★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。 我が人生に、夢よ! もう一度・・!  いつまでも、恋も愛も、いっぱい欲しい。 そんなバーチャル・ラブを、どうぞ・・。 
 
2019/04/11|その他
○ 揺れる五十路 ○ [男と女の風景・139]
 
                      2019411(木) 00:00時 更新
  

  我が家のベランダ・ガーデン
 
 皆さん、4月10日は特別に寒かったのですが。もう春ですね。
 この新芽が芽生える時期になって、我が家のベランダでは、かつてない異変が起きています。
 それは、他の鉢から飛び込んできた種が、思わぬ強さで新芽を吹いているからです。
  しかも、全くの新顔もいて、それは土の中で長年、種のまま耐えてきたのでしょう。全く予期せぬ異変です。
 また、ここ1、2年で入手した新顔もいて、それらが、どう増殖するのか初めて知ったのです。
 
  ≪写真・左・・ダイモンジソウ≫
 写真の上側が≪ウズタデ≫、下と右が≪ミズヒキ≫、そして中央の消えそうなのが≪石化・ダイモンジソウ≫です。
 この石化は、日光に弱くて、鉢の置き場所が悪かったのでしょう。消滅の危機にあります。
 いずれ、飛び込んだ草は、別の鉢に移植します。

 
  ≪写真・中・・枝垂れモミジ≫
 このモミジの葉は、長く伸びて枝垂れてくるのが特徴です。でも、枯れそうです。
 下の草は、多分≪ジュウニヒトエ≫だと思いますが、こんなに密生するなんて、驚きです。
 
  ≪写真、右・・イワギリソウ≫
 写真の手前にある五つの新芽が、イワギリ草です。
 この他に、飛び込みで3種類の草が生えています。
 ただ、イワギリ草は、背が高く15−20センチも伸びますので、移植しないで様子を見ようと思っています。
 

 
                      [男と女の風景・139]
                        ― つづき・2―

 ○ 揺れる五十路 ○
 
 柳田は、福美と交わしたキスの感触を唇に感じながら、酔っ払った足取りで駅に向かった。
 だが、夜風の冷気が首筋を撫ぜて、酔い覚ましをすると、意識も冷静さを取り戻してきた。
 すると、やはり子会社への転出が思い出されてきて、重たい気分にさせていった。
――オマエ、まだモヤモヤしてるんだろ。
  こういう時こそ、自分と対峙して、気持の整理をしないと・・。
  そうだな。どう受け止めるか、納得しないと・・。
 
 柳田は、駅へ戻る道をいきなり左折して、行きつけのスナック≪ピエロ≫に立ち寄った。
 もう11時を過ぎていたのに、店には客がまだ四人もいて、冗談を飛ばして盛り上がっていた。
 空いた席は、カウンターの奥にいる大御所の隣りにしかなかった。
「後藤さん、ご無沙汰してます」
「おお、柳田君か」
 二人はこの店で出会ってから、もう2年も経っている大先輩の飲み友達だった。だから、お互いに陽気で冷静な人柄は見えていたし、酒の飲み方も判っていた。
 後藤は、今はもうリタイアしているが、かつてサラリーマンだったのは、柳田も知っていた。
 だが、どこの会社で、どんな仕事だったかは、いまだに知らなかった。
 飲み屋では、お互いに気心が合って、楽しい酒が飲めれば、それでもう飲み友達だった。だから、名刺の交換なんて野暮というものだ。
 バイトの浩美が「水割りで」と、飲み物を確認すると、セットし始めた。
「それでは、戴きます」
 柳田は、グラスを掲げて一言、後藤に挨拶をすると、後はただ黙って飲みだした。
 
