★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。 我が人生に、夢よ! もう一度・・!  いつまでも、恋も愛も、いっぱい欲しい。 そんなバーチャル・ラブを、どうぞ・・。 
 
2019/09/11 2:12:36|その他
☆ 汚い天使たち ☆
                2019年9月5(木) 00:00時 更新  

 ☆ 読者の皆さん、有難うございます ☆
  = アクセス・10万件を突破 =


 先ずは、私のブログ≪男と女の風景≫を読んで下さる皆さんに、アクセスの累計が10万件を突破できましたことを、心から御礼申し上げます。
 また、このタイトルでシリーズ150編まで到達できましたことを、感謝します。
 
苦節とは言いませんが、多分25年もの間、頑張ってきた、その累積だと思っています。
 その原動力は、毎週木曜日に新作をアップするよう、自分にノルマをかけてきたからです。ムリな時は、バックナンバーで了解してもらいました。
 それでも続けてこられたのは、皆さんのアクセスのお蔭で、発奮できたからです。
喜寿を過ぎた今は、もう書くことが生き甲斐になっています。
 ただ、これまで見たり聞いたりした≪男と女の風景≫は、もうタネ切れです。
でも、妄想を膨らませて、今後も頑張っていきます。

 また、このブログから既に4冊も出版していますが、お蔭さまで近々、5冊目が電子書籍として出版されることになりました。 (詳細は別途に)
 本のタイトルは、≪ スーパー・ヤンキー =短編集 男と女の風景 U= ≫で、出来の良さそうな12編を掲載する予定です。
 また、目次の編集が出来ましたら、お知らせします。
(なお、1冊目の短編集は多分、もう絶版でしょう)
 ブログの読者の皆さんは、もう既読でしょうから、出版したら友達や知人にご紹介をして戴けたら幸いです。

 ここに、読者の皆さんに、敬意を篭めて感謝の意を表します。    
                         橘川 嘉輝  拝


  ≪ご参考≫
 皆さんには、この出版に当たって、声を掛けてくれました編集者の西野氏のコメントを、ご参考までに原文のまま紹介します。

  ≪第1信≫


おいかぜ書房の西野です。
   (中略)
一週間で1.800アクセスとのこと、こういった小説ブログとしては凄まじい数字と存じます。

様々読ませていただいておりますが、やはり舞台設定(酒場に端を発する男女の関係性・人間模様)と世界観(ハードボイルド性と人間が抱える内面の暗部)が明確に作り込まれており、一切ブレないところが魅力的です。
色々なテーマで作風を使い分けて書かれている方ももちろん多くいらっしゃいますが、例えば赤川次郎・大沢在昌両氏のように、舞台設定と世界観を徹底的に作り込み一種のテンプレート化してしまえる作家も時々います。
それの良いところは、どの作品を手にとっても、必ず期待している世界観を楽しめる安心感というのが、読者に芽生える点です。
橘川先生の場合も、舞台設定・世界観の作り込みが異常な程に徹底されており、自然とシリーズものとして成立していて、橘川先生のブログに来れば、(新作でも)必ず期待している世界観に浸れるという安心感があります。
ただ単に舞台がバー等酒場であるというだけではなく、舞台に登場する男女とそこにいるマスターの思惑や内面の吐露、また外で男女が遭遇した時の距離感など、読んでいて共感や進展への期待を煽る、そういった要素が必然的に散りばめられているところが、巧みだなと感じています。

  ≪第2信・・私の質問に対する回答≫

>≪ハードボイルド性≫とは、大胆な展開ですか。
私見ではございますが、橘川先生が描かれる、酒場で織りなすクールで胸の内が計り知れない客観性の高い男女のやり取りにハードボイルド性を感じております。

>また私の≪世界観≫とは、どう受け止めていますか。
前述したハードボイルド性を踏まえた上で、前述の構成を【表】とすると、人物のセリフ外で言動にこそ出さないものの内実秘めた感情の起伏を【裏】とします。
橘川先生のお作風の場合、その表裏の線引きがきっちりしていて、序盤では基本的にお互い侵食し合いません。
ですが、物語の過程でその表裏を混ざりあわせた時、例えば冗長的なセリフや性描写や暴力等といった内情の爆発的な吐露に結実していく構造かと思います。
表裏の二重構造に加え、やがて表裏の曖昧になっていく中で垣間見える人物の内面。
そういった人物の深層心理と人間性をスマートに描かれているのが、橘川先生の作風の個性であり世界観であると思います。

