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シニアのサッカー&フットサル Life   これは親父たちの熱い戦いの記録である
 
2014/12/28 18:38:46|その他
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このコンテンツはサッカーと全ての事を絡めた強引な近未来型研究サイトです
言っている事は少々まともではない事があるのでほどほどに・・・
 
  1月 サッカーと背番号

あけましておめでとう。
今月はTVでも話題になっているのでサッカー選手の背番号を題材にしよう。
サッカーの選手ならば誰でも背番号と言うものに興味を持ち、その番号を身に付けたときモチベーションは高いと感じる。場合によってはポテンシャルも引き出すことも大いにあるだろう。一番初めに思いつく背番号は?と 問いかけると、やはり「10番」となるのだろうか。次は「7番」?「14番」?いや「5番」かしら。いや「9番」でしょう。「11番」もいいじゃない。こんな具合に人によってはいろんな背番号が出てくる。それにはその番号を付けていた選手が世界のギャラリーを魅了したからだろうか。私が中学生のころの番号はほぼ固定番号だったと思う。レギュラー11人は1番〜11番までの番号を付けていた。けして好きな番号を付けることはなかった。まれに11番までの番号で好きな番号が有ったら別だ。しかし、その頃は番号でもポジションが決まっていた。2〜3はディフェンス(フルバック)。7〜11はフォワードかな。残りはハーフだろうか。交替選手は12番以降となる。ほぼ固定番号と言うことでなかなか好きな番号を要求するのは難しい。ルールで決まっていたかは分からない。現在は自由な番号が与えられ番号に拘りを持つ。中には何かのゴロ合わせや記念的な数字など。又は2ケタなら逆の並べ替え、或いは1ケタ増やして2ケタにするとか人それぞれだと思う。シニアサッカーでは四捨五入すれば3ケタになる番号は数多い。現在世界のトップレベルでも大きい数字を付ける選手が多くなってきた。背番号には歴史があり、それを観戦してきたギャラリーの思いも大きい。その背番号だけでも選手に期待は膨らむ。試合になればこれらの番号をつけている選手を警戒しなければならない。私も若い頃は初対面でも背番号を意識し相手のプレーの行方を見守る必要があったかな。また、同じ番号をつけている相手選手にはライバル意識も持っていたと思う。小学生からシニアのオヤジまで背番号を意識する姿勢はサッカーに年齢を感じさせない一つの要因でもあるか。最近はスポーツ社会でも年齢層が非常に高くなってきた。サッカーはもっと前から高年齢社会は存在している。親子で同じ競技を選択している家族も数多い。親子で受け継ぐ背番号や試合で同背番号での親子対決など非常に面白いのではないかな。背番号は選手のもう一つの顔と言ったところかな。そしてその人のダイアリーとなりうるだろう。

  2月 サッカーとメタボリック

今回はメタボなどどうだ。サッカーとは関連がないが運動療法では多少何らかの関係はあるだろう。いゃ〜最近はシニアサッカーでも肥満体形予備群が多くなってきたのではないか。一般に40歳代〜70歳代の男性は2人に1人はメタボ予備群だそうだ。世の中はここ30年ぐらいで大よそ2倍の増加らしい。このままでは末は心筋梗塞、脳梗塞、がんと言った構図が見えてくる。寿命が延びたと言ってるがこのままでは短くなるだろう。食料品など何らかの制限も必要かと思うが、まず家庭内の規模から肥満対策は必要と言えるかな。と言いながらもカキコするときはワインなど飲みながらツマミ食いなど・・・・不摂生と言える。メタボリック=代謝異常=肥満と考えていいか分からないがパット見太った体系である事に違いはないと思う。肥満は体に脂肪が蓄積されて太る。皮下脂肪と内臓脂肪があるが特に内臓脂肪は悪影響を及ぼす。三大栄養素の糖質や脂質とたんぱく質は取り過ぎればどれも脂肪になってしまう。ただ三大栄養素はバランス的に%で表せば60:25:15の割合での摂取が好ましいだろう。また栄養素は何であれカロリーが同じであれば太りやすさは同じになる。要するに食べ過ぎて余ったものは脂肪になると言うことだ。肥満は体内のメカニズムで血管に何らのダメージを与え、そこからいろいろな疾患へと移行してしまう。食べ過ぎはタバコがやめられないとかお酒がやめられないのと同じ一種の依存症に近い。またエネルギーとなる糖質も取り過ぎは禁物。過剰摂取の糖質はたんぱく質と結合し糖化が起きる。糖化は蓄積し老化現象を招き病気を発症するメカニズムとなる。それを予防するのは結局、食事と運動ということになる。摂取カロリーより消費カロリーが上回れば痩せる。逆は太る。単純な構図だ。一次的に体重が落ちたとしてもそれは一次的なもの。やはり徐々に脂肪を落としていかなければならない。シニアのサッカーも試合が終われば体重が落ちる。ほとんど水分だが・・・家に帰れば運動で汗をかいた後のアルコール類とあまり体に良いとは言えないが快楽だ。やはりシニアサッカーも日ごろから練習やトレーニングは必要だろう。かと言ってもなかなか継続するのは難しい。要するに地道に少しずつ目標を持って取り組むしかないだろう。目標は1年といった長いスパンより1週間単位の短いスパンの方が継続しやすいだろう。これを1年続ければスマート(体系だけではなく頭も)な親爺になれる。老後は手間のかからない親爺になれると言うことかしら。それが家族思いと言える。

