チェチリア工房

ここは、工房という名の音楽室です。音楽は目に見えませんが、必ず何かを創造しています。天井が高く素晴らしい音響が自慢のスペースです。レッスンやコンサート その他、創作活動の発表にご利用ください。
 
2019/11/20 0:34:17|解説
鉄砲商人高橋信治 音楽のシーンに登場する日本人(7)
映画の起源は1891年 トーマス・エジソンが発明したキネトスコープで、それを用いて日本で最初に上映されたのは1896年神戸の神港倶楽部で鉄砲商人 高橋信治が上映したのが始まりである。
当時の映画は大きな箱の中の動く映像を覗き穴から見るもので、映像だけで音はなかった。
続いて、フランスから、おおきなスクリーンに映像を写すシネマトグラフが輸入され、1897年に大阪で最初の興行が行われた。

日本人による映画撮影としては、1898年浅野四郎による短編
「化け地蔵」「死人の蘇生」。翌年には「小西商店」(後の
小西六写真工業)の浅野四郎が東京歌舞伎座で公開された舞台を実写撮影した無声サイレント映画「芸者の手踊り」が上映され、活動弁士が登場した。初期の映画はにほんでは別名「活動写真」と呼ばれ、映画館は「活動小屋」(写真)ともよばれた。

1899年には劇映画が恒常的につくられるようになり、三越の写真部の柴田常吉は九世市川團十郎・五世尾上菊五郎の「紅葉狩」を歌舞伎座裏の野天で撮影した。





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