やや物語の構造の話になり恐縮です。

  ≪第3信・・本のタイトルを決める時の提案に対して≫

原稿の拝見にお時間をいただいており、失礼致しました。
じっくり読ませていただきました。

また、膨大なお作品数のなかからチョイスくださり、ありがとうございました。

素直な感想から申し上げると、「スーパー・ヤンキー」を選ばれているのはとても意外でした。
アクの強いヤンキーたちの正体が明らかになるにつれ、仏像文化・民俗学的な要素も交えつつ心の交流や互いへのリスペクトを深めていく様がとても読み応えのあるお作品ですが、確かにこういった角度からの「男と女の風景」という見方もあるなと感じました。
「義母の懺悔」「置屋の息子」に見られる肉感的でスキャンダラスなテーマや、「消滅したいオレ」といった切迫した精神世界に触れるテーマがあるなかで、「スーパー・ヤンキー」を据えることでまとまりのある短編集になっているかと思いました。


 ○我が家のベランダ・ガーデン○

今回は、初秋を迎えたとはいえ、まだ残暑が続く昨今、美しい花をつける3品を、紹介します。

≪写真・左・・ハマトラノオ≫
 この≪浜虎の尾≫はオオバコ科で、鹿児島から沖縄にかけて分布して、海岸の岩場に生える日本の固有種だそうです。
 今年は、苗を貰って二年目ですが、盛んに大きくなって、来年は鉢替えをしてやります。

≪写真・中・・タマスダレ≫
 この≪玉簾≫はヒガンバナ科で、洋名はゼフィランサスといい、メキシコが原産だそうです。
 写真では見ずらいのですが、葉は直径1−2ミリの丸い棒状で、これが数多く直立しているため、簾(すだれ)と見立てています。そこに白い花が玉のように咲くため、この和名になったそうです。

≪写真、右・・日高ミセバヤ≫
 


                 [男と女の風景・150]
  
  ☆ 汚い天使たち ☆

 二人がレストランで向かい合うと、朱莉(あかり)は少し恥ずかしそうに祐司(ゆうじ)を見つめながら、ビールで乾杯した。
 土曜日の休日だったから、祐司はジーンズにポロシャツの軽装だったし、朱莉も地味な服装だった。

 祐司は、地方の国立大の電子工学を出て、大手メーカーに入社した真面目なエンジニアだった。
今は32才だったが独身で、良家の血筋を受け継いだ優雅さのあるイケメンだった。
 職場の先輩・内藤に連れて来てもらったスナック≪エイト≫には、朱莉がバイトで働いていた。
祐司はその朱莉を見て、好きなタイプだったから、最近は週に何度か出向くようになっていた。
 朱美は、すごい美人ではないが、どこか寂しげな陰を感じさせて、祐司は、そこに魅入られてしまったのだ。
しかも、チョッと引っ込み思案だが、時として笑う笑顔には、涼しげな透明感があって、純粋さも感じていた。

 ある時、「土曜日の早い時間に、会いたいな」と、ママに内緒で言われて、今日、食事をしに来たのだ。
 祐司は、好きなタイプの朱莉から声を掛けられて、むしろ嬉しかった
 朱莉は、スナックのママの姉の娘で、実は姪っ子だったが、その事は客の誰もが知っていた。
だから、客たちは、あまり深入りをしないよう、さり気なく一線を画していたのだ。
 祐司は、レストランで、こうしてデートするのには躊躇したが、お人好しな面もあって気軽に受けてしまった。
 なにしろ、あの店では未だ新参者だったから、先輩たちを差し置いて、食事に誘うのは気が引けたのだ。

 ビールを飲んで雑談をしていくうちに、朱莉の身の上話になった。
「私の家は、両親も私も離婚して、娘と三人で暮らしているんです」
「では、三代の親子が一緒なんだ」
「ええ。母はパートで働いてますし、娘は小学校一年生で、やっと手が掛らなくなって・・」
だが、朱莉はそれ以上、詳しくは話してくれなかった。
――そうなら、朱莉は30才に近いのかも・・。
  でも、朱莉が寂しげなのは、親の離婚にあるんだろうな。
  そう、子供の頃から、寂しい日々を過ごしてきたんだよ。
  そんな育ちだから、本人も離婚に追い込まれたんでは・・。
  まぁ、そんな家庭なんだろう。