  3月 チーズとサッカー

以前、ワインの産出国がサッカー大国だと言ったが今回も同じようにチーズで行こう。
優れたチーズの産出国はサッカー大国ではないだろうか。そうなると優れたワインとチーズの産出国はサッカー神国になるのかぁ。今回も多少サッカーと結びつけるにはフザケタ内容だが病み上がりで勘弁してもらおう。ワイン好きの私にとってチーズは欠かせない。チーズもワインと似てかなり個性が強い。チーズはナチュラルとちょっと加工したプロセスの種類に分かれるが個性的で魅力のあるのは当然ナチュラルだろう。ナチュラルを大雑把に分けると多分、フレッシュ(熟成なし、又は軽い熟成、ヨーグルトみたいなぁ)、白カビ、ウォッシュ(そのものズバリ表面を洗う)、シェーヴル(山羊)、ブルビ(羊)、青カビ、セミハード(非加熱圧搾)、ハード(加熱圧搾)、の8種ぐらいだろうか。チーズの産出国はEUではドイツ、フランス、イタリア、オランダ、イギリス、ロシア、ポーランド、スペイン、スイス、ギリシア、ベルギー、デンマーク、ウクライナ、ベラルーシなど。南米はブラジル、アルゼンチンなど北米はアメリカ、メキシコ、カナダなど。アフリカはエジプト。オセアニアはオーストラリア、ニュージーランド。アジア・中東はイラン、日本と言ったところかな。何処もサッカーの国である。どの種類も強豪ぞろいのハイクオリティーなチーズが多いが特にEU圏は個性が強いチーズが多い。さらにワインとチーズは相性もいい。やはりワインとチーズの産出国はサッカー神国になるのかぁ?。個人的にはブルーチーズが好きだ。若い頃海外旅行の機内食でブルーチーズが出た。普段見たことないチーズに家庭で生えたようなカビが生えていて驚いた。「何これ、腐ってる?。食えるのかぁ?」と思いていたが周りの外国人は美味そうにカビを食べていた。私も海外ということもあって、ちょっと挑戦的に食べたが「おぇ〜。気持ち悪い。」吐き出した。帰国後は会社の旅行のつまみにブルーチーズを買って社員に「食べてみる?」カラカイ半分で食を進めたが「これ、美味い!」の反応には驚いた。その後は1週間ブルーチーズに挑戦。ブルーな日々を過ごした。今じゃ大好物。ワインとは最高の組み合わせだと思う。フランス、イタリア、イギリス、サッカー選手も個性派ぞろいだがブルーチーズも凄い。三大ブルーチーズと世界も絶賛。私も味わったがフットボールそのものだ。表現を誇張しているがコラム的なものでもあるが間違いないと思う。チーズは良質なたんぱく質、カルシウム、ビタミンなど凝縮されている。さらに内臓脂肪を減らすと言ったシニアのサッカー選手には持ってこいの食べ物ではないか。ちょっと塩分が多いので控え目の人は取り過ぎは禁物。日本はどうか?。歴史的には古いが本格的なものは歴史が浅いと思う。サッカー同様やはり歴史的なものを感じるが大国予備群になろうとしているかもしれない。

