2020年6月4日(木) 00:00時 更新 ○我が家のベランダ・ガーデン○ 今回は、名もなき雑草・3品を、紹介します。 ただし、先輩に言われましたが、雑草と一括りにしてはダメで、実はそれぞれに正式な名前があるのであって、皆は知らないだけだ、とのことです。 この点は、銘記すべきです。 ≪写真・左・・不明≫ 多分、他の鉢から飛び込んできたものでしょう。 でも、数十本もの葉が、根元から生えているのって、珍しいですよね。 ≪写真・中・・不明≫ これぞ、正式な名前があるはずです。 これは、県道の横にある空き地に群生していたものを、数株、戴いてきたものです。 先端にあるのは、ツボミなのか、花なのか、それとも実なのか、不明です。 ただ、この可憐で繊細な様子に、惹きつけられました。 ≪写真・右・・不明≫ これは、数年前から花を咲かせていますが、他の鉢からの飛び込みです。 近年は、背丈が40センチぐらいもあって、ヒョロッと伸びた茎の先端に、この花を咲かせています。 [男と女の風景・168] ○ 女たちの独愁 ○ 石橋は、ずっと黙っていたが、おもむろに口を開いた。 「あのさぁ、言っていいかな」 「エッ、ええ、いいですよ」 優美は、カウンターに座る石橋が、さっきからジッと自分を見ているのが、気になっていた。 優美は最近、このスナック≪みはま≫にバイトで入ったが、石橋と話すのは今日で二回目だった。 ママが、常連さんと親しく話し込んでいたから、今は二人だけで向かい合っていた。 石橋は、前回会った時も、今、水割りを作る時も、優美の横顔を見ては、なにか感じるものがあるようだった。 「君はさぁ、子供の頃から、ずっと泣き続けて来たよね」 「エッ、なんで判るんですか」 優美は驚いて、思わず両手で頬を隠した。 「君は心から優しいよ。だから、いつも悲しいのを乗り越えようと、頑張ってきたよね。でも、その悲しさが、泣き顔に出ているんだ」 優美は、思わず「あぁぁ」と天を仰いで、大きな溜息を吐いた。 「でも、私、こんな顔が私なんです。ええ、子供の頃から泣いて、泣き腫らしてきました。でも、それが人相に出るなんて・・」 「いや、普通の人はそう思わないよ。僕は、ただ、その悲しみを乗り越えてきた今の君を、賞賛したいんた」 「はい、有難うございます」 優美は、まさか自分がそう見られているなんてと、思いながら、丁寧にお辞儀をした。 「僕はね、このタイプの女性を見たのは、二人目かな」 石橋が、静かに語り出した。 「その子はね、聞いたら、不幸を背負ってる女性だった」 優美は、次に何を言い出すのかと、石橋をじっと見つめていた。 「まぁいいよ、僕の単なる直感だから・・」 石橋がそう言うと、優美は笑みを浮かべている。 「そう、その目尻にシワを寄せている笑顔って、見るからに寂しげな泣き顔なんだよな」 「エエッ、自分では、判らないですよ」 自分の笑顔のことを言われても、返答のしようがなかった。 「最初に出会った子はね、母親が失踪して、父親と二人で残されたけど、父親が病弱で、必死に働いて生計を立てていたんだ」 優美は、下を向いて聞いていたが、時々石橋の顔色ををチラッと見ていた。 「でも25才の時に父が亡くなって。青森のアパートを引き払って、東京に出てきたそうだ」 「ああ、私も似たようなものですよ」 石橋は、「そうか・・」と応えたっきり、黙ってしまった。 ――ああ、いるんだよな。こんな泣き顔の女が。 自分では、それなりに頑張って、その日その日を暮しているよ。 それは、きっと辛いだろうけど、でも本人は愚直にこなしているんだ。 そうすることが、自分の役目だからって・・。 「君は、昼間も・・」 「ええ、名店ビルでレジの仕事を・・。それで、ここには週に二日、水曜と金曜に来てます」 「フーン、頑張ってるんだね」 「いえ、マィペースで、それなりに・・」 ――ああ、きっとバツイチで、子供がいて、働きづくめなんだ。 この女は、そういう星の下で、生きてるんだな。 石橋は、この優美のことをもっと知りたいと思った。 だが、根掘り葉掘り聞くのは、まるで身元調査をしているようで、さすがにはばかれた。 見れば、面長で痩せていたが、四十代の前半で、服装も地味だった。 前回、石橋が来た時に、『前髪を上げたら、どんな印象なのかな』と聞いたことがあった。 そしたら『アラ、恥ずかしくって、ダメですよ』って、照れていた。 