「あのぅ、祐司さん・・」
 朱莉は、そう言うと、じっと見つめたまま、言い澱んでいる。
「エッ、どうしたの・・」
「ええ、実は、今月のアパートの家賃が、足らないんです」
 朱莉は、気まずそうに、哀しく顔を歪めている。
「あのぅ・・、7万円ほど、貸して欲しいんです・・」
そう言われて、祐司は、こういう場合の金の貸し借りに、どうしたものかと考え込んでしまった。
――まぁ、生活に困ってるんだろうな。
  今、手元には持っているから、貸すことは出来るけど・・。
  でも、どうするかな。
「そうだね。5万だったら、いいよ」
「はぁ、助かります」
 祐司は、さり気なく財布を取り出すと、テーブルの下で万札を数えた。
 そして、それを折り畳むと握って、さり気なく朱莉の手の平に押しつけてやった。
「必ず返しますので・・」
――ああ、だから今、朱莉は家庭の事情を話したのか。
  フーン・・、まぁ、困っているんなら、仕方がないか。

 それから、しばらくの間、雑談をしていたが、朱莉がなに気に話題を変えた。
「祐司さん、これからどうします」
「ウーン、だって君は、お店に出勤だろ」
 時計を見ると、まだ6時前で出勤までには時間があった。
だから、それまではこのレストランで食事を終っても、飲み続けるつもりでいたのだ。
――でも、変なことを聞くな。
  これからどうするって、ここで飲むしかないでしょ。
 それから、≪エイト≫を案内してくれた、あの安藤先輩の話になった。
 安藤は朗らかだったし、話題が多くて話が面白いこともあって、皆から尊敬されているようだった。
 そして、他の常連客達の話にも移っていった。
 スナックが開く時間になって、「僕は、チョッと本屋に寄るから」と、朱莉を一人で先に行かせた。
 ママや常連に、二人で食事をしたのを気付かれないように、「後で行くからと」別れたのだ。

 それから1カ月たったある日、残業があって、遅い時間に≪エイト≫に行くと、先輩の安藤と鉢合わせになった。
「おお、君か。まぁ、ここに座れよ」
 カウンターの隅にいた先輩が、空いている隣りの席に手招きをしてくれた。
「お久しぶりですね」
「そうだな。元気か」
 安藤と祐司は以前、同じ職場にいたが、安藤は課長に昇進して別の部署に移っていったのだ。
 それからは、元いた職場のメンバーの消息の話になって、皆の活躍する様子を聞いて安藤は懐かしんでいた。
 すると安藤が、カウンターの向こうにいる朱莉を見ながら、「おい、君は、あの朱莉がタイプなんだろう」と言い出した。
「ええ、まぁ、あの控え目なのが、いいですね」
「でも、あの子、ああ見えても、したたかな女だからな」
「アッ、そう言えば、お金を貸したんです」
「いくらだよ」
「ええ、5万です」
 すると、隣の客と話をしていたママが、突然「それで返してもらったの」と割り込んできた。
「アッ、いえ、まだです」
 ママは、それを聞いて、向こうの隅にいる朱莉をじっと見詰めていた。
その視線には、≪またやったのか≫という厳しく糾弾する鋭さがあった。
それは、朱莉が常習犯で、ママは客からの苦情やボヤキを、何人からも聞かされていたからだ。
 だが、二人の男達には、そこまで読み切れる眼力はなかった。
 そして、そこに電話が入って、その話は中断してしまった。

「君なぁ、その貸した金は、もう諦めた方がいいぞ」
「はぁ、そうなんですか」
 祐司は、もう忘れていた位だったから、こだわってはいなかった。
「この世界はな、貸した金は返ってこないんだ」
――そうか。世の中とは、常識が違うんだ。
  でも、必ず返す、って、悲しそうな顔で言ったよな。
  まぁ、返って来なくてもいいけど・・。
  フーン、そう言うことか。勉強になるな。
 祐司は、向こうのカウンターで客と話す朱莉を見詰めながら、なにか裏切られたようで気分が落ち込んだ。