  4月 ドリブル

今回はちょっと真面目にドリブルについて考えてみよう。
サッカーにおいてドリブルは醍醐味でありギャラリーも魅了する。時としてブーイングに変わる場合もあるだろう。現代のスピーディーでコンパクトなサッカーにおいてもドリブルの重要性は高い。ゴールに向かう有効な手段であり誰が見てもその動線は分かりやすくシンプルそのものである。1発のパスで状況を変えてしまうことと同じで一つのドリブルで状況は一変する場合もある。1対1以上のマッチアップからドリブルで相手抜き去ることは数的有利な状況を作り出す。同時にそこには自己の満足感や悪く言うと身勝手な行為も持ち合わせているだろう。しかし、このドリブルが無ければサッカーはつまらない物になってしまい、とてもスペクタクルとは言えない。全ての選手は常にボールの動きに集中する。そこでドリブルする行為はその1点に集中させる目的もあり、その間に周りがバイタルに走りこむ。ドリブルで溜めやスペースを作り、或いは即興でアイデア、プランも生み出すこともできるだろう。攻撃の起点になるなどいろいろ役割はあるだろう。シニアもドリブルは盛んだ。ただそのプレーに自ら着いて行けない場合もある。如何に身体能力が大事なのかが分かる一面だ。私も若き頃は現在のサイドアタッカーでドリブラーだったが大怪我でプレースタイルを変える羽目になった。いかに身体能力が問われる一面でもある。ドリブルは速い事に越したことはないが遅くても問題ない。大よそ区分けすればスピード型とテクニック型の2タイプではないだろうか。状況で判断することが大事であり正確なタッチとコントロールが必要である。それには基本的に優れたボディーシェイプ、アジリティーなど兼ね備えていなくてはならない。そしてタイミングやリズムと言った状況が加わってきてドリブルはギャラリーを魅了しスペクタクルなゲームを展開させるだろう。あまり良い意味では取られないが手や腕で相手のチャージをブロックすることも必要かな。表向きの行為ではないが暗黙の了解と言ったところだろうか。実際ドリブルの魅力はスピードだと思う。ドリブルで相手を抜き去って行くためにはどうしてもスピードは必要で相手に余裕を与えないことだろう。スペースがある場合はアウトサイド気味のコントロールで運び、相手が居て狭いスペースではインサイド気味で細かいボールタッチでのドリブルが効果的と言える。車で言うと変則ギヤをいかに状況に合わせてスイッチを入れるかだろう。トップスピードでの細かいコントロールの精度が要求される。一流と呼ばれるにはスピードとテクニックを要する。強いチームには俊足のドリブラ―が必ず居る。チームが強くなるに従って俊足のドリブラ―は不可欠とも言える。ドリブルは時代が変わることなくサッカー醍醐味であり基本とも言えるかな。最近シニアでも素晴らしいパスを見たことがない。ディフェンス面でも年々研究されている感じかな。ここは一つドリブラーに戻って返り咲こう。