――転属の辞令は、命令だから、これはもう絶対だよな。
  発令された以上は、それに従うしかないよ。
 柳田は、神田で飲んでいた時から、その命題だけは拒否できないと覚悟を決めていた。
 たとえ泣いてわめいて常務に縋ったとしても、それが覆ることは絶対にないし、後は自分から会社を辞めるしかないのだ。
――ただ、転属をどう受け止めて、この先をどうするかだ。
  もうオレは会社では使えないから、お払い箱なのか。
  それとも、子会社で頑張れって、期待されているのか。
  そのどっちなんだ。
  オレは今、営業企画課長として、営業本部のかなめ石だよ。
  そう自負しているし、それがブライトだよ。
  でもさ、それが過去の栄光になろうしているんだ。
 柳田は、無意識にグラスの水割りを、かなり飲んだ。熱燗の日本酒に比べたら、冷たくて飲みやすかったのだ。
「柳田さん、今日はお疲れですか。目が少し赤くて、吊り上ってますよ」  
 カウンターの中から、さり気なく見ていた浩美が、声をかけてきた。
「そうかなぁ。そう、今日はずっと日本酒だったから」
――でも、そうか。他人からは、そう見えるのか・・。
  確かに、精神的には疲れ切ってるよ。
  もう、ヘトヘトだ。
 柳田は、また水割りを飲むと、もう空になっていた。
 慌てた浩美が「今日は、ピッチが速いですね」と言いながら、水割りを作ってくれた。
 
「君、今日はなにがあったんだね」
 隣で飲む柳田が、どこか鬱屈した気分なのを察して、後藤が軽く声をかけた。
「ええ、まぁ・・」
「そうか。まぁ、サラリーマンは色々あるからな」
 後藤は、言いたくない気持ちを察して、サラッと聞き流した。
 だが、ふと、自分がサラリーマン時代に最も屈辱的で、最も精神的に落ち込んだ、あの事例を思い出した。
「僕はね、同じ会社にずっといたから、そこで定年を迎えて、後は悠々自適だと思っていたよ」
 後藤は前を向いたまま、とつとつと自分のことを語り出した。
「そうですか・・」
「でもね、52 才の時だったな。突然、上司から提携先の会社に行けって、言われてね」
――エッ、この人も転属命令を・・。
  そうか、サラリーマンは、色々ある、って、そう言うことか。
 後藤は、柳田の反応が気になって、さり気なく水割りを飲んで、様子を窺った。
 
「いずれ、そこは子会社にするけど、どんな会社なのか、先遣隊でチェックしてほしいんだ、って、ね」
「ほう・・」
「だってさ、そのポストにズッといたから、どんな仕事でもみんなお見通しでしょ。気楽なもんだったよ。でもね、もっと緊張感を持って、働けって・・」
「それは、後藤さんが、期待されていたからですよ」
「ウン、そうかも・・。でも、言われた時には、お払い箱の左遷だと思ったよ」
「エッ、そうなんですか」
――ああ、この人も同じなんだ。
  そうだよな。突然の命令だもの・・。
「だから僕は、腸(はらわた)が煮えたぎって、怒り心頭に達したんだ。内心では、ヤケクソだったな」
「会社人間は、総てを会社に捧げてますから・・」
 柳田は相槌を打ったが、くぐもる屈辱の気持を飲み込むように、また水割りを煽った。
 
「でもね、左遷されたという屈辱感で、気持の整理がつかなくてね。気が楽になったのは、3か月経ってからだったよ」
「ああ、そんなに時間がかかったんですか」
「ウン、悠々自適にこだわっていたからね」
「ああ・・、その屈辱感は、今の私と同じだったんですね」
「フーン、そうか。君にもそんな辞令が出たのか」
 柳田は、後藤の話を聞いて、いつの間にか引き込まれていた。
「ええ、今日、子会社へ転出するように言い渡されました」
「フーン・・」
 後藤は、その転出が、ご機嫌を悪くしている憂鬱な原因だと判ったが、あえて軽く聞き流した。
 そして、ここから先の続きは、本人に語らせる番だと承知して、さり気なく引いたのだ。
 
「ええ、私、今は営業本部の企画課長をしてまして、営業のかなめ石だと自負しています。同期でも、一番最初に課長になりました。それが、お払い箱になったんです」
「そうか・・。君は今、やり切れない思いがいっぱいで、自暴自棄の心境なんだろうな」
「ええ、今まで全力を尽くしたのは、なんだったんだ、って・・」
 後藤は、かつて自分がその境遇に置かれただけに、柳田の気持が痛いほど判った。
 だが、ここは本人が考えることであり、安易に慰めてはいけないと自戒して、黙ったまま間を取った。
 
