2019年9月19(木) 00:00時 更新 ○我が家のベランダ・ガーデン○ 今年の夏は、猛暑を通り越して、酷暑になりました。 お蔭で、鉢への水遣りが大変で、挿し芽などはかなりダメにしました。 また、草たちの花が咲く時期が、少し早いようです。 今回は、この残暑が残る今、秋に咲く3品を、紹介します。 ≪写真・左・・ギボウシ≫ この名前の由来は、橋の柱の頭部に被せてある宝珠形の装飾≪擬宝珠≫(ぎぼし)に、花の姿が似ているため・・。 この鉢は、やや小型の苗ですが、密生させて作り込んでいます。 ≪写真・中・・ウズタデ≫ これは、『タデ食う虫も好き好き』の蓼で、葉に辛みがあるそうです。 殺菌作用があり、川魚のアユの持ち運びで生臭みを消したり、焼いた内臓の苦み消しに使われたそうです。 タデの内、これは、特に葉が厚くて縮れていて、しかもコンパクトなのが特徴の種です。花は他のタデと同じです。 ≪写真、右・・ミヤマラッキョウ≫ 普通は、薄紫の花ですが、この白花は≪オトメラッキョウ≫のようです。 この葉の長さは15 センチですが、ヤマラッキョウは25センチにもなります。 また逆に、イトラッキョウは、葉が10センチ程度で、もっと細くて垂れ下がってきます。 [男と女の風景・151] ★ すれ違う自我 ★ 宮内誠也は、決算係の部下達から上がる資料を入念にチェックしながら、淡々と仕事に励んでいた。 先日、課長から叱責されて、ミスの再発だけはしたくなかった。 営業からの受注高と売上高、人件費や諸経費の原価要素など、各部署からの様々なデータが入力されていた。 宮内は、そこに異常値がないか、月次のトレンドはどう変動しているかなどを、チェックしていた。 経理部門は数字との睨めっこであり、地味だが、経営状態を監視する立場でもあったのだ。 午後のコーヒータイムで、デスクを立って廊下に出た時だった。 「宮内主任」 声を掛けられて、振り返ると、データの処理ミスをした部下の深川奈津美が立っていた。 「なに・・、どうしたの・・」 「はい、先日は私のミスで、大変申し訳ありませんでした」 「ああ、もう終わったことだし、今後気をつけてくれれば・・」 「はい、それはもう、しっかりやります。ただ、昨日母にそのことを言ったら、改めて、きちっとお詫びをしなさい、って・・」 「ああ、あの後で、君は直ぐに謝ったじゃない」 「でも、お詫びのしようがありません」 「なにを言ってるんだ。僕のチェックミスだよ。君だけが悪いんじゃない」 深川奈津美は、泣きそうに顔を歪めると、深々と頭を下げた。 ――ああ、主任は怒らなかった。私が悪いのに・・。 課長よりも、もっと心が広いのかも・・。 どんな最悪の窮地でも、救ってくれそうだよ。 この人と、ずっと一緒なら安心かも・・。 深川は、主任の宮川に信頼以上の、もっと深い愛情を感じ始めていた。 それから、宮内が自販機からコーヒーの紙コップを持って、席に座った時、課長に呼ばれた。 昨日から大阪支社に出張していた課長が、帰ってきて、自分のデスクにいたのだ。 「おい君、あのミスの後で、係の皆と再発防止のミーティングをしたか」 「あっ、いえ・・」 「君なぁ、なんで僕が大声を上げて、怒ったか、判る」 「いいえ」 「あのなぁ、僕は会計課の全員に、ケアレス・ミスをしないように注意を促したんだ。だから、あえて君を、そのスケープゴートにしたんだよ」 いきなり課長にそう言われても、宮内には、言っている意味が即座には判らなかった。 「君みたいに、優秀な経理マンだってミスをする。だから、皆も、注意しろ、って・・、皆に聞こえるように、警鐘を鳴らしたんだ」 そこまで言われて、課長の狙いがなんだったのか、やっと判ってきた。 宮内は、神妙な顔で聞いていたが、「はい、以後気を点けます」と頭を下げて、自分の席に戻った。 ――そうか。オレは、生贄の羊だったのか。 課長は、オレを怒るチャンスを窺っていたのかも・・。 宮内は、あれから三日も経っていたから、もう冷静に受け止めていた。 ――だけど、課長にそんな深謀遠慮があったとは・・。 はぁぁ、課長はすごいよ。見直したな。 そうか。時には演技であっても、大袈裟に怒るのも必要かも・・。 それから宮内は、早速、部下の三人を集めて、小会議室でミーティングを開いた。 男性は入社5年の前田と3年の山田,女子は2年生の深川奈津美だった。 