NET山岳会”HALU”

Eーメールで連絡を取り合いパートナーを探して登山を楽しむ山岳会です。活動はハイキングから雪山、岩登りまで幅広くやっています。経験や会費など必要ありません。もちろん年齢制限などありません。必要なのは山へ行きたい気持ちだけ。 別にもう一つ詳細なサイト”HALUT〜W”がありますのでリンク欄から訪問してください。
 
2018/08/10 18:58:00|その他
光岳―加加森山―池口岳
南アルプス主脈南端の光岳は、標高2,500 bを超える山としては日本の最南端にある。
ハイマツ群落とライチョウ生息の最南端でもあり、三等三角点の山である。
日本百名山なので訪れる登山者は多いが、更に南にある日本200名の池口岳とのあいだは、避難小屋もエスケープルートもないため、ここを歩く人は少ない。
昨年の8月3日、この縦走を予定して山行中に急逝された新ハイキングクラブのKリーダーの慰霊登山を兼ねて、命日にあわせて同じコースを歩いた。
さて、音頭はとったものの、今回参加したメンバー8名中では最高齢で、しかも真夏の2日間で歩行距離が27キロにおよび、体力的な衰えに堪えて歩いてきました。

[コースタイム]

8月2日(木):新宿21・00

8月3日(金):=(中央道)=道の駅「遠山郷」(仮眠)2・00〜4・30=易老渡5・30〜6・00―加藤さん慰霊6・20―面平7・50〜8・00
―2254bP三角点10・50〜11・00―易老岳11・25〜50―三吉平12・50〜13・00―静高平14・10〜20―イザルヶ岳14・30〜40
―光小屋15・05〜25―光岳15・40―光石15・50―光小屋16・30(泊)

8月4日(土):光小屋4・20―光岳4・40〜50―2381P6・20〜30―加加森山7・40〜8・00―加加良沢源頭部8・40〜50
―池口岳西尾根分岐9・40〜10・05―池口岳10・20〜30―分岐10・45〜11・00―ザラナギ平12・30〜40―黒薙ノ薙(三角点)14・00〜10
―1561bP15・00〜10―遠山林道・登山口16・00=かぐらの湯(一浴)16・40〜18・30=天竜峡I・C=諏訪湖SA(仮眠)21・00〜02・30
=新宿04・45(解散)

前日2日の新宿出発は21時。駅の改札から新宿郵便局方向に歩いていると、あまりの猛暑で20数年前にシンガポール出張したときの夜に感じた蒸し暑さでした。
温暖化で都内も赤道直下並みの暑さに近くなったのでしょうか。
車は、中央道経由で南信濃の遠山郷に向かう。1回目のトイレ休憩が談合坂で、平日なので空いていた。
それから諏訪湖SA、飯田ICを経て国道152号を走り、道の駅「遠山郷」に着いてベンチで仮眠する。
翌朝4時半に起床し、予約していたジャンボタクシーに乗り換える。北又渡から易老渡間は、崩壊がひどくて、ここ何年かは一般車通行禁止となっている。
その間は6キロあり、1時間半歩かなくてはならない。
国道からカーブの林道になり、下栗の集落あたりから周りが明るくなってきた。舗装された易老渡の駐車場で下車する。
光岳は19年ぶりで、その時はここまで車が入れた。その時はここで仮眠した記憶がある。6時の出発とし、朝食を摂り準備のストレッチをする。
駐車場わきにある小屋の中のポストに登山届を出し、遠山川にかかる橋を対岸へ渡る。



桧林の急登をジグザグに登り始めて20分、Kリーダーの無念の場所に着いて、みんなで黙とうをささげる。
急逝されたほぼ同じ時刻に、ご冥福をお祈りすることが出来てよかった。
稜線に出て易老沢側からの涼しい風を受け、緩やかに山腹を巻くようにのぼっていくと、広い桧の大木が林立する面平に出る。
休憩するにはもってこいの雰囲気だ。途中我々を抜き、休んでいた30代の登山者2人が先行する。
ダケカンバ林、倒木帯を超えると北の方向に聖岳が見えてくる。
やがて頭上が開け、右に光岳への主脈縦走路も見えてきて、だいぶ高度が上がったようだ。
2254bPの三等三角点で休憩して、25分登ると縦走路に出て、左のシラビソの樹林に囲まれた平らな小広場の易老岳にて昼食とする。御料局の三角点がある。
シダの茂る道を南西へ緩く下りはじめると、イワオトギリなどちらほらと高山植物が現れる。樹林帯をぬけて三吉ガレ、北西側が開ける。



