★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。  人は誰しも、ファザコン、マザコンによる願望があり、それを達成する行動をとります。その生まれ、育ちで、パーソナリティが形成されて、その体験が、深層心理やトラウマとなります。  そんな男と女が出逢って、その心の奥底から求め合う≪願い≫、そんな愛の物語を、フィクションで・・。
 
2013/04/17 23:27:04|その他
[ 男と女の風景 43−2] [04/18(木)0000am 更新 ]
   ≪ 花レポ一ト4≫

 
                   ≪男と女の風景43−2≫
(前回のつづき)


  一 擬 態 す る 影 一


 オ一デションの当日、樫山さんと朱美さんの二人は、最後の出番となる午後二時に来てくれた。
 スタジオと言っても中学校の教室ほどの広さであり、室内は若者たちで溢れかえっていた。たぶん100人は超えていただろうが、その熱気でムンムンしていた。
 午前中から50組ほどのオ一ディションが実演され、出来の良い演目には拍手や歓声が上がっていた。気分的に乗りやすい若者たちは、お祭り騒ぎになる場面もあった。
 入口に近い壁に、二人は目立たぬように離れて立っていた。
 樫山さんは野球帽をかぶり、朱美さんはサングラスをかけて素顔を隠していた。
 その日私は、昼休みに来て、照明と音響をセットして、もうリハ一サルを終えていた。
 そして、私は最後の出番だったが、本番でも練習した演出の通りにやった。

 終わったところで、牧野代表が立ち上がると最後を締めくくった。
「皆さん、今日は北は札幌から大阪、広島まで、こんなにも多くの人が集まり、こんなにも面白い芸術をいっぱい見せてくれました。 一般公募には少し心配したのですが、大成功だった。
 ただ今、選考中ですが、良かった10チ一ムに次の舞台を準備する予定です」
 若者たちが、オオォ一と歓喜でどよめいた。
「私は今回、皆さんに擬態というテ一マを出した。演劇人なら、だれしもこれに一度は挑戦し、成果を発表する。
 だから、新人発掘のために、この重い課題を出しました。
 皆さん、最後の演者・アンナの出来栄えはどうでした」
絶賛の声と拍手があがった。
「そう、最高に素晴らしかった。これは、この五日間、誰にも負けない努力をした結果だと思う。
 皆さんには三ヶ月前にネットで募集をかけました。でも、アンナには、実はたった六日前に出演を依頼したのです。
 私はかつて演劇界で、こんな擬態を見たことがない。だから嬉しい。
 演劇は総合芸術であり、すべての要素がある。今日集まった君達は、皆いいものを持ってる。それをもっと磨いて、芸術にしてほしい」
 そこで牧野は、審査員に状況を聞いて確認した。

「さて、皆さん、審査にはもう少し時間がかかります。そこで、カリスマ大女優を紹介しましょう。朱美さん、こちらにこられませんか」
 サングラスを外した山岡が、フッと歩き出して、人込みを掻き分けて出て来た。すると、野球帽をかぶった樫山が続いた。
 牧野は、あの男は誰だと不思議そうに見ていた。その男が帽子を取り、それが樫山だとわかると、「まさか」と驚いた。
 二人は両手を広げて迎え合い、ガッチリと握手をした。
「皆さん、突然のハプニングです。飛び入りのお客様を紹介します。この二人は、この劇団を立ち揚げた時の、仲間です。今はお休み中ですが、かの伝説の演劇人、樫山大胡君と、山岡明朱美さんです」
 演劇を志ざす若者たちには往年のカリスマであり、それを知る者から万来の拍手が巻き起こった。
 まさか今日、こんな雲の上の人物に会えるとは思っていなかったのだ。
「私の直感では、このお二人が今回、アンナをアシストした。そうですよね」
 二人は共に、黙ったまま笑っていた。
「皆さんには申し訳ないけど、アンナの出来栄えはもう芸術です。アンナは演劇では動き、喋り、顔を作ってきた。だが今日は、無言劇、そうパントマイムだった。しかもこの世で僕が初めて見る擬態だった」
「あのぅ、一言、弁解させてください」
 樫山が、牧野からマイクを受け取ると話し出した。
「確かに今日の作品は、三人で作りました。でも、この光に投影された影の発想、モンスタ一の擬態、これはアンナのものです。なぜなら、彼女が悩みに悩んで、考えた末にやっと辿り着いた構想だったのです」
そこで、どよめきが興った。
「ええ、実にユニ一クな発想です。でも、だれだって自分を真剣に追い込んでいくと、なにかと出会えるんです。ええ、自分を地獄に追い込むと、観音様に会えるんです。だから、私たち二人は、悩んだ末のアンナをアシストした。そして夜中から朝まで、練習に磨きをかけたのです」
またしても拍手が起こった。
「実は、僕も牧野君も25歳の時、劇団員として擬態をやりました。ええ、山岡さんもやりました。でも、アンナの作品に比べたら見るに耐えないほど、貧弱なものだったのです」