  5月 ファウル

サッカーのルールで第12条「ファウルと不正行為」において規定がある。
今回はファウルについて考えてみるが第12条に前提条件などがあり、幾つかの項目で不用意に無謀に又は過剰な力で犯したと判断された場合に反則となり罰則が与えられる。 と あるがこれを検証してもツマラナイので別な話題として取り上げてみた。サッカーの大昔のルールとしては確か?・・・ハンドリングとトリッピングぐらいではなかったかな。対戦型のスポーツにファウルなどあってはならないが必ずファウルは起こりえる。災害にハインリッヒの法則などあるがそれと似たように起こるのではないかな。サッカーで相手に対してのファウルと相手のいない自分自身がルールを冒すファウルがある。選手は相手もレフェリーもリスペクトしているつもりだが何時しか忘れてしまうときがある。子供のころから試合などでシミュレーション行為を見ていれば、それが悪い行為だと分かっていても特別意識することなく反射的に行動として出る場合もあるだろう。レフェリーを欺くことはできても周りの選手やギャラリーまで欺くことは不可能に近い。その後は大きな代償を払うことになる。特に大一番の試合などではお互いモチベーションも高く、ヒートアップから反則を犯してしまうケースもあるだろう。一つのファウルに対するリアクションが間違った判定へと誘発することもありゲームは違った展開を見せる場合もある。またプロフェッショナルファウルと言った行為がある。簡単に述べると故意にファウルと分かっていてチームの危機となる前に反則でアウトオブプレーにする行為だろうか。このファウルの場面は2通りあるのではないかな。一つはギャラリーをガッカリさせる場合だ。これから面白くなりそうな展開が期待される中での中断は実につまらないもとなってしまう。ファウルが無ければ得点シーンが待っていたのではないかと想像させる。これは攻撃側の不利な場合だ。ファウルを冒した当事者に避難の声は免れないだろう。もう一つ両者に利益が生まれる場合だ。まるでパラドックスのように両者が有利になることがありえるか。ただそのように感じる場合がある。ファウルをもらってフリーキックを得た方が状況として良い場合がある。これはギャラリーとしても見どころを得てしまうような気がする。(個人的にはファウルそのものの行為を許しているわけではないが、これからの展開が期待できるような・・・不謹慎だが率直な意見だ。)ファウルを冒した方は一次的な危機を逃れ一息つけると言ったような・・・両者に利益があるような錯覚に陥る。海外の研究では身長とファウルの統計を調べたところ、ファウルの場面の当事者は受けた者より犯した者の方の身長の平均で高いらしい。と言うことは接触した選手の身長差が明確なほどファウルの判定はより身長が高い者の方が取られやすいと言うことかしら。さらに選手の動作にも調査があった。右から左への動きの方が逆の動きよりもファウルを取られることが多いらしい。つまり審判から見て右から左に試合の流れが移動しているときは逆の場合よりファウルが多いと言うことになるか。一般に右利きが多い中、試合も右サイドからの攻撃が多いのではないか。個人的には分かるような気がする。試合だけでなく物事は右から左に流れるパターンが多いような・・・。例えば同じ動物の横向きの絵を見たとき動物の頭が右にあるか左にあるかでは同じとは感じないだろう。多少なりとも動きも想像され違和感があると思う。何らかの脳の刷り込み的な刺激と言ったところかしら。(あくまでも個人の考え・・・さらに北半球と南半球ではどのような、あるいは赤道当たりでは?・・これに日中とナイター、天候、高度と組み合わせると・・・・無関係かしら。最近、仮死状態で脳の働きを抑制し目覚めてから脳の一部が活発になった気がする。???  ここからはまたフザケタ・バカな考えが浮かんでくる。攻撃を仕掛けるときに右サイドから相手DFより身長の低い選手をゴール方向にドリブル突破させるべきだろうか。左サイドからよりもいいのではないか。これからのチームは右サイドに小柄な優れた選手を置くとか・・・・考えがあまりにもシミュレーションぽくって、この辺でほどほどにしておこう。

  6月 カウンター

今月はWCが始まり、世界中のギャラリーが熱狂するだろう。
ちょっと前までポゼッションサッカーが勝敗を握る要素ではあったが研究されるようになり、最近では醍醐味のあるカウンターがここ一番の試合で結果を出しているような気がする。ポゼッションが高いのに大量失点するケースもある。徐々に戦術的なものが変化している気がする。試合で平均ポゼッション率?%とか。パス成功率?%とか、その数値が高いほど勝利に近いと言われているがデーターの記録としては間違いないだろう。しかし試合を決するものはそのようなデーターでは計り知れない要素があると思う。ポゼッションの内容に関しては当然ミドルサードでの割合は40〜50%だろう。残りの50〜60%はディフェンディングサードとアタッキングサードと言うことになる。ここでアタッキングサードでの割合が大きくなるほどより攻撃的とも言えゴールの予感も高い。ポゼッションに於いてほとんどの攻撃は中盤を経由し相手ゴールに時間をかけて背迫って行く。長い縦パスもほとんど不要で速さを求めないためにカウンターなど仕掛ける回数は減少するだろう。また、ポゼッションも高ければ単純にボールを保持する時間が長いだけでなくアタッキングサードで高ければプレーするエリアがより相手ゴールに近くゲームの主導権を握っているかのように見える。そして自分のチームは危険な状態ではないと思われがちだ。そこにこそ落とし穴があるのではないか。ここで最も驚異となるのはカウンターアタックだろう。ディフェンスが高い位置に留まり相手を自陣に押しとどめようとすると味方ラインの後方に大きなスペースを与えることになってしまうのが現状だ。もうそこはノーマンズランド。その先にはGKが待っているだけと言える。ボールを支配しようとすると当然カウンターのリスクも高まることになる。そしてカウンターを阻止するために無理や危険なプレーによりセットプレーを与える要素も多く、そこからゴールに結びつくことも多い。シニアも勝つためにいろいろ学習はしているつもりだ。これからは状況に合わせてポゼッションとカウンターを上手く使え分ける、又は融合したプレーが必要ではないかな。そのためにはポジショニングと戦術並びに適材適所と言った選手の配置が気になるところだろう。ただ単にFWしか出来ないとか攻撃的MFだ、 とかある種の事しか出来ない選手は不要になる時代に突入したとも言える。要するに個々の選手は守備と攻撃を50−50で出来なければ良い選手と言えないかもしれない。それにはプレー時間により長い距離を走れる選手が求められる。これからはシニアにも流れは静かにやって来るか、全く戦術が通用しないか面白いところだろう。