「先ずは、僕のチェックミスで、皆に不愉快な思いをさせて、申し訳なかった」 宮内は、開口一番、お詫びを言うと、即座に深川が立ち上がった。 「いえ、主任、それは私が悪いんです。すみませんでした」 「ああ、判ったよ。でもな、重要なのは再発防止なんだ。今は、それを論議したいけど・・、さて、なにか良い知恵はないかな」 その問いかけに、皆が顔を見合わせて考え込んだ。 すると、前田が「決算書は重要案件ですから、私と主任で、ダブル・チェックするのは、どうでしょう」と提案してきた。 「ウーン、しかし、それでは君の仕事が増えるけど・・」 「いえ、それよりも、ミスをしないことが最優先です」 「そうか。そう言ってくれると、嬉しいな」 「いえ・・、決算係としての連帯責任ですから・・」 「おお、そうか。では、そうしよう。君もいずれは主任、課長になるから、今の内からやっておけば、いいかも・・」 宮内は、まさか前田が連帯責任を口にして、しかも、そんな提案をするとは思わなかった。 だから、宮内は内心、涙出そうなほど嬉しかった。 あの課長が怒鳴った叱責で、係の皆が纏まってきたと、実感していた。 「ああ、大雨が降って、地、固まる、だな。どう、今晩、生ビールで乾杯しない。僕がおごるから」 皆からは、歓声が上がり、拍手が湧いた。 そんな様子を見ながら、宮内は、課長の怒った演技とアドバイスを、改めて噛みしめながら感謝していた。 それから夕刻、決算係の4人は、丸の内の地下街にあるビアガーデンに入って、テーブルを囲んだ。 男性は中ジョッキを頼んだが、深川奈津美は「私は、未だ社会人2年生だし、お酒には弱いんです」と、小ジョッキでいいと言う。 ソーセージやチーズの盛合せも頼んで、改めてお互いに顔を見合わせると、誰もが嬉しそうだった。 確かに、こんな光景は、会計課の全員が集まる忘年会しかなかったから、久々だった。 「前田さん、男の赤ちゃんが生まれたそうですが・・。どうですか」 「ウン、まだサルみたいだけど、可愛いもんだよ」 いつもは緊張した青白い顔で仕事をしているのに、前田は嬉しそうに相好を崩した。 ――そうか。皆には、それぞれプライベートの世界があるんだな。 会社を出たら、お互いに平等だし、業務命令なんか無力なんだ。 そう、気持が繋がっていれば、それでいいんだよ。 職場では、お互いに会話もなく、パソコンと睨めっこをしたままだった。だから、皆の仕事ぶりは、機械的で無機質な雰囲気だったのだ。 だが、今は仲間意識で結ばれた人間同士になってると、そんな感じが宮内には湧いて来て嬉しかった。 ジョッキが来て、皆で「カンパーイ」と唱和すると、一斉に飲みだした。 ――スナックで独り酒もいいけど、こんな酒もいいな。 そう、緊張を発散させるんだ。 大した散財でもないから、もっと頻繁にやるかな。 それからは、職場の噂話や、人物評などに話題が移っていったが、宮内には初めて聞くことばかりだった。 だから、自分は、職場では疎外されているのかもと、感じていた。 それにしても、あまり興味が湧かなかったから、黙って聞き流していた。 「山田さん、付き合ってる人は、いないんですか」 すると、奈津美が、いきなり先輩に仕掛けた。 「ああ、学生時代にはいたけどね。でも、彼女は札幌の地元に就職してね、それからは縁が切れちゃったな」 「遠距離恋愛とかは・・」 「いや、もうメールも交換していないから・・。そう、実はお互いの願望に、どこかギャップがあったんだよな。その子は、派手好みで、大胆で、自己主張が強くてね」 「そうか。自我意識も独立心も強くって、妥協をしないのか」 宮内が、さり気なくつぶやいた。 「ええ、主任、その通りでして・・。なにかを議論をしても、妥協をしないから、面倒臭くなりましてね」 「ウン。そういうキャラクターは、多分、治らないよ」 「やっぱり、そうですか」 「そう。自我と自我がぶつかり合ったままだったら、進展はしないんだ」 宮内は、山田を見詰めたまま、後輩を諭すように言った。 「お互いに謙虚になって、自我を半分づつ殺すことが出来ればな・・」 「そうですね。僕も頭に来て、突っ張ったから・・」 「でもな、お互いに愛があるかどうか、だよ」 宮内から突然、愛だなんて言葉が飛び出して、聞いていた三人は一斉に覗き込んだ。 「多分、愛の力があれば、越えられたよ。だから、お互いに自我がすれ違ったのは、そこに愛がなかったんだ」 山田は納得したのか、宮内を見据えたまま、黙り込んでしまった。 