『だって、これまで一度も、髪をアップにしたことがないんです』 石橋は、その時、この女は、自分の顔に自信がなくて、いつも下を向いて、地味に生きてきたんだろう、と思った。 「どう、一杯、飲まない」 石橋は、そう声を掛けると、自分のボトルで水割りを作ってやった。 そして、乾杯をした時に、またあの泣きの笑顔に出会って、石橋は独り苦笑した。 ――ああ、なんだよ。この女、ギュッと抱きしめてやりたいよ。 なんで、そんなに不幸を背負ってるんだ。 石橋は、この優美と向かい合っているのが、耐えられない程に辛くなっていた。 それは、不快と言うよりは、同情的だったから、なにもしてやれない自分が歯がゆかった。 だが、優美は、石橋が、そんなにまで思っていてくれるとは、考えもしなかった。 ――しかし、この女には同情なんて、いらないんだ。 生活費は欲しいかも知らないけど、自分を納得させて生きてる。 その開き直った気構えが、素晴らしい。 そう、地獄を見てきた者だけが持つ根性、それを感じるよ。 ああ、この女、尊敬するな。 優美は、水割りを、まるで日本酒をお猪口で飲むように、大切そうに飲んでいた。 そんな様子を見ていた石橋は、女房のことが頭に浮かんだ。 ――それに比べたら、我が家の専業主婦は、なんだ。 まぁ、それなりには忙しいんだろうけど、天下泰平だよな。 こういう世界で、こういう女が、必死に生きているんだ。 そういう運命だ、と言ってしまえば、それまでだけど、 その大きな格差を、あの女は知っているんだろうか・・。 「君は、お酒には強いんでは・・」 「ええ、まあまあですけど・・。あっ、先週は、玄関で靴を履いたまま、朝まで寝てました。娘に、ゆすられて・・、笑われちゃいました」 「フーン、では、かなり飲んだんだ」 「ええ、でも、週末でしたから、疲れていたんですよ」 「そうか。体を壊さないようにな」 「私、痩せてますけど、結構、丈夫なんです。ええ、いっぱい食べているのに、なぜか太らないんです」 「優美は、優美流に突っ張っているからな。その緊張感が切れる時は、オレ流でバックアップするよ」 「ああ・・、石橋さんは、優しいですね」 「イヤァ、オレはね、この人間社会、こんなにも頑張ってるのに、なぜ、神さまは振り向いてくれないんだ、って・・。だってさぁ、棄てる神があれば、拾う神がいるはずでしょ。それなのに、なぜって思うんだな」 ――アア・・、こんな私に、同情は、いいんです。 こうやって生きていくのが、私なんですから。 その日、石橋は飲み代を一万円札で払った。 そして、飲み代以上のお釣りを、チップだと言ってママにバレないように、優美にそっと渡した。 優美は、一旦、首を振って固辞したが、「僕の気持」と言って、四つ折りにして押し出した。 ――今、オレに出来るのは、こんな事しかないよ。 ああ、神様のご加護があればだよな。 石橋は、ひっそりと頑張る優美が、こよなく愛おしかった。 そんな後ろ髪を引かれる思いで、石橋は店を出て行った。 それから二日後の金曜日に、石橋は会社帰りに、藤沢駅の立ち食いソバで腹ごしらえをすると、直接スナック≪みはま≫にやって来た。 まだ早い時間だったから、客は二人しかいなかった。 しかも、あの優美は遅い出勤なのか、姿が見えなかったが、もう一人、初めて見るバイトの子がいた。 ママによれば、いつも土曜日だけ来てもらっているが、今日は理香子が都合が悪くなって、急遽、この朋子にお願いしたとのことだった。 「そうか、サラリーマンは、土曜日は自宅待機だからな。それで、初対面なのか」 石橋はそう言うと、いつものようにカウンターの隅に座った。 それから、朋子が作ってくれた水割りを、ぼんやりとしながら飲んでいた。 石橋は、仕事を忘れたいから飲んでいるのに、ふと、今日、部下から報告を受けて、強い口調で命令をしてしまったのを思い出した。 ――ああ、冷静だったけど、オレの言い方はきつかったかな。 聞く耳は持っていたけど、時には、主任に考えさせるか。 そう、オレが即断すると、指示待ちの態度になるからな。 もっと、自主性を持たせるか・・。 そんなことを考えていると、朋子が「石橋さん、一杯、戴いていいですか」と遠慮がちに言うので、「ああ、どうぞ」とボトルを掴んだ。 朋子が、グラスにアイスを入れると、差し出してきたので、ウイスキーを注いでやった。 