『忙々の記』

あれもしたいこれもしたい、忙しい忙しいと言いながら、今まで何をしてきたのか、証しも遺さず。  この『忙々の記』を以ってその『証』としたい。とは言っても、飛び飛び歯抜けの日記帳。   
 
2011/03/04 22:56:48|写画文
空と地の間で

style=>写真説明【上から】
写真T:模型飛行機 アルチメイト
写真U:地衣類 コアカミゴケ
写真V:地衣類 ヒメレンゲゴケ
写真W:地衣類 ヒメジョウゴゴケ

 東名を御殿場インターで降りて、神場南の交差点を右折、大型倉庫が立並ぶ中を抜けて、ゴルフ場の看板「暮色プレー・・・」で道を左にとる。少し荒れた地道に車の腹をこすらないように恐る恐る下ってゆくと、赤と白の吹流しが見えてくる。そこにほぼ毎週通っているラジコンクラブの飛行場がある。吹流しが見えると書いたが、それはいつものことではない。吹流しは一番先に到着した者が掲げるのである。即ち私が大抵一番乗りなのだ。二番ではいけないのではないが、いつとはなしにそうなっただけである。家内に言わせると、セッカチの最たるものだそうである。
 翼幅1700mmともなれば、主翼と胴体を分割しても、普通乗用車に積むと後部座席と助手席はそれでほぼ埋まってしまう。複葉機(写真T)ともなれば尚更である。更にトランクはといえば、燃料容器、工具・備品箱、鉛蓄電池(バッテリーとは言わない歳)、組立スタンド、折りたたみ椅子等々で満杯である。定員5人の乗用車は最終的には一人乗りの貨物車である。
 早朝暗い内からこの積み込み作業をして、飛行場に着けばこれらを下ろし、フライトが終わればまた積んで、家に帰れば所定の場所に収納。積みっぱなしの専用車を持っている仲間が羨ましいが、気儘に遊んでいる身にとっては・・・。家内の前では荷運びで腰が痛いのなんぞ言える立場ではない。
 こんな贅沢苦労のラジコン遊びだが、いつも飛行場に来れば、思いっきり遊べるかといえば、そうは問屋が卸さない。雨風に加えて、夏は灼熱、冬は寒風雪混じりのなか、コーヒー一杯やっと飲んで早々に帰り支度、てなことも珍しくない。
 が、私には空がダメならこっちがあるさと恋人にでも逢いに行くようにいそいそと向かう先がある。ゴルフ場のフェアーウエイ並の滑走路や周辺の芝圃場、近隣の雑木林は私にとっては大切な「逢引」の場所なのだ。
 菌類の一種の地衣類(コケ)の体内では、「藻」が光合成で作った栄養を家賃として「菌」がそれを頂戴して棲家を貸している、大家と店子の関係なので、彼らの住む場所には、この太陽の光と水が不可欠である。その点、芝生は常に定寸に刈り込まれているので、日照条件は常に一定で、地中広く且つ密に伸びた芝根は保水性が高く、地衣類にとって芝生は「一等地」である。
 以前、芝圃一枚全面がコアカミゴケ(写真U)とヒメレンゲゴケ(写真V)で覆われているのを見つけたが、それから三ヶ月ほど経ったとき、耕土が入れ替えられ、あの赤い帽子をかぶった可愛い小人たちはすっかり姿を消したことがあった。あれから一年、彼ら(彼女ら?)を捜して周囲の芝圃場、草地、雑木林を掻き分け掻き分け這いずり回った。
 見つけた! 数箇所に発生して間もない初期の植生地を。ヒメジョウゴゴケ(写真W)、コアカミゴケ、ヒメレンゲゴケ、ジョウゴゴケだった。それから数年、彼らは群落を広げ、今では大きな集団を作り、更なる拡張競争に忙しいようだ。また、最近では以前にはまったく見られなかった滑走路、駐車場でも目に付くようになった。
 「コケ(苔)が生えている飛行場」とは、聞き様によっては余りいい印象ではないが、土日でも静寂のなかで富士山が昼寝をしているのは確かである。私のラジコンの腕が上達しないのは、こののんびりした環境のせいだと自分を納得させている。話を元に戻そう。
 芝生のなかの新たな群落の発生は、芝の切れた土面にまず見られ、そこを拠点に拡張しているようだ。ということは、太陽の光が大切なのは確かである。
 この拡張の進み方は地形によって異なり、傾斜面では下るに従って地衣体は扇型に広がり、水平面では同心円状に広がる。明らかに子嚢胞子が流水によって移動・拡散しているのだろう。
この拡散形態が観察されたのは、ヒメレンゲゴケ、ヒメジョウゴゴケ、ジョウゴゴケであって、それらに較べると、コアカミゴケは杭から杭へ、立木から立木へと突拍子もなく離れた場所に突如群落が見られ、その移動方向は四季を通しての風の向きに概略合うように思われ、また、群落の拡張速度はすこぶる速く、平面が続く日照面であれば一気に全面を覆うことも珍しくない。この性向はサルオガセの仲間にもみられるが、これらの原因は胞子の特性によるものか、観察地形の偶然性によるものか?こういう自問にはいつも「ウーン」と唸って終わっている。
 折角、飛行場まで来ながら一回も飛ばせなかった残念さはいつの間にか消え失せて、強風を突いて飛んでいる仲間の飛行機を見て、「やっぱり彼は上手いなあ」と感心しきりである。
 「空と地」の間を行ったり来たりしている自分に「どっちかに集中したらどうだ」「二兎を追う者一兎を得ずとはおまえのことだ」と言っている自分。ラジコンの腕も上がらず、さりとて地衣類の勉強も進まず、折角千葉の博物館で勉強させてもらいながら、これでいいのかな?
 と思いながらも撮りたいと思い立てば、4×5を抱えて飛び出して行き、冬ともなればテレマークを載せて中央道を突っ走る昭和10年亥歳、四捨五入で80歳は今、忙しくしています。【忙々の記】