 しばし考えていた樫山さんが、朱美の様子をうかがった。朱美はニコッと笑うと。OKのサインを出した。
「牧野君、10分ぐらい時間をくれるかな」
「ああ、どうぞ。エッ、まさか。なにかやるの」
樫山さんは自信ありげに、黙ってうなずいた。
「オゥ、いいぞ。そうだ。せっかく参加してくれた若者に、君たちの芸術を見せてくれ」
「おお、相変わらず察しがいいね。では太鼓を借りるよ」
「皆さん。またまた、全く予想外の展開です。伝説の二人が演じるようです。この舞台は、二度と見られないでしょう。記念にビデオ取りしてもいいかな」
「ああ、どうぞ」                       
 窓側の暗幕がまた閉められると、舞台に照明がついた。
 牧野さんは、正面の最前列に腰を落として陣取った。
 アンナの一人舞台とは違って、三人ともなればどんなカラミが展開されるのか、興味しんしんだった。

 照明と背中合わせに、前に向いて太鼓が据えられると、樫山が構えた。
 ドォ一ンと大太鼓の響きで、舞台の左右から二人の女が出てきた。アンナの相方は朱美だった。
 二人とも、黒のレオタード姿になっていた。
 腰に真っ赤なスト一ルを巻いて、裾に垂らしている。そしてさらに、その薄手の赤い布を肩にかけていた。
 二人は軽くしなやかに、ゆったりと踊り出した。それは、神社に奉納する巫女の舞いだった。
 正面の天空におわす神々に向かって、敬謙にひざまずき、そして優雅に二人の巫女が舞っていた。
 そこに大太鼓の響きが強く、弱く入り、やがて小刻みの乱打から大きく盛り上げていく。
 そして、一人が舞台の奥から前に出てくると、背景には天狗の姿が現れた。奇怪な目と高い鼻、そして翼を背負っていた。天狗は村人を襲い、悪事を働く権現になっていた。
 すると突然、三つ目の妖怪が前に立ちはだかって、天狗の姿を消した。
 それは田舎の山村に伝わるお神楽に似て素朴で、愉快さも込めた、影絵芝居になっていた。
 次に太鼓のバチを角にした鬼が現れて、妖怪たちを追い掛け回して、懲らしめる。光の中の妖怪が大きくなり、小さくなり、闇に消えては、また出現する。
 それからは、さらに様々な妖怪たちが現れては踊り、せめぎあっては、消えていった。
 舞台はめまぐるしく変幻自在に展開するが、妖怪たちの動きはゆっくりとして、神殿の巫女が舞うごときである。
 妖怪たちが征伐されると、最後は、丸く切り抜いた紙を掲げて太陽を配し、そこには阿吽の呼吸で山門を守る二体の仁王様がいた。

 その演出は、まるで山奥の森林の中で、繰り広げられる神話の世界だった。
 そして、パントマイムの影絵が作るメルヘンでもあった。
 照明ライトと演者との距離によって映像が動き、違った大きさに変貌する。そして浮かんでは消える影、それらの動きが絡むと予想外の場面が展開された。
 それはまだ荒削りではあったが、見る者を幻想の世界に引き込む魅力があった。  
 演技が終わった時は、もう感動した若者たちが、万雷の拍手を巻き起こし、興奮した嬌声や口笛が飛んでいた。
 そして私も、朱美さんと抱き合って、肩を叩きあった。気がつくと、私たちは若者の手拍子に乗って、手を取り合って飛び跳ねていた。
 朱美さんも、久々でよっぽど嬉しかったんだろう。

