★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。  人は誰しも、ファザコン、マザコンによる願望があり、それを達成する行動をとります。その生まれ、育ちで、パーソナリティが形成されて、その体験が、深層心理やトラウマとなります。  そんな男と女が出逢って、その心の奥底から求め合う≪願い≫、そんな愛の物語を、フィクションで・・。
 
2018/06/07|その他
 ◇ ベリーダンサーの悲壮 ◇ [男と女の風景・130]  
 
                             2018年6月7日(木)・更新

− 我が家のベランダ・ガ−デン −

  ○ 今月の植物 ○
 
 今回は、山野でよく見かける植物の中でも、園芸種として珍重されている≪斑入り≫の物を紹介します。
 
 ≪写真・左・・チヂミザサ≫
 
 ≪写真・中・・ノブドウ≫
 
 ≪写真、右・・アメリカズタ≫

 
 
                   [男と女の風景・130]
                    ― つづき・3 ―

 
 ◇ ベリーダンサーの悲壮 ◇
 
 その翌日、華子は、寿司屋の店長である大川博史に、お礼のメールを送った。
 昨夜は、家に帰ったのは深夜の2時を回っていたし、ビールを飲んだ酔いもあったから、直ぐに寝てしまった。
 だが、起床してから朝食を作っている時、ふと、あの優しい笑顔の大川を思い出したのだ。
 ≪ 大川様 
   昨日はクラブにお越し戴き、また絶品のお寿司を戴きましたこと、
   厚く御礼申し上げます。
   生まれて初めての江戸前に感動しました。
   しかも、帰り道、心配だからと遠回りしてまで、家に送って戴き、
   あの優しさに、感謝感激です。
   今後とも、ご指導の程、宜しくお願いします。  華子 ≫
 華子には、東京の住人でメールをする相手は、まだいなかった。
 しかも、大川には、親近感があって友達になれそうだったから、発信する時はどこか祈るような気持だった。
 
 すると、午後のバイトが終わって、いったん自宅に戻ってひと息ついた時、返事のメールが入っているのに気付いた。
 きっと大川は、お昼時の忙しさから解放されて、メールチェックをしたのだろう
 ≪ 華子 様  
   私は、女性とは話をしたことも、付き合ったこともなかったので、
   あんなに楽しかったことは、初めてです。
   自分を磨くためにも、友達になって戴きたく、お願いします。
   また、昨日の話では、日曜の夕方なら時間が取れるとのことでしたが、
   今度、新宿で食事でも、付き合って下さい。
   今後とも、宜しくお願いします。  大川正博 ≫
 華子は、丸ぽちゃの男性がタイプだったし、なによりもあの優しい笑顔が魅力的でたまらなかった。
 だから、食事をと誘われただけで、もうウキウキした気分になっていた。
 だが、このメールの返事は、明日に延期しておこうと思った。
――だってさ、直ぐに食いつくのは、女子としてよくないよね。
  まぁ、でも日曜日か、チョッと期待しちゃおうかな。
  しかも大川さん、女性と付き合ったことがないって・・。
  引っ込み思案か、それともチャンスがなかったのか・・。
  まぁ、その辺の話を聞くのも、いいかも・・。
 