すると堅物の前田が、いきなり、議論を吹っかけてきた。 「でも、僕たちは、仕事の上でも自己主張が強いですよ。ミーティングでも議論百出だし、纏まらない時もありますけど・・」 「そうだな。でも、企業の目的や、大きな目標を決めるのはトップだろ。我々担当者は、自分の課とか係の、組織の目標をどう達成するか、その方法論を議論しているんだ。今の山田君のテーマは、たぶん目的論だろうよ」 「ああ、そうですよね」 堀川は、興味がそそられて、二人の議論に聞き入った。だが、なんの議論か、その意味が判らずに首を捻っている。 「言いかえれば、組織の目標に向かって働くのが組織人だろ。だから、目標に向かうベクトル、そう、方向性は、皆が一致しているんだ」 「でも、方法論が違うのか」 宮内の説明に、前田は納得し始めていた。 「そうすると、目標へ向かう皆の努力は、自我を殺した上で、ヤル気を出すことなんですね」 「そう」 やっと歯車が合ってきた前田に、宮内は大きくうなずいた。 「その仕事で得た満足感は、先ず自己実現であって、そこに、あとから自我が見えてくるんですね」 前田には、会社の組織とプライベート、そこでの自我どう違うのかが、やっと見えてきた。 だが、若い二人には、抽象論過ぎて、どんな意味があるのか判らなかった。 「なにか、哲学的でわかりませんけど・・」 「いや、簡単だよ。自我って、時には我が儘のことなんだ。だから、自分の我が儘を出すか、抑えるかなんだ」 「はぁ・・」 「結婚したら、こういう家に住んで、こういう家庭を作りたい。それが目標なんだ。でも、恋愛の真っ最中では、そんな共通の目標なんて、話し合わないだろぅ。単に相手が好きだ、嫌いだの感情で行動する」 「まぁ、そうですね」 「だから、お互いが我が儘を出して付き合ったら、考え方は違うし、ベクトルも別々だから、二人の仲は割れてしまう」 すると、納得したとばかりに、奈津美が「ハイ」と、小さく手を挙げた。 「主任、それで、さっき言った愛があれば、我が儘を遠慮して、妥協できるんですか」 「そうだな」 「そうすると、主任が言う愛とは、相手を思い遣る気持、なんですね」 「おお、正解だよ」 奈津美は、主任にそう言われて、嬉しさの余り、手を叩いてはしゃいだ。もう酒の勢いもあって、テンションがかなり上がっていたのだ。 ――ああ、係の若い者と、こんな議論をしたのは初めてだな。 でも、こんなオープンな議論も、面白いよ。 そして、ミーティングの二次会は、大きく盛り上がって、7時過ぎにお開きになった。 それから、皆がビアレストランを出て、東京駅の改札を入ると、各人は中央線や山手線に別れた。 だが、鎌倉へ帰るはずの奈津美は、地下ホームにある横須賀線には行かずに、東海道線の宮内についてきた。 「アレッ、君は確か」 「ええ私、今日は戸塚までご一緒に・・」 奈津美は、ケロッと言うと、ニコッと悪戯っぽい笑顔を見せた。 宮内は、「そうか」とあまり気にも留めずに、上野・東京ラインのホームに上がった。 大宮駅が始発で上野を経由した電車は、もう既に満員で、とても座席には座れなかった。 宮内は、いつもの通り、電車の出入口に近いドアの前に立った。 だが、新橋から品川に着く頃には、かなりの乗客が乗ってきて、押し合うほどの混雑になっていた。 それも、いつものことだったが、ふと、奈津美が直ぐ前にいることに気付いた。 「ごめん。湘南方面は、何時もこれだから」 宮内は、ドアのガラスに手をついて、乗客の圧力から奈津美を守っていた。だが、気がつけば、二人の体は密着していた。 ――ああ、ヤバイよ。 知らない乗客なら、姿勢を回して背中を向けるのだが、毎日隣のデスクに座る部下の奈津美だけに、守ってやらなければならなかった。 目の前で縮み込んでいる奈津美に、「大丈夫か」と聞くと、「はい」と小さく応えた。 だが、二人の密着度は増して、宮内の体は、奈津美の斜め後ろから押しつけていた。 ――ああ、ヤバイ・・。 だって、お尻を太腿で押しつけてるんだよ。 宮内は、意識過剰になっていたが、後ろから押される乗客の重圧に、どうにも身動きが取れなかった。 しかも、そんな密着して息切れがする中では、言葉を交わす余裕なんてなかった。 ――しかし、このお尻の締まりは、アスリートだよ。 ああ・・、でも、やっぱりヤバイよ。 体をずらさないと、息子が反応しそうだ。 