「樫山君、お願いかあるんだけど」
ざわめきが鎮まったところで、牧野がマイクで語りかけた。
「この擬態フェスティバル、三ヵ月後に大舞台で公演する予定だけど、全作品の演出、君に頼めないかな」
「えっ、僕が・・。いゃぁ、ムリだよ」
「皆さん、どうですか。樫山大胡演出、擬態フェスティバル」
若者たちが歓声を上げて、そのどよめきが怒号になり、もう樫山コ一ルになっていた。
「だって皆さん、今演じられた日本神話の擬態、大舞台でもう一度、見たいですよね」
牧野の提案に、もう止められない歓声が、熱気を誘って燃え上がっていた。
 すると、樫山が牧野に近寄って握手を求め、肩を叩きあった。盛り上がった歓声と拍手で、二人の会話は掻き消されていた。
 今、この狭い場所では、影絵が小さくて、客席からは見えずらかったはずだ。だが、もし大舞台で演じたたら、その迫力は倍増して、もっと違った凄い舞台になるだ う。
 二人の演出家は、大舞台の迫力の違いを知っていた。
いいものを観客に見せたいから、積年のしこりを乗り越えたのだ。


 オ一ディションが終わって、四人で居酒屋で祝杯を挙げることになった。
 男同士に朱美さんも含めて、もう皆が屈託なく打ち解けてしまい、昔ながらの仲のいい友達になっていた。
 ビ一ルで乾杯して、しばらくしたとろで私は立ち上がった。
「本日を始め、ものすごいご支援を戴きまして、有難うございます。こんな不束者ですが、こんなにも温かいお気持を戴き、身に余る光栄です。今後とも、ご指導ご鞭撻をお願いします」
「なにを改まって言うの。頑張ってる人には当然だろ」
 牧野さんが、私を見上げながらそう言った。
「そうだよな、君が真剣だから、皆が真剣になれたのさ。僕は久々に楽しかったよ」
「そうよ。私もあなたに感謝よ。牧野さんに、今日の出し物、自慢できたんだから」
「いやぁ、あんな擬態、初めてだよな。樫山」
「そう、我ら凡人には、あの発想はないな。お陰で、新しい仕事をもらったしな」
「そうよ。アンナ、お陰で今日は盛り上がったし、凄い発見があった。そしてなにより、15年の空白が埋まったわ。あなたは恩人よ。愛のキュ一ピットかも」
 明美さんはそう言うと、私を座らせて、肩を優しく抱いてくれた。

「いやァ、今日は若者の発想や切り口が斬新で、しかも初めて見るネタもあって、すごく参考になった」
「そうだな。若い者って純粋だし、人間の根源を見直したり、世界や人類を風刺したり、揶揄したりと、面白かった」
「あのさ。擬態フェスタは、春と秋の二回、開催しようよ。新人発掘のお祭り騒ぎもいいんじゃない」
「今日感じたのはね、演劇を目指す若者たちへの実験場だったことだ」
 樫山が、神妙な顔で話し出した。
「彼等はたとえその意志があっても、演劇のなんたるかを知らない。そして自分たちの作品や演技の価値を知らないし、その評価も出来ない。でも、自分を知ってもらいたいし、自分を見せたくて仕方がないんだ。だから、その実験場であり、新種を育てる苗床なんだ」
「私もそれを感じたな。まるで私たちの若いころと同じで、みんな、活き活きしてたもの」
男たちの会話に、朱美さんも加わった。
「だから、選ばれた彼等は、九月には友達や家族を呼んで、大挙して来るだろう。そして新しい扉が開くんだ。牧野くん、演劇って、育てるものかもよ」

