★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。  人は誰しも、ファザコン、マザコンによる願望があり、それを達成する行動をとります。その生まれ、育ちで、パーソナリティが形成されて、その体験が、深層心理やトラウマとなります。  そんな男と女が出逢って、その心の奥底から求め合う≪願い≫、そんな愛の物語を、フィクションで・・。
 
2018/05/31|その他
◇ ベリーダンサーの悲壮 ◇  [男と女の風景・130]
 
                              2018年5月31日(木)・更新

− 我が家のベランダ・ガ−デン −

  ○ 五月の花たち ○
 
  ≪写真・左・・オダマキ≫
 地味で可憐な花ですが、こうしてアップにして眺め直すと、その可憐さを一層強く感じますね。
 
  ≪写真・中・・イワタバコ≫
 ご覧のように、今年は10p以上の大きな葉が何枚も出てきて、こんなにもたくさんの花が咲きました。
 
  ≪写真、右・・シダ類の寄せ植え≫
 これは、春の展示会にも出品しましたが、ご覧のように、3種のシダを山造りにして植え込みました。
 この鉢となるベースは、枯れた梅の木の幹を剥がして、その平たい部分を使っています。
 その上に、ミズゴケと黒土を水で溶いて、積み重ねながら小山を作り、その上にシダを植え込みました。また、周りにはコケを張り付けています。
 実はこれ、林道の山の斜面から山取りしてきたもので、手前の細長い葉が≪イノモトソウ≫である以外は、名前が判りません。
 1か月ほど前、いつも行く藤沢のスナック≪バンブー≫で、ママと常連と3人で話をしている時でした。
 話の流れで、その彼に、この寄せ植えを寄贈する約束をしたのです。
 当人は全くの素人であり、水さえやってくれれば3−5年は持つようにと、土のボリュームも足したりしています。
 
 前述しましたが、終活の一環で、藤沢のママたち5人に、もう50鉢以上を届けていますが、ここに6人目の男が登場しました。
 一人でも多く、山野草やシダに興味を持ってもらえればと、私なりの遺産相続をしています。
 
 また、報告ですが、東京薬科大のシダ園には、見栄えのする大きな鉢物を4基贈呈しました。
 それは、トキワシノブ≪鹿の角≫、≪猫の手≫、クラマゴケ、イノデです。
 あと大物の9基を予定していますが、土の入れ替えなど、生育の様子を見ながらになるでしょう。
 
 

                      [男と女の風景・130]
                       ― つづき・2 ―

 
 ◇ ベリーダンサーの悲壮 ◇
 
 華子は、1週間のスケジュールが決まっていて、毎日が忙しかった。
 平日は、毎朝9時から4時まで、昼食を挟んで7時間も、近くのコンビニでバイトをしていた。
 その後、夜の7時前にはクラブに出勤して、まず柔軟体操を始める。
 それから、汗を拭き取ると、髪を整えて化粧を済ませておき、開店のスタンバイをするのだ。
 営業中はテーブル席に同席して来客の接待をするし、出番が来たらダンスを披露する。
 そして、閉店後にロッカーを出るのは、終電に近い12時を過ぎていた。
 
 土曜、日曜は、新宿のダンス教室で、午後1時からベリーダンスのレッスンを講師として2時間受け持っていた。
 華子は、それ以降にやっと解放されると、自分の時間になるのだ。
 だが、グルメとか名所の見物とか、格別にしたい事がないから、結局はアパートに帰って溜まった洗濯とか家事を始めるのだ。
 そんな日々が半年も続いてきたから、もうそんなリズムに慣れてきた。

 外食することも多いが、なるべく経費節減しようと、土曜日の夕方は買い出しに出て、おかずの作り置きをしていた。
 2か月前に、やっと小さな冷蔵庫を買うことが出来て、新鮮さが保たれるので重宝している。
 華子は、東京で収入を得て、自活することが、いかに大変か身をもって知った。
 だが、故郷に帰る気はなかったから、必死で頑張っていた。
 