見れば、ツンと鼻筋の通った美人で、長い髪をアップにしていた。 しかも、黒いスーツをビシッと決めて、颯爽としていたから、いかにも出来る女に見えた。 ――オミズ系ではないし、OLでもなさそうだな。 ああ、保険の外務員かも・・。 しかし、インテリ系で、育ちも良さそうだな。 石橋は、いつもそうだが、初めて見る女の子は、さり気なく観察して、それにふさわしい形容詞を探すのだ。 それから、二人で乾杯すると、石橋は何気に言ってしまった。 「朋ちゃんは、どこか男性恐怖症の気があるね」 「エッ、判るんですか」 朋子が驚くのを見て、また余計な発言をしてしまった、と石橋は反省したが、もう打ち消すことは出来なかった。 「いや、単なる僕の直感だけどね。でも、逆に、そんな自分を自覚しているのって、すごいよ」 「ええ、実は私、男性への接客は、苦手なんです」 だが朋子はそう言うと、下を向いて黙ってしまった。 「ああ、ごめん。余計なことを喋ってしまって・・。これ、オレの悪い癖なんだよな」 「でも、一目会っただけで、私のことを判ってくれるなんて、嬉しいです。ええ、自分でも薄々は気付いていたんですが・・」 石橋は、グラスを持つと、敢えてもう一度、乾杯をして、間を取った。 「君は、知的で、美人で、いい仕事をしてるよ。でも・・」 「でも、なんですか」 「言っていいのかな」 「ええ、お願いします」 「君は、いつも伏し目がちで、話をする時も、相手の眼、特に男の眼を見ないよね」 朋子は、またズバリと言い当てられて、たじろいでしまった。 「これも、単なる推測だけど・・。朋ちゃんのお父さんは立派な人で、君も尊敬していた。でも、威厳があり過ぎて、取っつきにくくて、親しみがなかったんでは・・」 「アア・・、正にそうです。でも、なぜ・・」 朋子は、なぜ石橋がそう断定できるのか、不思議そうな顔をして、首を捻っている。 「だから、君は、男性に憧れて、父親の愛情を求めているのに、でも手が届かない。いや、手を出したいのに、怖くて手を引っ込めてしまうんだ」 朋子は、隠していた自分の弱点を言い当てられて、ヘビに睨まれたカエルのようにもう固まっていた。 そして、話に引き込まれてしまい、今は石橋をジッと見ていた。 「要するに、父親でも、会社の上司やここの客に対しても、男性とどういう距離を取ったらいいのか。それが、判らないんだ」 「ああ・・、そうなんです。でも、なにか、占い師みたいですね」 「いやぁ、女性をいっぱい見てきた感想だよ」 「君は、もしかしてバツイチ・・」 「いいえ、でも、娘は、もう大学生です」 石橋は、予想外の返事に、「エッ」と言ったっきり、その理由が判らずに、朋子を睨みつけていた。 ――まさかだよ。だって、論理的には有り得ないでしょう。 それとも、父親が認知しなかったのか・・。 あるいは、勝手に生んだのか・・。 「実は私、愛人だったんです」 ――エエッ、なんだと・・。 愛人だって・・。 石橋は、次々と聞く事実に、もう言葉を失ってしまい、ただ朋子を見詰めるだけだったいた。 「ええ、私は キャビンアテンダントをしていましたが、サンフランに行った時、機長と交わって・・」 ――ああ、よくありそうな話だよ。 でも、その職種だから、身なりも物腰もいいのか。 彼女たちは、訓練されてるからな。 「それは君が、その機長を元々好きだったし、その気持をずっと抑えていたんだ。そうでしょ」 「ああ、そうでしたね」 「だから、本心は、機長から声を掛けられるのを待っていた。そして、迫られたから、許したんだ」 朋子は、もうすべてを見透かされたかのようで、断定的に言う石橋をジッと見ていた。 しかも、石橋の言うことが、実際に展開された通りであり、その読み切っていた慧眼には驚いた。 「ええ、それ以来、10年ほど、お付き合いをしてきました」 ――そうか。10年で別れたのか。 なんでかな。 きっと、この女に問題があったんだ。 「もちろん、その人には妻子がありましたけど、私は子供が欲しかったので、避妊するのを止めたんです」 その子供が欲しいという女心は、石橋には理解できなかった。 「子供が出来て、その人も喜んでくれて・・。私、仕事を辞めてからマンションを買って貰い、彼から毎月、お手当ても貰いました」 「だから、愛人か・・。でも、なぜ別れたの・・」 「さぁ、判りません」 朋子は、水割りをグイッと飲むと、深い溜息を吐いた。 