  7月 コンディション

WCも終盤に差し掛かり盛り上がりを見せている。予選リーグから観戦しているがサッカーの質が多少変わってきた感じがする。試合での選手の走行距離は長くなり体力の勝負と言ってもいいだろう。個人の能力で打開をするプレーも多く感じるようになった。極度の疲労の蓄積から足をツル選手も多く目立つ大会でもあるような・・・・今大会は監督の選手の起用法、戦術、それに選手のコンディションなど気になるところだ。監督の斬新な采配で結果を出した場面も少なくはない。見ていても良くぞやってくれたと感心する。さらに、それには選手のコンディションが関わっているとも言えるのではないか。今回はコンディションについて考えてみよう。車にもシビアコンディションというものがある。年間走行距離や短距離走行の繰り返し、悪路走行など一般的な状況より過酷な条件について補足された整備の基準のようだ。多分これは選手にも当てはまると思うところだ。海外では厳しいリーグ戦が終わり1カ月後のこの大会。場合よってはCLなど戦った選手も多いのではないかな。またはリーグ途中にある国もある。試合を数多く戦ってきた選手、また出場機会に恵まれなかった選手などいろいろだ。そこで気になるのは選手のコンディション。如何に維持して試合での高いパフォーマンスを見せられるか。更に監督の戦術にそった起用法が鍵となる。選手は物理的、生理的、精神的などのストレスさらされ、トレーニングを積み試合に臨む。高いパフォーマンスを維持することが望ましいが困難でもある。さらにコンディションを把握するのは難しいと言える。疲労がありながらもクオリティーの高いプレーができる場合もある。シニアではコンディションには程遠い前日宴会。翌日二日酔いでの試合。生活上しかたがないことでもある。一種の酒気帯プレーだろうが終わってみれば結果が出している場合もある。シニアではコンディションは未知数とも言えるかな。話を戻そう。コンディションで大事なことは自己管理である。中でも疲労感の緩和は欠かせないだろう。食事や睡眠、休養などでほとんど緩和されるが何らかの原因で乳酸が残ると疲労感が現れる。ストレッチや有酸素運動、軽いジョギング、38℃〜39℃前後の低温入浴などで緩和できるらしい。当然激しい運動で考えられる筋肉痛。対策には運動後のストレッチはもちろんクールダウンなど冷却することが望ましい。早く筋肉を常温に戻し、たんぱく質の補給や睡眠が重要と言える。食事やリラックスも重要でいろいろな要素の一つでも欠ければコンディションを崩す場合もある。さらにバイオリズムや波動といった目に見えない要素も関わるかもしれない。それだけ複雑な面があるのではないか。これを自己管理するのは難しく大変と言える。シニアにコンディションには無縁かもしれない。何らかの小さな疾患を抱えながらプレーしている人は多いだろう。中には私のように身体の一部が部品化している人もいるかもしれない。シニアでは完璧なコンディションを迎えることはないと言えるかな。しかし、プレーでは最高のパフォーマンスを見せる努力は怠らない親爺たちと言える。コンディション作りは家族の理解あってのものでもある。