 ある日、小学校から幼馴染である慶太から、突然、メールが入った。
≪華子へ 
  こちら、慶太。久しぶり。
  今、銀座の寿司屋で働いているけど、一度会って,食事でもしたいな。
  日曜日が休みなので、どうかな。連絡を待つ。≫
 華子は、まさか慶太からメールが来るとは、予想もしなかったから驚いた。
――でも、なぜ、メルアドを知っているんだ。
  アアッ、そう言えば、お婆ちゃんのお葬式、
  あの時、慶太のお母さんが焼香に来てくれて、私、教えたんだ。
  『同級生の東京仲間だから、宜しくって』言われたのよね。
 華子は、≪日曜日なら、4時以降に時間が取れます。希望は上野動物園のパンダが見たい≫と、女の子らしいメールを送った。
 すると、≪動物園は4時までの入園だから、ダメだと思う。銀座でも案内するよ≫との返事がきた。
 
 そして今、新宿からメトロの銀座線で、仕事で勤める赤坂見附を過ぎて、銀座に着いたところだ。
 慶太からのメールでは、≪駅を出たら、直ぐに地上に出て携帯をしてくれ≫とあったから、華子は先ず登り口を探した。
 確かに、メトロは何度その駅に来ても、地上に出ないと、自分がどこにいるのか方向も居場所も判らないのだ。
 地上に出ると、どうもデパートのようだったが、とにかく携帯をとバッグを探していると、「オーイ、華子」と声がした。
 見ると、慶太が笑顔で手を振りながら、駆け寄ってきた。
「ああ、助かった。田舎者だからさ」
「オレも最初は、そうだったよ。でも、華子、可愛らしい女になったな」
「えっ、そうかな。アリガト。でも、慶太も丸坊主で、寿司屋になってるよ」
 高校の頃は髪は長かったし、顔もふっくらしていたが、今は痩せて眼つきも鋭くなっていた。
「今日は、歩行者天国でクルマは通行止めだから、結構人出が目立つだろ」
 そう言いながら、慶太は前を歩き出したが、華子には銀座は初めてだったから、ビルの谷間で圧倒されながら、街並みを眺め回していた。
 空は快晴だったが、陽射しはビルに隠れて見えなかった。
 振り返れば、和光ビルの上に、シンボルの時計塔が威張って見えて、華子はスマホでその雄姿を撮った。
 二人は、銀座の4丁目から8丁目まで人混みを掻き分けながら、晴々とした気分でのんびりと歩いた。
 それから、裏道の並木通りをぶらぶらと歩き、晴海通りに出た時、慶太が声をかけた。
「おい、仙台の牛タン、美味しい店があるけど、どう・・」
「アーッ、牛タンかぁ・・、ずっと食べてなかったな。アア、懐かしいよ」
 華子が喜ぶ顔を見て、慶太は東急プラザの≪利休≫に案内した。
 
 二人は、小さなテーブルに向かい合うと、ビールと牛タン定食を注文した。
「華子は、なに、赤坂のクラブで、ベリーダンスやってんだって」
「そう。週に5日もよ」
 慶太は、母親から華子の情報を聞いていたから、いきなり核心をついてきた。
「もう、毎日が大変なんだから」
「でも、よくクラブなんかに行かれたな」
「そう、すごくラッキーだったし、私には夢みたいな話よ。実は、ネットで募集を見つけてね、ダンスを踊ってる動画を送ったのよ。それで上京して、実技でオーディションに受かったの」
「ヘェ、すごいな。今度、その店でハナの踊り、見てみたいな」
「ウン、おいでよ。待ってる・・」
 すると、そこにビールが届いて、二人はにこやかに乾杯をした。
「でもさぁ、東京で慶太と乾杯するなんて、昔は、あり得なかったよね」
「そうだな。小学生の頃は、ハナに苛められてたし・・」
 華子は、当時は慶太の方がチビッ子で、体格が優位だったのを思い出して、クスッと笑った。
 それからは、慶太が華子の友達・優子にフラれた話題で盛り上がった。
 慶太は、何度も優子にアプローチをしたけど、その度にはぐらかされて、結局はフラれたのだ。だが華子は、優子が別の先輩に片思いだったのを、実は知っていた。
 それから、牛タン定食がテーブルに届いて、その分厚い肉を見ると、華子は思わず歓声を上げた。
 そして、口に含むと、その焼き加減と味付けに、また目を剥いた。
 それは、まさに本場・仙台の味であり、食べ慣れてきた懐かしい味だった。
 二人は、それからも地元の夏祭りや、大震災の津波で助かった話など、二人だけで語られる懐かしい思い出が、次々と語られていった。
 同じ田舎の幼馴染が、久々に古里を感じられる楽しい時間だった。
 