さらに下ると樹林帯の中のヌタ場を過ぎ、最低鞍部の三吉平に着く。私たちと同年齢層で同じ8人グループに合う。
そのあと70代半ばで軽装の夫婦が下りてきた。
ミヤマハンノキ、ダケカンバなどが茂る涸れた沢状の登りとなり、ハクサンフウロ、ミヤマトリカブトが色鮮やかにいまは盛りと咲いていた。
登りがきつくなり草原が開けると、静高平の水場に出た。
涸れていることが多いと、S社の地図に記述されているので期待していなかったが、小屋から往復15分の水汲みが省略出来てラッキーです。
今夜、明日朝の食事用と、明日の13時間行動用の水を補給する。



少し登ってセンジヶ原、分岐に出て空身でイザルガ岳へ向かう。
道はしっかりしていて頭高のダケカンバに気を付けて樹林をぬけるとザレ地に出て、開けてなだらかな山頂に着く。
16年前に赤石岳からの縦走で歩いた聖岳―上河内岳―茶臼岳の山並みが、雲の中に覆われる。振り返ると光小屋と奥に光岳が見えた。
分岐に戻り、木道を進み光小屋に到着する。寝る場所の指定、消灯時間、トイレの使用要領を聞いてから光岳に向かう。
千頭方面への分岐を左に分け、ダケカンバとシラビソ、ハイマツの混ざる樹林の中のヌタ場を2か所ばかり抜けると、光岳山頂だ。
北東側だけが開けて、聖岳が見える。



樹林の中を下り、明日歩く加加森山への道を右に分け、急こう配を下ると石灰岩の白い岩峰・光石に着いた。
足元が切れた岩峰上からは、明日歩く「加加森山―池口岳」の山並みや反対側に大無間などの南ア深南部が見渡せた。
小屋にもどる途中、山頂にて集合写真を撮る。



小屋に戻って夕食の支度をしながら、缶ビールで乾杯する。持参したピクルスとゴーヤ漬けをつまみに懇親会が始まる。
ワイン、焼酎、日本酒と次から次へとでて、アルコール好きが多い。夕食はtoyo3定番の夏野菜カレー。
レシピはタマネギ、なす、パプリカ、オクラ、ズッキーニ、肉の代用でスパムの缶詰と昨夜NHKで見たニンニクの丸ごと投入で、コクのあるカレーが出来上がり、みんなハッピーでした。

3時起床でお湯を沸かし、食事を摂る。
今日は長丁場、加加森山まで3時間、池口岳まで2時間半、池口岳登山口まで5時間の行程で、およそ11時間弱の歩きで、休憩を入れると13時間近くの行動となる。
長時間歩きでペース配分に気をつけなければならない。
空が少し明るくなり、4時20分に出発する。ライトを頼りに進み、光岳山頂でさらに明るくなるのを待つ。
光石分岐の標識からは、北西の尾根を下る。小屋から1時間進んだところで、尾根を北に行き過ぎないようGPSで確認し、急こう配を北西に向けて下る。
開けたシダの繁殖したところ、地図に迷とある場所に出て、目を凝らして進む。二重、三重山稜地の最低コルの窪地、2286b峰で休憩する。



加加森山を目指して緩やかな登りとなり、オオシラビソ樹林の急登を右側から回り込むと幅広い頂の2381b峰に到着する。
ここからは小さなアップダウンが続き、オオシラビソの樹林やシダの茂った頂2430峰、2410b峰と2ツのピークを越える。
2286b峰から1時間10分、光小屋から3時間、予定した時間で加加森山に着いた。シラビソの樹林帯の中にある平地なので展望は望めない、
分岐にザックをデポして山頂へ向かう。二等三角点標石があり、中心部が錆びていて加の文字しか識別できない、たて20cmよこ40cmの鉄の標識が横たわっていた。
ここも密林の中で展望はない。記念の写真を撮る
ここから南に急下降し、2312b峰を右へ巻くと、シダの茂る倒木帯の平地に出る。歩くのに支障はない。しばらくは平坦な道が続く
2250b付近にさしかかると立ち枯れの倒木帯で、台風になぎ倒されたのだろう。



緩やかに下っていくと、正面に池口岳が現れる。加加良沢源頭部のガレ場に出て、手前の草地にて休憩する。コバイケイソウは、終わっていた。



緩やかな痩せ尾根を行くとシャクナゲが現れてきて、ひっかけて足をとられて落ちないように気を付ける。



桧の樹林帯となり、途中水場への標識を左に見て、池口岳の西尾根の分岐へ登っていく。固定ロープが一ヶ所の急登の岩尾根を腕力で体を持ち上げる。
ほどなく分岐に出ると「池口岳方面/加加森方面」「光岳5.5キロ」が掲げられていた。予定した時間より、1時間早い到着だ。
核心部が終わり空腹を感じたので、腹ごなしをして池口岳に向かう。少し上ると一段落ちて小さなキレットがあり、右数メートル下に南アルプス特有のタカネビランジが咲いているのを見つける。驚きだ。
いったん小笹の鞍部をこえ、急登となり15分で池口岳北峰に到着。