 それから、華子は、その晩もクラブでベリーダンスを踊った。
 出番の踊りが終わって、舞台の袖に出ると、マネージャーが待っていた。
「華子ちゃん、8番テーブルのお客さんがご指名だから、そのまま席について」
――エッ、ご指名だなんて、初めてだよ。
  誰かな。ヤバイかも・・。
  だって、東京には、知ってる人なんていないもん。
 華子は、大鏡の前で化粧と衣装を整えると、フロアーに出て行った。
 店内はフットライトや間接照明で暗かったが、8番のテーブルには、どうも中年らしい男性が二人、座っていた。
「失礼します。ベリーダンサーの北川華子ですが、ご指名を戴きまして・・」 
「おお、華子か」
 背中を向けていた男性が振り返ると、「マァ、座って」と手で指し示した。
「エッ、もしかして山中先生、ですか」
「おお、そうだよ。久しぶりだな」
 その男は、なんと高校時代の担任教師だった。
 華子が卒業して以来、6年ぶりに会う憧れの人のだった。
「華子が、ベリーダンスをしていたのは、当時から知っていたけどさ、まさか東京のひのき舞台で、とはな」
「はい、お久しぶりで」
「でも、今の踊り、良かったよ。まるで一流のアーチストみたいでさ。すごく感動したよ。なぁ、吉川」
「ウン、良かったね。でも、まさか山中の教え子とはな」
「アッ、紹介するよ。彼は大学時代の悪友でね。今は文科省のお役人なんだ。まぁ、オレよりかなりレベルが上だけど」
「そんなに、偉い方なんですか」
「そう、エリートなんだ。だから今回、学習指導の研修会を主催していて、オレは、明日まで3日間、缶詰なんだ」
 よく見ると、吉川はいかにも育ちのよさそうなイケメンで、のっぺりとした細長い顔に上品さを漂わせていた。
 服装も、黒のジャケットに、薄いピンクのネクタイをしていて、それを着こなすセンスの良さを感じさせた。
――ああ、都会には、こんなハイな人がいるんだ。
  テレビで見るタレントより、すっごくインテリな美男子・・。
  私は、背伸びしても、このレベルには合わせられないな。
  そう、ギャップがあり過ぎるよ。
 
 すると、フロアレディがドリンクを届けにきたので、3人は乾杯した。
「今日の研修が終わってさ、居酒屋で軽く飲んでいたら、吉川が、面白い店を紹介するって・・」
「そう、君のダンスを見るのは、今日で3回目かな」
「まぁ、そうなんですか」
「僕は、君のファンでね。その端正な小顔で、いかにも美少女っぽいのが、タイプなんだな」
――まぁ、確かに私は、少女のままだし・・。
  都会にはまだ馴染めなくて、田舎娘、丸出しよ。
  でも・・。この人、ロリコンなのかな。
「そうだよ。踊ってる君を見てると、腰をくねらせたり震わせるのが色っぽくてね。なんか男としてゾクゾクっと来て、抱いてあげたくなるんだよなぁ」
「まぁ・・」
 華子は、あえて驚いたように、とぼけて見せた。
「おいおい、変な妄想はするなよ」
「いやさ、こんな可愛い子を嫁にしたらさ、夜な夜なアラビアン・ナイトの夢が見られるでしょ」
「おい、吉川がそんなこと言うの、珍しいな。オマエ、どうした。いやらしい独身男になってるぞ」
 吉川は、少しロレツが回っていなくて、どうも酔っているようだった。
「でもさぁ、僕は、華子さんに惚れたんだよね。仕事をしていても、時々夢うつつで思い出すんだ」
 吉川は、褒め上げながら、単刀直入に口説いてきた。
「マァ、私、光栄です」
 だが華子は冷静で、あくまでもホステスとして、客のノリに合わせていた。
「華子さぁ、この男が、こんなこと言ったのは初めてだよ。よっぽどぞっこんで、華子に本気で惚れてるかもよ。要注意だぞ」
「でも私、こんな優秀なイケメンさんとは、とっても釣り合わないですよ。だから、その先は、あり得ませんので、ご安心ください」
「そうかな。コイツ、案外マニアックだから、少女趣味かも」
「先生、私がそのターゲットだなんて、いくら恩師でも・・」
「あぁぁ、そうだよな。これは失礼」
 華子は、終電の時間が気になって、「すみません。衣装を着替えてきますので、失礼します」と断って、席を立った。
「オイ、華子、がんばれよ」
「先生も、お元気で」
 華子は深々とお辞儀をすると、二人に背を向けた。
 