「ハナさぁ、オマエ、そんなに可愛くなって、オレ、見直しちゃったよ」
「マァ、嬉しいな」
「どう・・。オレ達、付き合わない」
「エエッ・・、なに言ってるのよ」
 慶太の突然の告白に、戸惑ったが、直ぐに否定した。
「私達、幼馴染のままでいいのよ。だって、慶太とは、男と女の関係なんて、考えられないもの」
「でもさぁ、ハナは昔に比べると、都会にスゲエ洗練されていて、しなやかで、いい女なんだよな」
 慶太は褒めちぎると、悪戯っぽい色目で覗き込んできた。
 だが、華子はサラッと視線をはずした。
「ごめんね。私、毎日が忙しくって、そんな暇、ないの・・」
「でも、オレは、仕事で毎日こき使われてさ。社員寮では独りだし、生活に潤いがないんだよな」
 慶太は、店と寮を行き来するだけの独り暮らしの日々に、言い知れぬ寂しさを感じていたから、華子にはすがる思いもあった。
「都会ってさ、砂漠みたいなものなのよ。人の潤いも、涙も、渇いた砂で吸い取ってね、灼熱の太陽で蒸発させてしまうの・・。無情にも、本人が気づかないままにね。でもね、夢があれば、砂漠は渡れるわ」
「ああ、夢か・・。多賀城で寿司屋を開くのが、オレの夢だけど・・」
 慶太は、顔を情けなく曇らせると、大きな溜息を吐いた。
――私は今、無我夢中で生きてるよ。
  いいダンスを踊ること、それが目標なんだ。
  そのために練習しているし、そのために生きてるの・・。
  そう、夢の中で一所懸命なんだ。
 
「でもさ、オレは毎朝4時起きで、築地市場に買い出しに出かけるんだぜ」
「そうなのか。大変だね。でも、私だって、昼間はコンビニでバイトをしてるよ。そう、今はね、生活をしていくのが、やっとなの・・」
「そうか、ハナのアパート代は自腹だしな」
「そうなのよ。お風呂はないし、共同便所で、安っぽいボロ家なのに・・」
 華子も、つい愚痴っぽい言い方になってしまって、さえない顔をしていた。
「だって、家賃と交通費は絶対の費用だし・・。残りは食べることが最優先で、次は着る物でしょ。そうだ。私、テーブルが欲しいんだけど、まだ買えないの・・」
 華子は、佳奈が泊りに来た時、段ボールの箱でビールを飲んで、いかにも貧乏丸出しだったのが気になっていた。
 衣類を仕舞う家具はなかったし、窓のカーテンも欲しかった。ベッドはもっと高価で夢のまた夢だったから、ずっと畳に直接布団を敷いて寝ていた。
 
「アァア、湿っぽい話になったね。でも、頑張ってる慶太に会えてよかったよ」
「オレも、いい女になったハナを見てさ、成長してるんだな、って、安心したよ」
 田舎の幼馴染だった二人は、お互いを労わるように優しい目を合わせると、はにかんで笑みを交わした。
 話が尽きて、ふと時計を見たらもう7時になろうとしていた。
 慶太は、「夜の銀座を見物するか」と言ってくれたが、「朝は4時起きでしょ。だからいいよ」と華子は断って、帰ることにした。
 そして慶太は、新大久保までは山手線で一本だからと、迷路のような初めての道を有楽町の駅まで送ってくれた。
 別れる時、二人はお互いに「ガンバレよ」とエールを送って、固い握手をしてから別れた。
「ハナの踊り、見に行くからな」
 慶太は後ろ手に手を振って、そう言うと去って行った。
 
 それからも、華子は相変わらず貧乏暮らしだったが、多忙な日々が続いていた。
 だが華子は、そんなことはお構いなしで、ただひたすらベリーダンスに没頭した毎日を送っていた。
 すると、慶太からメールがきた。
≪ 華子へ  
  明日の水曜日、店を終えてから、お世話になった先輩と、踊りを見に行く。
  10時過ぎには着くので、宜しく。 慶太 ≫
 それを見て、華子は店の名前や連絡先や、ショータイムが10時半など、必要そうな情報を折り返し伝えた。
 