川崎駅で一旦重圧から解放されて、体の向きを変えたが、乗り込んできた乗客にまた押された。 そして、かなり楽になって、密着から解放されたのは、10分後の横浜駅からだった。 「ごめん。ラッシュのこの時間は、いつもこうなんだ」 宮内は、仕方がないとばかりに、弁解するしかなかった。 奈津美も、こんなことになるとは知らずに、東海道線に乗ったことを悔いていたから、「主任、すみませんです」と小声で謝った。 宮内は、戸塚に着く直前に、奈津美に声を掛けた。 「あのさぁ、奈津ちゃん、満員電車で酔いが覚めちゃったから、大船で飲み直さない・・」 「エッ・・、ああ、嬉しいです」 二人は、なんとなく気まずいものを感じていたから、このまま別れるのでは嫌な尾を引くようで、気がかりだった。 ――だって、仕方がないとはいえ、この子とずっと密着してたんだよ。 ここは飲んで、笑い飛ばすしかないよ。 そうでもしないと、この張りのあるお尻が気になるし・・。 それから二人は大船で降りると、駅に近い赤提燈に入った。 そして、またビールのジョッキで乾杯をした。 すると、奈津美が下を向いて、なにかを思い出したのか、独りはにかんでいた。 それを見て、宮内は、この時とばかりに、あえて本題に入った。 「君は、いいお尻をしてるね。安産型だよ」 「ワーッ、恥ずかしい」 奈津美は、思わず両手で顔を覆ってしまった。 実は奈津美も、宮内が電車の中で、ズットお尻に密着していたのを、実感として意識していたのだ。 「なにかスポーツでもしてたの・・」 「ええ、高校でバレーボールを・・」 「そうか。それでか・・。でも、悪かったな。東海道線のラッシュは、いつもああなんだ」 「いえ、私こそ、無理して乗ったものですから・・」 二人は、もうそれで気まずい雰囲気から解放されていた。 そこで、奈津美は、小ジョッキを半分も飲むと、喋り出した。 「でも主任、私は嬉しくて・・、ええ、尊敬してます」 「なにが・・」 「私のミスなのに、オレもミスをした、だなんて・・」 「また、それか・・。まぁ、チェック・ミスは、厳然とした事実だろ。そんなことを褒めたって、ミスは消えないよ」 「でも、今日のミーティングも、二次会も、良かったですね」 「そうだな。堅物で冷静な前田君が、あんな議論をして来るなんてさ」 「でも、会社員は皆、自分を殺しているんですかね」 「そうだね。給料のために、自我を半分は殺して、自分の頭脳と体力を売っているんだ。まぁ、自分の時間を売ってる、とも言えるけど・・」 奈津美が真顔になると、意を決したように突然、変なことを言い出した。 「主任、これからも、私と付き合って下さい」 「エッ・・」 宮内は、もしかしてマトモなプロポーズかと思って、戸惑ってしまった。 だから、敢えてとぼけて話をずらした。 「ああ・・、僕は誰とで付き合うよ」 「いえ、私とです」 奈津美は、キッパリと言い放った。 「それって・・、私とは特別に、って、いうこと・・」 奈津美は黙ったまま頷くと、じっと宮内を見つめたまま、その返事を待っていた。 「ああ、いいですよ。でも、予め断っておくけど、僕は誰とも結婚しないって、決めているんだ」 「それって、どういう意味ですか」 「だって、仕事では自分を殺しても、プライベートな時間では、自分は自分でいたいから・・」 じっと見つめたまま聞いていた奈津美は、にわかに目頭が潤んできた。 そして、溢れた涙が、二筋、頬に零れていた。 「私、結婚しなくても、ずっと、一緒に、いたいんです」 か細い声で、途切れながらも、奈津美は思いの丈を訴えた。 「ごめん。さっき、相手を思い遣るのは、愛だって、言ったよね。僕は、仕事でそれはあっても、プライベートではイヤなんだ」 「どうして、ですか」 「まだ、自分が見えていないから、自分の自我の正体を、追いかけるしかないんだ」 ――ああ、主任の言う自我って、なにかな・・。 しかも、自分を追いかける、なんて・・。 「仕事は、食うために、自分の自我を殺してる。でも、私生活では殺したくないんだ」 宮内は、もう自分に言い聞かせるように、独り言になっていた。 ――ああ、主任、職場の顔と、今見ている顔は、全然違うよ。 この人、独りになったら、どんな顔をするのかな。 「たとえ孤立無援でも、オレは、そうとしか生きられないんだ」 宮内は、腹の底から自分の思いを絞り出していたが、か弱い声になって吐き出されていた。 ― つづく ― |