 ところが、クラブを出て、いつもの帰り道を駅に向かおうとした時だった。
 電柱に寄りかかっていた人影から、「華子さん」と、声がした。
 ふっとして見ると、明るい場所に現れたのは、なんと吉川だった。
「華子さん、この辺でもう少し飲みませんか」
「アレッ、先生は」
「帰る方向が違うので、別れました。それで、どうですか」
「私、もう直ぐに終電がなくなりますので」
「ああ、それならタクシーで送りますよ」
「でもぅ・・、明日は、朝から仕事がありますし・・」
「では30分だけ、その辺のカフェで・・」
 華子は、吉川に散々粘られてしまい、もう逃げられないと諦めて、仕方なくうなずいた。
 
 吉川は、この街でよく遊んでいるのだろう、深夜過ぎまで開店しているカフェに案内した。
 店に入ると、吉川が「ねぇ、君、パフェでも食べない」と言ったので、華子はそれに合わせた。
――ああ、パフェなんて、ここ何年も食べてないよ。
  この人、女の子の好物を知ってるし、
  上手にもてなすテクがあるのね。
「君は、そのジーンズ・スタイルも可愛いね。ダンスをしているから体幹もしっかりしていて、歩く姿勢がいいんだよね」
 吉川は、テーブルに着くなり、何気に褒め始めた。
 華子は、さっき吉川から「惚れてしまって、夢うつつで思い出す」と、殺し文句を聞いてしまった。
 だから、内心では警戒をしていたし、目を合わせないようにして、軽く聞き流してもいた。
「ワァー、美味しそう」
 だがパフェが届くと、それを見た華子が、思わずオーバーに歓声を上げた。
「ところで君は、彼氏、いるの・・」
 華子は、イチゴを頬張っていたから、黙って首を振った。
「そうなのか。では、彼氏がいない歴は、どのくらい」
「エッ・・、ええ、ズットです」
「ほぅ、まさか、でしょ」
 華子は、吉川には目もくれずに、グラスの中を物色して、メロンを取り出すと口に放り込んだ。
 そして、目をつぶって、その美味しさを噛みしめている。
――ああ、私、こういう話って、イヤなのよね。
  過去なんて、どうでもいいじゃない。
  しかも、彼がいるとか、いないとか、なんてさ。
 華子は、俯いてパフェを見詰めたまま、ただひたすら黙々と食べ続けていた。
 吉川も、流石に華子の機嫌を損ねてはと、もう質問をしなくなってしまった。
 
「それでは、帰りますか」
 華子がパフェを食べ終わると、吉川は、やっと気まずい沈黙から解放されてホッとしたのか、大きな溜息を吐いた。
 大通りに出てから、タクシーに手を挙げながら、吉川は「どこまで送りますか」と聞いてきた。
「はい、新大久保の駅まで、お願いします」
 それからタクシーを捕まえると、「僕は目白だから、君を先に送るよ」と、先に乗り込んだ。
 すると、運転手に行き先を告げて、道順まで教えている。
 どうも、新宿駅を回って行くようだったが、華子には全く判らなかったから、任せることにした。
 吉川は、暗い車内で何度も華子の様子を窺っていた。
 どうも、なにかを言いたそうだったが、華子はツンと前を向いたままで、寄せ付けない厳しい顔をしていた。
 だが、しばらく走ると、吉川は我慢できずに口を開いた。 
「あのぅ・・、華子さん、僕は、あなたを尊敬してます。だから、どうか付き合って下さい」
だが、華子は前を向いて黙ったまま、応えなかった。
吉川はそっと華子の手を取ると、「お願いします」と言い寄ってきた。
――あぁ・・、クラブのお客さんとは言え、ヤだな。
  こんな私、放っておいてよ。
 すると、華子の肩に手を回して、「ねぇ、どうかな」と耳元でささやいた。
 その瞬間、吉川の吐息が耳をくすぐって、華子はビクッと伸びあがった。
「僕では、ダメかな・・」
 耳になにかが触れて、それが温かいのに、ゾクゾクっと首筋に悪寒が走った。
 華子は、そのしつっこさに、怒りが一気にカチーンと頭に来て、大きな声でキッパリと言った。
「運転手さん、クルマを止めて下さい。私、ここで降ります」
 二人の話を聞いていた運転手は、「アッ、はい」と応えると、クルマを徐行させて信号の先で止めた。
「運転手さん、新宿駅はどっちですか」
「この道を、真直ぐに行けば突き当たります」
「歩いて、何分ぐらいですか」
「今、新宿御苑を過ぎましたから、あと1キロぐらいですかね」
「はい、有難うございます。それでは失礼します」
 華子はそう言うとクルマを降りて、丁寧にお辞儀をして見送った。
 
