな。
  でもさ、それも仕方のないことだよ。
  麗花の父親は、あの暗闇にしか存在しないから・・。
 

                                                                 − つづく −





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