そして、石橋と目が合うと、スネたように身をよじった。 「でも、あの人、足が遠のいて、ある時、手切れ金だと言って・・。私、一生懸命、献身しましたけど・・」 「そうか。君は自分を捨てて、尽くし過ぎるほどに、尽くしたんでしょ。炊事、洗濯はもちろん。出勤する時は、ワイシャツやネクタイ、靴下なんかも、揃えて・・」 「ええ、母もそうしていましたから・・」 「ああ、そうか。それはね、過保護とか、過剰介入でね。まぁ、端的に言えば、お節介かな」 「エエッ、そうなんですか・・」 「そう、男ってね、面倒をみられ過ぎると、それが息苦しくなって,放って置いてくれよと、言いたくなるんだ」 朋子には、男の本音を聞いて、まさかの驚きだった。 ――でも、母が父に尽くしたように、献身的なのが妻の役目でしょ。 それって、おかしかったのかな。 そうなら、私の想いは、届かなかったのかも・・。 自分を殺してでも、尽くす。それが、私の愛情表現だったのに・・。 だから、愛人でもよかったのよ。 別れた理由が不明のままだった朋子には、予想だにしなかった思い込みのギャップがあったのだ。 人生で憧れた唯一の人、その仮想のご主人には、朋子の熱い想いが届いていなかったのだ。 ――ああ、私って、ずっと独りぼっちだったんだ。 あの人こそ、最愛の人だって、 お互いに信じ合えると、信じ込んでいたのに・・。 そうよ。あれだけ尽くしたのに・・。 バーチャルな愛だったとは、虚しいね。 朋子は、深刻な顔をして俯いていた。 ――それって、もしそうなら・・。私の献身はなんだったの・・。 朋子のその思いは、懺悔を越えて、痛恨の極みだった。 それから、石橋歯はチョッと言い過ぎたと反省して、またグラスを掲げと乾杯した。 すると、朋美は、残った水割りを一気に飲み干した。 それを見た石橋は、黙ってグラスを引き寄せると、また水割りを作ってやった。 「ええ、私の母系は、代々、上臈(じょうろう)でして、江戸時代から、九州のある藩の女官としてお仕えしてきました」 ――エエッ、そういうことか。 では、殿様の子供・・。 もう酔い始めているのか、朋子の口から、またあらぬ言葉が出てきて、石橋は改めて目の前の女を凝視した。 「私は、子供の頃から寵愛されてきましたが、なぜかそれがイヤで、東京の女子大に来て、CAになったんです」 ――ああ、育ち方が違うんだ。 そうか。カルチャー・ギャップか・・。 だから、普通の男と、どう接したらいいか判らないんだよ。 しかも、愛人でいいと甘んじている。 「ええ、私には憧れの職業だったし、憧れの世界に飛び立ったんです」 朋子は、この時ばかりはと、両手を握り合わせて、目を輝かせていた。 すると、客が2人、ドヤドヤと賑やかに入ってくると、カウンターの中央に陣取った。 もう9時になろうとしていたが、続けて優美も「遅くなりました」と言って入ってきた。 「今、そこの街角で出会ったから、お二人さんをお連れしました」 「そうなんだよな。優美を見たら、他の店に行けなくてさ」 そんな会話を声高で、陽気に交わしている。 そして、そんな賑やかさに圧倒されて、朋子の話は終わってしまった。 「すみません。話し過ぎまして」 「いやいや、気にしないで・・。しかし、すごい背景があるんだね」 「でも、こんな事を話したのは初めてですし、勉強になりました」 朋子は、グラスを持ったまま斜に構えると、俯き加減でなにかを考え込んでいる。 ――ああ、この女とは、『男の眼を見ない』から、始まったんだ。 しかも、本人は愛人で、代々が上臈だって・・。 この世に、こんな上質な女が、いるんだなぁ。 でも、ハートは孤独で、寂しいんだよ。 それからは、二人の会話はなくなっていたから、石橋は、ママにチェックしてもらった。 すると、朋子がエレベーターまで送ってきて、「ありがとうございました」と、深々とお辞儀をした。 石橋は、振り返ると、顔を挙げた朋子の顔が、いかにも名残り惜しそうに見えてしまった。 思わず石橋は手を引くと、そっとハグをしてやった。 だが目をつぶっているのを見て、思わず唇にキスをしてしまった。すると、優美は、それを優しく受け止めた。 そして、別れ際に、朋子は「また、是非ともお会いしたいです」と、遠慮がちに言った。 「おお、いいね。食事にでも行くか」 そう言いながら、もう一度、そっとハグをしてやった。 ― つづく ― |