「ところで、今のスタジオはいつでも使えるの」
「おう、いつでもOKだよ。クルマの車庫を作る時、二階の加重も考えてあるから」
「それから、アンナを演出助手で使うけど、ギャラとか事務経費とかは」
「細かくは未定だけど、例えば定員300人の劇場を3日間借りて100万、チラシ等の宣伝で20万の支出になる。1日の入場者を250人とみると合計で750人、チケットが2千円で、150万の収入となる。だから残り30万が君達」
「牧野君は」
「いや、僕はいい。ただし、それ以上、利益が出たら折半だな」
「よし、満員にしよう」
「それから、チラシには、出演者のグル一プ名と個人名を全員出す。それで、盛り上がるから」
 私はそんな台所事情を聞いて、ギャラはいらないと思った。とにかく舞台があり、演技をさせてくれるなら、それで満足だった。

 牧野さんと別れて、三人はマスタ一・樫山のスナックで飲み直すことになった。
 でも、私は気持の中ではモヤモヤしたものがあった。
「アンナちゃん、どうしたの。浮かない顔して」
 私の様子を伺って、朱美さんが声をかけてきた。
「ええ、私、パントマイムやってみようかと」
「エッ、なんでまた。今日の出し物に磨きをかけないと」
「ええ、もちろんです。でも、自分一人での演技力に、疑問を感じるんです」
「どういうこと」
 樫山さんが覗き込んできた。
「ええ、前作の『伯爵家の女たち』も、今日の『日本の妖怪』も、大好評だった。でも、皆さんに助けられたから、いい作品になった。でも、私が一人でやった擬態『怪獣』には納得していないんです。まだ未熟だと」
「そうか。その不満の感じ方と、次になにをやるかという追求、それがアンナだよな。そう、悩み多き乙女は、常に次のことを考えてる。立派だよ」
「でも、ピエ口でも大道芸でも、いいんです。一人でやれれば」
「わかったよ。ならば、先ずは擬態『怪獣』で、見る者をアッと言わせてご覧。だって今の出来では、70点だよね」
 私はそれを聞いて、目が覚めた。
「そうか。わかりました。私、地に足がついてないですよね。やるんなら100点を目指すべき、ですよね。」
 二人は黙ってうなずいてくれた。私は、大人の二人に思わずボ口ッときてしまった。
一一ああ、なんと優しくて、なんと懐が深いんだろう。
「さあ、アンナ、先ずは目の前のテ一マで、頑張ろう」
 朱美さんはニコッと笑って、握手をしてくれた。
「明日が早いから、私、これで帰るけど、アンナに提案」
「えっ、なんですか」
「もし良かったら、私の家の2階に部屋が空いてるから、無償提供してもいいよ。母と私と娘の女系家族だから、気兼ねもいらないし、2階に直行の別階段もあるから、出入りも自由だし。もし希望ならね」
「ワァ、有難うございます。考えて見ます」
朱美さんは、そう言い残して帰っていった。

 私はカウンタ一に座った間まま、また水割りを飲みながら、擬態のことを考えていた。
一一いきなり巨大なゴジラになって、反撃する。
  恐竜がひるんだところで、ドォ一ンといく。
  そんな予想外のもの、なにがいいかな。
  可愛い蝶々なんていいかも。
  小さな蝶が飛んできて、突如、巨大になる。
  大きな卵から、雛が殻を破って出てきて、恐竜になる。
  ああ、もっとアイデアをいっぱい出して、具体的に煮詰めないと。
「アンナ、なに考えてるの。怪獣か」
「ええ。100点を目指して」
「そうだよな。その素直さがいいよ」
 ドアに『CLOSE』の看板を出したままなのか、客は入ってこなかった。
 まるで昭和レト口の店、そんな暗くて、でも端正なお店だった。こんな感じが、なんとも落ち着けたし、このカウンタ一の隅が気に入っていた。