 その当日、いつもの通りバイトをして、クラブのロッカーに入り、開店と同時に来客のの接待を始めていた。
 ただ、マネージャーには、舞台の隅でいいから、前の席を二人分、キープするように、予めお願いをしていた。
 だが、ショータイムになって、出演のスタンバイに入った時は、二人はまだ到着していなかった。
 それから、ショット・グラスのキャンドルに火を灯して、髪をアップにした頭の上に置いた時には、もう二人のことは忘れていた。
 華子が青竜刀を手にして、舞台の袖から出た時は、なにが始まるのかと、一瞬にして静寂が店の空間を支配した。
 華子の衣装は、赤い刺繍のブラに、お腹剥き出しで、長いレースの赤いスカートをつけていた。
 そして、華子がBGMに合わせて、舞台を静々と一回りをして踊り出した。
 しなやかな手の動きといい、引き締まった腰のくねりも、エキゾチックな踊りで色っぽかった。
 そして、頭にキャンドルを乗せたまま、青竜刀の舞を華麗に披露していった。
 最後に両手を広げてコールした時は、それまで静まり返っていた会場が、割れんばかりの拍手で盛り上がった。
 
 それから、次のショーが始まると、華子は、踊りの衣装のまま、二人が座ってるテーブルに駆け付けた。
「アッ、大川さん、今踊っていた華子です」
 華子が来たのに気がつくと、慶太が自慢げに紹介した。
「本日は、ご来店戴きまして、誠に有難うございます。私は、北川華子です。どうぞ宜しくお願いします」
 華子は起立したまま、マネージャーに教えられた礼儀作法の通り、かしこまって頭をを下げた。
「慶太さんとは、田舎の家が近くて、幼馴染の友達です」
「ええ、噂話に聞いてますよ」
「華子、まぁ座って・・」
 慶太が席をずれると、華子は二人の間に座った。
「ハナさぁ、この人が、初めて東京に来た時、お世話になった大先輩」
「はい、大川です。九州は博多の出身です」
 すると、慶太はドリンクを勧めてくれた。
 見れば、大川は、慶太と同じ丸坊主で、やや小太りの男前だったから、なんとなく華子が好むタイプだった。
 特に、笑うと朗らかで、屈託のない優しさが感じられた。
――ああ、この人、いいな。
  父の昔のイメージは、痩せていたけど・・。
  でも、ふっくらとして、根っから優しい人に見えるよ。
 大川も、華子がタイプの女に見えていたのか、ジッと凝視している。
 華子は、そんな視線を感じて、なぜかときめいている自分を意識した。
 ドリンクが来て、乾杯した時も、目が合った瞬間に、華子は胸の高鳴りに思わず下を向いてしまった。
 
「そうそう、大川さんは今、新宿支店の店長なのよ。華子もスタジオは新宿でしょ」
「ええ、私は新宿駅の西口ですが」
「私は、山手線を越えた歌舞伎町ですよ。駅から10分かな」
 大川は、寿司の世界とは全く違う芸術を目の当たりにして、華子の踊りに衝撃を受けていた。
 華子の華麗なダンスは、相当の修行がないと、ああまでは踊れないと、驚きを越えてもう尊敬の念になっていた。
 そして今、目の前で見ると、いかにも清純で、クリッとした目が可愛らしくて、まるで可憐な少女に見えていた。
 だからそのギャップにも、驚いたし、胸が高鳴っていた。
 特に、髪をアップにして見せる白い襟足には、ゾクッとする色気を感じていた。
「華子さん、今度、店にご招待しますよ」
 大川は、名刺を取り出すと、華子に手渡した。
「裏に、お店の地図がありますから・・」
「でも、お寿司って、高いんでしょ」
「華子さぁ、今、大川さんが、ご招待って、言っただろぅ」
「エッ、そういう意味ですか」
 大川は、恥ずかしそうな笑みを浮かべて、頷いている。
「ワァーッ、嬉しいです」
 華子は、思わず手を差し出して握手を求めた。どちらとも、お互いに好意を感じていたから、固い握手をになっていた。
「私、仙台の回転寿司には行きましたけど・・。ああ、夢にまで見た江戸前ですよね」
 すると、そんな様子を見ていた慶太が、追い打ちをかけた。
「華子、大川さんは今30歳で、まだ独身なんですよね」
「エッ、もう家庭があって、お子さんも、って、感じでした。だって、すごく落ち着いていて、貫録があるんですもの」
 大川は、首を振りながら、恥ずかしそうに照れ笑いをしている。
 寿司を握る腕前は確かなのだろうが、どうも女性には弱いように見えた。
 