「ああ・・、サラリーマンは使い捨てなんですね」
 柳田は、絶望したように吐き捨てると、大きな溜息を吐いた。
 それを、目の前で黙って聞いていた浩美が、小声で「柳田さん、頑張って」とささやいた。
 後藤は、柳田の吐いた大きな溜息を聞いて、まだ悶々としたままで、気持の整理がついてないと察した。
 そして、自分の人生で転機になった出来事を、参考までに、喋らざるを得ないと思った。
「僕は、ジャーナリストになりたくてね、マスコミや出版社を10社以上も受けたよ。でも、全部不採用だった」
――オレは、第一志望で、今の会社に入ったな。
  まぁ、ラッキーだったけど・・。
「それで、仕方がなくて、縁故でソフト会社に入れてもらったんだ。入社してからは、無我夢中だったな。社員の採用活動や面接、プログラマーやSEの教育プログラム、どれも必死だったよ。そしたら時流に乗って、100人だった会社が、10年で10倍になったんだ」
 後藤は自分のことを語り出したが、柳田には、なにが言いたいのか判らずに戸惑っていた。
「僕が言いたいのはね、捨てる神あれば、拾う神もある、っていうことなんだよ」
――ああ、意味は判るけど、趣旨が判らないよ。
「会社が急成長して必死に働いた結果、その会社が、自分に相応しい居場所だったって、ずっと後になって悟ったよ。だから、僕を拾ってくれた神に感謝したんだ」
 そう言われても、柳田は、まだ後藤が語る意図が見えなかった。
 
 後藤は、水割りを飲んで、一呼吸、間を取った。
「天は、その人に相応しい居場所や任務を与えるんだ。それが天命だと、僕は思う。だから、誰がその人事を決めたかなんて、どうでもいいことだし、恨んではいけないんだ」
「・・・」
「その後、僕は、52才で別会社に出されたよ。それが例え左遷であっても、新しい場所で自分の任務を全うすると、決めたんだ。それが天命なんだと」
「ああ・・、そういう意味なんですか」
 柳田は、やっと後藤の意図が見えてきたし、その言葉に救われたような気がして、独り頷いた。
――そうか。捨てる神も、拾う神もいるのか。
  だから、左遷であっても、それが天命なのか。
  そうだよな。絶望や諦めではなくて、オレの使命なのかも・・。
 柳田は、納得して、自信を取り戻した表情を見せた。
 それを見た浩美は、微笑みながら、控え目に指先だけの拍手を送ってきた。
 そんな浩美に、柳田は、気が晴れて余裕が出来たのか、水割りを飲むように指先で伝えた。
 そして、水割りが出来上がると、三人で乾杯した。
――ああ、大人の男同士っていいな。
  本当に悩み苦しんでいる時に、本音で語り合うなんてさ。
 
「君は、サラリーマンを辞められるかね」
「ハァ、いいえ。考えたこともありません」
 突然の質問に、柳田は何事かと驚いた。
「もし辞めて、毎日が日曜日だったら、君はなにをするかね。趣味や娯楽はあるの」
「いいえ、会社人間でしたから、なにも・・」
「だったら、毎日を、ただぼんやりとしてるのかね。それとも、日々、酒を浴びて過ごすのかね」
「いいえ」
「僕たち中年はね、死ぬまであと何10年も、生きないといけないけど・・。もし空白の無為な日々が続けば、それに耐え切れずに、自分を廃人に追い込んでしまうんだ」
「ああ・・、そうですよね。仕事がある限り、天命としてやるしかない」
「そう。人生、いつまでたっても、挑戦だよ」
「ああ、やっと気持の整理がつきました。さすがに大御所です。感謝します」
 後藤は、いまだにウダウダしている柳田に最後のダメを押していた。
 
「君ぃ、僕に感謝ではなくて、これまで支えてくれた部下たちに、感謝することだよ」
「エッ・・」
 後藤は、また思わぬことを言い出した。
「だってね、君がどんなに優秀でも、その能力を発揮できたのは、部下がいたからなんだよ。それが組織力なんだ」
「ああ・・、そうだったんですね」
「そう、君の理念を実現するために、働いてくれた部下がいたんだ」
――そうだよな。
  オレの力より、部下たちのチーム全体の力かも・・。
 柳田は、後藤から様々なことを言われて、それがひとつひとつ、身に染みて納得できた。
「先輩、有難うございます」
 柳田は、思わず手を差し出すと握手を求めた。
 そして、ジーンとくる感動を噛みしめながら、深々と頭を下げた。
――ああ、ここに、オレを拾ってくれる神様がいたよ。
  こんな気持は、経験者でないと判らないからな。
「では、僕はこれで失礼するよ」
 後藤がゆっくりと立ち上がると、そう言って帰って行った。
 