  8月 サッカーとロコモ

この年齢?になると整形外科は必須アイテムだ。
最近どこの病院に行っても、何かと壁にパンフレットが貼ってある。よく目に付くのがロコモティブシンドロームのパンフレットだ。運動器障害と言ってもいいかな。この状態が続けば将来は介護が必要になるかもしれない。また精神的にも抑うつ状態になり認知症の恐れも出てくる。今回は「ロコモ」を考えてみよう。原因としては加齢による衰えと自身の疾患の2通りあるだろうか。加齢とともに機能が衰える場合は早くから対処すれば疾患に陥ることはないとは思う。厄介なのは運動器の病気であるかな。変形関節症、リウマチ、骨折などで機能が低下する。若い時は再生能力も早く疾患も克服できるが年齢を増すと取り組みや持続性に欠け回復が長引いたり望めない場合もある。そうなると負の連鎖で精神面でも不安定になり閉じこもり、ボォーとしたり、無口になったり、抑うつ的な又は認知症と言った精神疾患にも陥る場合もあるかもしれない。その点シニアサッカーは大いに健康面では貢献していると思う。補助金を出しても良いぐらいだがケガなどで病院にかかる割合も高いかもしれないので差し引き「ゼロ」と言うことかな。これも何度も言ったか?将来の「ロコモ」を予防するなら「筋力と骨」を強化する必要があるだろう。加齢とともに筋力は1%ずつ自然に減少していく。骨も破壊、再生を繰り返すが必要要素が欠ければ骨密度の少ない骨そしょう症となり骨折しやすい骨になるだろう。筋力は有酸素運動などのウォーキングやストレッチのような簡単で楽な動きではつかない。行為としては悪い訳ではない。健康のために大勢の人がウォーキングやストレッチ行っているのは現状だ。非常に健康的でいいだろう。しかし、筋力はつかないのだ。鍛える筋肉を自分の限界まで負荷をかけ、破壊したのち再生され筋力増強となる。或いは少々の負荷で筋力を維持するなどあるだろう。ここが一番難関と言える。個人的には続けられるかどうかと言ったところだろう。前にも述べたが目標は長期間ではなく、短期間の連続で行うことが長続きのコツかもしれない。実際シニアではここで半数が脱落するかもしれない。骨は食事の方法と軽い運動の組み合わせでどうにでもなるかな。いずれも長く続けることが大事だ。動けなくなったら老いるのも早い。シニアの故障者リストに載った者を一日も早く復帰させる努力は欠かせない。それがチームワークとフィジカルを鍛える術になる。要するにサッカー馬鹿親爺たちは「ロコモ」とも戦っているのだ。なんちゃって。

  9月 メンタル

今年はちょっとした疾患で思考というものに振り回された。
今回は思考回路がショート寸前な歌のようなメンタルなどどうだろう。
人間の思考と言うものは気が付かないうちに身体にいろいろな影響を及ぼしていると思う。リラックスした正の思考では身体も良い状態が多いと思うが負の思考では身体に悪影響を与える。現代社会はスポーツに於いても交感神経が働き過ぎてストレスが多いのではないかな。このままではいろいろな疾患に陥るかもしれない。身体や仕事、人間関係の面で問題を抱えていればメンタル面で負の要素が働かないとも限らない。やる気を失ったり、抑うつの状況に追い込まれることもあるだろう。サッカーでも高いスキルを持ちながらコンディションやメンタル面で落ち込めばその能力を発揮できない。そこでメンタルトレーニングだ。基本は何事も良き理解者になることだと思う。メンタルは年齢に関係なく鍛えることが出来るだろう。よくイメージトレーニングを耳にする。プレーの質や過去の問題点、課題など良い方向にイメージするが鍛えるためにはもっと具体的に目標など決めてイメージした方が効果的ではないかな。しかしイメージしても実際に失敗など起こる要素も否定できない。そのようなときは精神的な問題へと進んでしまう可能性もあるだろう。失敗を認めることは良き理解者になれる。現実を見ることで少しずつ克服するイメージで乗り切ることが大事と言えるかな。時には人の手も借りることもある。メンタルトレーニングは試合中でも行うことは可能だ。負のイメージでは緊張や硬直、消極的な感情など現れる。呼吸法や声を出したりするのも有効でリラックスした環境を作ることだ。実際に身体でどのような動きがあるのか。ホルモンがバランスよく分泌されたり副交感神経が働きリラックスした状態で筋肉の緊張や硬直を和らげ軽快な動きが出来るようになるだろう。本来、活動或いは対戦するためには自律神経の交感神経が働く。副交感神経はその逆作用があるので上手い切り替えが必要ではある。コントロールがスムーズに出来れば普段よりは良い状態で良いプレーが出来ると信じている。でもシニアは無理かもしれないな。理想が高いイメージに体力が付いていけないのではないか。イメージ通りだが無理してケガをする場合もあるかもしれない。イメージはケガを想定した部分も入れておいた方が良いだろう。メンタルは常に正の方向だけで考えれば良いのだが感情が邪魔して上手くいかないこともある。難しいとは思うが楽しくやることが良い方向に進む道ではないかな。冒頭でちょっとした疾患と言ったが常に死と隣り合わせの状況である。死を理解することでまったく恐怖はなくなった。