「おい、君なぁ、汚い話をしようか」
 内藤は、貸した金が返らない話から、なにかを思い出したのか、膨れっ面で話し出した。
「あるスナックのママから、店が終わったら飲みに行こう、って、言われてね。ママがそこのマスターと顔馴染みの店で、僕は初めてのスナックに行ったんだ」
 祐司がぼんやりとしているのを見て、安藤が顔を向けた。
「まぁ、ママの面子もるだろうから、って、ニュー・ボトルを入れたのよ」
「ハァ、先輩もやりますね」
「ところがだ、1ヶ月ぐらいして、『そうだ、あの店に行ってみるか』ってママに言ったんだよ。そしたら、ママは、なんて言ったと思う」
「いやぁ、想像がつきませんけど・・」
「なんと、『あのボトル、もうありませんから』だって・・」
「エッ・・、ママが飲んだんですか」
「まぁ、そうだろうな。だから、信じられなかったよ。オレタチだったら、少なくとも一杯や二杯分は残すよなぁ」
「ええ、そうですよね」
「もし飲み干したら、ニュー・ボトルを追加するよな」
「ええ、それが礼儀ですよ」
「ところが、それがゼロだなんて、信じられないよな」
「ハァア、そうですよね」
「そうだろ。しかも、ママは悪気もなく、平然と言ってのけたんだ」
――ああ、やっぱり普通の常識が通じないんだ。
  でも、そのママの心境は、どうだったんだ。
  平然として、言うなんて・・。

「でもな。藤沢でママを張っているのに、それをやったのは、オレが知ってる限りでは、二人もいたんだよ」
「エッ、本当ですか」
「本当だよ。だから、どんなにいいママの顔をしたって、立派なことを言ったって、さ。そんな女は、芯から腐ってるんだよ。まぁ、少ないだろうけど・・。オレは、タカリの精神は、イヤなんだ。内心では軽蔑してるよ」
「ああ、実際に、そんなママがいるんですね」
「ウーン、そう。どこのママとは言わないけれどね。単なる呑兵衛の常識外れで、自分勝手で、酒の前ではプライドなんて、ないんだよ」
「そうなんですか」
「そう、それとも、金に汚いのかも・・。金でカタが付くほど、安いものはないのにな」
 内藤が喋る口調には、怒りが篭っていて、表情も引きつって、どこか険悪さを漂わせていた。
 育ちのいい祐司には、そんな汚い世界があるなんて、先輩から初めて聞いて驚いていた。
――そうか。外見で判断してはいけないのか。
  でも、その素性を知るのって、難しいよな。
  しかし、安藤さんは、モテるから・・、
  そう、いっぱい修羅場を見てきているんだろうな。
 内藤は黙りこくったまま、思い出すのさえ気分が悪いのか、さらに仏頂面になっていた。
 祐司は、先輩が、よほど苦々しく感じているんだろうと、顔の表情から推測していた。

 それから、祐司がぼんやりと水割りを飲んでいると、内藤が話し出した。
「ああ、思い出したよ。あるクラブに行った時のことだ。フロアのバイトをしていた若い子が、突然、言ったんだ」
「えっ、なにを、ですか」
「カウンターで座ってる僕の背中に回ってね、いきなり『内藤さん、月に10万でどうですか』って、ね」
「エッ、それってなんですか・・」
「多分、援助交際・・」
 祐司は、まさかの言葉に、思わず隣に座っている内藤の顔ををジッと見てしまった。
「しかも、その子は、お嬢様が行くミッションスクールを出たんだよ。話では、大学の近くに住むことになったそうで・・」
――そんなことが、現実にあるのか・・。
  内藤さんだから、作り話ではないよな。