 深夜の新宿通りは車が行き交っていたが、歩道には人の姿は全くなかった。
 華子は、独りとぼとぼと歩きながら、なぜか悲しかった。
――都会の独り暮らしって、寂しいのよね。
  ふっとした時に、隙間風が通り抜けて、ゾクゾクッてするの・・。
  誰かに頼りたいけど、牙を剥いてきたり、罠に嵌ったりするのよ。
  だから、誰にも、スキを見せてはいけないの。
  いい人もいるけど、イヤな人も、悪い人もいるの・・。
  素性を知らないと、気が許せないのよ。
  田舎だと、もうみんなバレバレだから・・。
  そう、慶太なんて、その典型だよ。
  だから、私は、孤独を抱いて生きていくの・・。
  だって、ダンスをすること、それが生き甲斐だから・・。
  そうよ、華子。そこの範囲以内でね。
  判った。私の未来は知らないけど、それで頑張るよ。
 華子は、新宿駅に向かいながら、そんな自問自答を続けていた。
「オイ、姉ちゃん」
 いきなり声がして、酔っぱらいがふらふらと近寄って来た。
「どう、一発、3万で・・」
――テメー、ふざけんな。
 華子は、あとを見ずに、一気に駆け出していた。
 
 それから、新宿駅に着くと、もう終電は終わっていて、駅前の小さなライオン広場には、黒い人影が漂っていた。
 華子は大通りの信号を右折すると、山手線沿いに新大久保へ向かって歩いていた。
 すると、腕を組んだ男と女のペアが、華子の横を追い越して行った。
――アッ、あの二人、ラブラブだよね。
  きっと、ホテルへ行くのよ。
  ああ、私って、彼なんていなかったからさ。
  そう、男性経験がないんだよな。
  この歳になって、それってコンプレックスだよね。
 華子は、ふと立ち止まると、背中のザックに手を回して、ペットボトルを取り出すと水を飲んだ。
 いつもの華子は、新しいボトルを買わずに、水道で水を入れては使い回しをして、少しでも倹約をしていた。
――そうだ。恵利子の誕生日だったよ。
  慶太も入れて、男の子が三人、女の子が三人、
  恵利子の家で、誕生パーティに集まったんだ。
  お母さんの手作りケーキを食べて、それから彼女の部屋に上がったんだ。
  そしたら、慶太がいきなり恵利子とキスを始めて・・。
  そのままベッドに倒れ込んで、胸を揉みだしたんだ。
  すると、あのあのシャイな男が、私にキスを求めてきた。
  私は初めてだったし、あんな男にその気はなかったから、拒んだよ。
  そしたら、もう一人の子も、抱かれたままキスをしていた。
  そう、あの時、私は黙って逃げ出してきたんだ。
  あとは、どうなったか知らないけど、みんなはエッチしたんだろうな。
 華子は、高校時代の遠い記憶を手繰り寄せていた。
――エッチをしてもいいけど、それって、なに。
  経験はないけど、その意味が判らないよ。
  だって、単にやりたいっていう性欲だけでしょ。
  そう、快楽だけよ。
 