 時計を見ると、もう間もなく12時になろうとしていた。
 カウンターの中央にいた客も、「チェック」と言って、立ち上がった。
 後藤を送り出すと、浩美が戻ってきてささやいた。
「柳田さん、今日、後藤さんに会えてよかったですね」
「ウン、助けられたよ。拾ってくれた神様に、元気をもらったし・・」
 すると浩美が、急に深刻な顔つきになって、意を決すると、喋り始めた。
「柳田さん、実はうちの亭主は、リストラされたんです」
「エッ、まさか・・」
「主人は55才ですけど、人員整理で・・。ええ、退職金に1年分の年収を乗せただけで、解雇でした」
 柳田は、浩美を見詰めたまま、絶句してしまった。浩美に、どういう言葉を言えばいいのか、頭の中は真っ白だったのだ。
「柳田さん、会社が行き先を紹介してくれるなんて・・。しかも現収が保障されてるんですよね」
「まぁ、そうだけど」
「さらには、60才に、プラス・アルファが付くんでしょ」
「まぁ、定年まではいられそうだけど・・」
「主人は、再就職の口を探したんですが、50才を越えると、警備員とかタクシーの運転手とかしかなくて・・。ええ、主人は無趣味ですから、今はテレビと散歩が日課でして・・」
――そうか。50歳を越えると、こういう人が多いのか。
  そう、会社がオレの就職先を斡旋してくれたんだ。
  もっと頑張れ、って・・。
  そうか。オレは恵まれてるのか。
  ああ、感謝、感謝だな。
 
 ふと、浩美を見ると、俯いたまま涙ぐんでいるように見えた。
 さり気なくママを見ると、成り行きを心配して見守っていたママが近寄って来た。
「ほら、もう時間だし、柳田さんの隣りで飲ませてもらったら・・」
 ママは柳田に会釈をすると、助け舟を出してくれた。
「おお、飲み直そうよ。ここの隣りに、おいでよ」
 柳田は、浩美のグラスを掴むと、ボトルからウイスキーを注ぎ足して、水割りを作ってやった。
「オイ、乾杯だ」
「すみません。有難うございます」
 だが、そんな浩美を見て、もし自分も同じように会社を解雇されたら、妻もこうして涙ぐんでいただろうなと、心に強く突き刺さった。
――そうだ。新天地では、白紙から出直そう。
  そう、課長になった時、新入社員の初心からと、自分を戒めたんだ。
  そうやって来た自分、それがオレの出発点だよ。
  オマエ、常に初心に還れよな。
 柳田は、そんな自分に感動して、独り目潤ませていた。
「ああ、柳田さん、頑張って下さい」
 いきなり浩美はそう言うと、隣にいる柳田の太股に両手をついて、ジッと頭を下げていた。
――オイ、そんなことしたら感じるだろぅ。
 だが、少し酔い始めた浩美は、自分の夫の不甲斐なさを嘆いて、柳田に縋っていたのだ。
 
「私は、主人より10才も若いんですけど、その分、生き長らえないと・・」
――そうか。浩美は40代の半ばか。
  
意外と、若いんだな。
「ええ、神様は、40年先にならないと、あの世に呼んでくれないんです」
――ああ、お互いに、生きるって、大変なことなんだなぁ。
  これからは、気持だけでもエンジョイしないとな。
「私、この先がとっても不安なんです」
「そうなのか・・」
「ええ、主人が廃人のようになって、ヤケを起こすんではないかと・・」
 そう言われても、柳田には、慰めの言葉が浮かばなかった。
――ああ、切羽詰まっているんだろうな。
  不安な気持が、判るような気がするよ。
  五十路って、節目かも・・。
  そう、第三の曲がり角かもな。
  この歳になって、こんな人生の転機が待ってるなんて・・。
  神様の悪戯なのか。
  おい、こんな大人を惑わせるなんて、罪深いだろぅ。
  たとえ天声とは言え、許されないだろぅ。
 