「ところが、実は、まだ続きあったんだ」
 内藤は、前を向いたまま淡々と話をしている。
「カウンターの中で、その話を聞いていた女の子がいたんだ。その子は、二十代の後半かな、小柄な女の子でね。伊豆七島の三宅島の出身だった。そしたら、その子は、なんて言ったと思う・・」
「いやぁ、私には、全く想像がつきませんです」
「なんとその子が、『内藤さん、私もお願いしたいんです』と言ったんだ」
 祐司はグラスを持ったまま、もう言葉を失っていた。
「それで、その子にどうしたんだよ、って、聞いたんだ」
 内藤は、一呼吸、間を置いたので、祐司がまた様子を窺った。
「そうしたら、『実は、お金になる物を色々と質屋に入れたんで、取り戻したいんです』だって・・」
 女の子たちは、安藤が、チョッとした優秀なエリート・サラリーマンだと見ていたのだ。
 しかも、ママからも信頼された男性だったから安心だし、お金のありそうな中年を狙っていたのだ。
「僕は、その時、思ったよ。君たちさぁ、そんなに金に困ってるのかよ。まぁ、判らないこともないけどさぁ・・。ド素人の娘なのに、体を売ってまで、ってね・・」
――ああ、今時の女って、判らないな。
  そうか、そんな若い子が、そんな大胆に・・。
 祐司は、ふとグラスを持ったままなのに気づいて、水割りを飲んだ。

「あぁ・・、もう一人いたな」
安藤が、またつぶやいたので、祐司は思わず覗き込んでしまった。
「その子はね、青山学院の短大を出て、東京駅に近い丸の内に勤めるOLだって、言ってたな。ただし、これは自称だよ」
「まぁ、そうですよね」
「でも、週に何回かは、ナイトクラブでもバイトをしていたんだ。経済的に苦しかったんだろうな」
 安藤は、嫌な思い出を飲み込むように、グッと水割りを飲み干した。
 ママがそれに気づいて、近寄って来たが、安藤は手を挙げて阻止した。
 きっと、二人だけでじっくりと、話をしたかったんだろう。
「その子は、スタイルがいい美人でね、理知的で落ち着いていたから、好みのタイプだったんだ」
「ええ、安藤さんのお好みは、判りますよ」
「するとね、何回目かに、食事をした時だったよ。『母のスナックだけでは苦しいんで・・。お付き合いを月に10万くらいで』って、言ったんだよ」
祐司は、またもや驚いたが、「ほぅ」と溜息を吐くしかなかった。
「この女も、体を売ってでも、という発想だったな」
――ああ、飲み屋の若い子は、色々と背負ってるんだ。
  でも、怖いよな。迂闊には近づけないよ。

「先輩、今のお話は、社会勉強になりましたけど。先輩は、どこまで実行したんですか」
「イヤァ、どれも実行してないよ。僕は、そういう見え見えの据え膳は、喰わないんだ」
「本当ですか。」
「うん、本当・・。だから、危ない橋を渡らずに、チャンスをいっぱい逃してきたんだ」
 祐司は、スナックやクラブに行くことはあったが、この世界の裏話なんて、全く知らなかった。
だが内藤の話は、当然あり得ることだし、多分事実だろうと思った。
――ああ、世の中には、そういう堕落した女達がいるんだ。
  イヤァ、堕落するしかなかったのかも・・。
  とにかく、生きていくためには、食べていくお金が必要なんだ。
  それほど切実な現実の前では、倫理観よりも、
  食べることが最優先にされるんだろう。
  だから、売れるものなら、体さえ売るのかも・・。
  ああ、先輩、勉強になります。
「でもな、言っておくけど、個人差が大きいし、生活環境も違うからな。もっとプライドのあるハイな女もいるし、もっとどん底の女もいるから、その女の素顔を見極めないとな」
――ああ、この先輩は、どれだけ酒を飲んできたのかな。
  もう尊敬なんて通り越してるよ。
  独身の僕には、ここの夜は魔界だな。
  先輩は結構冷静だから、乗り切ってきたんだ。