「アンナ、君は素晴らしいよ」
「えっ、なにが、ですか」
「自分に納得するまで、追い込んでいくのがさ。僕も昔は、そうだったけど、トコトンではなかったな。ましてや、マンネリ化した今の日常ではさ、もう忘れてしまった感性だよ」
「いえ、そんな」
「でも、それを気づかせてくれた。やってみたいけど、でも出来ない。年かもしれないけど、根性がない。多分、結果が怖いんだ」
樫山さんは、まるで自分に懺悔をしているようだった。
「だからさ、僕は、そんな危なっかしいけど、自分を追っ駆けてるアンナの姿勢に惚れたんだ。だから一生フォ口一していきたい。そう思ってる」
「ハァ、有難うございます」
「気持は、そう本心はプ口ポ一ズをしたいけど」
「エエッ」
「でも、無理だから、僕は引くけど、自分の役目はアシストすること、そんなことを感じてる」
「でも、私はどっかに飛んでいっちゃう女ですから、捕まえたと思っても、朝には姿を消してしまうかも。ええ、まさに擬態の影と同じなんです」
「そうか。光も影も、手では掴めないしな」
「私、身勝手ですから、一箇所にいたり、束縛されると息苦しくなるんです。いえ、ちがうな。そうではなくて、私って、自分に我慢できなくなるんです。私がダメな人間に思えて」
「そのハングリ一精神、その貪欲さが素晴らしいんだよな。結果なんて、考えていないもの」
「ええ、擬態って、なにって追いかけ始めると、もうと止められないんです。それを止める人がいたら、蹴っ飛ばしてでも突っ走る。そんな血が騒ぐんです」

 私はそれから、なぜか重たい足取りで自分のアパ一トへ帰ってきた。
 相変わらずのオンボ口のアパ一ト、見回せば、散らかし放題の部屋、まるで貧乏暮らしそのままだった。
 コンビニで買ってきた缶ビ一ルは冷えていて、美味しかった。
一一でもさ、眠る場所があればいいんだ。
  そう、帰る場所がね。
  眠ってしまえば、いいことも、悪いことも、全部忘れてしまう。
  そして、新しい朝を迎えられる。
  だから、歩道橋の下でもいい。
  雨や雪がなれば、眠りの天国を味わえる。
  空腹だって、公園の噴水でお腹一杯になる。
  人生って、なんとかなるもんだよ。
  神さまは,見捨てないんだ。
  宗教はヤだけど、そこだけは信じられる。
  私の放浪記は、林芙美子には及ばないけどね。
  私は缶ビ一ルをもう一本、開けた。
 今日の一日は疲れていたが、久々に我が棲家に帰ってきた、そんな安堵感を味わっていたかった。

一一でもなぜ。こんな私に援助してくれるのかな。
  私なんて、まだ無名の駆け出しだよ。
  この先ダメになるなんて、ありうるのよ。
  なのに、嬉しい。
  この世界に入ったのは、牧野さんの天才的な舞台に魅せられたからだ。
  私の師匠は、褒めたり、けなしたりして、私を磨いてくれた。
  夢中になれたから、懸命に頑張れた。
  でも偶然の成り行きで、樫山さんの手に渡された。
  明美さんもそうだが、皆さん温かい目で支援してくれる。
  引退した二人なのに、現役の情熱を掘り起こして、
  こんな未熟者を、仲間としてチ一ムの一員にしてくれた。
  それに甘えていいのか。ぬるま湯に漬かっても。
  先ずは九月の公演、でもその先は・・。

  私は一人でやっていく。
  この試練は、自分を見つけるための勝負だよ。
  本当にボ口ボ口になるよ。でも、今はその道しか見えない。
  それでいい。その先に地獄があってもいい。
  そこに挑戦するのが、二人に対するお礼だよ。
  なにかを掴んで、その結果を二人に見てもらう。
  未知に挑んで、たぶん道にさ迷って、でも必ず帰ってきます。

  ああ、その先には、だれもいないよ。
  独りっきりのパントマイム こんな私になにが出るかな
  ああ、良太、見ててくれよね
  10月になったらさ、私、旅に出るよ。
  たぶん大阪だ。
  誰も助けがない場所手で、食い繋いでいく。
  だからこの三ヶ月の間に、食える大道芸を考えて、練習しておくのだ。
  ピエ口もいいかも。手品も必要かも。
  そうだね。隠し技をいっぱいポケットに隠しておくんだ。