 次の日曜日、華子はダンスのレッスンが終わってから、大川と食事をすることになっていた。
 華子は、汗ばんた練習義を着替えると、メールをチェックして、驚いた。
 ≪ 華子へ 
   このメールを見たら、すぐに家に電話をして下さい。
      母 菊子 ≫

――エッ、何事なの・・。
 華子が、急いで実家に電話をかけると、母が直ぐ応答に出た。
「あのね、お父さんの雅夫が末期ガンで、もう長くはないんだって。それで、お姉さんから連絡があって、華子を一目見たいと、うわ言のように言ってる、って」
「そうか。お父さんか。確か痩せていたよね」
「でも華子、見舞いに行くか、どうかは、あなたが決めるのよ」
「ああ・・、どうしよう。とりあえず病院を教えて」
「入院先は、新宿にある東京医科大病院だって。受付で、山村雅夫の名前で聞けば、判ると思う」
「ウン、判った。それでさぁ、もし、お母さんが私だったら、どうする」
「そうね。良くても悪くても、後悔しないように、見届けておくかな」
「そう、判った。有難う」
 母との電話を切ると、直ぐに、大川に電話をした。
 そしたら、「もう間もなく新宿駅に着くよ」とのことだった。
「あのぅ、今、母から、突然の電話があったんです。その内容は会って話をしますけど、急ぎますので、ガードをくぐって西口まで来れますかね」
 
 二人は、ガードの西にある青梅街道の交差点で落ち合った。
「華子さん、どうしたの」
 歩道には人が行き交っていたが、華子は急いで事情を説明しないと、と思って、お店の壁際に大川を引っ張って行った。
「あのですね。母は離婚したんですけど、その夫で私の父が、末期ガンで危篤らしいんです」
「エッ、それってヤバイよね」
「父とは、私が小学校に上がる前に別れて、もう20年近く会ってないんです。父は、私を一目見たいと、うわ言で言ってるみたい、なんです。それで、私、お見舞いに行くかどうか、ええ・・、迷ってます」
「では、華子さんは、その人と会いたくないの」
「あっ、いいえ・・」
「だったら、会っておいた方が」
 華子は、会うのがイヤではなかったから、大川の一押しで会う決心がついた。ただ、なにか恐ろしいものを見るようで、おじ気づいていたのだ。
「だったら、直ぐに行こうよ。病院は・・」
「エッ、一緒に行ってくれるんですか」
「だって、20年目でやっと巡ってきたチャンスでしょ。そんな華子の重大な瞬間に、立ち会っていたいもの・・」
 華子は、大川に促されて、もうお見舞いをする気持になっていた。
 