 10月 判断能力

現代サッカーは守備的な戦術の流れから素早いカウンターで得点するスピーディーな展開が多い。一時のポゼッションサッカーもまだまだ機能はしているが試合の流れでそれは大きく変わる。スキル、フィジカルで優れた身体能力を持っていても重要な局面で能力を発揮できなければ優れた選手とは言えない。そこで判断能力と言うものが重要になってくる。それは時として一瞬のひらめきや直感でもあり、ある程度若い時期から準備するものでもある。我々シニアになってからは難しい課題であり年を取ってからは身につけるのは困難だろう。適切な判断をしてもプレーが状況についていけない。或いはスキルの衰えでイメージだけが先行してしまう形と成りえる。脳のニューロン?シナプスもシニアは劣って伝達能力は落ちて行くのかしら・・・・ある種の判断能力は若い時期に備えることが出来れば将来選手としてのレベルは高いものになるだろう。センスもあるけどね。例えば選手のプレーを見たとき明らかに一瞬迷ったと考えられるときがあり、そのタイムラグによって好機が消滅したり、或いは逆にピンチを招いたりすることは多い。この瞬間の判断力の誤差はなんだろう。やひらめき、アイデア、状況など多くの経験からきているものを瞬時に判断できると周りから見れば直感的な動きにも見えてしまう。感情は判断に大きな影響を与えると言う。悲しいときは集中力や分析能力が増大し楽しいときには直感が働くらしい。さらに無意識の状態ではより多くの状況で有効な判断というデーターもあるらしい。判断力はあらゆる局面において状況を把握し適切なプレーを決断する能力だ。判断に必要な情報は目から取り込まれ脳で判断する。さらに短い時間で判断する直感がある。ほぼ無意識で何らかの判断をするが、どの程度テクニックを持っているかによっても変わってくる。ボールに関係なく選手は試合の至るところで判断してプレーする。何気なく動いているように見えても、それは過去の経験や直感的な判断をしている。的確な判断は知識を持っていないと何が的確なのかが分からない場合もある。チームはある程度の共通理解や認識、目的などなければ高いパフォーマンスは得られない。練習や試合で意図的に或いは意識的に多くのパターンやオプションをイメージすることが必要だろう。時にはデスクでペンを取ってプレーするのも良い方法とも言える。実際の試合ではボールや味方の位置、利き足、相手の動き、スペース、ゲーム全体のソノリティーなど、自然な意味では気象状況、ピッチの状態など多くの要素から適切なプレー判断をする。全てにおいて判断の連続と言える。脳で素早く判断してイメージ通りにプレーしているのである。

  11月 集中力

最近のサッカーでは終盤やアディショナルタイムに失点するケースが多いように思う。一般的には集中力が途切れたと言っているが何故途切れたのか。或いはどのように鍛えるのか。今回は集中力に関してあまり真面目に考えない程度で考えてみよう。集中力とはその結果として捉えられるのか。結果論として表現されるちょっと難しい思考、身体の流れ的な動作と言うべきものなのでしょうか。(本人も良く分からない表現だなぁ〜。)自分を持続してコントロールすることが集中力と言うことなのかな。試合が始まれば集中が必要な場面はいろいろあり状況によって違った集中力が必要になって来るだろう。またそれを高める方法もいろいろあると思う。一般にコンタクトスポーツではチームと相手の人数を含めたプレーヤーが絶え間なく動いている状態なので動きを見ながらの広い集中が必要とされる。さらに局所の場面では狭い部分の集中も必要になると思う。集中力を長時間維持するのは難しい。まして疲労から集中力は途切れることも多い。終盤に多いのは時間的に後がない緊張感や疲労からだと考えるが個人差は大いにある。集中力を高めるには練習やトレーニングは欠かせない。一般的なプログラムにはリラクゼーション的な静かな状態で集中する方法がよくある。又は逆の方法で動いた状態で呼吸や声などで集中する方法もある。いずれにしても「心 」のコントロールは大いに関係してくる。試合中に気分が良い状態や楽しく感じるときは自然に集中力は高まる。どこに蹴っても上手くつながり難しいシュートも入ってしまうとかね。大よそ集中力がないミス的な場面は恐怖感や緊張感などの視野が狭い状態から起こる。PKやフリーで「ここで外したら・・・」とか。実際試合中に心のどこかで葛藤していることもある。いわゆる頭の中がクリアじゃない状態のときにミスが起こる。これがクリアな状態では集中力は増大しており単純なミスは起きないだろう。トレーニングはかなりメンタルな要素を含む。チーム全体のパフォーマンス的なルーティンも必要だが個人的な要素の方が大きい。試合前などに独自の一定の身体或いは物を使った動作や順序を踏まえた行動により意識した集中力の高め方。リラクゼーション的な状態からイメージや思考を繰り返し習得する練習など。毎日の生活の中でメンタルトレーニングとして行うことがいいだろう。何でもコツコツやるしかないと言うことだ。我々シニアはどうだろう。試合中は「早く帰って、風呂に入ってビール飲もう・・・」「焼肉食いたぁ〜い・・」とか普通に思っている親爺は多い。逆にこの心理状態は楽しい分野に入るから多少頭がクリアに近く集中出来ているのではないかと考える。この状態では緊張感、恐怖感はないだろう。それを考えると試合とは別に空いている時間帯(ボールウォッチング)に楽しいことをイメージした方が良いのか?。この思考の時間帯にボールが来てケアレスミスをするのも親爺が多い。ちょっとフザケテきたので終わりにしよう。