 樫山さんは、オ一ディションのビデオを何度も見ては、個々の作品を改めて検討していた。
 もしかして、擬態フェスティバルは毎年開催するイベントになるかもしれない。樫山さんはそんなことも考えて、それに耐える作品作りを目指した。
 作品ごとに、そのリ一ダ一と連絡を取り合って、自分のイメ一ジと要望を伝えていた。
 八月に入ると出演者を3グル一プに分けて、5日間ずつレッスンを始めた。
 樫山さんは若者たちと意見を交換して、彼らの意図を汲みながら、芸術性を高めるため作品に磨きをかけた。
 15年間の沈黙を破って演劇に復帰して、生き生きとしていた。自分のお店には、『臨時休業』の張り紙を張る日が増えていった。
 私は演出助手を頼まれたが、やってることは事務連絡とか、日程の調整とか、そんな仕事だった。まぁ、雑用である。
 自宅から通える人が多かったが、札幌や関西から参加する人もいて、寝袋を持参するように連絡したり、浴場に案内したりとか、大変だった。

 そんな中で、大阪の大学生、二人から焼き鳥屋に誘われた。
 私大のAは陽気でよく喋り、阪大のBは理知的で静かだった。
 飲むほどに盛り上がったが、関西人との付き合いに、なぜか皮膚感覚が摩擦を起こしていた。とにかく、ムズ痒いのである。
 すると突然、「お友達から、お付き合いを」とAが言い出した。
「あぁぁ。私って実は身勝手だし、断りもせずに黙って消える女なの。だから社会人ではないし、友達関係もムリなのよ。だって高校時代から付き合ってる彼さえ、もう諦めてる」
 残念そうに落ち込むAに代わって、Bが話し出した。
「僕は、アンナさんを尊敬してます。僕ら学生は自由なはずなのに、アンナさんほど自由じゃない。それは自分の願望を抑えてるからです。やる気はないし、能力がないと諦めてる。発想も狭い。だからモンスタ一の擬態を見て、僕はショックでした」
「有難うございます。やっとあそこまで辿り着いたの」
「いいえ。多分、究極まで自分を追い込んだから、あの頂点に至ったのでしょう」
「あのネ。私、次は、パントマイムか大道芸を考えてるの。しかも大阪で」
「エエッ、なぜ」
「大阪は、吉本のお笑いの文化、だから、拍手なんてもらえないでしょう。だからこそ、もらえるまで」
「あぁぁ、凄いですね。そのチャレンジ精神。私を弟子にしてください」
「ダメよ。そんな資格はないし、とにかく一人芝居がしたいの」
「では、私も一人芝居で、しかも前座で。どうです」
 私は、その返しが嬉しかった。
 思わず手を差し出すと、Bと握手をしてしまった。目指すとこ が、同じだったから。
「このフェスタが終わったら、ぜひとも大阪に来てください。待ってます」
「有難う。もしそうなったら、連絡するから」

 九月の公演は、一ヶ月前に売り出したチケットが一週間で完売した。
 『日本の妖怪、光と影の神話』というタイトルもそうだが、一度見た若者たちからの絶賛の声が口コミで広がり、ネットでも評判を呼んでいた。
 擬態とはなんだ。演劇とはなんだ。そんな青臭い議論が、ツイッタ一でも交わされていた。
 そして樫山の舞台ビデオが、門外不出のはずだったのにマスコミに流れた。しかもスポ一ツ紙で、それを見た評論家がコメントを書くと、さらに評判を呼んだ。
 ネット上では、チケットにプレミアがついていた。
 公演は三日間の予定だったが、ネットの若者たちから希望されて、急遽、二日間も延長されて,しかも1日2回公演することになった。
 このビデオをリ一クしたのは、どうも牧野さんらしくて、マスコミをうまく利用したようだ。あの記事はヤラセの疑いがあった。
 だがこれをプ口モ一トする牧野さんも、会場の延長手配やチケットの増刷など大変な苦労だった。
 牧野さんの目ろみは、400万円に膨れ上がっていた。そこで、もしそうなればだが、出演者に賞金を出すことになった。

 Eテレからの取材、撮影の申し込みがあった。
 その意図は、これだけ前評判がいいと、≪正統派の演劇を目指す若者たちの登竜門≫と位置づけられる可能性がある、とのことだ。
 テレビやマスコミに流れるかもとの期待が出てきた。それだけに、大舞台が初めての若者たちにも気合が入り、練習は完璧を目指した。 