 柳田は、そっと浩美の肩に手を回して、優しく抱いてやった。
 すると、ドキッとして、浩美は反射的にビクッと伸びあがった。思わぬ皮膚感覚に驚いて、反応したのだ。
 だが今は、そうとしか慰める術が、柳田には思いつかなかった。
 だから、かえって柳田の方が、その反応に戸惑ってしまった。だが、ブヨッとした皮下脂肪に触れて、思わぬ女を感じていた。
――ああ、女房とは違う豊満さだなぁ。  
  そう、この女、ボインだったよ。
  こんな女、抱いてみたいな。
 柳田には、平凡な日々には感じられない刺激が、頭突き抜けていた。
 
「ほら、浩美さん、電車は大丈夫・・」
 ママが、酔った様子の浩美を見て、声をかけた。
「あっ、はい、そろそろ」
「柳田さんは、タクシーでも呼びますか」
「ウン、そうだな。今日は、足元が危ないからな。アッ、浩美はどっちの方向なの」
「ええ、本鵠沼です」
「ああ、そうなら、僕は海岸駅だから、送っていくよ」
「いいんですか」
「ウン、通り道だから・・。それでは、ママも、ラストでもう一杯ずつ飲みませんか」
 そんな流れで、三人で飲むことになって、水割りでまた乾杯をした。
「後藤さんとのお話を、断片的に聞いてましたけど・・」
 ママが、遠慮がちに話し始めた。
「サラリーマンは大変ですね」
「まぁ、家族のこともあるけど、自分がどう生きるか、だからね。ヤル気が出ないと、意味がないんだ」
「でも、後藤さんは、流石にいいことを言いますね」
「そう、今日は、あの大先輩に助けてもらったなぁ。拾ってくれた神様です。酒の友とは言え、赤の他人なのに・・」
「柳田さんには、聞く耳があると見込んだんですよ」
――まぁ、確かに謙虚には聞いたけどね。
  でも、本当に助かったよ。
 
 すると、酔ったのか、浩美がウトウトし始めて、それを見たママがタクシーを呼んだ。
――それにしても、今日の酒は、
  神田のヤケ酒に始まって、最後が良かったな。

  そう、精神的な錯乱から、平静を取り戻して、
  最後は、ヤル気を燃やしてくれたからな。
  でも、人って、気の持ち様で、どうにでも変れるんだ。
 柳田は、そんな満たされた気分で、美酒に浸っていた。
 それから、チェックを終えたところで、タクシーが来たと電話が入ったので、二人は店を出た。
 だが、浩美はまだ酔いが覚めないのか、足取りが危なかった。
 柳田が気遣って腕を貸してやると、やっとエレベータ―まで辿り着いた。
 それから、雑居ビルの1階に着いて、エレベーターを降りた時だった。
 突然、浩美が腕を振りほどくと、柳田に抱きついてきて、強引にキスをしてきた。
 驚いた時には、もう厚い唇が吸い付いていて、両手で掴まれた頭は動かせなかった。
「あぁぁ、柳田さん、あなたの優しさが、欲しかったんです」
 浩美が、体を離した時、息が詰まったような声で言った。
「まぁいいから、タクシーが待っているし・・」
 柳田は、酔った上でのご乱行として、軽く聞き流した。
 
 だが、それからタクシーに乗っても、浩美は柳田の腕に抱きついてきた。
――ああ、よっぽど寂しいんだろうな。
  それとも、旦那に愛想を尽かしたのかも・・。
  そう、誰だって、人に縋りたくなる時があるのよ。
  オレだって、今日は独りぼっちだったもの・・。
  気持の中では右往左往して、行き場を亡くしてたな。
 柳田は、並んで座る浩美が愛おしかったし、寂しい心情を察しながら、肩をそっと抱いてやった。
――この女、ラブホに誘えばオーケーだろうけど、
  でも、今日は不謹慎なことはしない。
  新天地に船出する心の準備を、我が家でしたいんだ。
  そう、独りだけのお神酒を掲げて、皆に感謝したいんだ。
  ああ、今日一日は、心が大きく揺れた日だったな。
  しかも、女性二人から、キスのプレゼントもあったし・・。
  
                         ― つづく ―
  
 

 





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