 ショータイムが終わって、しばらくすると閉店になるのだが、客は少しづつ帰り始めていた。
「慶太は、明日の朝が早いんでしょ」
「いやぁ、明日は休みをもらってるから」
「そしたら、慶太、今晩はオレンチに泊まれよ。それで、新宿の店で一杯飲もう」
「エッ、いいんですか」
 前もって連絡し合った時に、大川からそんな話もあったような気がしたが、まさかと驚いた。
「そしたら、華子も軽く付き合えよ」
「エエッ、私も・・。ああ、どうしようかな」
「だって、新大久保だろ。歩いても近いじゃん・・」
 大川は、内心、もっと華子のことを知りたかったし、このまま別れたくはなかった。
 それで、二人の話に乗りながら、チャンスを窺っていたのだ。
「まぁ、とにかく衣装を着替えてきますから・・、外で待っていて下さい」
 
 華子がクラブから出てくると、二人が出迎えた。
「新宿への終電がギリだから、急ごう」
 華子はそう言うと、急ぎ足で前を歩き出した。
 見回せば、黒い影が、急ぎ足で黙々と駅に向かって歩いていた。
 暗い舗道から地下に通じるビルに入ると、下りのエスカレーターには、びっしりと人が乗っていた。
 見れば、華子はさっきの舞台衣装とは変わって、古くなったジーンズに洗い晒しのピンクのシャツを着ていた。
 髪に差していた羽根飾りもなくて、見るからに質素な、どこにでも見かける普通の女の子になっていたのだ。
 三人がメトロに乗ってから、明るい車内で華子を見ると、やや厚化粧で、くっきりとしたアイラインが、大川には気にかかった。
 ただ、スニーカーに履き替えていたから、店で見た時よりも小柄だった。
「華子、化粧はしたままなの・・」
「ウン、今日は、二人を待たせるのは失礼だから、飛び出してきたの・・」
 大川も慶太も、ブレザーを着て、それなりに気を使って決めていた。
「慶太、その白黒のチェック柄、素敵だね」
「そう、これブランド物でさ。結構いい値段だったんだ。親方がさ、一着は持っているようにって言うから、無理してね」
「そうか。そうやって、少しづつ都会人になって行くのか・・。私は、ダンスだけが取り柄だけどね」
 華子は、寂しげにポツンと言った。
「いや、その無我夢中で一筋に打ち込むって、素晴らしいと思う。あなたの踊りは、芸術だもの」
 二人の会話に、大川が割り込んで、華子を褒め上げた。
「はあ、そう言って下さると、嬉しいです。私には、それしかないんです」
「僕は、それでいいと思う。寿司職人だって、寿司に徹して50年、それが親方の口癖だから・・」
 