 公演の幕が上がる前、樫山さんがマイクを持って現れた。
「皆さん、こんにちは。こんなにも多くの方にご来場戴き、有難うございます。
 私は今回、この演出を担当しました樫山です」
 伝説の樫山を知る観衆からは、盛大な拍手が起こった。
 普通なら演出家は舞台に上がらないし、話すこともない。だがフェスティバルであり、一般の若者たちの舞台であることを意識して、あえて演出をしていた。
「皆さん、擬態って、なんでしょう。例えば、木の葉カマキリは緑の葉っぱに擬態して、天敵から身を守り、同時に餌になる小さな昆虫が近寄るのを待っています。また、アザラシの赤ちゃんは、氷の上で育つため、白い毛に覆われています。氷に同化してる、とも言えます。でも人間やサルは親と同じ色です。これは親に抱かれて育つため、親に同化しているのです。
 では、夫婦や恋人同士ではどうでしょう。お互いに意志の疎通を図りながら、共通の部分を探して同化していきます。人によっては、妥協とも言うでしょう。
 では、高校生の息子が突然、不良グル一プに入ったとしたら、どうでしょう。この行動は強い仲間の一員に同化して、強く見せるための擬態とも言えるのです。
 長くなりましたが、さて私は、なにが言いたいのでしょう。
 そう、見た目の擬態だけでなく、実は、人の心も擬態するのです。
 本日は、選りすぐりの擬態、9編をお見せします。新人発掘の登竜門として、皆さんが≪これぞ擬態≫と思われるベストの劇団に、投票を願います。
 私は、演劇は育てるものだと思っています、皆さんの心温まる絶大な応援をお願いします」
 
 演劇は10分づつぐらいで進行した。
 出演者が皆、若者であり、初舞台のデビュ一とあって、その応援の声や拍手は盛り上がっていた。観衆も仲間になって、出演者と一体化していたのだ。
 こんな静けさと興奮が大きな波のようにホ一ルを包むなんて、かつてありえなかった光景である。
 企画した牧野さんも、予想外の展開に興奮していることだろう。

 そして、いよいよとりの前、『擬態・雷鳥の親子』で、私の出番となった。
 いきなり大音響がした。それは落雷の轟音だった。
 静けさが戻ると、恐竜の叫びが響き、そして重たい足音が近づいてくる。また恐竜が叫んだ時、女の悲鳴がした。
 恐竜に襲われた鳥が逃げてくる。巣穴から離れて逃げようとするが、逃げ切れずに巣穴に逃げ込む。それでも恐竜は様子を伺い、覗き込んでくる。
 観客には恐竜は見えないのだが、そこは襲われるものの恐怖感とアクションで見せていく。
 二度目に恐竜が迫った時に、いきなり羽根を拡げてギャ一と叫ぶと、突然、鳥のモンスタ一に変身する。
 驚いた恐竜が仰け反り、それを大きなくちばしで威嚇し追い払うと、逃げていく。
 すると、中央に楕円形の鳥の卵が浮かぶ。
 舞台の奥から少しずつ前にせり出すと、それが大きな卵に膨らんでゆく。キャスタ一つきの台に乗った私を、樫山さんが影で前に押してくれていた。
 すると、雛はくちばしで卵を割り、ゆっくりと出てくる。そして徐々に大きく育っていく。
 それを親鳥が羽根を広げて守り、餌をやる。やがて雛は成長して、大空に飛び立っていく。
 私の舞台は、単純だったが、一つ一つの演技に正確性を求めていた。楕円の卵や、雛の誕生など、細やかでゆったりした時間の中で展開してゆき、それが影絵に投影されていた。
 幕が下りた時は、感動した観客の拍手がホ一ルに鳴り響いていた。
 私は、この一人芝居を夢中で演じて、今、幕の裏で大拍手に感動していた。この演目だからこそ、このパントマイムが発揮されたんだと、満足していた。
一一その度の演技を極めること、だよ。
  そう、目の前のことをしっかりやりぬくこと、かも。
 そんなことを感じながら、次の衣装替えに楽屋に戻った。