  12月 サッカーと依存性

最近「依存症」という言葉をよく耳にする。
サッカーと依存の関連はないが親爺になっても続けていることは「依存性」があるのか?と言うことで依存について探ってみようかしら。人は何かに夢中になりやがて止めようとすると不安やイライラで落ち着かない状態になるときがある。始まりはちょっとしたストレス解消などの軽い気持ちから、やがては落ち着かなくなり止めると不安や絶望感などの離脱症状が現れ自分の意志では欲求をコントロールすることが出来なくなる。依存症は大きく分けると2〜3タイプあると言われている。薬物、アルコールやタバコなどの物質依存。ギャンブル、買い物.SEX(性)などの行為依存。中でも物質依存は深刻だ。物質を摂取しすぎると身体が依存の状態になり摂取を続ければ症状はさらに進み悪化をたどる。脳内物質にドーパミンやオピオイドがあり快感や意欲を引き出したり鎮痛作用が考えられる。この快感を得るためにいろいろ試行錯誤し行為を繰り返しているうちに脳では、その興奮を抑える作用が働き快感に対する耐性ができていく。そのために以前の快感では満足できなくなり、さらに強い刺激を求める。依存になるかは心理状態に関係があり社会的に障害が出る精神疾患と言える。スポーツに依存性があるとすれば行為依存か?終わった後のエンドルフィンが清々しさを演出し快感さえ覚えるときもある。体を極限まで動かし疲れていても脳が快感の指示を出す。さらに大怪我をしても懲りずに復帰し、またケガをするがまたまた復帰する。さらに体内のあちこちに金属を埋め込み、身体の部品も交換したり人工器具を埋め込んでまでプレーを続ける。どう考えても依存かしら。シニアは年老いた体を動かしプレーに夢中になるのは依存ではなく、その先にある独特の大局観や臨場感を求めるのではないかな。しかしこれも依存になるのか。そうなると全てに依存性が生まれる。依存には正と負の2種類あることになるかしら。(まぁ勝手な見解でいい加減な意見)最近薬物依存に中高年が多いと言われている。いろいろな環境から「ちょっとだけよ」と言った好奇心や気持から足を踏み入れてしまうのかしら。現在のこの環境がストレスを生み誘発しているようにも思える。そこでシニアのサッカーにはそれを防ぐ効果もあるのではないか。物質依存より行為依存の方がましか。(根拠はないが身体の影響から、しかし精神的な面も考えられる)シニアのスポーツ人口も年々増えているような気がする。良いことだ。のめり込むならこっちでしょ。しかし、最近は時勢なのかシニアもルールがうるさくなり、どうでもいいことも決まり事を付ける。後十数年楽しくやるのに厳しくしてどうするの?と思うときもある。一般にモラルに欠けるからこのような環境になるのかしら。もう少しゆとりがあっても良いんじゃないの。そこで上に立つ者は良き理解者でなくてはならない。例えばシニアサッカーで試合に来た限りは全ての人を満足させて返さなければならない。ストレスを感じさせないことが大事だ。かと言ってストレスが何もないのも発展がない。そこをコントロールしてあげるのがオシャレな対応かと思う。私もサッカー(ワインも良いね)に対して依存なのか、それとも中毒、道楽、趣味、暇つぶしなのか。一言で言うと人生の研究材料でしょうか。ここにカキコすることも依存かしら?・・・・・

 





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