16年ぶりの山頂だ。その時の記録には、ザラナギ平にテントを張って、2日目に南峰まで往復している。
山名標識、四等三角点と「大井川源流部自然環境保全地域」の説明板がある。
南峰の三角点に未練のある女性軍は、少し先まで様子を見に行ったが、ガスがかかっていて見えないといって戻ってきた。
集合写真を撮り、分岐に戻る。みんなに生レモンのはちみつ入り特製ジュースをふるまう。
予定より1時間早くの下山開始。いきなり急な下りで注意。大岩にぶつかる。岩を左に巻き、幅の狭い隙間を固定ロープでよじ登る。
痩せ尾根を下り、先の岩場も固定ロープとコメツガの太い根、岩角をつかんで乗り越えて、2156b峰を越していく。
そろそろザラナギ平のテント場かと思っていると水場下降点の標識が現れて、すぐにテント場に着いた。
多少うねりのある草地で、南側が開けていて池口岳南峰が見える。
あの時はここから空身での往復であったが、分岐から1時間で降りてきた。今日は1時間半もかかった、当時の5人は60歳以下、メンバーの顔が浮かぶ。

この先はまだまだ長い、気を引き締める。
ここから緩やかな上り下りとなる。1971b峰の尾根は緩く上り、北に向かって下る。1902bの利剣沢の頭から西に急下降し、やせ尾根を行く。
黒薙のガレ地、左側が砂礫で明るく開けたところで休憩をとる。時計は14時、あと2時間で下山可能とすると、下山時間は16時となる。迎えのドライバーに電話する。
途中の遠山・池口林道が拡幅工事中で、通行規制がかかっていて15時30分から16時15分は通行できない。
その前の15時から15時30分の30分間に登山口まで上がってきてもらえるか聞くと、たぶん行けるとの答え。
この先も緩くて長い下りのルートで、なかなか標高が下がらない。急下降が途中3ヶ所あり、カラマツ林、広葉樹林帯の尾根が続く。
風もなくなり、下るごとに暑さが増してきて閉口する。

面切平通過するころ、記憶にある顔が彫られた立ち木を探したが、今回は見つけられなかった。
アカマツや雑木林を抜け、ヒノキの植林地をジグザグ切って下ると、池口岳登山口に出た。貸し切りバスが待っていた。
光小屋を出発してから11時間半の行程で、今年6月に歩いた八十里越えの13時間に次ぐ行程となった。

バスに乗車したら、にわかに暗くなって大粒の雨が降り出した。
道の駅「遠山郷」に隣接の“かぐらの湯”に立ち寄る。2日間の汗を流し、生ビールで乾杯した。

このルートは南アルプスの深南部で、シラビソの樹林帯が多くて、ほとんど眺望のない縦走路です。
下界は酷暑でしたが、樹林が深くて直射日光は避けられ、多少風もあってしのぎやすく歩くことが出来た。
光岳が百名山なので45人収容の光小屋は、週末はかなり混雑するようです。
我々が泊まった3日は金曜日だったので、我々のほかは7〜8人で、ゆったりと寝ることが出来ました。
小屋の食事提供は、制限があって「全員50歳以上かつ3名以下のグループで、午後3時までに手続きされた方のみに限る。
大人数で来られますと混雑します。そこで、なるべく大人数では来づらいようにと3人以下のグループにしか食事の提供をしないことにしました。」

「光岳―加加森山―池口岳」は、踏み跡の薄いとこも多々ありましたが、絵布もところどころにあり、道迷いのロスもなく歩くことができました。

小生の南アルプスの縦走は、白州町の竹宇駒ヶ岳神社を起点に、黒戸尾根―甲斐駒ヶ岳―仙丈ヶ岳―三峰岳―塩見岳
―烏帽子岳―荒川岳―赤石岳―聖岳―上河内岳―茶臼岳まで繋がっていて、今回光岳から池口岳まで歩けたので、
あとは茶臼岳から易老岳間の歩行2時間半を残すだけとなりました。しかしながら、つなぐことには興味はなく、いつか機会があればと思っています。

2018年8月10日   toyo3  記





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長丁場お疲れさまでした。
私は光岳には登っていますが、先にこんなルートがあるとは知りませんでしたので興味深く読ませていただきました。
慰霊登山も成功で良かったですね!

mikko  (2018/08/12 20:29:56) [コメント削除]

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