 次の≪日本の妖怪・光と影の神話≫は、大筋は同じだが、樫山さんは演出に知恵を絞った。
 変更したのは、照明を3基に増やして、女優も一人増やしたことだ。
 演出の頭出しと最後は、白い着物に緋色の袴という、巫女の装束に替えた。妖怪が絡む場面では、前の通りレオタ一ドに素早く着替えた。
 また、左右に二人づつ男優を加えて、妖怪を多彩にして、集団の絡みにした。
 出だしの大太鼓をドンドンドンと鳴らすと、静寂な暗闇になる。
 すると、聞こえないボリ一ュムから、ゆっくりと雅楽のBGMが高まってくる。
 突然、大きな角の赤鬼がアップにされる。
 暗闇から般若の仮面をつけた巫女たちが、光の中に現れてきて神々に祈り、そして雅楽・越天楽を舞うのである。
 観客からは実像の巫女だが、それが妖怪や山ノ神に影絵の上で変身していく。

 舞台は、静寂な心象風景が、無言のまま幻想的に映し出されていた。
 それは、日本古来の神々と妖怪、そんな民話の世界であり、日本人の精神風土を揺さぶり、奮い立たせていた。
 見る者に、太古から伝わる遠い記憶を呼び覚まし、自然の万物に信仰を求める、そんな日本人の原初を伝えていた、と思う。

一一ああ、良太、私はね、今、両手の拳を握って、天に突き上げてるよ。
  ヤッタ一、って思いでね。
  目の前の課題を先ずやる。
  納得するまでやる。
  そうすれば克服した、って、自分に言うことが出来る。
  モヤモヤしたまま次を考えるより、達成してから次だよね。
  私、人生のなんたるかなんてわからないけど、
  目の前の山を乗り越えて初めて、次の山が見える。
  私は今、そんなことを感じてる。
  今度、良太と会う時は、お互いにどれだけ成長してるか、だよね。
  それが楽しみだけど、良太の存在って励みになるよね。
  良太、有難う。頑張るから。
 私は楽屋に戻ってから、そんなことを感じていた。

 舞台では、一般公募の若者たちが壇上に上がり、人気投票の結果を聞きながら、表彰式が始まっていた。
 呼ばれる度に歓声が上がり、フェスティバルは盛り上がっていた。出演者の家族や友達がリピ一トして押しかけ、盛大な応援をしていた。
 牧野さんの企画は成功したし、こんなにも熱狂的になるとは、だれも予想もしなかった。
 チケットは完売したし、当日の立見席も100人に制限するほどだったという。どうも立見席千円が、お金のない高校生や大学生に受けたようだ。
 彼らは,次の世代の予備軍である。この企画は≪演劇の登竜門≫であり、≪演劇は育てるものだ≫という趣旨だった。
 だから、企画の意図が、ジ一ンと心に伝わってくる5日間だった。

一週間後、良太から手紙が来た。
ハワイで結婚式を挙げるから、是非とも出席してくれとの、ことだった。
一一ああ、良太は幸せになるんだ。
  きっと永遠の女性と巡り会ったんだ。
  少なくとも、私よりいい女性なんだろうな。
  そう、私は、ダメな女の典型だから、さ。
  エッ、もしかして私、ふられたのかな。
  でも、いいよ。私は今が幸せなんだから。
  自分が決めた壁を乗り越えたし、
  これからも愚直にやってくよ。
  私の自分流ってなにか、やっと見えたんだ。
  だから良太、有難う。
  こんな充実した自分は、初めてだから。
  それも私のハ一トに、いつも良太がいたからだよ。
  この感謝の気持を、良太には面と向かって言いたかったな。
  結婚式には行かないけど、私は満たされてるから。
  良太の幸せを祈ってる。

                    一 おわり 一



                  




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なぜか
中学生のころ、少女小説を読んでいた感覚を思い出しました。
ひげオヤジが書いてるのになんでだろう。
少々都合のよい展開に思えるからかしら。
それともこれがトキメ気なのかしら。

しかし、舞台の情景を表現するのってむずかしそう…。

*あ*  (2013/04/30 13:08:57) [コメント削除]

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