 華子は、スマホで東京医科大病院の場所を確認してから、メトロの丸ノ内線で西新宿までやってきた。
 そして、病院の本館で面会受付を済ますと、ナースステーションで面会の旨を告げて、病室の部屋番号を確認した。
 二人は、静まり返った清潔感のある廊下を進んで、その病室の前に来ると、ドアは空いていた。
 華子は緊張して、思わず付き添っている大川の腕をつかんだ。
「さぁ、ここからは、君の意思として、独りで行くんだ」
 大川は、そっと華子の背中を押した。
 ドアを入ると、個室ではなかったから、「すみません、山村さんは」と声をかけた。
 すると、窓際のベッドのカーテンが空いて、年老いた女性が顔を出した。
「あのぅ、私、北川華子ですが」
「エッ・・、アーッ、華ちゃんだ。まぁ、大きくなって・・。さぁ、雅夫に会ってやって」
 山村の姉は、そそくさと華子を招き入れてくれた。
 見れば、雅夫は、20年前の記憶以上に痩せ細って、別人かと思えるほどで、もう見る影もなかった。
 姉は「雅夫、娘の華子が来てくれたよ」と声をかけながら、雅夫をそっと抱き起してやった。
「おお、華子かぁ」
 雅夫は、か細くかすれた声で、精一杯の声を上げた。
 華子の顔をジッと見ていたが、いきなり目に涙を浮かべると、耐え切れずにボロボロッと溢した。
 それから、雅夫に手を差し出されて、華子は近寄ると、両手で包むように、そっと父の手を握り締めた。
 もう枯れて皺だらけの手だったが、意外と力強かった。
「華子、ごめんな。オレが悪かった。オマエには申し訳ない」
 雅夫はそう言うと、手を握って頭を下げたまま、詫びている気持を、その体の全体で表していた。
「お父さん、私は今、こうして元気に生きています。私の未来は判りませんけど、でも、過去は振り返りません。だから、なにも気にしないで・・」
 華子は気丈だったが、そこまで言うと、頭を下げたまま、込み上げてくる涙で次の言葉が出てこなかった。
 父のいない家庭の寂しさや、親が離婚したというレッテルでイジメに遭ったこと、そんな辛かった過去は、華子の今ではもう消し飛んでいた。
 雅夫の姉も、弟が放蕩の限りを尽くして、家に金を入れずに、遊び呆けていたのを知っていた。
 だから、北川の家族にはなにも言えなかった。
 それにもかかわらず、遠い所を華子が来てくれたことは、最後の救いだったと感謝していたのだ。
 しかも、こんなに大きく育って、「私は、過去を振り返らない」とまで言い切ってくれた華子に、姉は感激していたから、独りすすり泣いていた。
 そして、付き添ってきた大川は、思わず部屋の中まで引き込まれていた。
 その病室の片隅に立ち尽くして、大川は、20年ぶりに再会する父と娘の瞬間を、じっと見つめていた。
「すみません。私、これで失礼します」
 華子はそう言うと、病室を出ようとした、
「ああ、華子、有難う」
 雅夫の姉は、そう言うと、いきなりハグを求めてきた。
 そして姉は、嬉しさの余り、華子をギュッと抱きしめると、姪っ子の成長を体で感じていた。
 それから華子は、間もなく昇天するであろう父親を、見るに見かねて、ベッドに背を向けた。
 
 歩き出すと、体がふらついて、腰から抜けそうだった。
 だが、踏ん張って歩くと、ドアで待つ大川に崩れるように抱きついた。
 そして大川は、そんな華子の姿を見せてはいけないと、そのままそっと廊下に連れ出した。
「華ちゃん、頑張ったね」
 華子は、大川の胸に抱かれたまま、小さくうなずいた。
 父親を20年ぶりに見るのは、魔物を見るようで怖かった。
だが、痩せ細った末路の哀れさが、グサッと胸に突き刺さってきて、華子にはずっしりと重い人間の業を感じた。
「オレはね、見ていて、感動したよ。だってさ、最期を迎えた人に、あんな言葉をかけるなんて、すごいよ」
――ああ、嬉しい・・。褒めてくれてる。

  だって、あの過去は、終わったことだし、
    絶対に戻らないからよ。
 華子は、顔を上げると、「大川さん、一緒に来てくれて、有難う。私、嬉しい」と、泣きべそ顔で言った。
 母は「お見舞いに行くかどうかは、自分で決めて」と言ったが、大川は「イヤでないなら、行こう」と背中を押してくれたのだ。
――私は、20年ぶりに、父と再会できたよ。
  父は、私に詫びたかったんだ。
  そう、罪深い自分を懺悔したかったのよ。
  そして、最後であろうお別れで、語り合えた。
  だから私は、この日を後悔はしない・・。
「アア・・、大川さん」
 突然、突き抜けてきた感動に、華子はそう叫ぶと、太った大川の体に思いっきり両手で抱きついた。
 大川は「エッ」として面食らったが、そっと肩を撫ぜてやった。
 すると、おもむろに顔を挙げてきた華子が、「大川さん、ご褒美に、キスして」と呟いた。
 見れば、華子は腕の中で、目を閉じている。
 その少女の顔に幼気(いたいけ)さ感じて、大川はそっとキスをしてやった。

                                                     − つづく −

 
 
 
 
 





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