 次の週の水曜日、祐司は、残業がなくて、立ち食いソバでお腹を満たすと、その足で≪エイト≫に立ち寄った。
 その日は、早かったからまだママはいなかったし、客も少なくて、朱莉が対応してくれた。
 聞けば、早い時間に知り合いの人と焼き鳥屋で飲んで、食べて来たけど、まだ少し酔いが回っているとのことだった。
「私、高校を出て、就職する時、母に内緒で父と会ったんです」
「ああ、離婚した父とね」
 なにかの話の流れで、朱莉が、いきなりそんな話題に入った。
「そう。それで、レストランで食事をした時に、就職祝いだからって、3万円をくれたんです。『エーッ、パパ、もっと』って、甘えたら、7万円を足してくれて・・」
「ホゥ、気前がいいんだね」
 朱莉は、飲んだこともあってか、祐司から5万円を借りていることも忘れて、自慢げに金の話をしている。
「その時は私、未だお酒を知らなかったから、カクテルを2杯飲んで、酔っ払ってしまったの・・」
 朱莉が、そこで言い澱んだのを見て、祐司は、「それで、どうしたの」と話を促した。
「そう、気がついたら、ホテルにいたんです」
「エッ、まさか、父と娘で・・」
「そう、お祝いを貰ったし・・」
 朱莉が、平気な顔をして、さらりと言ったので、祐司は強烈なショックを受けてしまった。
――なんだよ。この女・・。
  金のためなら、父親ともエッチするのかよ。
  エッ、そう言えば、あの時・・。
  そう、金を貸した時、この女、「この後、どうする」って、聞いたんだ。
  ああ、そうなら、借金は体で返す、って、事なのか・・。
  フーン、あれが、≪セックス OK≫のサインだったんだ。
  ああ、もう金は返らないな。
  でも、いいよ。こんな女とは、したくないから・・。
  ああ、女に興醒めして、恐怖症になっちゃうよ。
「それからも、パパのマンションに、何度か行ったの・・」
 祐司は、朱莉の言葉を、もう聞き流すしかなかった。
――ああ、これは大人の同意があるから、虐待じゃないよな。
  でも、どっちも異常だったんだ。
  イヤーァ、そんな現実もあるのか・・。
  この女とやったら、何度も金をせびられるかも・・。

 そうしたら、次の日、ママから≪今日は、藤沢に18時半に帰れますか≫とメールが入った。
 祐司は、何事かと思ったが、≪ぎりぎりで帰れます≫と返事をした。
 そして、定刻に駅に着くと、≪オーバの2階のカフェで待ってます≫と、連絡が入った。
 それから祐次が、そのカフェに行くと、なんとママの他に朱莉が座っていた。
「ママ、これはどうしたことなんですか」
「まぁ、いいから座って・・」
 朱莉もなんの事かも聞かされていないのか、祐司を見て首を捻っている。
 すると、ママは姿勢を正すと、引き締まった顔になった。
「朱莉ちゃん、アナタ、この人から借りたお金、未だ返してないでしょ」
「アッ、あれですか・・。いえ、必ず返します」
 朱莉は、そう言ったっきり、下を向いてしまった。
 それから、暫くの間、沈黙が続いた。
――そうか。昨日、ママから聞かれたんだ。
  『朱莉ちゃんから、お金を、返してもらったの』って・・。
  だから今日、ママは、その証人になったのか。
  でも、もういいよ。
「アナタ、本当に返せるの」
「アッ、はい、必ず返します」
「アナタ、私に約束をして・・」
「アッ、はい・・」
 それからもずっと沈黙が続いたが、朱莉はズッと澄まし顔だった。
 その表情には、いつも見せる、あの寂しげで純な透明感が消えていた。それが祐司には、なんとも不思議だった。
 そして、祐司の頭には、内藤先輩が『貸した金は、もう諦めた方がいいぞ』と、言ったあの場面が、思い浮かんでいた。

――でも、みんな、目の前の生きることに必死なんだ。
  時には、美しく着飾ったり、美味しいものを食べたい、と、
  そんな贅沢もしたいのだ。
  女のプライドは、外見では見せてるけど、内実は違うんだよ。
  だから、時には、応援をしたくもなるけど・・。
  でも、この誘惑の世界は、倫理観が常識外れで汚れてる。
  だから、どこまで、深みに入っていいのか、微妙なんだよな。
  でも、その微妙さを測るなんて、先輩は絶妙だな。
  ああ、飲み屋って、人生の、修業の場だよね。
  世間知らずの僕には、魔界のような神秘の世界だな。
  あと10年経っても、先輩のレベルに到達する自信はないけど・・、
  でも、僕の人生の課題としよう。

 そして、その後、借金が返済されることはなかった。
 ≪エイト≫のママが仲介に入ったのだが、それはポーズだけで、それをシッカリとフォローする気もなかったのだ。
 もしかして、この世界の、≪借りた金は帰さなくてもよい≫というルールが当然とばかりに、知っていながら軽く見逃していたのかも・・。
 朱莉は、その後も≪エイト≫で平然として働いていた。
 だから、金の貸し借りがあったことなどは、もうどこ吹く風で、どこかに自然消滅していった。
                      
                ― おしまい ―


 





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