 それから、寿司屋の新宿支店に着くと、後片付けや明日の仕込みをする若い者たちは帰ったようで、店は暗かった。
 大川は鍵で扉を開けると、二人を明るい店内に案内した。
「まぁ、素敵ですね。まるで新築のような白木で、清潔感があって・・。木の香りがするようですよ」
 華子は、東京の名門寿司屋は初めてだったから、田舎の寿司屋とは全く違う世界に迷い込んで、目を輝かせている。
 そして、ビールを取り出すとカウンターで乾杯をしたが、華子だけは晴々とした顔で気分が高まっていた。。
「オイ、慶太、そこにある寿司ネタで酒のつまみと、握りを作ってくれ」
「はい。では・・」
 慶太は、素直に二つ返事で応えると、カウンターの中に入って行った。
 冷蔵庫を開けて、小さなネタ入れをいくつも取り出すと、まな板の上に置いて考えている。
「大川さん、ニギリは何貫ずつにしますか」
「そうだな。もう夜も遅いから、5貫ずつにするか」
「エッ、5貫て、10個のことですよね」
「いや、うちでは1貫が1個なんだ。2個という店もあるけどね」
「そうなんですか・・。さすがに10個は食べれないんで・・」
 すると慶太は、先ずだし巻き卵を二皿、カウンターに出してきた。
「卵焼きは、当店の看板メニューでして、冷えても美味しいんです」
 大川は、店主として華子をお客さん扱いで、丁寧な言葉で喋っていた。
 華子が卵焼きを口に入れて噛むと、出汁の旨みが滲み出してきて、程よく卵に馴染んでいる。
「ええ、確かに冷えていても、美味しいです」
 それから慶太は、マグロの赤身とタイとヒラメの刺身を、皿に盛り付けて出してきた。
「さぁ、どうぞ」
 大川は右手を差し出して、今日の朝、さばいた魚を自慢げに示した。
「ああ、このタイ、甘みが出ている」
 頬張った華子は、少し柔らかくなったタイの身を噛みしめながら、指を丸めてOKサインを出した。
「ほう、さすが仙台の漁師町ですね。白身のタイは、少し時間がたった方が、旨みが出るんです」
「そう、ヒラメも、そうですよね」
華子はそう言いながら、ヒラメを摘まむと、「慶太、美味しいよ」と声をかけた。
慶太も、タイとヒラメが、この時間帯で美味しくなるのを知っていたのだ。
 
 それから、マグロの赤身を食べていると、「それは冷凍物じゃないから、いいでしょ」と大川がまた自慢げに言った。
「ええ、美味しいです。これって、本場、江戸前のお寿司ですよね。私、こんなの初めて・・。冷えたビールに合いますよ」
 すると慶太が、「今、江戸前って言ったけど、どういう意味か、華子は知ってるの」と聞いてきた。
 華子は、首をかしげて「いやぁ」と、不安げな顔をした。
「江戸の前にある東京湾、そこで獲れた食材を寿司にしたんです。だから・・」
「ああ、そうなんですか」
 大川がそう解説すると、慶太に目配せをした。
「江戸時代は、冷蔵庫がなかったから、食材にひと手間かけて、ニギリ寿司で出したんです」
 すると、コハダのニギリが出てきて、大川が「どうぞ」と勧めた。
「ああ、お酢がきいていて、サッパリとして美味しい」
 続けて、アナゴの一本作りが、皿に乗せられて出てきた。
「エッ、すごいですね。小さなニギリの上で、くねってる。でも、どうやって」
「ええ、シャリからはみ出したのを箸で食べて、後は一気に」
 華子は言われた通り、箸でアナゴの身を切り取って口に運んだ。
 やや甘い味付けで、じっくりと煮込んだアナゴは柔らかくて、口の中でとろけるように崩れて行った。
 そして、シャリと一緒に食べた時、華子は思わず親指を突き上げた。
「どうです。江戸時代は、酢に漬けたり、煮込んだりして、腐らないようにしたんです。これが、江戸前の知恵でした」
「ああ、そうなんですか。納得しました。今日は、お寿司の知らない世界、その扉を開いたって、そんな感じです」
 
 すると、慶太がウニとイクラの軍艦巻きを出してきた。
「ワァーオ、美味しそう」
 華子は、もう深夜の1時を過ぎているのも、これから歩いてアパートへ帰るのも、もう頭の中では飛び散っていた。
「ああ、大川さん、寿司職人て、素晴らしいですね。ネタをどうしたら美味しく食べさせられるか。その職人のワザに、修行の重さを感じますよ」
 そう言われて、朝から仕込みをしていた大川は、たとえそれがお世辞であっても、嬉しかった。
 そして、最後に大トロのニギリを食べた時、口の中でとろりとトロケていく食感と旨みを、じっくりと味わっていた。
 そして、ニギリを噛み締めてシャリと混ぜた時、その絶妙な美味しさに、思わず目を剥いて天を仰いだ。
「ああ、私、これで死んでもいい。それぐらい、美味しい・・」
 それを聞いた慶太は、カウンターの中から「ワァーオ、いいぜ、華子」と歓声を上げた。
 そして華子は、思わず大川にハグを求めた。
「まさか今日、こんな美食に出会えるなんて、私、幸せです」
 絶妙に美味しい寿司が、予想もしない展開で食べられて、華子はほっこりとする幸せ感に包まれていた。
 
                           ― つづく ―
 
 





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